幕間 冥王ダグザとシコクヨコエビ
暗闇の中、冥王ダグザはまどろんでいた。
何度となく見る夢は、あの時の戦いの夢。
巨大な火球を弾き飛ばした直後、その隙を狙って騎士が飛び込んでくる。
ダグザは斧でそれを受け止め、力任せに蹴り剥がす。
拭っても拭っても垂れてくる血に、眼前は赤く染まる。
ダグザはおたけびをあげ、リーダーである魔法剣士に、力任せの一撃を見舞う。
奴の魔法剣は確かに強力だが、腕力と武器の強度――剣と斧と――では、自分に分があるとダグザは踏んでいた。事実、魔法剣士はダグザの一撃を受け止めきれず、刃は砕けた。
奥で女神官が呪文を唱えているのが見えた。ダグザは即座に得意の幻術を三重に詠唱し、投げつける。
女神官が必死で抵抗しているところへ、手に持つ斧を投げつける。
魔法盾の精製。――しかし威力を殺しきることはできず、吹っ飛ばされる。
ダグザが振り返ると、騎士が剣を支えに立ち上がるところだった。肩で息をしつつ、こちらをにらむ。全身鎧の上からでも、疲労の色がはっきりとわかる。
ダグザは腰に下げていたもう一つの斧を取り出し、ゆっくりと大上段に構える。
――しかし、その一撃が振り下ろされることは無かった。
「終わりね、あなたたちの負けよ」
虚空から幼い女の声がした。
不可視の魔法でも唱えていたのだろうか、少女は空間をカーテンのように捲って現れると、ダグザと騎士の間に立ちふさがる。
少女は右手を持ち上げると、光る指先で魔法陣を展開する。
まずい。ダグザがそう思った時には、遅かった。
ダグザは光る魔法陣に捕らえられ、一瞬だけ動きを止められた。その一瞬がすべてだった。
阻害呪文により、七重の魔法盾は水にぬれた紙のように破られていく。次の瞬間、彼の体は無数の光の矢に貫かれ、頭上から溶鉄の雨をぶつけられた。
多重詠唱。しかもこれほどの威力を保ったまま、寸分の狂いも無く。
こんなことができるのは、ティルナノーグ中を探しても一人しかいない。
「貴様、あのときの魔女か……!」
「ごめんね、本当は一対一で戦ってあげたかったんだけど。 せめてあなたを――」
薄れゆく意識の中、魔女の言葉を最後まで聞き取ることはできなかった。
ダグザはたまに考える。彼女は何を言おうとしたのだろうかと。
考えてもわからないので、また瞳を閉じる。
ダグザがいるのは、月も星もない、完全な漆黒。
水の中で、何かが動く気配がした。
ダグザは素早く手を伸ばし、捕まえたそれを、口へ運ぶ。
今日の冥王ダグザの夕食は、シコクヨコエビ(*)だった。
※シコクヨコエビ……秋吉台の鍾乳洞内部などに生息。白く透き通った体の、目の退化したヨコエビ。