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022 I love you more than you will know


 蛍は職員室をのぞき込んだ。彼女はすぐに見つかった。

 近づくと、小声で「話がある」とだけ伝え、体育館裏へと呼び出した。


 彼女はすぐに来た。

「はろー、まったー?」

 軽い調子が、余計に蛍を苛つかせた。


 蛍はすぐに本題に入る。

「あなた、青海のことを、レアリーだとか呼んでたわよね」

 ダグザは顔を引き締める。緩い表情とのギャップが、むっとしているようにも見えた。


「レアリー・ホワイトウェルか?」

 声のトーンが落ちた。

「そうよ。それ、一体誰のこと? あの子は、長門青海(ながとおうみ)。私の幼馴染よ」


 ふう、とダグザは息を吐き、蛍を見据えた。


「魔女、レアリー・ホワイトウェル。呪いにより数百年の時を生きる魔術師だ。私たちの元いた世界、ティルナノーグでは、最強の魔術師と呼ばれ恐れられていた」


 ぴくりと眉が動く。しかし、蛍の興味はそこにはない。

「ふーん、そう。じゃあ聞くけど、本物の()()はどこへ行ったのよ?」


 質問の意味がわからん、とダグザは言った。噛みつかんばかりの蛍が、数秒間だけでも理性を保てたのは奇跡かもしれない。

 瞳に溜まった涙は、決壊寸前だった。


 様子がおかしいことを察したダグザは、蛍の肩に手をかけ、優しい声で言い直す。

「すまない、私とレアリーとの再会は、本当に偶然の出来事なのだ。良かったら何があったのかを、詳しく説明してくれないか?

 事情はわからんが、かつての彼女のことなら少しは知っている。何か力になれるかもしれん」


 蛍は半分泣きながら説明し、ダグザはそれを根気よく聞いた。

 高校に入ってから、青海がおかしかったこと。そして、魔法が使えるということ。

 いつから? なんで? 

 疑問は増えるばかりだった。あの夜、レアリーと呼ばれていることを知った。


 もし青海が魔女だとするなら、元の青海はどこへ行ったのか。

 私が好きだった、優しい笑顔の少年は。



「――隔世転生陣か。相変わらずあいつは、クセの強い術ばかり好んで使うな」


 赤髪の少女の話や自分の現状などから推測するに、まず間違いないだろう。

 ダグザは静かに、転生術について説明した。おそらくレアリーが施したであろうアレンジについても。

 蛍は首を傾げながら聞いていた。

 空を見ると、一羽のトビが円を描いていた。ぴー、ひょろろろろ。

 


「結論を言おう。青海はレアリーであり、レアリーは青海だ。転生した以上、それは間違いない」


「納得いかないわ! 全然違うもの」

 泣いたと思えば、怒りで拳を握りしめる。感情豊かだが、それを相手にむやみにぶつけない冷静さ。ダグザはこの赤髪の少女を気に入り始めていた。


 あいつは、呪いの子だ。迫害され、殺されかけた。

 本当なら、普通の子供だったのに。


「お前は今、違うと言った。では逆に聞くが、本当に違うのか? あいつは、長門青海という少年は、本当にその本質まで変わってしまったのか?

 おそらくはお前の知っている青海とは、呪いを受けることなく暮らしてきたレアリーなのだろう。魔女ではない、普通の子供としての」

 こんな少女相手に、ずいぶんと残酷なことを言わせるものだ。ダグザは少しだけ魔女を恨む。


 その言葉を聞き、うう、と蛍はたじろぐ。

 まさに悩んでいたのはそこなのだ。

 外側だけ見れば別人なのに、蛍の心は、青海は変わっていないと言っている。


 蛍は思い出す。

 優しくて芯が強いところ。弱いくせにいっつも私を守ろうとしていたこと。不良に絡まれたときなんか、さりげなく私を背中に隠してくれた。細かいちまちました計算が好きなところ。粘り強くて、あきらめが悪いところ。

 確かに、みんな同じだった。



 悩む蛍に、ダグザは言う。

「仲良くしてやってくれ。あいつはいいやつだ。転生したことについても、たぶん人並みの幸せが欲しかっただけなんだ。

 レアリーだのなんだのとわだかまりはあるだろうが、一人の人間として接してやってくれ。お前は真の意味での、あいつの最初の友人だ」


 でも。納得は、できなかった。


 ダグザは軽く微笑み、言った。

「ただとは言わん、礼として私の名前を教えてやる」

「……知ってるわ、冥王ダグザでしょ?」

「違う、真の名だ。レアリー・ホワイトウェルを含めて、ほんの数人しか知らん名だ」


「秘密の名前があるんなら、あのときに言えば、すぐわかってもらえたんじゃないの?」

 ダグザは首を横に振る。

「私の使う幻術とは、概念の魔術だ。真の名を知られるということは、本質を知られるということ。私を殺すのと同じことだ。

 だから、誰もいない場所だとしても、決して口には出さない。だから、あいつは言わなかった」


 へー

 感心する蛍に、ダグザは自慢げに言った。


「な、いいやつだろ?」と。


 蛍の顔が紅潮した。

 自分のことを褒められたかのように、くすぐったい感覚がした。


「ありがとう、少し、楽になったかも。でも名前はいいわ。そんな大切なこと聞かされても、困るもん」


 ダグザは抱きしめるように蛍の耳元に口を寄せ、そっと囁いた。


「フォールン・センターヴィルだ。オレも、お前のことが気に入った。戦いでは勝てなかったが、恋愛で意趣返しというのはいいかもしれないな」


「はひっ? えっ?」


「じゃ、またあしたねー」

 口調は、元に戻っていた。

 どぎまぎする蛍を置いて、さっさとダグザは行ってしまった。



※Mrs. Robinson……サイモン&ガーファンクルの曲。

 突然幼馴染が変わってしまった蛍さんは、このお話で一番の被害者かもしれません。はたして蛍さんは、彼女にとってのエレンを見つけることができるでしょうか。

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