003 レアリーさん、助ける。
入学式はつつがなく終わり、私たちは教室でのホームルームに参加していた。
一人ずつ立ち上がり、自己紹介をしていく。
こういうのはどこの世界でも変わらないんだなー。
魔法学校時代にも同じようなことをした覚えがある。もう何百年前だったか、ろくに覚えてないけれど。
なんだか懐かしくなり、私はこの世界の学校の雰囲気を堪能していた。
「はい、つぎー」
「二見ときわ(*)。休日はダンジョンめぐり、普段は魔術関連の書物を漁っています。好きな食べ物はお饅頭です」
なぬ?
教室がかるくざわついた。魔術という単語に私の耳がピクリと動く。
ときわと名乗った少女を改めて観察する。
黒玉を思わせる、ストレートで艶のある黒髪。それに合わせるように、ソックスや髪留めなどの服飾品は、きっちりと黒で揃えられていた。
なるほど、黒魔術師か。
制服のボタンには見たことのない印章が刻まれている。あれが、彼女の所属する魔術ギルドの紋章なのだろう。
この世界にも、魔術師はいたのだ。
彼女の身体からは少しのマナも感じなかったので、全然気が付かなかった。蛍の方がまだ多いくらいだ。
おそらく、マナの希薄なこの世界では、マナを垂れ流し浪費してしまうのを抑える技術が進んでいるのだろう。
電気と機械が支配するこの世界では、魔法使いはさぞ肩身の狭い思いをしているに違いない。
迫害や圧政すら予想されるというのに、嘆くことなく、足りない魔力を努力や工夫で補う。私はその姿勢に、感動すら覚えた。
実力は私の方が上だろうが、同じ研究者として、彼女は私に何ら劣るところは無い。
そう、その非常に慎ましやかで、少女らしい体型も。
過去の私に何ら劣るところは無いし、過去の私も彼女に何ら劣っていないはずだ!
自己紹介は次の人間に移っていくが、教室のざわめきは続いたままだ。
「あいつ、いくつだよ」
「中二病でしょ? 痛すぎ」
ぐぬぬ、このゴブリンどもめ。煮込んでスープにしてやろうか。
ときわという少女への、いわれなき中傷。
同じ魔術師として怒りが有頂天になりかけたのだが、それでも彼女はみじんも気にした様子を見せず、堂々と前を向いて座っている。
この程度の迫害は、おそらく日常茶飯事なのだろう。本人がガマンしている以上、私が手を出すのは筋違いというもの。
しかし。
一人の男子生徒が、消しゴムを小さくちぎって、ときわへ投げつけた。
頭を押さえ、後ろを振り向くときわ。それを見て、ついに私もキレてしまった。
きょろきょろしている、ときわと目が合う。フッと笑って合図をすると、指でっぽうを作る。
ここは先輩魔術師である私に任せておけ。
ばん。そのまま、軽く打ち抜く真似をする。と同時に、簡単な風の術を放つ。
「――≪風刃≫」
私の放った風の刃は、男子生徒の座っている金属製の椅子の脚を、すっぱりと両断した。
どんがらがっしゃん。
派手な音を立ててひっくり返る男子。皆の目が集まり恥ずかしかったのか、赤面して「大丈夫っす」を連発している。
同じ魔術師同士、仲良くしましょ。
目を丸くしているときわに、私は心の中でエールを送った。
※二見……下関市北西の海沿いにある小さな町。二見まんじゅう発祥の地。




