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幕間 げてもの太郎、生きる!


 理科室を逃げ出したげてもの太郎は、森に潜んで生き延びていた。


 魔術で生み出された肉塊は成長し、皮膚と筋肉を手に入れる。

 触腕は太く成長し、本能は闇に隠れることを選んだ。


 その日、げてもの太郎は初めての敵と出会う。


 ニホンイノシシ(♂)(*)。体高は一メートルに満たないが、げてもの太郎もせいぜい大型の猫程度。

 その体は、まさに黒鉄の城。丸々と太った体はずしりと重たく、針のような体毛に覆われていた。


 ふうふうと荒い吐息が聞こえ、げてもの太郎は戦慄した。

 長いまつげを有した瞳は人間のように潤み、足の甲に薄く生えた産毛までもが逆立った。


 げてもの太郎は、知らぬ間にマナを高めていた。その純度、量。見るものが見れば、エメラルドよりもまぶしく輝いていたことだろう。

 当然のことだ。彼の肉は、レアリー・ホワイトウェルという超一流の魔術師のマナを材料に作られているのだから。

 しかし、げてもの太郎は生れ落ちてすぐに捨てられた身。それを知ることはない。



 ニホンイノシシは興奮していた。

 見たこともない怪物(げてもの)が、縄張りに入ったことだろうか。野生の本能が鋭いマナを感じ取ったのだろうか。それとも、ただ単に虫の居所が悪かったのか。わからないが、二人が出会った時にはすでに、ひどい興奮状態にあった。

 落ち着きなく鼻を上下させると、低くかがむ。牙が浅く震える。


 ――突進。体重100キロを越すであろう巨体が、瞬時に加速する。蹄が湿った土を蹴りとばした。哀れなオオバコが巻き添えを食らい、宙を舞った。


 ぴい。

 音がした。鳴き声なのか風切り音なのか、わからない。


 ニホンイノシシの体に無数の刃が突き刺さる。

 刃は細く、毛皮を切り裂いて肉に届く。


 ぶひいぃぃいい


 夜の闇に、ニホンイノシシの悲鳴が響いた。

 骨には達していない。動きは鈍るものの止めることはできず、興奮はさらに加速した。



 げてもの太郎は、再度鳴いた。さきほどよりも高く、遠くまで届く音だった。

 ぴきぃぃぃ


 ぶすん、という音がした。ニホンイノシシが腹を貫かれた音だった。

 魔力で固められた白く鋭い槍が、地面から生えていた。



 げてもの太郎の姿は、既に消えていた。自分の戦果を確認することもなく、逃げ出していた。

 げてもの太郎の初めての魔術は、無意識のうちに発動した。

 それ自体は別に珍しいことではない。魔術とは、意志の力の発露だ。発動に必要なのは手順や呪文ではなく、生命や力に対する渇望なのだ。


 ただ、それをげてもの太郎が知ることはない。おそらく今後もないのだろう。


 その力の使い方を教えられる存在も、威力の非常識さを指摘できる存在も、この世界には存在しないのだから。



※ニホンイノシシ……美味しい。牡丹肉とも呼ばれる赤身の肉は、濃厚で弾力がある。味噌煮込みがよく紹介されるが、すき焼き風に醤油で煮込むのもおすすめ。

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