最終話 エピローグ
――500年後
平原であった辺りは、時が過ぎると共に大きく変わっていった。道はアスファルトに変わり、何も無かった平原は今やコンクリートのビル、モルタル造のアパートやマンションが建っている。
墓川城は無くなり、今では太陽学園という高等学校が建っていた。その屋上で移り変わりゆくの景色を見つめる一人の男がいる。
「変わっちまったな……」
学校の制服。青色のブレザーを着て、男は屋上で座っていた。紺色の長い髪が風に揺れる。男は屋上にて、遠い昔を思い出すのが癖だった。しかし、時の流れは残酷だ。少しづつ男の記憶から、500年前の情景は薄れてしまっていた。
「父上や雪定、虎白。どんな顔をしていたっけな。500年も経てば、いくら身体は若いとは言え、忘れてしまう」
ただ一人、思い人の少女の面影を除いて。
「……後にも先にも惚れた女だ。もう一度会いたい」
空を見つめると、雲の形がなんとなく惚れた少女に似ている様な気がした。雲の形に少女の面影を重ねて、思わず手を伸ばして見る。……届かぬ想いに、大きな溜息を吐いた。
「宏次せんぱーい!」
どこからか、かん高い少女の声が聞こえてくる。
「……またうるさいのが来たか」と、宏次と呼ばれた男は、また大きく溜息を吐いた。
「なに溜息吐いてんですか? 先輩って超失礼!」
宏次の目の前に一人の少女の制服姿が映る。
青いブレザーに、赤いチェックの入ったスカート、短めの靴下に革靴を履いている。顔を見ると、大きな瞳に赤い髪。肩まで伸びた長い髪を右にくくってサイドテールにしている。この女、誰かに良く似ているが、誰かは思い出せなかった。
「お前、授業どうしたんだよ? まだ下校時間じゃねえぞ?」
「先輩も授業でしょ?」
「いいんだよ俺は。お前は馬鹿なんだから留年するぞ?」
「ずっと留年している先輩には言われたくないです。五年前の修学旅行生の写真に先輩映ってましたよ? アヘ顔ダブルピースで」
「うるせぇな、色々と都合がいいんだよ! あと、アヘ顔なんかしてねーよ」
「どんな都合ですか? ……そんなことより先輩! 剣の稽古つけて下さいよ!」
「はぁ? なんで俺なんだよ?」
「だって、先輩がこの学校の中で一番強いからに決まってるからじゃないですか」
「……ん? 俺が一番強い?」
「うん」とうなづく少女。
「……まあ、そこまでいうんなら仕方が無い。不本意だが お前の稽古に付き合ってやろう」
「……単純」
宏次は腰から護身用の木刀を取りだす。
「こらー! なんで木刀なんですか!」
「ん? 稽古っつたら木刀だろ? まさか真剣でやるつもりか?」
「何言ってるんですか! 剣の稽古っつたら竹刀でしょ! 剣道ですよ! 剣道!」
「……ああ、あのお遊びの事か?」
「お遊びいうな! 真面目に頑張ってるんだぞ!」
「ああ、わかったよ」
手に持ってる木刀を、少女に軽く投げつける。
「お前の竹刀をよこせ、ハンデだ!」
「……自信があるんですね?」
少女は竹刀を投げて、宏次はそれを掴んだ。
「……軽いな」
「それでも、重い方なんですよ」
「命の重みが無い」
「はぁ? 先輩 頭大丈夫ですか?」
「なんて言うことを言うんだお前は――いくぞ」
「ちょ、ちょっと!!」
一時間後。
「せ、先輩。すいません休憩を——」
息が上がる女子は、宏次に安息を求める。
「だらしねーな」
「先輩が、馬鹿力すぎるんですよ。もう少し手加減して下さい」
「バカ野郎、稽古っつーのはな……」
「「身を持って身を知れ!」」
言葉が重なり、思わず宏次は驚いた。
「ですよね?」
「……なんで、それを知っているんだ?」
「おばあちゃんの教えです」
「お前、名前は?」
「紫乃です」
「それは知っている。苗字だ苗字」
「時折ですけど?」
「時折? ……まさか、お前は小夜の子孫なのか?」
「小夜っておばあちゃんの名前ですけど?」
「おばあちゃん? ……500年も前の話だぞ?」
「そんな事言われましても」
「お前は、小夜の末裔なんだな。あの後、小夜は生きていたのか?」
「小夜おばあちゃんなら、家にいますよ?」
「……は?」
その言葉に、宏次は耳を疑った。小夜が生きている? 名前が同じだけじゃないかと。
「だから小夜おばあちゃんなら家にいますよ。確か今年で515歳とか言ってたかな? 顔は私を変わらないぐらい若作りなんですけど、ボケが始まってきてるんですよね」
「会わせてくれ。今すぐにだ!」
疑いが確信に変わった。間違いない、小夜だ。
◇◇
辿り着いた場所は、今時古めかしい一軒家だった。瓦の付いた木製の扉を開けば、石畳と丸みのある砂利が敷かれた道になっている。目の前には、高さは2階迄しかないが、その分広い家だ。石畳の道を歩いて、横目に見える庭には、小さな池と縁側だってある。
木製の骨組に作られたガラスの引戸を、横に引くと玄関が見える。
「おばあちゃん。お客さんだよー」
紫乃の声に宏次は緊張していた。逸る心が激しく心臓を打ち付けて、抑えるのは難しかった。
「紫乃か? お前はいつも騒がしいの? 私に客人なんて――」
聞こえて来る懐かしい声。次に宏次は目を疑った。目の前に現れたのは、500年前の懐かしい人だった。あの頃より背は少し伸びて、大人びた顔つき。髪は白く染まっていたが、紛れもなく小夜であった。
「小夜!」
宏次の声は小夜を驚かせた。
「……まさか宏次。お前なのか?」
「まさか生きていたとは。何故生きている事を知らせなかった?」
「そんな事言われてもな。私は40年程前に意識を取り戻してだな。その後は子育てで忙しかったのだ」
「お前が、私の事を忘れろとか言うから、てっきり死んだとばかり思っていた」
「何の話だ?」
「それに子供だと? 誰の子供だ!?」
「落ち着かんか」
小夜の手に持つ鞘が、興奮している宏次の頭に叩かれる。
「私が、500年生きている理由はどうやら、この桜桃のおかげらしくてな。この刀は時間を裂く――いや、一足先の未来へ行くものらしいのだ」
「未来にだと?」
「無論、桜桃の刀を振るえば、身体に負担が掛かり、やがて潰れる」
「では、どうして?」
小夜の腰には、もう一本の刀があった。小夜は刀を抜いて黒い刀身を見せる。それは長月の家系の刀であった。
「狂月だ。これのおかげで、ちぎれそうな腕を今まで振るい続けられたのだ。おかげで最近までの記憶は無いがな」
「つまりお前は、500年前から来たと言うのか?」
「そういうことになるか? もしくは、刀を振るっていた時間だけが無くなり今に当るのか? 難しい話は解らんな」
狂月を納刀し、腕を組んで頭を捻る小夜。が、答えは出てこなかった。
「意識を取り戻した後は、いつの間にか子を宿していてな。その後は子育てやら、時代に付いていくのに必死だった」
「そうか。お前は良い男との子供を孕んでいたのだな」
小夜の手刀が落ち込む宏次の頭を軽く叩いた。
「阿呆。後にも先にも、好いた男はお前だけだ。紫乃を見れば分かるだろう? 目元なんかお前にそっくりではないか?」
「ということは?」
「お前との子を、時間と共に駆け抜けて来たという事だ。そしてこやつは、お前と私の孫だ」と、小夜は紫乃の頭を撫でながらに言った。
「えー? 宏次先輩って私のお爺ちゃんになるの? お婆ちゃんもそうだけど二人して若すぎない?」
「紫乃、私と宏次は積もる話がしたい。二人っきりでな」
「はーい。縁側が空いてるから、二人っきりでどうぞー」
にやけた紫乃の顔に見送られる様に、二人は縁側へ向かう。
木の床でできた廊下を、案内を含めて小夜が前を歩き、その後ろを宏次は着いていく。
「……にして、宏次。500年も経ったというのに、なんだその格好は?」
小夜は足を止めて、振り返り宏次の制服姿を見て首を傾げる。
「仕方ないだろう。俺の城は、今や学校になってしまい。その俺が、私服でブラブラしていれば職務質問されてしまう」
「それで制服か? 呆れたの」
「学生でずっと留年しておいた方が、自然なんだよ。俺の場合はな」
「それで女は出来たのか?」
「……いねーよ そんなの」
からかい半分で聞いた小夜だが、宏次の言葉を聞いて驚きを隠せなかった。
「……はぁ? 500年だぞ! 女ぐらい作るであろう? ずっと一人なのか?」
「馬鹿野郎。500年間、お前だけを想って生きてきたんだ」
「宏次……泣いているのか?」
「どれだけ心配したと思っているんだ。どれだけ……お前に会いたかったと……」
零れる涙を隠す様に、宏次は腕で目元を拭った。
「あのー盛り上がってる所すいません。おばあちゃん、阿坂さんって方が見えてますけど」
宏次の背中から顔を覗かせて紫乃は言った。
「阿坂?」
宏次と小夜は玄関へ足を運ぶと、ピンク色をした長い髪の女性がいた。その姿をみて小夜は驚きを隠せなかった。
「桜花!?」
女性は桜花に瓜二つだった。違う所を挙げるならば、白のワンピースとベージュ色スカートを穿いている事ぐらいであろうか? 小さな黒色のバッグを肩に掛け、小夜の姿を見ると、深々と頭を下げて挨拶をした。
「いえ、先日お電話させて頂いた、阿坂ゆすらといいます。花見家とは、遠い血縁ですが、一応私が代表という事で。妖刀を受け取りに来ました」
「という事は、桜花の子孫にあたるのか?」
「先代、桜桃の妖刀の持ち主、花見 桜花とは、兄の家系に当たります」
「あの桜花に兄が居たとはな」
小夜は腰にある桜桃を手に取り、ゆすらと呼ばれる女性へと手渡した。
「この刀のおかげで、私は再び愛する者と出会えた。感謝している」
「そうですか。きっと桜花も喜んでおりますでしょう。確かに受け取りました」
ゆすらは桜桃を受け取り一礼をする。
「では、これで失礼致します」
桜花によく似た女性の背中を、小夜と宏次は玄関の外まで出て静かに見送る。
◇◇
石畳の道から逸れ、直接庭まで宏次と小夜は辿り着く。肌色の地面と、風流のある縁側、大きな石が囲む小さな池に、人の高さよりは少し高い塀。
前を歩く小夜に、宏次は足を止める。
「なあ小夜。……500年間、言えなかった事がある」
宏次は深呼吸をして決意を込めた。
「なんだ?」
足を止める小夜は、振り返り宏次の目を見た。
「…………俺と結婚をしてくれ」
宏次は顔を赤くして言った。500年、一人の女だけを思い続けて来た、時を超えた告白だった。
「俺はあれから強くなった、お前を守れるぐらいに。だから……俺と結婚をしてくれ」
「……宏次。私もお前が好きだ。結婚したい」
目を瞑り、小夜は頬を染めた。そして、静かに首を横に振る。
「だが……それはできん」
「何故だ?」
宏次は小夜の細くなった腕を掴むと、腕に大きな亀裂が音と共に入って行くのが見えた。宏次は驚いて、思わず小夜の腕を離してしまう。
「既に肉体が限界を超えているのだ」
「これは? ……一体どういう事だ?」
「……私は戦国の時代から、時を超えてこの時代まで来た。本来なら身体は崩れていた所を、狂月の力により、今の今まで凌いで来たのだ。今こうして生きて居る事自体が奇跡の様なものだぞ」
「そんな! お前ともう一度会えたと言うのに。……また俺の前から居なくなると言うのか?」
「私は永く生き過ぎた。だが宏次……果てる前に、お前にもう一度会えたのだ。……これでもう思い残すことは無い」
「駄目だ……逝かないでくれ。もうお前を失うのは辛い。二度もお前との別れに……耐えきれねぇよ」
「……お前には悲しい思いばかりさせてしまう。すまないな」
今にも崩れそうな手で宏次の涙を拭う。涙は少しだけ、亀裂の入った指を潤した。
「本当はな、私もお前とずっと一緒に居たい。……なあ、宏次」
刹那、穏やかな風が吹いた。小夜の手は風に吹かれて塵となっていく。
「――いい風だな。そうは思わないか? 天に還るには丁度いい風だ」
頬に亀裂の入った小夜の顔は、とても幸せそうな笑顔だった。涙を流す宏次に向けて尚も言葉を続ける。
「生き続けろ宏次。天で待っていても、お前はきっと来ないだろう。だから生まれ変わって、お前の元へ一番に駆けつける。それまで気長に待っていろ。約束だぞ?」
小夜の言葉に、宏次は腕で涙を拭って白い歯を見せた。
「ああ、約束だ。俺はお前がどこに居ても会えるように世界中を旅をしていよう。何十年、何百年経っても……お前を待ち続けよう」
「お前がどんな顔をして私を待っていてくれるのか、楽しみだな」
突風が吹いて、小夜の身体が塵となって空を舞った。思わず閉じた目を、再び開けた時には、小夜の姿は無かった。
「小夜? ……そうだな。いい風だな畜生!」
宏次は思いの丈を空に向かって叫んだ。叫びは虚しく空を過ぎていく。
不老の墓守は戦国時代から現代まで生き続けた。そしてこれからも生き続ける。若さを喰らう太刀を持って、八人の墓守の末裔と共に、やがて世界の危機として蘇る八頭の龍と戦う。
平和が訪れた後に、不老の墓守は旅をする事を決めている。
宛もなく、世界中の大空を駆け巡る風の様に。
‐完‐




