023 油谷先生、クラスになじむ
「油谷千鳥(*)といいます。今日からあたらしく、このクラスの担任になりました。みんな、よろしくねー」
うほーという声が響き、男子生徒たちの興奮が伝わってくる。お前らはゴリラゴリラゴリラか。
巨乳だけではなく、透き通るような白い肌に、おっとりたれ目。男の庇護欲をくすぐる最高の女性がそこにいた。
こほん、と咳ばらいをして松下先生が注意する。
「油谷先生、生徒との距離が近すぎるのはちょっと――」
「あら、もうしわけありませんー」
深々とお辞儀をするダグ……もとい、油谷先生。
「ええと、書類の都合で赴任が遅れましたが、本日からこのクラスの担任をお願いすることになります。担当は英語ですから、授業でもお世話になるでしょう。皆さん、仲良くお願いしますね」
書類の都合か。まあ、幻術でちょいと悪さをしたのだろう。
「「「はーい」」」
生徒に混じり、手をあげて返事をする油谷先生。昨日も思ったが、こいつキャラ変わり過ぎじゃないかよ、もう!
くー、女の私から見ても可愛い。が、そこに羨望などなく、あるのは妬みのみ。
「よろしくお願いします」
真剣なときわの声。一人だけ妙にかしこまった様子で、礼儀正しくお辞儀をしている。
あー、彼女にとっては、師の友人という感覚なのかもしれないと、納得した。
一人の生徒が手をあげて聞いた。
「せんせー、彼氏はいるんですかー?」
「あらあら、これからみんなが彼氏みたいなもんですよー」
むう、こういう質問にもそつなく答えるとは。一見隙だらけのようで鉄壁の守りを見せる油谷先生に、私は歯噛みした。
「なにか特技ありませんかー?」
「えーと、手品かなー」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声が出た。いや、私ではなく松下先生からだ。
「えーとぉ、……じゃーん!」
教卓の下をごそごそ探り、ばふぉんという効果音付きで取り出したのは、一抱えもある花束だ。
あっけにとられて見ている松下先生に手渡すと、いけしゃあしゃあと言い放つ。
「これどーぞ、生徒たちに受けると思って、前もって用意しておいたんです」
「すげー」「なにあれ」「完璧超人だ」「可愛すぎ」
生徒たちは拍手喝采だ。えへへ、と小さく笑い、ぺこりと頭を下げる。
放課後、私は理科室でぐったりしていた。
「なんだよ油谷先生って。ダグザ先生じゃないかよぅ」
「師匠のお友達なんでしょ? あの人も魔術師なんですよね」
「いや、どちらかといえば脳筋タイプだ。魔族を束ねて帝国に攻め入った魔王だぞ」
「あんた、こないだと言ってること全然違うじゃない。だいたい、そんな悪い人にも見えなかったけどなぁ」
「いや、やつは幻術の使い手だ。あの善人面も幻術だぞ」
「今さっき脳筋って言ったじゃん」
くだらん話をしていると、突然がらりとドアが開き、明るい声がした。
「はろー、みんなやってるー?」
「「ダグザ先生!?」」
ちっちっち。ダグザ先生は人差し指を振りつつ答える。
「その名は捨てた、ここでは油谷先生と呼んでもらおう」
「で、何をしに来た?」
うすうすわかっていたが、聞いてみた。
「松下先生から、面白そうなことをやっている生徒がいると聞いてな。視察に来たのだ。ほれ、教師だし」
答えながら浮かべた笑みは、小悪魔のようだ。
私は鞄を持ち、立ち上がった。
「あ、どしたの、青海」
「先に帰る。すまない、少し疲れた」
「あ、うん」
あまり心配はかけたくないが、少し一人で現状を整理したかったのだ。
とぼとぼと一人で歩いていると、家までの距離がやけに遠く感じた。




