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032 大斧 in the ファースト・レーン


「はいここの訳をー、福田くん、おねがいねー」

 授業中の油谷千鳥ダグザだったが、いつものように間延びした声の裏では、満ちていく戦場の空気に鼻をすんすんと動かしていた。


 ダグザは思った。まったく、あの魔女はトラブルばかり呼び寄せる、と。ダグザからすれば、呪いよりもあの体質のほうがよほど問題だ。

「はーあ。まったくもう。しょうがないわねえ」

 思わずグチっぽい声が出てしまう。


 きらりと太陽の光が角度を変えた。


 油谷千鳥は何食わぬ顔で窓際へ歩きつつ、授業を続ける。

「えーと、ヘンリーくんは野球が好きだったんですね。私も好きですよー、こんな感じでバットを握って――」

 いつものように、手品という設定で魔術を使い、どこからともなく金属製のバットを取り出す。


「せーのー!」


 気合を入れた低い声。油谷千鳥がバットをぶんと振り回した()()、窓ガラスが派手に割れた。

 それに合わせて、どすんという、砂袋を殴ったような音。バットは宙で不自然に動きを止め、おぐっ、と詰まったような低い声の嗚咽がした。

 注意深く見ていれば、油谷千鳥が殴りつけた空間そのものがゆがむところが見えただろう。

 哀れな兵士は、そのまま窓から落ちていった。


「あららー。皆さん、私が窓を割っちゃったことは、他のせんせーには秘密ですよ」

 てへへと笑いつつ、バットを背に隠す。と、入れ替わりに取り出したのは漆黒の大斧。体はいつの間にか、漆黒のローブに包まれていた。

 黒く染められた絹のローブは、大正洞を流れる地下水のような艶と滑らかさを持っていた。



 ダグザの目が冷酷な戦士のものに変わる。幻術を起動し、生徒たちの目をくらませる。

 先ほど窓から入ってきた残りの兵士を、躊躇なく巨大な刃で両断した。


 光学迷彩は解除され、血と肉の代わりにオイルと金属が飛び散った。悲鳴の代わりに、バチバチと油が弾けるような音が断続的に響いた。


 生徒たちは全員、何事もなかったかのように机に向かっていた。その目は灰色に曇り、意識があるのかも定かではない。

「さて、良い子の皆さんにはこのまま授業を受けてもらうとして。 ……おい、そこの女」


 教室の端でふわふわ浮いている霊体(スピリチュアルボディ)の女に声をかける。

 まさか自分のことだとは思っていない宇部ダイヤは、びくびくしつつ毛先を指でいじっていた。

 ダグザはため息を吐くと、ダイヤを指さし、再度声をかける。

「おい、福田外郎の上でふらふら浮かんでいる、お前のことだ。最近よく一緒に授業を受けているだろう」


「はっう!  はいいっっ!? もしかして、あなたも私が見えてるんですかぁっ!?」


 いったいいつから気付かれていたのだろうか。

 油谷先生の授業を受けるのはこれが初めてではない。けれど、今の今まで自分の存在を気付かれていたなんて、全く考えもしなかった。

 宇部ダイヤは、次は自分が殺される番かと怯え、震える。


「説明している時間はない。お前、長門青海は知っているな? 私はあいつの仲間だ、悪いようにはしない。恋人(ういろう)を助けたいなら協力しろ」


「はいぃぃ……」

 外郎の名前を出されると弱い。それに、長門青海のことも知っていた。

 なによりこの教師の普段と違う態度、厳格さの中にある清廉な雰囲気が、ダイヤに有無を言わせなかった。



 グラウンドで複数の爆発音がした。複数の機械が煙を噴き上げている。


 ダグザは軽く笑みを浮かべる。魔女はすでに動いているようだ。レアリーは強いが、脳ミソの作りは単純だ。打ち合わせはしていないが、どう動くかくらいは簡単に想像がつく。


「ふふっ。可愛い生徒たちのためだ、一肌脱いでやるか。……おい幽霊、お前の名前は?」

「うっ、宇部ダイヤですっ」


「ダイヤか。いい名前だな。お前には索敵を頼む。おそらく現場の指揮官が屋上付近にいるはずだ。敵の兵士を探して、位置を私に伝えろ」


「はいっ。 ……あのー、先生はどうするんですか?」


 妖艶な笑みを浮かべ、ダグザは言う。

「決まっている。私の職場(テリトリー)を荒らすものに、教育的指導を与えるのさ」



 ダグザはがらりと教室の戸を開ける。

 あまりにも無造作に開けられるドア。出てくる女を見て、奥で見張っていた兵士の思考が止まった。


 その女は、まるでハンドバッグでも持つような気軽さで、肩に大きな斧をかついでいた。


 目が合う。女はにこやかに笑い、手を振ってくる。

 と、次の瞬間、女はブルーロード(*)をかっ飛ばす軽トラのような勢いで、一気に距離を詰める。


 ――斧だと? 室内だぞ? 拳銃でもない、ナイフですらない。


 我に返ったときは、既に遅すぎた。

 引き金を引きはしたものの、弾は分厚いマナで守られた左腕に弾かれた。

 弧を描く鉄塊は壁をがりりと削りながらも勢いは変わらず、乱暴に兵士の腹を裂いていく。



 びちゃりと黒ずんだ血液が廊下に散らばった。

 ダグザの髪はふわりと舞うと、ゆっくりと肩から腰へと流れていった。


 ダグザは教室を順番に開けていく。

 まるで宝石店を冷やかして回るように、ふらりと入り、出ていく。行うのは、破壊と殺戮。


※ブルーロード……山口県西部にある農道。交通ルールは守りましょう。

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