021 まいっちんぐダグザ先生
謎の黒マナの調査。思いがけぬ旧友との再会。親友との絆。
行って良かった、校外学習。
転生直後こそ色々思うこともあったが、今はこの世界に来て本当に良かったと思っている。
蛍にときわ。私にはもったいないほどの親友だ。かけがえのない宝だ。
もし彼女らの身に危険が迫ったときには、私の命に代えても守ってやると、固く誓う。
転生術の調査を止めるつもりはないが、今はもう少しだけ、この日常を楽しんでいたい。そう思うようにすらなっていた。
何百年と望み続けてとうとう手に入れることができなかった、普通の暮らしだった。
その日のお昼休み、お弁当を食べた私たちは、教室でだべっていた。
「ねーえ、青海。あんた、秋吉台から帰ってきて、毎日幸せそうねー」
「ああ、幸せだからね。蛍が傍にいてくれるおかげだよ」
蛍は最近、すぐ赤くなる。まるでテレビで見た信号機(*)のようだな。
私はおかしくて微笑む。ほら、また赤くなる。
ばっかじゃないの? そう言いつつも怒っているわけではないのを、私は知っている。
「師匠、幸せ感じるのもいいけど、そろそろ中間テストですよ」
窓から差し込む陽気に伸びをしながら、ときわが言った。机にべたっと伏せるさまは猫のようだ。
テストか。しなきゃな、勉強。
むー、実はあんまり気が進まない。
魔術師をやっていたので、好奇心は旺盛なほうだと思う。勉強に対する意欲も無くはないのだ。
実際、数学や化学なんかは、面白かったから頑張った。世界の理を、私たちとは違う形で解き明かそうとする、錬金術師たちの――いや、この言い方は失礼だな。科学者たちと言い直そう。――足跡には、魂を強く揺さぶられた。
彼らの素晴らしさは、意志の力だ。知識を連綿と受け継いでいく、その意志だ。
魔術は意志の力だと言った学者を知っている。しかし、十年後、百年後を見据えた科学者たち以上の意志の強さを、私は知らない。
巨人の肩という素晴らしい言葉は、まさに科学者たちのためにある。
幸いなことに、英語も割とできた。蛍から「なんでいきなりそんな発音よくなってんの?」と不思議がられたが、ティルナノーグの言葉に近いのは、日本語よりもむしろ英語のほうだ。
問題は、古文漢文歴史など。こちらは完全に門外漢だ。
聞いたこともない国の言葉や歴史を突然暗記しろといったって、グレムリンにパソコンをいじらせるようなもんだろう。
「はー、やだなー」
頭の後ろで腕を組み、椅子をぷらぷらさせる。はー、ぽかぽかきもちいー。
と、急にざわつく生徒たち。
「おい、あれ見たかよ」「ああ、ぶちエロイぜ」
ん、なんだ? どした?
「こちらですよ、油谷先生」
「ありがとうございますー」
松下先生の後から入ってきたのは、腰まで届く黒髪の、色の白い大人しそうな女性だ。
どうやら新任教師に教室を案内しているらしい。
あ、こっち見た。
……………………。
油谷先生とやらは、手を小さくあげて、ふりふりと可愛らしく振っている。はろー、と小さく聞こえた。
「うおー、ぶちくそかわいいぃぃ!」
「美人よねー、スタイルもいいし」
「すっご! モデルさんみたい」
「はいはい、後でちゃんと紹介しますから。油谷先生っていいます、明日からお世話になるので、みんなよろしくね」
野次馬を散らしつつ、松下先生は言った。
「はじめまして、よろしくねー」
天使の持つ鈴の音のような、ころころした明るい声。
しかし私には、バンシーの声にしか聞こえなかった。
クラス中が盛り上がる横で、私たち三人は凍り付いていた。
あれはまさか、ダグザ先生?
※テレビで見た信号機……なにをバカなと思うかもしれないが、本当に少ない。だいたい青い。




