015 レアリーさん、女湯をのぞく
宿泊場所である、自然の家 in 秋吉台。
残念ながら、我が家のほうがよっぽど自然の家だった。
班にわかれてカレーを作ったりレクリエーションをしたのだが、例の黒マナのことばかり考えていて、少しも楽しめなかった。心配や悩みで胸が膨らむのなら、転生もしなくて済んだというのに。
ちなみにカレーを作るために火を起こすとき、ときわのせいで危うく火事になりかけた。ばかめ。
さて、冗談抜きに言うと、割と真面目に警戒をしていたのだ。
攻撃的ではないといっても、範囲内に入る獲物を静かに捕らえて捕食するモンスターなどいくらでもいる。
どこに敵が潜んでいるのか。数は、攻撃方法は。そしてその攻撃範囲は。
蛍とときわ、二人のそばだけは離れないようにしつつも、薄く広くマナを広げてクラス全体をカバーする。けっこう神経を使う作業をしていたのだ。
「おい長門、お前どこ行くんだよ、すけべー」
「え?」
考え事をしていると、急に山田に声をかけられた。
ときわと蛍の後ろをついていただけだが。私が上を向くとそこには大きく『女湯』の文字。
「なにか変か?」
たっぷり考えた後、私は「おおう」と変な声を上げた。
そうだ、忘れかけていたが、今の私は男の子だったのだ。
「はぁ、まったくなにやってんのよ」
「じゃあ、またあとでですね、師匠」
「あ、うん」
しょんぼりした私の背中を山田が叩く。
「そんな落ち込むなよ。ほら、お約束だろ。いこうぜ、のぞきに」
山田の鼻の下は伸び切っていた。
そんなことをしている場合ではないのだが。私が呆れていると、山田は勝手に話を進める。
「行かないのか? まあ、お前はトヨタと仲がいいからなー。 あー、うらやましい。あいつ、たぶんクラスで一番でかいぜ」
「ふむ。確かにむかつくな、あいつの胸は」
「だろ? しかしお前、二見とも仲がいいじゃねえか、うらやましい。まあ、あいつはどうでもいいけど」
「そうか? あいつはあいつで良いやつだぞ」
「小学生みたいじゃん」
貴様、それはレアリー・ホワイトウェルに対する挑戦と受け取るぞ。
そういえばこの世界では、男女で風呂の入り方が違うようだ。
女は普通に湯船に入り、男は女性から湯をかけてもらうのが決まりらしい。女風呂の壁側から入り、最初に見つけた女性に湯をかけられるのだ。
ずいぶん難儀な入浴方法もあったものだが、郷に入っては郷に従うことにする。私は空気が読める大人だからな。
嘘だ。私も年頃の女性だったので、それがお約束だということくらいは知っている。
「はあ、まったく。ばか言ってないでさっさと入るぞ」
私はガラリと戸をあけて、――固まった。そこにいたのは無数の幼体の蛇人間たち。
やつらの石化呪文に対し、私のガラスのハートは抵抗することもできず、木っ端みじんになった。
は、はじめてみる、たくさん。 うひいぃぃ。
おお、もうだめだ。
私はよろけたあと、もたれかかるように風呂の戸を閉める。
「ん、長門、どうした?」
「うう、具合が……、そうだ、体調が悪い。今日は風呂はやめておこう」
私の言葉ににたーっと笑みを浮かべる山田。
「ああ、やっぱりな。信じてたぜ、お前ならついてきてくれると」
そのまま肩を掴み、引きずられる。おい、ちょっと! 私は別に!
心がへし折られた直後の私は抵抗することもできず、そのままなし崩し的に連行されていった。
そのあとか?
お約束だと言っただろう。お湯を浴びて終わっただけだ。
ちなみに山田へ≪暗闇≫をかけておくのは忘れなかった。蛍とときわは、まだ嫁入り前だしな。
まったく、守ってやった私まで、なんでこんな目に。 ぶつぶつ。