表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✖妖刀  作者: @ハナミ
二章 長月との決戦
9/24

九話 大山喰いの乱

 日は昇り、冷たさが無くなる陽が射す――の刻


 虎白率いる長月軍は、大山喰いの谷を歩く。『龍の顎』と呼ばれる細い道と、広い間の丁度 境目に兵を構えた。少し上を見れば、左右には小さな山道『龍の口角』があり、弓兵が配置されている。追い討ちを掛けるには充分な距離だった。

 さらに上を見上げれば、断崖絶壁の岩肌がそびえる。『龍の額』と呼ばれる、その頂きは薄い霧が立ち込めていて、ここからでは見えない。


「墓川はここを通らねばならぬ。顔を出した者から仕留めてゆけ」


 細い道からやってくる墓川兵は自然と少数になる。虎白の策とは小勢に対し、多勢で向かい撃てる体形が整えられた地の利だった。


「虎白様、ただいま戻りました」


 虎白の背後に、片膝を付く継魅が姿を現す。


「継魅か……その様子だと一杯食わされたようだな?」

「はっ! 申し訳ございません」

「よい、俺も甘く見ていた。暫し休め」

「墓川軍は、もうすぐこちらに向かう頃であるかと」

「あいわかった。下がってよいぞ」


 継魅はその場を去ろうとするが、虎白の背中に質問を投げかける。


「虎白様、この戦……勝機はありますか?」

「……必ず勝つ。——と、言いたい所ではあるが、いざ戦が始まれば番狂わせは付き物。常に死は身近にある」

「そうですか」

「——だが、勝たねば長月に明日は無い」


 虎白は威圧を込めて宣言をした。


「この八鳥 継魅。命に代えても、虎白様をお守り致します」

「そう気負うな。いつもどおりで良い。時に継魅よ。ここはなんと呼ばれているか知っておるか?」

「いえ、存じません」

「かつて山をも食らう大きな蛇が居た。この道はその大蛇が通った跡とも言われておる。故に大山食いの谷という名がついた」

「……では、何故ここだけ広くなっているのでしょうか?」


 虎白は振り返り、継魅に顔を向ける。


「ここが寝床だったそうだ」


 広場の周囲を見渡す。その広さは、大蛇がとぐろを巻いているのを推測するに巨大である事を物語る。


「本当にその様な大蛇がいたと?」

「その昔、この辺りには奇怪な大蛇が居たという。幾ら斬ってもうごめき。時に刃の通らぬ鱗を持つ。……所詮、御伽話にすぎんがな」


 思わず継魅は冷や汗を流し固唾を飲んだ。


「どちらにせよ、この寝床は我ら長月にとって地の利を得ている。墓川はここを通るしか城には——」

「敵襲!」


 虎白の言葉を遮る様に、長月の兵の一人が叫んだ。


「来たな」


 虎白の視界は、墓川の兵隊——ではなかった。馬に乗り甲冑を着込んだ一騎の兵だけが『龍の顎』の道を豪快に飛ばして来たのだ。


「なんだと?」


 足場の悪い道を、余裕の表情で走っていく。やがて虎白の目の前までやってくる。その行動に長月の兵達は弓を構えるのを忘れ、唖然と驚いていた。

 兜から覗かせる顔は良く見知った顔。宏次であった。


「一騎で矢面やおもてに立つとは宏次。何を血迷うたか?」

「久しぶりだな虎白」

「相変わらず猪突猛進な奴よ。ここが罠だと知っての愚行か?」

「お前とも長い付き合い。ちょっと顔ぐらい見せたほうがいいと思ってな」


 宏次は白い歯を見せる。対して虎白は腕を振り下ろした。


「二番隊、弓を引けぇい!」


 虎白の掛け声で上の山道から弓兵が、一斉に宏次に向けられる。矢が放たれた瞬間、くるっと馬は尻を見せる。宏次の背中にいたのは小夜。刀一本で数十本の襲い掛かる矢を全て弾き飛ばした。


「戦鬼姫!? 貴様、寝返りおったか!」

「勘違いなされるな、《《とらじろう》》殿。寝返った訳ではない。主を変えただけだ」

「『う』はいらぬ!」


 小夜は蒼い鏡を取り出し上空に向ける。すると大きな虹が断崖絶壁の間を抜けて上空に昇っていった。


「じゃあな!」


 宏次が乗る馬は駆けて谷を後にした。


「追え! 逃がすな!!」


 放たれる矢を容易く小夜が落とし、虎白の陣から撤退する。やがて馬の姿も見えなくなった。長月の兵達は、細い道を進み宏次の後を追う。


「虎白様! 何か上から音が!!」


 山道の弓兵が異変に気付き、大声で報告の声を挙げた。


「音?」


◇◇


 ――一方その頃、山の頂『龍の額』


「合図がでたぞ! 岩を落とせ! 杭を打ち込め!」


 雪定が大声で合図を出した。墓川兵は そこらにある大きな石や、長月兵が作った村の木材や丸太を、深い霧の中、断崖絶壁の谷に落としていく。

 深い霧から突き抜けて現れる虹の幻が、雅の持つ紅の鏡に向かって映っている。 宏次の馬に乗る小夜が持つ蒼の鏡が、誘き寄せた敵の位置を示していた。

 崖の端から鉄の杭を打ち込み、山を崩せば大量の岩石や土砂が次々と谷に落ちていく。


「しかしまぁ、将軍様は大胆な策を思いつかはりますなぁ」


 雅は紅の鏡を照らしながら、雪定に声を掛けていた。


「一人で谷に赴くと言い出した時は、また血迷ったかと思いましたが」

「でも、これやったら、待ち伏せしている長月の兵を一網打尽にできますえ」


◇◇


――再び、大山喰いの谷『龍の寝床』


「虎白様!! 早くお逃げ下さい! 山が崩れますぞ!!」

「くそ! 退け! 退け!」


 時はすでに遅かった。大きな岩が虎白の兜に当たり、そのまま前へと倒れ込む。空からの襲撃と転がる無数の岩、丸太と土砂が長月兵に襲い掛かっていた。

 悲鳴が谷中に響き、まさにここは地獄絵図だった。細い道を利用していたはずが、逆に利用され空からの襲撃を避ける事は不可能だった。



 ——再び谷に訪れる宏次と小夜。辺りは土砂や木材に、長月兵の首や、手足が静かに埋もれていた。とても良い足場とは言えない。

 ふと足元を見れば、土の中から虎白の顔が見えた。苦しむ前に気絶したからか、表情は安らかだ。


「お前とは一度、一緒に酒が飲みたかったな。……許せよ」


 宏次は懐から巾着袋を取り出す。虎白から小夜へ、小夜から宏次へ渡った銀の入った袋。それを虎白の前に置く。


「これは、元々お前のもんだろ?」


 その行動を見て、小夜が小さな溜め息を吐いた。


「敵に……それもしかばねに礼儀を尽くすか……。それになんの意味があるのだ?」

「……もし、戦と言うものが無ければ、きっとこいつと友であれた様な気がするんだ」

「甘いな。その甘さ、やがて自らに及ぶぞ」


 その時、虎白の目が見開いた。


「——宏次!!!」


 突如、土の中から身体を起こし、持っていた細見の刀で、宏次の頬目掛けて突きを放った。間一髪避ける。

 

「虎白! 生きていたか?」

「よくもやってくれたな? なかなか良い策を思いつくではないか!」

「お前の負けだ。潔く降伏しろ」

「たわけ! 長月に降伏は無い。ここでお前の首を落としてくれる」


 虎白は切っ先を宏次に向けて構える。宏次もまた神戌を抜き虎白と対峙した。


「長月流——月蝕げっしょく


 その突きは、瞬く間に宏次の間合いを詰めた。心臓目掛けて、宏次の甲冑を貫く。同時に振るわれていた神戌の刀身が、虎白の首に食い込ませる。


「——お、おのれ……宏次!」


 神戌の妖刀は、虎白の血を吸い上げて、黒だった髪は白に染まる。絶命したか、倒れ込むと同時に、甲冑に刺さっていた細見の刀は、するりと抜けて地に落ちた。

 小夜は近付くや、宏次を心配そうに声を掛けた。


「おい、大丈夫か!? 宏次?」

「……ギリギリだ。肉には届いてはいない」

「流石に、今のは肝が冷えたぞ」

「俺もだよ」


 二人は大きな安堵の息を吐き、その場に座り込む。その光景を一部始終を見ていた影があった。


「嘘――虎白様……」


 虎白の死に継魅は涙を零していた。手負いである継魅は、一刻も早く報告しなければならぬと谷を足早に去った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ