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030 魔術師 in the アイボリー・タワー


「えー、このようにー、窒素リン酸カリは肥料の三大要素と呼ばれ~」


 今にも電池が切れそうな老教師のしゃがれ声。お昼休みの後ということもあり、回りの生徒はみんなうとうととしていた。蛍ですら口の端からよだれが垂れている。


 この学校の生徒は、あまり農業に興味がないようだ。

 ティルナノーグでもガーデニングに肥料は使われていたけれど、びにるはうすとかいう名前の結界については初耳だ。魔力によらず植物の成長を早めるとは、すさまじく有用な情報のはずなのだが。やはり私の感覚がおかしいのだろうか?


 今でこそ慣れてきたが、転生直後は、こんな普通の学生たちに国家機密レベルの知識を教えていることに驚愕したものだ。

 逃げ出したら殺されるのではないかと警戒したり、親が「授業どうなん?」と聞いてきたときは、すわ秘密を洩らさないかの抜き打ちテストかと疑ったり。

 そのころからすると、ずいぶん私も高校生活とやらに馴染んできたと思う。


 蛍たちに指摘するたびに「えー、そんなの常識でしょ」とか言われているので、いい加減マヒしてきているが、お前らの常識のレベルは十分非常識だ。

 どこに因数分解を一般常識レベルで扱う世界があるというのだ。年端もいかん子供たちが細菌や天文、医療など、あらゆる分野でエリートレベルの知識を備えている。そのくせ、学校の成績はいまいちだとのたまうし。

 まったく、ぶつぶつぶつ……。



 ん?

 妙な気配を感じて、私はあたりを見回す。これは――?

 空気が急にピリピリと引き締まる感覚がした。先日の鍾乳洞で感じたような、はっきりとしたマナの乱れを感じたわけではない。もっと感覚的な――、そう、戦場の空気というやつだ。


 何かが、来る。

 窓の外で、大気がゆがんだ。

 不可視化(インビジビリティ)を使用した者たちによる、強襲だ。そしてを理解しているのは、この場には私しかいない。



「ときわ! 水晶を握っておけ!」

 私がさけんだ直後、派手な音がして、複数の窓ガラスが割れていく。反射的にときわと蛍に防御魔術をかける。

「キャッ!」

「うおっ、なんだ?」

「あぶな、痛っ」

 喧騒の中、どすんという砂袋が落ちてくるような音が聞こえた。空気が層になり揺らめいていた。


 つま先が何かを蹴飛ばした。こつんと音がして、灰色の小瓶がからからと転がる。

 脊椎が凍えた。いつから落ちていた? それは即座に大量の白煙を噴き出し、あたりを包んだ。


「なにっ、火事?」

「慌てるな、ゆっくり避難を、げほっ、ごほっ」


 教室のあちこちで騒ぎ声が聞こえる。いや、外からもだ。同時に複数の教室が襲われている。


 この期に及んで、私はまだ手を出すことを躊躇していた。

 ≪浄化(リンピアール)≫をかければ、煙はその毒性も含め、即座に消せるはずだ。戦いを選ぶなら、この教室の奴らくらいは簡単に倒せるだろう。

 しかし、その後はどうする? ときわと蛍は守れるのか。他のクラスメイトたちは。

 唇を噛みしめる。状況もわからぬうちに、目立つわけにはいかなかった。


 敵の狙いが知りたかった。この攻撃の対象は誰で、何を狙っているのか。



 ――いいや、簡単だ。わかりきっている。


 対象は、この学校そのものだ。

 やはりここはただの学校ではなかった。エリートたちを養成するために作られた、象牙の塔だったのだ。

 これだけ素晴らしい知識や生徒たちを集めているのだ、標的になるのもやむなしか。

 テレビで山口県の情報が流れることは少ない。他の地域の住人に対しては厳重な情報規制が行われていたのだが、完全に隠しきることはやはり難しかったのだろう。


 では、襲撃の目的は?

 無差別に爆破などせず、わざわざ侵入して制圧という回りくどいことをしている。

 単なる破壊者(テロリスト)ではない。おそらく、強奪だ。


 教師たちをさらい、生徒を脅し、教科書や各種教材を奪う。

 その知識を自分たちのものとするだけでなく、特殊技術を学ばされた生徒たちをスパイや兵器の研究にあてるに違いない。教科書は売り払われ、外貨獲得の手段となるのだ。

 ことは既に、自分の手の届く範囲さえ守ればいいという状況ではなかった。



 床にへたり込んでいた蛍を、腕の中にぎゅっと抱きしめる。

「安心しろ、お前は必ず私が守る」

 耳元でささやいた。

 救える限り全員を救うつもりではあるが、相手もバカではない。抵抗するものの存在に気付けば、人質を取ってくるだろう。

 非情だと呼ぶなら呼べ。私は、蛍とときわの命だけは、その天秤に乗せるつもりはない。


 ふん、テロリストどもめ。

 このレアリー・ホワイトウェルの縄張(テリトリー)に土足で踏み込んだことを、すぐに後悔させてやる。


 白煙にまみれた教室の中で、敵の練度や規模を推測していく。

 勝算はあった。こういう荒事こそが、私の本領なのだから。


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