002 レアリーさん、やらかす。
失敗した失敗した失敗した失敗した! うああぁぁぁ!
がんがんどんどん。
15の春。高等学校とやらの入学式当日に覚醒した私は、家の庭にある木に頭をぶつけながらもがいていた。
西暦20XX年、日本。山口県いなか市いなか町大字いなか。
私の転生先だ。
科学というみょうちくりんな機械文明が異常に発達したこの地では――、ああ、こんなことはどうでもいい。
問題は、私の体だ。
せっかく転生をしたというのに、以前と変わらぬツルツルペッタンとした胸板。当たり前だ。
代わりに手に入れた、邪悪な触手。私だって大人の女性だ、当然そういう本も読んでいるので、これが何かはよく知っている(ドヤ)。
転生した私は、長門青海(*1)という人物として成長した。そう、なんと背が伸びたのだ! 生きているって素晴らしい。
問題はただ一つ。私の性別は、――男だった。
「青海ー、なにやっちょるん? はよ車に乗り。遅れるよ」
「……はーい」
母に呼ばれ、私はがっくりと肩を落としたまま、かすれた声で返事をした。
転生術なんてドマイナーな魔法の構築理論など、マーグメルの禁術図書館を引っかきまわしても出てくるわけがない。
虫食いだらけの呪文書を死ぬ思いで解析して、穴を埋め、アレンジを加えた。それのどこで失敗してしまったというのか。
ちなみにアレンジとは、転生先の自分がある程度成長したところで、過去の自分の記憶が乗っかるというセンスあふれるやつだ。
別世界に行くならば、その世界の言語や一般常識を吸収する必要がある。ということで、記憶の覚醒時に混乱する危険を承知で、この方法を選んだのだ。
結果的に、それは大正解だった。この世界はティルナノーグとあまりに違っていた。
なんというか、異常過ぎる。
今乗っている車にしたって、携帯電話やテレビにしたって、一般の農民が持つには高度過ぎる。
魔力という概念はないものの、この世界を支配する「電気」という力は――。
ああ、とにかく、この長門青海の記憶が無ければ、私はこの世界の社会からブドウ玉のように弾き出されていたことだろう。ぱっちんと。
そんなことを考えているうちに、車は高校へと到着する。
「あらおば様、おはようございます」
振り返ると、ザクロのように鮮やかな赤髪の女が立っている。豊田蛍(*2)。私の、というより青海の幼馴染だ。
ドリル状に巻かれた赤髪に、名前の通り蛍光灯のようにぱっと明るい笑顔。そして、制服の下から自己主張をする忌々しい膨らみ。
ぐぬぬ、この女、呪いをかけられたころの私と同じくらいの年のはずなのに。
「あらおはよう。蛍ちゃん、可愛くなったねえ、制服も似合っちょるよ。ほら、あんたも挨拶せんと」
「……おはよ」
「どしたの? 元気ないねー」
「照れちょるんよ。蛍ちゃん、高校でも青海をよろしくね」
「はい!」
私たちはそのまま連れ立って、入学式という祭典が行われる体育館へと入っていった。
※1長門市……山口県北部、日本海に面した市。青海島は遊覧船での観光も可能。
※2豊田町……下関市北部の山中にある町。ホタル祭りが毎年行われる。