024 ダグザ先生の個人授業 ~魔術編~(説明会)
「やれやれ。まったく仕方ないな、あの子は」
ダグザの口調は、じらを言う(*)子供をあやす母親のようだった。
「あなたたちはどうするの? 一緒に帰る?」
顔を見合わせる二人。ときわが「あっ」と思いついたように小さな声をあげた。
「あの、油谷先生も魔法を使えるんですか?」
「ん? ああ、使えるが、オレは幻術専門だぞ」
「それでもいいです。その、魔法について詳しく教えて欲しいんです」
教えるのは構わんが、レアリーの方がよっぽど詳しいはずだぞ。そう言おうとしてダグザは思い至り、ああと小さく声をあげる。
簡単な話だ。レアリーは、教師には向いていない。
強いことは強いのだが、呪いのせいもあり、彼女は孤独だった。当然ながら、教えたり教えられたりといった経験も皆無だろう。
さらに言えば、彼女の使う魔術はかなり独特だ。
魔術にはベースとなる構成があり、その場の状況に応じてアレンジして使う。そのこと自体は普通の魔術師も行っていることなのだが、彼女の場合、そのバランスや程度が特殊過ぎるのだ。
もっとも、だからこそ他の魔術師ではたどり着けない高みにいるとも言えるのだが。
一般的には、前もって使いやすいように調整した術式をいくつも用意しておく。瞬発力を求められる戦闘魔術師ならなおさらだ。戦いの途中で術式を組み替える余裕などない。
普通それらの調整は枝葉のみの部分的なものに留め、ベース部分までいじることはまずない。というか、基本構成を触ってしまったら、それは既に別の術である。
だがレアリーの場合、そんなことはお構いなしだ。調整を加えた呪文にさらに調整を重ねていき、ベースの術とまるで違った効果を生み出すことも少なくない。
くわえて、戦闘中にでも平気で術式を組み替え、その場に応じた魔術を作り出していく。
要するに、規格外の変態魔術師なのだ。
「ふふ、いいだろう。ではお前たち二人に、魔術の基本から教えてやるか」
彼女らが魔術を覚えることで、少しでも彼女の長年の孤独が癒されるなら。
そう思い、ダグザはときわの頼みを快く引き受けた。
「ふえ? もしかして私も?」
蛍はいつの間にか巻き込まれていた。
「さて。魔術とはマナを媒介にして生み出される現象のことだが、魔術には大きくわけて二つ、詠唱術と紋章術がある。
詠唱術とは、口頭や念じることなどで即時発動する類の術。慣れれば呪文すら省略できる。そして紋章術とは――、蛍、わかるか?」
「ええと、魔法陣のこと? こないだ青海が使ってた」
ダグザはにっこりと微笑み、頷く。
「うむ、半分正解だ。魔法陣は代表的な紋章術だが、それ以外にも巻物や薬学なども含まれる。つまり即時ではなく、保存性がある術式の総称だ。そのためによく使われるのが、魔術文字や魔術結晶。各種の薬草もそうだな」
ときわが目をキラキラ輝かせてメモを取る。ダグザはペンが止まるのを待ってから、説明を続けた。
「詠唱術は即座に発動できるが、複雑な設定はできん。逆に紋章術は複雑な設定ができるものの、文字を織り込む関係上、用意に時間がかかる。戦闘には向かん。ようは、使い分けだな」
蛍はそれを聞いて、疑問を素直に口にする。
「あれ、でも洞窟で戦った時の青海は、魔法陣を使って戦ってたよね?」
あー、あれはなー。
ダグザは、何と説明すべきか少し迷った。
「あれは特別だ。詠唱術で魔法陣を展開し、そこから目的の術を発動させているんだ。即座に複雑かつ強力な術を、複数展開できる」
「ほへー。つまり、それが最強の術ってこと?」
いや、違う。ダグザはきっぱりと言い切る。
「アイツを普通の魔術師だと思うな。普通はあんなこと思いつかんし、思いついても実行できん。高度過ぎてな。特別と言ったのは術の方ではない、あの魔術師自体が特別なんだ」
「はー、すごいんだね、青海って」
感心した蛍の声は、少しだけ誇らしげに聞こえた。
ぴんぽんぱんぽーん。校内放送のチャイムが鳴った。
『油谷先生、油谷先生、職員室までお戻りください』
「おっと、どうやら仕事のようだな。行かなくては」
「ありがとうございました」
「ありがとね、先生」
またねー。
振り返り手を振る彼女は、既にダグザではなく、油谷先生になっていた。
歌うような声が、なぜか蛍の耳には引っかかったままだった。
※じらを言う……駄々をこねる、泣きわめくといった意味の方言。祖父母あたりに言われた人も多いのではないだろうか。




