026 魔術研究部、依頼を受ける
ぽかぽか陽気の五月晴れ。テストを前に私と蛍は、いつものように理科室で勉強をしていた。
「あ、青海、そこ違うよ」
「ん、どこ?」
「ここ。ラスコーがフランスで、アルタミラがスペイン。逆になってる」
「むー、難しい」
知らない地名同士というのは、覚えるとっかかりが無くて大変だ。なんとかならんかなー。
「いっそのこと、今度の休みに行ってみるか」
「とおいよー、帰ってこれなくなるから」
蛍がクスリと笑った。赤い巻き髪が陽に透ける。柿のようなオレンジ色がきれいだ。
「大丈夫。何なら一緒に行くか?」
「魔法の絨毯でも出してくれるならね。単に飛ぶのはもういいわ」
最近、蛍は機嫌がいい。ダグザに何か言われたらしいが、詳しくは聞いていない。
あいつめ、いいとこあるじゃん。
そんな午後の陽気を打ち破る、どたどたという足音。
「まっすったぁぁああーー!」
奇声をあげて入ってきたのは、予想通りときわだった。
「もう、どうしたのよときわ、大声出して」
「あー、ほたるー! 蛍も聞いてくれ。依頼だ、依頼がきたのだ!」
はあ? 私たちは顔を見合わせた。
落ち着いて話を聞いてみる。
魔研部の噂を聞いたとある生徒が、ときわのもとへ相談に訪れたらしい。
曰く、アパートで視線を感じるだの金縛りにあうだのと。
「どう思いますかっ、師匠! 私は幽霊じゃないかと思うんですけどっ!」
え、えーと、ゆう、れい?
若干引きつつ蛍に目で助けを求めると、ゴーストよゴースト、と助け舟を出してくれた。
「え、いや、どう思うって言われても。ときわがそう言うんなら、ゴーストなんじゃないかな?」
「ごごご、ごーすとっ! やっぱりいるんですね、幽霊って!」
「ときわー、ちょっと落ち着いてー。青海も焚きつけないでよ。勘違いかもしれないじゃない」
一人大興奮のときわを前に、一人冷めた顔の蛍。こういうときの彼女は、わりと冷静だ。
「ゴーストって、私の魔術で倒せますか? その、ぶあーーっと炎で焼き払ったり!」
「えーと、マナが通った炎なら、特に問題なく倒せると思うが」
「うっしゃあー! 二人とも、幽霊退治だ。すぐ行こう、早く行こう」
私たちは再び顔を見合わせて、ため息を吐いた。
おいときわ、とりあえず依頼主に会わせろ。
「こちらだ、依頼主の外郎。私の中学時代の同級生だ」
「ちっす、福田外郎(*)っす、よろしく」
「うわ、ちゃらっ」
小さなつぶやきが聞こえた。こら蛍、失礼だぞ。
金髪で浅黒い肌の外郎くん。見た目からして不良族なのは間違いないが、会話ができる程度の知能はあるようだ。亜種だろうか。
「失礼しました、私は魔研部部長の長門青海と申します。ご依頼にありましたゴーストの調査ということですが、詳しいお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
とつとつと語る私をぽかんとした目で見る蛍。……失礼極まりないな。私だってティルナノーグで似たような仕事をこなしてきたのだ、大人の一面だってある。
ときわはときわで「ぶちょーは私じゃあ……」とショックを受けていたが、ほっておく。
「いや、別に困ってるわけじゃないけどよ。さっき、そういう話をときわの奴にしたら、私に任せろとか言っていきなり走って行ったんだよ」
「じゃあ幽霊を見たとか、なにか被害を受けてるとか、そんなのはないの?」
「別に。まあ、しいて言うなら、最近肩がぶち重たいってことくらいかな。何かしたってわけじゃねえけど」
「……お札でもあげようか?」
蛍は意外としっかり助手をしていた。いい子だ、あとで褒めてやろう。
さて、ときわには悪いが、めんどくさい。試験勉強の方が優先だな。
とはいえ、盛り上がっているときわに冷水をぶっかけるのもはばかられる。
「よし、我が弟子ときわよ、今回はお前が解決したまえ。例の水晶を使うことを許す」
「っほ、ほんとーですかっ、師匠!? 任せてください、絶対やりとげて見せます!」
うむ、気合い十分だ。よし、頑張れ。
ときわは外郎くんの手を引っ張りながら急かす。
「じゃあ早速お前のうちにいくぞ、外郎!」
「えー、今からかよ? まあいいけど。別に何もねえぞ?」
「はーあ、仕方ないか。じゃ私たちも用意しましょ、青海」
うん、ちょっと待って、この問題まで。……あれ?
「蛍、なんで私たちまで行くことになってるんだ?」
「当たり前じゃない、ばか青海。ときわにあんな言い方したら、絶対魔法使うわよ? 福田くん家が火事になるわ」
……うむ、確かに。
優秀な助手の説明に、私はぐうの音も出なかった。
こうして、急遽ではあるが、魔術研究部三名によるお宅訪問が決まった。
※ういろう……和菓子。山口名物。他の地域のものと違い、ワラビ粉を使って作られている。




