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✖妖刀  作者: @ハナミ
二章 長月との決戦
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七話 夢売り小町

三話 夢売り小町


 蛇林寺を後にして、宏次率いる墓川兵は進軍を続けていた。やがて空は橙色に澄み渡り始める??さるの刻


「若、この先にある大山喰おおやまくいの谷を超えれば、長月城は目と鼻の先です」

「いよいよか……」


 大山喰の谷とは、かつて八頭の龍が山を喰って出来た谷だとも言われている。

 谷の入口は断崖絶壁の土肌が見えており、頂きには霧が現れて高さは解らない。


 宏次は谷に着く前にどの道を進むべきか、雪定に質問を投げかける。


「やはり『あご』か?」

「一番安全な『顎』が良いですね。『口角』は馬は使えませんし、歩兵だけでも『口角』へ進ませた方がいいかと。『額』に関しては問題外、地割れが起きてから道中で道が途絶えていると聞きます」


 二人の会話に、小夜は首を傾げた。


「顎が一番安全とはどういう事なのだ?」

「大山喰の谷を知らんのか?」


 大山喰いの谷を抜けるには3つの道がある。一つは兵が三人ほど横に並べば窮屈だと思わせる程の細い道で下り坂が多い一般的な『龍のあご』と呼ばれる道。

 その横目に足場は細く、馬が駆けるものならばすぐ様『顎』まで転げ落ちていくであろう『龍の口角』と呼ばれる中の山道。

 最後は谷の入口から、山の頂きまで続く急激な勾配と岩が飛び出す『龍の額』の三つだ。


 どの道を進むべきか悩んで居た所、笠を被った三人の旅人が歩いてくるのが見えた。一人は背の高い派手な薄紅色の着物姿、体格の細さから見て恐らく女性であろう。この暖かい季節には、少し暑苦しそうにも見える。

 その後ろに付き人が二人、背は低くとおぐらいの年の子供だろうか? 荷物を背負って歩いている。前を歩く派手な着物とは打って変わり、一面白の地味な小袖姿をしていた。


 三人の旅人達が墓川軍の横を通り過ぎた時の事だった。


「あらまぁ、素敵な殿方達と立派なお馬はん達どすなぁ」


 京舞子のようななまり声が聞こえた。

 宏次の側にいた小夜が柄に手を掛ける。いつでも抜ける状態……すかさず宏次は小夜の前に立ち動きを静止させる。


「……ほう、この馬の魅力が分かるのか? 旅の方」

「はい、美し漆黒の毛並みと、引き締まった脚。……つくりにして、酒のおさかなにしてみとうおます」


 女性の言葉は、馬を不安にさせた。それを聞いて宏次だけが大声で笑い出す。


「なかなか言うな! 是非、名を聞きたい」


 女性が被っていた笠を取ると、気品のある艶やかな黒の髪が胸まで伸びているのが見える。鼻は高く、色白の肌に大人びた風情ふぜい。輝く瞳を合わせればこの世の絶景の美女である。


「お初にお目にかかります。うちは夢売りを生業なりわいとしている『夢売り小町』にしてみやびと申します。ちなみにこの子達は『右京うきょう』と『左京さきょう』と申します」


 雅が大きく一礼をすると、後ろの子供達も続いて一礼をする。子供達が笠を取れば黒髪に、くりっとした目をしている。少年達は同じ顔をした双子だった。


「夢売り……とな? 果たしてどんな夢を売ってくれるのか?」

「将軍様は会いたい方や、見てみたいものはございますやろか? どないな夢でもお売り致しましょう。……ただ夢は覚めるもの。うちがお売りできるのは一夜の夢だけどす」

「面白い! では、我が家系に代々に伝わる八頭の龍というものがおる。一目で良い。ここにいる者全員に見せることができたら米をやろう」


 宏次が自軍の兵に目を向けると、兵の一人が兵糧である大きな米俵が宏次の前に置かれる。


「……まあ、お安い御用どすな」


 八頭の龍を見せるという難題に女性はきっぱりと答えた。おつきの子供達は準備をするかの様に荷物から顔が隠れる程の大きな鏡を取り出す。一つは蒼の縁取り、一つは紅の縁取り。雅を照らすように左右にそれぞれ置かれた。


最紅いとあかき鏡には偽りを、最蒼いとあおき鏡には真実を……」


 雅は袖の中から右手左手と扇子せんすを取り出す。広げれば、鉄でできた骨組に右手の扇子には赤の丸と、左手の扇子には青の丸を描いている。扇から小さな風を緩やかに起こしつつ舞を踊る。


「……その瞳に映る姿はどちらかや?」


 ふと空気が変わった様な気がした。先程まで日が照り付けていたのにも関わらず、雲に隠れ辺りは暗くなる。

 地響きが聞こえ、地が揺れ、大地に裂け目が走る。衝撃音と共に砂煙が上がり、まぶたが閉ざされてしまう。再び目を開ければ、山みたく大きな影が目の前に現れた。

 影はやがて大きな大蛇の頭となって姿を現した。次々と現れる大蛇の頭は数にして八つ。目は鬼灯ほおずきの様に紅く、緑の鱗を持ち、腹は血でただれている。


山岐大蛇やまたのおろちだ!」

「なんと……!」


 御伽おとぎの生物が目の前に、それも山をも越える大きさで現れた。墓川兵は慌てふためく中、ただ宏次だけが冷静に大蛇の姿をしっかりと見据えて口を開いた。


「……違うな雅殿。俺が見たいのは蛇では無い。龍だ」

「まあ野暮な事を。ほな将軍様は龍を目にした事があると?」


 大蛇が宏次の前までやってきて舌をチロチロさせながら喋る。今にも食われてしまいそうな距離だが、見据えたその目は恐れる様子はなかった。


「いや、龍は見たことは無い」

「ほな、目にしてへんもんを違うと言えまへんやろう? それでも、目の前の大蛇は龍では無いと言い切れはるんやろか?」


 その言葉には妙な説得力があり、言いくるめそうな気がしてならない。


「俺も龍は知らん。だが、一つだけ違うと言える事がある。八頭の龍とは、八つの頭を持っている大蛇の事ではない。八頭とは頭数……つまり八匹の龍の事だ!」


 暫く互いに沈黙が続く。……先に破ったのは宏次だった。


「雅殿、そなたの生業とは俺が望んだ夢を叶えようとはせず、このような紛い物でまかり通ることなのか?」


 宏次は大蛇の目を逸らさずに、真っ直ぐ見つめながらに答えた。


「……うちの負けどすな」


 目の前の大蛇は見る見る小さくなっていく。大蛇は雅の姿へと変わっていった。淀んでいた雲も、晴れて再び太陽が照りつける。大地の裂け目も、無かったかの様に消えていった。


「あんさんはずるいお人どすな、龍なんて見た事あらしまへん」


 大きな溜め息を吐いて、両手に手にしていた扇子を折りたたんで袖の中へしまう。


「要望に応えるのが生業であろう。だが、いい物を見せて頂いた。礼として夕食だけでも馳走ちそうするぞ」

「あらまあ、よろしいおすか? ほなお言葉に甘えて……」

「雪定、飯の用意をしよう。すぐに準備をしてくれ」

「承知しました」


 雪定の合図一つで、兵は食事の支度に取り掛かる。


「……流石は墓川家の末裔、戦の将を担っていらっしゃる事だけありますなぁ」

「なに?」


 宏次はまだ自分が墓川の人間とは名乗ってはいなかった。雅は妖艶な笑みを浮かべる。


「うちも、あんさんと同じ墓守の末裔。まことの名を墓沼はかぬまと申します。長月家と刀を交えているそうどすな。同じ墓守として、微力ながら力添えさせて頂きますぇ」

「……そうか、そなたが墓沼家の」

「それともう一つ。この先の谷へいかはるんでっしゃろ? ……谷には兵が待ち伏せしておりますぇ」


「この近くに小さな村があり、そこにも兵が隠れております。あんさん方が谷に向かった所を挟み討ちにするつもりどす」


 雅からその言葉を聞き、墓川一行は進路を変えて村へ向かうことにした。



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