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✖妖刀  作者: @ハナミ
一章 墓川と長月
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四話 川での食事


 昼過ぎて、熱い日差しが照りつける――ひつじの刻


 墓川一行は馬に乗りながら、森が横目に見える平原をゆるりと進行していた。その将は大きな口を開けて欠伸あくびをする。昨日は良く眠れなかったらしい。


「若、よろしいのですか?」

「……何がだ?」


 雪定の質問に対し、ぶっきらぼうに答える。雪定が横に目を向けると、気付かれたか そそくさと木の陰に隠れる人影の姿があった。


「着いて来てますね」

「着いてきてるな」

「邪魔になりますよ」

「そんなこと俺に言われても仕方ない」

わずかながら若に好意があると見えます」


 雪定は冷やかし半分で宏次に接する。自軍の将に対して、この様な冗談が言えるのは昔馴染みだからか、雪定を除いて他にいない。


「いや、あれは獲物を狙う目だ」


 直に見ずとも、殺気立った視線を感じた。雪定が視線を送ると、宏次の言葉通り獣の様な目で睨みつける刺客の姿があった。


「若、とりあえず腹ごしらえしませんか? 今後の事も話しておきたいですし」

「ああ、そうだな」


 宏次が手を一振り合図を送ると、墓川軍は川辺へ向かった。


◇◇


 墓川軍が辿り着いた場所は、荒い灰色の砂利が敷かれた川であった。この辺りで一番大きな川は、山から墓川の城まで流れている。川の水がせせらぐ音は戦中である事を忘れさせてくれる。

 早速、墓川軍は食事の支度をする。火打ち石で火を起こし、鍋の中に川の水と、干した米を入れて火に掛ける。数ある鍋には干し芋や、山菜等が入った所もある。

 一方、宏次の鍋には――


「若、これは……」


 将の鍋の中は黄緑色であった。ツンとした何かが風に乗って、雪定の目と鼻を刺激させた。


「おう、川の水が綺麗だったからな。かみの方に生えていたんだ。美味うまそうだろ?」


 宏次の手には山葵わさび。鮫肌の様なもので、容赦なく擦り終えた山葵を鍋の中へと入れる。

 我が将の味覚は どうなっているのだ? 雪定の思いとはよそに、次々と擦り下ろしては鍋に入れている。


「ふんふふんふふ~ん♪」


 鼻歌交じりで楽しそうに山葵を擦り続ける。

 出来上がったのは山葵のおかゆ。お椀の中は緑色の米と汁に山葵の葉が一枚のせてある。


「おお、美味そうだ! 頂きます!」


 手を合わせて、それをがっつく様に食べる。近くにいるだけで涙が出て来そうだった。それをじっと堪えて雪定は話を進める。


「若、今夜は蛇林寺じゃりんじに宿をお借りしましょう。予定よりは遅れてはおりますが、昨日の事もありますし、やはり野宿は危険かと……」

「夜襲をかけられたら野であろうが、寺であろうが危険だっつーの」


 宏次は、お椀に入った汁をズズッーと飲みほした。


「ごもっともな意見ですが、戦続きで兵の疲労もございます。このままでは長月の城に着く前に倒れてしまうかと」

「ま、それもそうだな。……だが、あのジジイは少しばかり苦手だ」

「苦手だからと言って、兵の疲労をないがしろにはできませんでしょう?」

「解っている」

「昨日の策もそうです。兵を木に登らせるとは……もし、気付かれて居れば蜂の巣になっていたのは我等の方ですよ?」

「勝てたんだからいいじゃねぇか」

「それともう一つ、自ら矢面に立つ行為も控える様に」


 雪定は昨夜の事に不満を持っていた。将、自ら囮を買って出た事だ。


「わかった。雪定、お前の言葉は耳が痛い」


 その時、大きな腹の音が鳴った。


「なんだ雪定? 食べてないのか? そんな大きな音をして」

「私の腹の音ではありません」

「じゃあ誰の腹の音だ?」


 見渡すと、兵達はすでに腹を抑えて食事を終えていた。……鳴った場所はもっと遠く離れた場所。

「……若、後ろ後ろ」そっと宏次に耳打ちをする。

「――あいつか」


 後ろを振り向くと、慌てて岩陰に隠れる小夜の姿があった。隠れているつもりなのだが、結われた髪は隠せてはおらず、岩から馬の尻尾が生えているかの様に見える。丸分かりだった。

 ずっと朝から着いて来ており、食事を取った形跡はない。


「……雪定、目的地は蛇林寺だ。兵にも伝えろ」

「承知しました。……若、まだ食事の途中なのでは?」

「いいんだ、行くぞ」


 宏次は立ち上がり、手を振って合図を送る。その場を後にする様に墓川軍は出陣した。


◇◇


 墓川軍が再び進軍を始めたのを見て、岩影から小夜が顔を出す。

 宏次が残していった鍋に近づき、中を見るや思わず固唾かたずを飲み込む。空腹のあまり、それがなんなのか判別できずよだれも出てくる。

 ふと足元を見ると、ご丁寧に お椀と箸まで用意してある。


「……見透かされている様でムカツクな」


 辺りを見渡し、お粥をお椀につぐ。そしてそれを口に入れた瞬間だった。


「ブフッー!」


 口の中の物を全て噴出した。瞳には涙が零れて、器官にも山葵が入ったのか、酷くむせている。


「ゲホッ、ゲホッ! あの野郎、こんなもん食えるか!」


 宏次の情けが仇になった。実際、宏次がこの場に居たら笑い転げるであろう。そう思うと少女の腹の虫が納まらない。


「絶対に叩き斬ってやる」


 空腹を押さえ、小夜は川辺を後にした。



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