二十話 墓川城の変
慌ただしい声が飛び交う深夜――子の刻 墓川城
「敵襲! 敵襲!!」
「応戦を頼む!!」
「駄目だ! こやつらいくら斬っても動くぞ! うわぁぁぁぁ!!」
悲鳴が城中を響かせ、木の床を激しく叩きつけて走る音が聞こえる。小袖姿の宏次が神威を持って、暗い廊下を走り悲鳴の元へ駆けつけた。
「敵襲だと? 何処の軍だ?」
「それが……」
「なんだ? 早く言え!」
「――長月軍であります」
その言葉を聞き宏次は驚愕した。
「なんだと? ――それは一体どういう事だ?」
疑問が宏次の頭の中を巡る。長月の残党か? しかし、あの時逃げて行った者等たかがしれている。ましてや城を落とす事など不可能だと思っていた。
「どけ! 宏次!!」
宏次の後を着いてきた小夜が身体を押す。刹那、短刀手裏剣が二本、宏次の居た場所と、目の前で会話をしていた兵の喉元に突き刺さった。
墓川兵はその場で倒れると、代わりに紅い装束の黒い髪をした後ろ姿が見える。
「貴様、あの時の忍か?」
小夜の声に、振り返るのは二本の短刀を構える継魅だった。
「戦鬼姫か? 貴様には借りがあったな」
継魅は鉄の鉤が付いた鉤爪の様なものを、小夜の腕目掛けて投げつける。縄を引けば鉤が噛みつく様に、小夜の腕を挟む。
「鷲掴み」
「く……」
腕を封じられた小夜に、宏次は神戌で継魅が持つ縄を斬る。小夜の腕から鉤は床に落ちた。
「大丈夫か?」
「問題は無い。かすり傷だ」
心配しあう二人に、短刀手裏剣が投げつけられる。それを小夜は村雨の鞘で弾く。
「墓川の将も一緒か。二人まとめて葬ってくれる」
継魅は胸元から、丸い何かを取り出し床に叩きつける。それは煙が噴き出して辺りの視界を奪う。
「孔雀玉。まずは戦鬼姫! 貴様からだ!」
小夜の背後に人影が過る。気が付けば背中に一閃を浴びた。振り返り村雨を抜き、斬りつけるが空を斬る。
「何処を見ている?」
発せられた声の場所へ一閃が走る。手応えは無く、またもや村雨は空を斬った。
「小夜、しゃがめ!」
小夜は宏次の声に従い膝を折る。宏次は襖の戸を掴んで持ち上げ、一凪扇げば煙が晴れた。
「邪魔をするな」
短刀手裏剣が宏次に向かう。掴んでいた戸を盾に短刀を防いだ。
「よそ見してもらっては困る」
小夜が継魅の間合いに入り込み、継魅の手の甲に鞘を叩きつける。
「時雨」
大振り一閃を放つが、継魅は高く飛び上がり一閃を避けて天井を蹴る。二本の小太刀が小夜の首を狙う。
見覚えのある継魅の技は夜三郎との闘いにて見切っている。素早く納刀を終え、落下してくる継魅に向けて下段から天井への縦一閃を放つ。
「梅雨明け」
一閃は継魅に直撃した。――だが、継魅は怯まず、太ももで小夜の顔を捉える。そのまま抑え込む様に小夜の背中を激しく床に叩きつけた。
「――鳶刈固め」
身体を抑え込み、身動きが取れない小夜の首に短刀が光る。
「終わりだ戦鬼姫」
次の瞬間、継魅の首が飛んだ。血は天井を汚すように勢い良く噴き出す。小夜は圧し掛かった継魅の身体を蹴り飛ばして立ち上がる。
「無事か?」
「なんとかな」
安堵の息を吐いた。――だが、首の無い継魅の身体がいきなり立ち上がる。不意に襲い掛かる短刀を慌てて小夜が受け止めた。
「首も無くしてもまだ動くか?」
その執念に恐れる。継魅の短刀を押し退けて、瞬時に二度振るう。――継魅の四肢を斬り飛ばした。
四肢を失った継魅はまだ蠢いていた。その時、小さな白い蛇が継魅の首から這い出てきた。
その蛇を踏み潰す宏次。途端に蠢いていた継魅の身体はピタリと動きを止める。
「この蛇が本体か?」
「若、ご無事でしたか!?」
慌てた声の主は雪定だった。弓を手に駆け、宏次の前までやってくる。
「雪定か。状況は?」
「敵の数は三十足らず。ですが、状況は最悪。いくら切っても動く敵に悪戦苦闘。若、早くお逃げ下さい。城が落ちます」
「俺に城を捨てろと言うのか?」
「お気持ちは分かります。ですが、若が死んでしまっては、誰が神戌を引き継ぐのですか? 他の墓守の方にも顔向けができませぬ」
雪定の言葉に、宏次は従う他は無かった。その時、腕を無くした墓川兵の一人が来る。
「宏次様、まだこんな所にいらっしゃったのですか? 早くお逃げ下され!」
――刹那、墓川兵は槍に刺し抜かれ絶命した。心臓に刀が三本突き刺さっているのにもかかわらず平然として槍を構える長月の兵士が現れた。
「ここは、私が!」
弓を構え矢を放つ。刺さっている刀が交差する心臓に突き刺さるも、長月の兵は何事も無かったかのように迫って来る。
「雪定、早く来い!」
「若、私がここを食い止めます。どうか先にお逃げ下さい」
「……駄目だ! 殿は許さぬ!」
「小夜殿。若を頼みます」
「宏次、行くぞ!」
小夜に腕を掴まれ、宏次は一歩後退した。抵抗し踏み留まる。
「雪定! 死ぬ事は許さぬぞ! 俺にはお前が必要だ!」
「……承知しました。必ずや若の跡を追いましょう。さぁ早く!」
宏次と小夜は走りその場を去った。
雪定は再び弓を構える。迫りくる槍を避け、床に縫い付ける様に足を射抜いた。長月の兵は蠢くが動けなかった。抵抗か、槍を雪定目掛けて投げつけて来る。弓で投げ槍を弾いて防ぐものの、弓の弦が刃に擦れたか切れてしまった。
宏次と小夜が去ったのを見て、雪定は襖の中に入る。
そこには宏次の紺色の甲冑に兜があった。雪定はそれを身に着ける。
「……若、私は貴方や、宏政様に仕える事ができて幸せでした。最後の最後まで側に居れぬ事だけが心残りです。どうか私の分まで強く生きて下さい」
弦の切れた弓を捨てる。甲冑と兜を一緒に飾られていた太刀。それは神戌によく似た大きさだった。こういう時の為に置いていた護身用の太刀を抜き表へ出る。
「我は墓川家十三代目、墓川 宏次也! 誰ぞ、我が首を取れる者はおらぬか!」
◇◇
人形ミコト。その正体、八頭の龍 荒蛇器は夜の森を歩く。
そこには夥しい血の跡と、手首や足、胴体の一部らしき物がバラバラに切断されている。
荒蛇器の元に人形の背丈程の人の首が転がっている。それは乙姫の顔だった。
「何を遊んでおるのだ? 乙姫、はよ立たぬか」
人形が声を上げると乙姫の首、バラバラになった胴体、地面に着いた血であったものが無数の小さな蛇と変わり、一箇所に集まる。やがてそれは人の姿へと変わっていった。
「……なんじゃあ、あの小娘は。こんなに派手にやられるとは思わなんだわ」
「我の目に狂いはなかったろう? んで、うまくいったのか?」
「屍にはできなんだが、勝手に狂って戦へ行きおったわ。おかげでまた眠りにつかねばならぬ」
「不完全なままで はしゃぐからじゃ。監視は我に任せて安心して眠るといいぞ。八頭の龍が皆、現し世に現れるその時までな」




