034 女子高生 in the ジャー
ときわと蛍は、廊下を走っていた。
あの後すぐに、ダグザが教室に入ってきた。ダグザはあっという間に兵士を真っ二つにすると、他の生徒たちに幻術をかけて落ち着かせた。
ダグザは二人に釘を刺す。
「ここにいろ。いいな、目立つような行動はとるな。オレとレアリーで何とかしてやる」
蛍は思った。
確かに大人しくしていれば、自分たちは安全かもしれない。そんなことはわかっている。
けれど、戦っている青海は本当に大丈夫なのか? 他のクラスの友達は、先生たちは? 学校全体が襲われているというのに、みんな無事なんてことはあり得るの?
あちこちで爆発音が聞こえてくるたび、不安は大きくなるばかりだった。
不安げな顔の蛍に対し、ときわはのんきだった。のんきだが、彼女は彼女で、やれることを探していた。
「蛍、携帯持ってたよね。警察にー、でも駐在所のおいちゃんはちょっとなー。じえーたいに連絡とれないかな。岩国基地とか」
「ムリよ、つながらないわ」
「なんでだ? はっ、そうか、奴ら妨害電波をっ!」
「ばか。知ってるでしょ、この高校は山の陰だから、そもそも普段から電波入らないじゃない」
「あー、そうだった」
ときわは財布に入れてあるテレホンカードを取り出し、恨めし気に眺める。残数は残っているけれど、入り口付近に設置してある公衆電話まですんなり行けるとは、とても思えない。
中庭方面で、轟音とともに派手な閃光が走った。蛍がそーっと廊下の窓からのぞくと、青海がのそのそと這いずって逃げていた。
蛍は、もう限界だった。
蛍は教室に戻り、ときわに言う。
「ごめん、ときわ。ちょっと青海を助けてくる」
「危ないよ、師匠も油谷先生も、ここで待てって言ってた」
「わかってる。けど、だからってあいつが安全ってわけじゃないんだよ。これじゃ青海に押し付けてるだけじゃん」
「そう、だけど……。 でも、私たちが行っても、何もできないよ」
ときわは考えた。蛍はきっと、一人ででも行くだろう。それだけはだめだ。師匠と約束したんだ。蛍は絶対に守る。
「わかったよ。私も行く。水晶もあるし、少しは戦える」
「だめ、危ないわ」
「でも、……友達、でしょ」
ときわは、蛍が断りにくいように、あえて友達という言葉を使った。ときわの心はぐじっとした鈍い痛みを感じた。
師匠に怒られるだろうなあという心配はあったけれど、親友の命には代えられなかったし、蛍がもしやられるときには盾になってもいいとさえ思っていた。
二人はダグザの消えた方向へと走った。遠回りになるのは承知の上だが、その選択は間違っていなかった。
廊下には胴体のちぎれた兵士が倒れていたり、血だかオイルだかを引きずったような跡があった。何度も卒倒しかけたものの、基本的に静かで、戦闘は無かった。
美術室前の廊下を曲がった時だ。足音に気付いたのだろうか、壁にもたれていた兵士が、びくりと動いた。
『たす、たすけ……』
兵士は倒れたまま、こちらに向かって手を伸ばす。言葉はわからないが、容易に想像はできた。
蛍は散々迷ったが、結局兵士に近寄る。
「あ、蛍、危ないよ!」
ときわの声を無視して、体をゆっくりと揺する。
「ねえ。あなた、大丈夫? 生きてる?」
銀色の衣服は青紫の血で染まっていた。ごろん、と転がった拍子に割れた黒いマスクが外れ、顔が明らかになる。灰色の肌にバカでかい黒目。細い顎。爬虫類に似ていた。
「ふぎゃっ……」
自分でも驚くほどの強靭な精神力で、叫び声を飲み込んだ。驚きで心臓が止まるかと思ったのは、初めてだ。
こないだの幽霊事件がなければ、こらえきれずに大声を出していたかもしれない。
あるいは、彼?の瞳の端に溜まった涙に気付かなければ。
「……蛍、回復術をかけてみようか?」
ときわが心配そうに言った。
「治せるの?」
「たぶん無理。傷がひどすぎる。でも、痛みをなくすことくらいなら」
「ごめん、お願いできる?」
ときわが水晶を掲げる。集中すると、やわらかいオレンジ色の光が、ぼんやりと患部を包んだ。
瞬間、ばちばちという放電音が響き、二人の視界が黒く染まった。
その部屋は、全面を白い壁に囲まれていた。継ぎ目もドアも見えない。目がちかちかするほどに強い、白色のライトが天井に設置されている。
その部屋は、手術室を連想させた。
ときわと蛍は、ふらふらしながら立ち上がった。目の前に一人の化け物がいた。
銀色の衣服の上に乗っかった頭部は、不自然なほどに大きい。おそらく別人なのだろうが、特徴の少ないその顔は、あの兵士と見分けがつかなかった。
「ああ、気付いたか。言葉はわかるね?」
目の前にいる男が呼びかける。翻訳機による合成音声だった。
「初めまして、原住民。私はバイロンというものだ」
「うおお、宇宙人!? グレイだ! すげえ! 初めて見た」
ときわが思わず駆け寄ろうとした、その時。
「あぎゃあっ!」
ときわは透明な壁にぶつかり、ごうぅん、と低い鐘のような音が響いた。二人はまるで瓶詰のように、ガラスの牢獄に閉じ込められていたのだ。
ドタバタを笑うこともなく、バイロンはその大きな瞳で、二人を見つめていた。
彼女らが自分たちを知っていることに、少し驚いていた。
「なんと、意外だね、我々を知っているとは。どこからの情報かな?」




