033 エイリアン in the クローゼット
戦況は散々だった。
『くっ、またか。一体どうなっている!』
異星人デイルをあざ笑うように、モニタの光点は数を減らしていく。通常の兵士だけでなく、機械化兵までも次々にやられている。
デイルは苛つき、デスクを蹴り飛ばす寸前だった。
『超能力者どもめ、やはりここにも潜んでいたか』
最初の報告では、マナの波長は一種類、しかも微弱だという話だった。ところが攻め込んだ後になって、次々と別の反応が現れる。
兵士たちももちろん状況を逐次報告しているが、幻術にまぎれてやられていく中、もっと正確な報告をよこせというのは酷な話だ。
『――ずいぶん焦っているようだな、大丈夫か?』
上空で待機中の母艦から、通信が入る。デイルの前任者、バイロンである。
クソったれのジジイめ、また何か情報を隠しているな。
デイルは、心の底で毒づいた。
前回の超能力者との戦いによって弱体化したとはいえ、長い年月をかけてバイロンが築き上げてきた政治力と情報網は大きい。事実今も、マナに関する情報は意図的に止められ、小出しにされていた。
どうせ指摘したところで、バイロンはのらりくらりと言い訳をするだけだろう。『私は上がってきた情報を渡しただけだ。判断したのはそちらだろう?』と。
敵は強い。送られてくる報告を聞くまでもなく、本能が警告を鳴らしている。軍人としての、長年の勘だ。
だが謎の力を持つ敵たちよりも、内側からゆっくりと組織を腐らせる蛇のほうが、よっぽど厄介だった。指揮権を手放した後、裏に隠れたバイロン性質の悪さは、かえって増しているように感じる。
だが、デイルからしても、これはチャンスなのだ。腐敗した前世代の代表であるバイロンを、権力から切り離し、放逐するチャンスだ。クローゼットの中の骸骨を引きずり出すのだ。
『人質でも取ったらどうだ? 厄介な奴らは、せいぜい数人なんだろう?』
バイロンの口調は、若干からかうようなものだった。
『ばかなことを。奴らが生命力を薪にするのを、知らないわけではないだろう』
『だが、このままではらちが明かんと思うがね』
デイルは以前ティルナノーグを攻めたときのことを思い出した。死を間近に悟った超能力者たちは、自分の命を燃料に、死の炎をまき散らしたのだ。
マナが生命力や精神力からくるエネルギーだということまでは、予想がついている。
だからこそ今回は、相手を追い詰めすぎないように、制圧時に麻酔ガスなどを使ったのだ。
『可能な限りのセンサを西側の庭へと回せ。次に標的が現れたら、機械化兵で遠巻きに牽制させろ。PF8-B4が行くまで、決して見失うな』
『入り口は抑えなくても良いのですか?』
『バカめ。多数の一般人などどうでもいい。警戒すべきは、少数の能力者だ』
やつらはこちらの認識をずらす。脳みそを持つやつはダメだ、だからこそ機械化兵を展開しているのだから。
尾を引く複数の光弾による攻撃、あれはおそらく囮だろう。俺が奴なら、西から掃除を始める。
投入するのは、拠点制圧用兵器PF8-B4。レアリーが機械式の鳥と呼んだ機体だ。
レアリーは二階から内庭へと飛び降りる。待ち構えていたように、鋼鉄の弾丸が降り注ぐ。
敵の中に、認識阻害が効きづらいやつらが混じっている。
襲ってくる弾丸は、一発一発が致命傷になる威力を持っていた。不可視化を複数重ねているおかげで狙いは逸れているが、それでもまれに、正確に体を狙ってくる弾がある。
次元門で弾自体を異空間へ飛ばし、回避する。マナの盾で防げるかなんて、バカらしくて試す気にもならない。のしかかってくる魔力消費と精神的な負担は、シャレになっていなかった。
「やっばい、こんなきついとは思わなかったわ! 死ぬ、本気で死んじゃう!」
建物の陰から、ひょこりと鋼鉄の鳥が見えた。
レアリーは戦慄する。
レアリーは、この鳥を知っていた。以前マーグメルに現れ、死ぬほど苦労して倒したモンスターだ。
マナからの干渉をほとんど受け付けないため、幻術も魔弾系の呪文もろくに効かない。衝撃にも強く、体は亀のように固い。
そして、顔の横の筒から、金属製の弾をえげつない速度で撃ちまくるのだ。
あのときは、多数の他の魔術師たちもいた。せめて魔道具があれば。いやそれがあったとしても、今の青海の減衰した魔力量では貫けるかどうか。
「あー、私、ここで死んじゃうのかー。デート、してみたかったなー」
涙で視界がぼやけかける。
心臓が凍える中で、浮かんでくるのは蛍とときわの笑顔だった。
自分が死ぬのはあきらめられるけど、あいつらが殺されるのは、……嫌だな。うん、すごく嫌だ。
……もう少し、がんばるか。
レアリーは、≪飛行≫を唱える。飛ぶというより吹っ飛ばされるような速度に、兵士たちの照準は追い付かない。
飛びながら、青海の記憶を必死で漁る。
少し型は違うが、こいつはこちらの世界のモンスターだ。テレビで動くところも見たし、雑誌にだって載っていた。星間戦争で用いられるものらしい。
他の星に行くなんておとぎ話、そのときは信じられなかったが、こうして実物を見た今ならすんなり受け入れられる。
くわえて、部屋にあったゲームの攻略本で見つけた、機械の敵の弱点。
高速で移動しながら、複数の術式を組み上げていく。魔法陣の軌跡が流星のように尾を引く。
魔術師たちが積み上げた長い歴史の中でも、前例のない術理論。事象を直接発生させるのではなく、事象の発生原因そのものを作り出す。
展開する魔法陣が人工的な雷雲を発生させる。授業で習った現象を魔力で強制的に引き起こし、凝縮し加速させた。
レアリーの髪の毛がちりっと音を立てて逆立つ。
雷雲の中で静電気が飽和する。リーダーが走り、つづけて大電流がPF8-B4を襲った。
すさまじい轟音がした。光があふれ、世界は白く染まる。
身構えていたレアリーでさえ、ちいさい悲鳴を上げたほどだった。
衝撃でレアリーはバランスを失い、校舎の壁にたたきつけられる。止まると死ぬ、その思いだけが体を動かし、無様に這うようにそばの教室へ転がり込む。
ゴムの焼ける臭いが当たりを包み、ゆっくりと傾いていく。がだん、と音がして、校舎の白い壁をひっかきながら倒れていく。
PF8-B4は、二度と起き上がることはなかった。
『バカな、一撃だと? どこからあんな電力を!?』
機械である以上、電気に弱いのはある程度仕方がない。しかし、まさか一撃で行動不能に追い込まれるとは思っていなかった。
この星にはどれほどの化け物がいるというのだ? あの女ですら、PF8-B4には手を焼いていたというのに。
デイルは一人の女のことを思い出していた。さんざん戦場を引っ掻き回し、あまつさえ我々を宇宙の端に追放した、最凶の能力者のことを。




