035 ジャンプ in the UFO
ダグザは幽霊のダイヤの助けを借りて、教室の掃除を続けていた。
校庭の巨大な機械兵は、レアリーに任せた。先ほどの轟音の後で静かになったということは、おそらく戦いが終わったのだろう。
ダグザの担当は、校舎内だ。戦闘はもちろんだが、幻術で生徒たちを眠らせながら掃除をするには、ダグザのほうが適任だった。
「あ、その陰に敵が二人隠れています」
「そっちの音楽室には、授業中の生徒が」
幽霊のダイヤは、姿が見えないうえに、壁も自由にすり抜けて飛び回れる。一足先に校舎全体を空から把握したダイヤは、敵が屋上に陣取っていることをダグザに伝えた。
「はい。これでたぶん、残りは屋上だけです。気を付けて」
「ああ、助かったぞ。付き合わせて悪かったな。もういいから、外郎のところに戻っておけ」
斧を持ち替え、ゆっくりと屋上に通じる扉を押し開ける。ぎいい、とさび付いた金属がきしんだ。
ゆっくりと開いていくドアの向こうでは、異星人たちが一斉に銃を構えていた。
異星人たちはみな銀のスーツに身を包んでおり、持っている銃は、まるで子供のもつ水鉄砲のような奇抜なフォルムをしていた。
温い風が、屋上を吹き抜ける。
デイルの目の前から、女が、まるで風に散らされる砂のようにかすれて消えた。
驚く暇もなく、直後、耳元で声がした。
「動くな」
デイルが立っていたのは、異星人たちの一番後方だ。しかも声だけではない。デイルの首筋には、冷たい金属を押し当てられた感触があった。
動けなかった。
いつの間に? かき消えたさっきの人影は、何だったのだ? いつの間にこんなに接近を許した?
混乱の中でなんとか発したのは、たった一言。
「バカな」
周りの仲間たちはまるで何も見えていないように、虚空に向かって銃を構えたまま、上官の指示を待っていた。
「機械兵たちはつぶした。さっさと他の兵も退かせろ」
デイルは答えなかった。代わりに、質問で返す。
「……貴様、何をした」
「幻術をかけただけだ」
「まるで子ども扱いだな。原始人どもめ、いまいましい」
「――子ども扱い、か。これでも軍人として扱ったつもりだったのだが。それに、殺し過ぎてしまえば、そちらも退却がしづらかろう?」
ダグザの返答には、少しだけ間があった。デイルの言葉の意味がわからなかったのか、単に言葉を選んでいたのか。
ただ、異星人たちを対等な戦士として見ていることは、伝わってきた。
「……わかった、降伏しよう」
それだけ言うと、デイルはがっくりと肩を落とした。
やはり奴らとまともに戦うには、マナという力を手に入れるしかないのだろうか。
そのころ、女子高生二人は、ガラス瓶の中ではしゃいでいた。
「ちょっと、ここから出しなさいよ、変態!」
「どけ、蛍! こいつをぶちやぶる! ……あれ?」
ときわがポケットや服を漁る。ぱたぱたとスカートまではたくけれど、お目当てのものは出てこない。
「ふむ、もしかして、これを探しているのか?」
バイロンの手の中には、見覚えのある水晶が握られていた。
「あーーーっ! それ、私の魔力結晶! 返せ、早く返せ!」
じたばたするが、どうにもならない。
「不思議な物体だな。しかし、これさえ手に入れられれば、今回の作戦は成功だろう」
「……あれだけ犠牲者が出たのに?」
蛍は倒れていた兵士の顔を思い出して、言った。
「そうだ。あれだけ被害が出たからこそ、良いのだ」
バイロンは細い小さな口をいびつにゆがめ、いやらしい笑みを浮かべた。どす黒い瞳をにらんでも、感情まではさっぱり読み取れなかったが。
「さて、教えてもらおうか。君たちはどうやってこの水晶を起動させている?」
「ふん、誰が教えるか! ってゆーか、私だってよくわかんないよ、なんとなく炎出ろーって思うだけで!」
「なるほど、思念派というやつか。やってみよう」
「……あ」
「ときわ、あんたバカでしょ」
青ざめるときわを、蛍はジト目でにらんだ。
バイロンは、水晶を掲げ、強く念じた
同時に、蛍の胸につけているボールペンが共鳴し、鈍い光を発した。
あれ? なにこれ。
蛍がペンを胸ポケットから取り出した瞬間、ペンは消え、ひと振りのカタナが出現した。
それは、青海から蛍へのプレゼントだった。いつかのアニメのキーホルダーのお返しだといって、渡されたのだ。
青海は言っていた。できればペンケースなどに入れず、肌身離さず持っていてくれと。
鈍感な青海にしては、洒落たデザインだった。いつもの文房具店では見たことないし、確かにちょっと高そうなペンだったけど。
肌身離さずって、そんな大げさな。そう思いつつも律義に胸ポケットに入れる程度には、蛍も乙女だった。
「おお、すげー! あの時のカタナだ!」
ときわもすぐに気付き、騒ぐ。
「青海……」
蛍はぐっと鞘を握りしめる。持つだけで、力が湧いてくる気がした。そして、それ以上に、勇気も。
蛍はゆっくりと刀を抜く。
分厚いガラスの壁が、やけにもろく見えた。
『なっ、どこから武器を取り出した? 私だ、すぐに応援をよこせ! そうだ、すぐに』
バイロンが慌ててインカムに叫ぶ。
「せーのっ!」
蛍は、カタナで壁を思い切り殴りつける。
がしゃんと派手な音がして、ガラスが割れる
「なっ、そんなばかな、軍用の強化ガラスだぞ」
「知らないわよ、古くなってんたんじゃないの? それよりその水晶、早く返してよ」
バイロンが答える暇もなく、エアシリンダの稼働音とともに入口のドアが開いた。銃を構えた兵士たちが集まってくる。
「ちょっと何それ、女子高生相手にそんな本気にならないでよ! もう、バカ青海、早く助けに来てよ」
蛍は泣きたくなるのを必死でこらえ、正眼に構え直した。
レアリーは教室の陰に隠れて寝っ転がると、ぜえぜえと息を整えた。
敵に見つかるとか、知ったこっちゃない。今はとにかく休憩だ。
なんとか鉄の鳥は倒した。前回の侵攻時には、あれ以上のモンスターはいなかったはず。あれが奴らの一番強い召喚獣だとすると、きっとそれなりの戦果はあげているはずだ。
と、制服の胸ポケットから軽快なアニメのオープニングテーマが流れてきた。蛍にもらったアクセサリを改造したやつだ。
レアリーの表情が険しくなる。
アクセサリが発する音は、ときわに渡した水晶からの警報だった。先日、水晶をときわ専用にチューニングしたときに仕込んだ、安全装置だ。彼女以外のものが魔術を発動しようとすると、警告音とともに、蛍の≪刀≫も同時に発動するようにしてあった。
「あいつらめ、大人しく待っていろと言ったのに」
痛む体を叱咤して、魔力を集中させる。
はるか上空に魔力結晶の反応を感じ、どっと疲れが押し寄せる。座り込んだまま両手を床につき、肩を落とす。
「えーー、なんでそんなところにいるんだよう」
しかし、こうなったらのんびりしてもいられない。レアリーは急いで魔法陣を描く。
魔力結晶の案内を受けているので座標は問題ないが、転移中というのは非常に不安定な状態になる。術による妨害を警戒し、慎重に次元門を繋げる。
レアリーの体が淡い光に包まれ、ふっと掻き消えた。




