013 げてもの太郎、逃げ出す。
さて次の日の放課後、約束通り理科室に集まる私たち。
「へー、理科室を借りたんだ。火とか使ってたし、ちょうどいいわね」
場所のチョイスに感心する蛍に、ときわはあっさり言い放つ。
「いや、無許可だよ」
「へ?」
「危ないからね。万が一の時には火の不始末を先生に擦り付けられるように、ここにしてみた」
やっぱりこいつには一度、一般常識というものを教えてやらねば。
あきれる私たちだったが、まあいいや。
早速練習の成果とやらを見せてもらうことにする。
「ふふーん、任せてください。師匠にもらった水晶で、しっかり練習しましたから」
やけに自信たっぷりなのが逆に不安を誘った。いくら胸を反らしても、なだらかな板は板のままだった。
とはいえ、せっかくできた友達の前で、いきなり失敗してしまうのもかわいそうだ。少し師匠としてフォローしておくか。
「じゃ、いきますよぉー」
ときわはさっと青く輝く水晶を取り出し、呪文を唱えた。
「爆炎破っっ!」
あ、やっぱりやらかした。
「≪魔力阻害≫」
バレないように、小声で呪文を唱える。
ときわの魔術は注ぐ魔力の加減ができていないから、よく暴走してしまうのだ。広い場所でぶっぱなすだけなら問題ないのだけれど。
「あれ、普段よりしょっぼい?」
ほどほどの大きさの炎がぶあっと広がり、さっと消えた。後には煙も残らない。
「うわ、すっご! すごいじゃん、ときわ。わたしにも教えてよ!」
「え、すごい? えへへ、いやー、そうかなー。いつもはもっとすごいんだけどなー」
ほめられたときわはにやけまくりだ。
……まあ、注意するのは今度にしてやるか。
「ねえ、他には出せないの? ほら、鳩とか国旗とか?」
蛍が私の方を向いて言った。
「鳩? むー、使い魔ならいたが、鳩なんか戦いの役には立たんしなあ」
生き物が受けがいいようなので、アドバイス通り生き物を出してみることにする。
「うーん、少し待ってくれるかな。後ろを向いて目をつむっててくれ」
「「はーい」」
「≪生命創造・合成魔獣≫~~」
使ったのは、転生術と同じくらいのマイナー呪文。浮遊する霊を集めて受肉させるようなやつだ。
召喚術でもよかったのだが、この次元の位相がいまいちはっきりしないので、うまいこと召喚門が繋がるかわかんないし。
私は指先に魔力を集中させ、光る魔法陣を宙に直接書き込んでいく。
本来は転生術と同じように細かい設定が必要なため、巻物や本物の魔法陣を使うのだが、今回はお試しだし、簡単なのでいいだろう。
ちなみにこれ、デリケートな魔力操作と即興で魔法陣を書く知識の両方を必要とする、超高難度の技だったりする。
書き込む内容にもよるけどね。
後になって思えば、これが失敗の原因だった。生徒の手前、私は見栄を張ってしまったのだ。
かっこいいやつ、そうだ、なんか牙とか角とか生えてて強そうな。ああ、でも大きさは子犬くらいでいいや。触手が人気らしいので、それもつけておこう。
あれ、やば、もう受肉しかけてる。急がなきゃ。あ、足1本つけ忘れた。 えっと。 あ、ちがっ、なんか頭にくっついた!
そこに現れたのは、見るも無残なモンスターだった。腕と足のバランスが悪く、三足でよろよろ立ち上がる。首の下から煙と、わきの下、ではないな、うん、背中か?まあとにかく、ななめ右上からは汁をふきだしていた。
まあ、見る角度によっては、かわいい……かな。
うん、でもせっかく作ったんだし、喜んでくれるといいな。
私が渋い顔で悩んでいると、奴はしゃーっと威嚇の声をあげ、突然走り出した。
「ちょっ、待って!」
とりあえず追いかけなければ!
奴は後ろ向きに走りながら、私に向けてギラギラした牙を向ける。とりあえず≪刀剣精製≫を唱えて切りかかるが、存外足が速い。粘っこい汁をまき散らしながら、一直線に窓へ向かった。
あ、やばー!
モンスターは器用に窓を開けると二階の窓から飛び降りて、そのままガサガサとしげみの中へ消えてしまった。
「ねえ、なんか音がしたけど、終わったの?
「もういいですか、師匠?」
え、えーと、あー。
どうしよう。
私は素直に謝ることにした。
「すまん、失敗した」
「まったく、そんなことだろうと思ったわよ。かっこつけようとして、無理しなくていいのに」
「師匠でも、たまには失敗することもあるんですね。逆に、ちょっとやる気出ました」
失敗の内容については、何も言わないことにする。
この高校のまわりは、自然が豊かだ。きっと食べるものも多いだろう。
ごめん。強く生きろ、げてもの太郎。