八話 まやかしと村
「うちに策があります……。よろしかったら乗ってみはらへんやろか?」
策はこうだ。雅によると兵が農民を装っている為、多人数での行動は その場で戦になりかねない。少人数で旅人として村へ赴き、長月の兵の武器を全部取ってしまうこと。そこから墓川の弓兵が一網打尽にしてしまうというものだった。
だが戦場の格好では策は成らないであろう。そこで一行は雅の持つ荷物から変装する事を試みる。
雅は上品な着物を纏うどこぞの国の姫の役をする。宏次と雪定は少しばかり見ぼらしい農民の格好をして荷物持ちの役をする。勿論武器は携帯をせず置いていく。用心棒役の小夜は用心棒らしく、羽織を身に着けて村へ赴き始めた。
「……というよりもだな。なんで俺がこんな格好をしなくてはならないんだ」
策とはいえ、武将が民の格好をする事は少し不満があった。
「……よく似合ってるぞ。《《荷物持ち》》」
茶化す様に小夜が宏次の格好を見て鼻で笑った。
「この格好の方が気が楽でいいですね」
雪定は笑顔を振る舞い、なんだか楽しげだ。
「さあ、もうすぐ村どすえ。私語を慎むように……」
日はとうに落ちて、闇の帳が落ちる――戌の刻
村へ訪れる四人。即席で作られた小屋のような家が幾つも建っており殺伐した風景をしていた。見回りか、数人の男が旅人達の足を止めた。
「何者だ」
体付きの良い村人達を前に小夜が立つ。
「夜分遅くに御免。我々は戦で、とある城から逃げ遂せた者。今宵は月が出ている為、野犬に襲われるやも知れぬ。どうか一晩泊めてはくれまいか?」
低い声で、いかにも威厳のある侍の様な演技で接する。
村人達は、話し合っている。彼らは長月の兵だ。客人を招くべきかどうか迷っているのであろうか? 暫くして後ろから一人の女性がやってくる。
「まあ、それはさぞやお困りでしょう。この様な名もない村でよろしければどうぞお寛ぎ下さい」
布と布を継ぎ合わせて服を身に着け。頭に巻いている布から黒の髪が見えた。見すぼらしい格好に似合わない、妖しさを持った顔を持ち合わせていた。
「真に忝い。寛大なお心に感謝致す」
四人は大きく一礼をする。
◇◇
「さて、これからどうするかだな」
空いている蔵があるという事で案内された一行。荷物を降ろして一息着いた宏次の一言であった。
「武器蔵らしき物は見当たりませんでしたなぁ。恐らく、各家に終ってるんでっしゃろ」
「となると、武器を奪うのは難いですね」
「……まあ、普通に考えれば分かる事だったな。どうする?」
「ここは、うちにお任せ下さい。まやかしはうちの十八番どす」
雅の袖の中から現るは、二つの手鏡であった。先刻の大きな鏡とは異なり鏡自体が深き蒼と、深き紅にそれぞれ濃艶に染まっている。
「墓沼家に代々伝わる秘鏡にして妖鏡。真実と偽りの鏡『神楽』でおます。うちが囮になりましょう。その隙に各家に忍び武器をお取りやす」
雅が外へでるなり村の中心に赴く。二つの鏡を照らし合わせれば辺りは明るくなる。
「墓沼の鏡術――合わせ鏡」
瞬きをしたあとには、焚き火の辺りを踊っている雅と小夜の姿が映る。宏次と雪定は笛を吹き辺りを響かせる。勿論本人達ではない。
「幻か……」
笛の音色は瞬く間に村人達を虜にした。村の中心には五十人ぐらいの人だかりができる。幻と共に踊りだす者もおり、村はどんちゃん騒ぎになるまでになった。
「宏次、今のうちだ」
小夜の言葉を合図に、三人はその場を離れ、各家に忍び込んだ。
――半刻後
「武器を全て村の外へ出すことができた。あとは雅と合流するだけだな」
しかし一つ問題があった。村の中心は無数の人だかり、雅はいつの間にか中に取り残されて外に出ることができない状態になってしまった。
「さて、どうするかな……」
雅の幻影と村人は、今だお祭り騒ぎ。収まるどころか、どんどん雅と小夜の幻は露出度が高くなっていき、終いには晒し一枚で踊りだしていた。
「おお!」
思わず、長月の兵と共に赤らめる宏次と雪定だった。
「バカ! 見るな!」
赤面した小夜は思わず宏次の目を塞いだ。
◇◇
「これは一体なんの騒ぎだ?」
見ずぼらしい農民の女性が騒ぎを駆けつけて兵の一人に問いかける。先刻、村に招いてくれた女だった。
「継魅様。何でも、旅の者が踊っているのです。どうです? 継魅様も一緒に踊りませんか? うへへ」
「……踊り?」
継魅と呼ばれた女性は、暫く考え込んだ。
「お前、武器がないか調べろ。今すぐにだ」
「え? は……はっ!!」
継魅の只ならぬ態度に兵は慌てて走り出す。
「……まさかとは思うが」
◇◇
「もう我慢できん!」
長月の兵の一人が、さらし一枚の雅に飛び掛かった。
すうっとすり抜ける雅の姿に、全員の目を疑わせた。笛の音も止まり、騒いでいた声も止まる。
「大変だ! 武器がないぞ!!」
大きな声が更に追い討ちをかけるように事態は悪化した。幻が消え、取り残された雅一人の姿に宏次達は焦る。
「貴様の仕業か!」
「まさか墓川軍?」
「斬れ! 斬り伏せろ!」
農民を装った長月の兵の一人が護身用の小太刀を持って雅に斬りかかる。すかさず蒼い鏡で受け止めようとするが、刃は鏡ごと雅を切り裂いた。
「雅!」
宏次は叫んだ。――しかし夥しい血を流して倒れたのは斬りつけた長月の兵の方であった。
「……阿呆どすな。蒼き鏡は真実しか映せへん。故に蒼き鏡の中の自分を斬ってしもうたら、その通りになってしまいますぇ」
斬られた雅は幻だった。幻は消えて、本物の雅は一歩後ろで、蒼い鏡をしっかりと前に向けていた。
「そして、紅き鏡は偽りの鏡。偽りの鏡を真実の鏡に映せば、それは幻となるわけどす。ほなさいなら」
雅の姿が、幻を見たかの様に消えていった。
「よぉし! お前ら出番だ!!!」
宏次が大声を張り上げた。村の外で待ち伏せをしていた墓川兵が馬に乗って村を包囲し次々と無防備な長月兵を射掛けていった。
◇◇
「……とんだ失態。虎白様に報告しなければ」
墓川の奇襲に継魅が村を捨て去ろうとした刹那、人影が足を止めた。
「どこへいかれるのか? 村娘」
腕を組み、羽織り姿の小夜が継魅の退路を防いでいた。
「くっ!」
「貴様、忍だな?」
小夜は、女の正体を見抜く。忍の女は小夜の姿を見据える也、とある事を思い出す。
「……二腰の刀。そうか、お前が戦鬼姫か! 虎白様の任を忘れ、敵に付いたか?」
「その呼ばれ方は好きではないな。誰一人この村から出すなとの事。……斬らせて頂く」
柄を強く握り、腰を落として小夜は構える。
「我が名は、八鳥継魅。……参る!」
「貴様……《《鳥》》か」
小夜が言い放った『鳥』という言葉。流派を持つものなら通る略称であった。
継魅は胸の中から取り出す三本の短刀を投げつけた。
「啄木鳥!」
短刀手裏剣が小夜に向かう。一瞬にして三振り、短刀は宙に浮いた。
「……遅いな」
三本の手裏剣は容易く地に落ちた。
継魅は口笛を吹く。鼓膜を震わせる高い音が辺りを響かせ、風を切る音が聞こえると、新たな刺客が空から舞い降りる。
「――むっ!」
とっさに刀を抜いて攻撃を防ぐ。空から現れたのは猛禽類の鳥??かなりの大きさの隼であった。急降下し、咥えたクナイで小夜の刀と交えたのだった。
羽ばたく音と共に、その場を上昇する隼。継魅が胸元から筒を取り出して口に付ける。
「雀蜂!」
筒から細長い針が飛び出す。それは小夜の刀を持つ手の甲に突き刺さった。
「――しまった!」
急いで針を抜くが小夜の手が痺れはじめる。手の甲から少量だが血が出てくる。
「勝負あったな! その針には、毒が塗ってある。お前はもう刀を持てまい」
小夜は刀を持つ手を軽く一振りして、指を動かして見る。
「いや、動くな。毒の量を間違えたのではないのか?」
「なんだと? そんな初歩的な――」
小夜の言葉は挑発だった。瞬く間に小夜は継魅の懐を横切る、同時に抜刀され継魅の背後を捉えて袈裟切りが決まる。
「――氷雨返し!」
力を無くして継魅は前へと倒れる。
「……少々の毒ぐらいは食べて鍛えている。??む?」
再び継魅の姿を見たときは、二尺程の丸太に早代わりしていた。
「変わり身の術か」
辺りを見渡すと、もうそこには誰もいない。
「逃げられてしまったな……」
◇◇
「くそ! あの女め!」
背中を斬られて血で汚れた服が脱ぎ棄てられていた。
継魅は山道の森の中を歩く。赤の装束に、黒の帯を締め、肌の見える太腿と腕には網目状の鎖帷子を身につけている。
「間一髪、川蝉の術で逃げ切られたものの……。くそ! くそ!!」
背中が痛むのか、汚い言葉を連呼する。その言葉を聴きつけてか隼が継魅の肩に止まる。
「先に虎白様の所へ飛んでおくれ。私は少し遅れる」
隼の羽毛に自分の血を付けると、隼は森の中を走りぬける。それを見て、大きく息を吸い込んで腰を下ろす。
「……この恨み晴らしてくれようぞ! 戦鬼姫め」
◇◇
日はまだ昇らない夜明け前??寅の刻
大山喰いの谷の末端にて、数にして50人程の紅い甲冑を着込んだ兵が構えていた。
虎白率いる、長月の兵が陣を構えている。
「虎白様、そろそろ合図がくる頃ですな」
年老いた老将が、虎白の側で声を掛ける。
兜を脱いだ虎白の髪は黒く、短く逆立っていた。
「各自、準備を怠るなよ。合図が来る頃には、既に継魅の部隊が裏からけしかけている頃だろう」
「その混戦に乗じて我等の部隊が畳み掛けるという事ですな」
「そういう事だ。間違えて仲間を斬りつけぬ様にな」
その時、一匹の隼が虎白の肩に止まる。
「ようやく来たか――む?」
隼に血が付いているのを見る。それは向こう側に異変があった時の合図であった。
「……継魅め、しくじりおったか」
「虎白様、いかが致しましょう?」
「構わん。考えていた策が使えそうだ。一番隊は『龍の顎』を。二番隊は『龍の口角』を進め! いいな」
「はっ!」
虎白の声により、長月の兵は動き始めた。