029 恋する浮遊霊
「さて、目標も確認できたし、あとはこいつを浄化するだけですねっ!」
臨戦態勢でときわが言う。ああそうだな、頑張れー。
「え、ちょっと待ってよ。浄化って、どうするつもりなの?」
蛍が慌てた様子で聞いてきた。
「そりゃもう、永遠闇地獄で、ぼわっと燃やすんだよ!」
どうやら蛍の心配が当たったようだ。まったく、こいつは考え方が危なすぎる。
おいときわ、燃やすのはダメだ。火事になるぞ。
私は師として彼女を止める。ときわは少し考えて、またよくわからん術を口にする。
「じゃあ、聖瑠璃光線でっ!」
「どんなのよ、それ」
「無数の光線が相手を貫く」
「あーもう、もっと優しく天国に送るとかできないの?」
おお、蛍さんマジでご立腹だ。怖い。
「よし、では天国の座標を教えてくれ。召還門をつなげてやれるかもしれん」
助け舟を出したつもりだったのだが、逆にぎろりとにらまれてしまった。一応はコズミックホラーを追放した実績もある呪文なのだが。
あれ、そういえば外郎は?
隣で固まっていた外郎は、いつの間にやら幽霊の前に移動していた。危害を加えられているようには見えないが。
というか、あの空気はなんだろう。うっすい桃色のオーラを感じる。
「あのっ、外郎さん、初めまして。……すみません、いつも見てました」
「ああ、なんとなく視線は感じてたけど、別に気にしてない。なあ、お前、名前はなんていうんだ?」
「えとっ、ダイヤです。宇部ダイヤ(*)」
「そか。外国人か?」
「ハーフですけど、あんまり意識したことはないです。英語が話せるってわけでもないし」
ああ、知っているさ。このむず痒い雰囲気は、よーく知っている。
いつの間にか揉めていたときわと蛍も、こちらの話に聞き耳を立てていた。
「おーい、外郎?」
外郎はびくっとしてこちらを向いた。そして、ものすごく言いづらそうに。
「なあ、別にこのままでもいいんじゃねえか? ほら、特に困っても無かったわけだし」
なんだそのもじもじした態度は。誘惑でもされたか?
私は幽霊の女にも聞いてみる。
「そこの幽霊、ダイヤとか言ったな。お前はなぜこの家に住み着いたんだ?」
「はい。今から9年前、おばあちゃん家に遊びに行く途中で、家族で交通事故にあっちゃいまして。なんで私だけこんな姿になったかはわかんないんですが。で、このあたりをふわふわしてたら、偶然イケメンのお兄さんを見つけちゃって。それで、ついてきちゃいました」
顔をほんのり赤くしながら言った。
「……蛍、これってもしかして、既に解決してないか?」
「私もそんな気がするわ」
「えー、せっかく幽霊と戦えると思ったのにー」
その後、私はダイヤに姿の消し方などを教えてやり、福田家を後にした。
もともと霊体とはマナの塊みたいなものだ。やり方さえわかれば、自分の体の使い方くらいはすぐ慣れるはずだ。
しかし、肉体が滅びた後も残り続ける霊体というのは珍しい。彼女のマナがそれなりに濃かったのか、回りのマナが薄いせいでかえって食われることが無かったのか。
機会があれば研究してみたいものだ。
ちなみにときわは今回の件で外郎くんを魔術研究部に誘っていた。「俺、サッカー部だし」とあっさりと断られ、二重にショックを受けていたようだが。
帰り道。ときわと別れて二人きりになったあと、蛍が珍しく手をつないできた。
「ん、どした?」
「いいじゃん、昔はよく手をつないで帰ってたし」
「うん、まあ、いいけど」
色々あったしな。霊体だの幽霊だのと、蛍はすごく怖がっていたようだし。もう少し気遣ってやった方が良かったのかもしれない。
なぜか、つないだ左手はどんどん汗ばんでいく。ぴくりと動かすのも気恥ずかしくて固まっていると、蛍は滑る私の指をぎゅっと握り返した。
「じゃあね、また明日、学校で」
「あ、ああ、うん」
肩がものすごくこった。お札をもらっておけば良かったかもしれない。




