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✖妖刀  作者: @ハナミ
三章 紅鬼と蒼鬼
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十五話 墓川城下町の出来事

 麗らかな昼下がり、熱い日差しが大地を照りつける――うまの刻


 墓川城より、少し離れた場所に町はある。食材や、工芸品等を生業とする者達の集落であり、この辺りでは物を仕入れる場所はここと決まっている。


「やはり、この服が一番動きやすいな」


 小夜は着飾った着物から、群青色の装束に着替えていた。白の帯に差す二本の刀は常に携帯をしている。紺色の髪の毛も、右耳辺りの髪を紐で結って、馬の尻尾の様に垂らす。これが小夜のいつもの姿だ。しかし、寝癖なのか? 髪の毛の至る所が跳ねていた。 

 それを見て、灰色の薄い羽織を着た小袖姿の宏次が笑う。


「小夜。なんだ、その髪は?」

「おかしいのだ。何度も直そうとしているが、言う事を聞かんのだ」


 跳ねた髪の毛を手で抑えて見るが、治る事を知らず、その度に勢い良く髪の毛は跳ねる。


かんざしを付けたままで寝るから、癖が付いたんだろ」

「むぅ」


 二人は、町へと続く道を歩く。



 目的の場所へと到着すると、町は久方ぶりに賑わいを見せていた。煎餅を売る店、魚を売る店、米を売る店と、それなりに品揃えは良かった。


 色々な店を横目に、宏次と小夜は町を楽しみながら歩いていた。


「宏次様だ」

「宏次様が来られているぞ!」


 この周辺の城主の子息であり、長月との戦にて英雄となった宏次は、町で有名人となっていた。


「宏次様! いい山葵が入ってますよ! 祝いとして受け取って下さい」

「おお、かたじけない」


 八百屋から布に包まれた山葵を、宏次は嬉しそうに受け取った。


「しかし、凄い賑わいだな。私が来た時は、もっと寂れていたぞ」

「戦の最中ではな。……そうだ小夜。お前も何か好きなのあったら買ってやるぞ」

「本当か?」

「この戦は、お前あっての勝利だ。なんでもいいぞ」

「……宏次様、人形に興味はありますかね?」


 横目に胡散臭そうな男が、宏次に声を掛けていた。店を見れば人形が並べてある。


「人形?」


 立派な色とりどりの着物を着せ、髪の毛も丁寧な銀杏髷いちょうまげに結った人形ばかりだった。高さは一尺程の大きさに、童子どうじの姿似をかたどっていて愛らしい。それを見て、小夜の目が輝いた。


「おお、凄いぞ宏次! こんな人形始めて見たぞ」

「ほほう。お目が高い! この人形はですね。なんと平家のいわくが憑いているのです」

「曰く?」

「ええ、それはなんと! 髪が伸びるという。それはそれは奇怪にして摩訶不思議まかふしぎな人形。見ててくだせい」


 柄杓ひしゃくに水を汲み、目の前の人形に水を被せる。すると銀杏髷がはち切れて髪の毛が一瞬にして伸び、地にまで届いた。


「どうです? すごいでしょ?」

「お前は物を売る気があるのか? こんな不気味な人形を誰が買うのだ!」

「凄いぞ! 宏次! これ欲しい!」

「駄目! これだけは駄目!」


 宏次の声に、小夜は少し頬を膨らませる。


「何でも良いと言っていたではないか」

「呪われるぞ」


 二人は再び歩き出す。次に小夜が目にしたのは、髪をすくくしが並べられている店。木製から鉄製まで種類は豊富にある。その中でも、金色に輝く櫛に小夜は興味を持ったようだ。


「――これがいい」


 金色の櫛を指さす。こいつをおくれ、と宏次は袋に入った お金を店主に渡した。

 袋をはかりに掛けて、重さの確認が終わる。


「……まいど。丁度でいいよ」

「まけてくれたのか? かたじけない」

「いいさ。宏次様のおかげで また商売ができるので」


 店主は、宏次に金色の櫛を丁寧に手渡した。


「ほら小夜」


 宏次は嬉しそうな顔した小夜に櫛を手渡し、また歩き出す。小夜は子供みたく、金色の櫛に夢中だった。


「おい。前見てないと迷子になるぞ」

「わかっておる。そう子供扱いするでない」


 宏次の忠告を聞きつつも、やはり金色の櫛に見とれてしまう。小夜は想像してみる。櫛ですいた髪を宏次はどんな反応をするのか?


「…………あれ? 宏次?」


 想像に夢中になっていた小夜は、忠告通り いつの間にか宏次とはぐれていた。


◇◇


「米を10合程、頂けますか?」

「まいど桜花さん。相変わらずのべっぴんさんだ。味噌もおまけしちゃう」

「まあ、ありがとうございます」


 桜花に見とれた顔の店主から、米と味噌を笑顔で受け取った。


「桜花? 桜花ではないか?」


 宏次を探して居た小夜は、昔の知人である桜花を見かけて声を掛けていた。


「まあ、小夜ではありませんか? 戻ってきたのですね」

「いや、少し人探しをしていてな」

「人探しですか?」

「ああ、この辺りで背は高く、長い髪の男を見なかったか?」

「さあ? ……存じませんが、何かあったのですか?」

「いや、知らないならいいのだ」

「そうですか」


 桜花は、小夜の腰の二本の刀を見つめる。


「……まだその刀を使っているのですね」

「この刀は、時折家の家宝であり、父の形見だ。いついかなる時でも手放す事は無い」

「その刀を使っていれば、いずれ死にますよ」

「わかっている。だが、不運が起こる前に鞘に収めてしまえば問題はない。故に私は抜刀術を極めた」

「……えい」


 いきなり桜花は妖刀、村雨を抜いた。露が纏う刀身を見て、小夜は血の気を引いた顔になった。


「こら!」


 慌てながら桜花から村雨を奪い鞘に収めた。その瞬間、晴れた日にも関わらず、どこからやってきたのか稲光と共に雷が小夜の近くにあった細い木に落ちる。


「あらまあ」


 燃えて行く細い木を見え、小夜は肝を冷やした。


「あらまあではない! 桜花、私を殺す気か!」

「曰くは健在ですね」

「あと少し遅ければ、私に当たっていたぞ!」


 小夜は大きく溜息を吐いた。その拍子に、懐にしまっていた金色の櫛を落としてしまう。


「あら? 小夜、櫛を落としましたよ」

「ああ、すまない」

「……小夜。貴方、こんな良い櫛を持っているのに、なんでそんなボサボサな髪なのですか?」

「い、いや。これはさっき買ったばかりなのだ」

「ちょっと後ろを向きなさい」

「よ、良い。自分でできる」

「いいから」


 強引に小夜の背を向けさせる。桜花は金色の櫛で、小夜の髪をやさしくすいた。


「女の一生とは、恋に生きるものです。身だしなみを疎かにしては素敵な殿方には会えませんよ。でも小夜には、恋はまだ早いかしら?」


 桜花が小夜の髪をすくと、跳ねていた髪が綺麗に整っていく。


「……桜花は、私を子供扱いし過ぎておらぬか? 私ももう十五だぞ」


「《《まだ》》十五ですよ。自分の胸を見てご覧なさい」


 小夜は自分の小さい胸と、後頭部にあたっている桜花の豊満な胸を比べて見る。


「ううぅ~~~……子供扱いしおって」

「小夜は、いつまでも可愛いままですね」


 桜花は笑顔で言った。


「ど、どこを見て言っておるのだ!」

「小夜は可愛い小夜は可愛い小夜は可愛い小夜は可愛い小夜は可愛い……」


 念仏の様に、桜花は小夜の耳元で囁いた。


「辞めろぉ! 可愛い言うな!」


 小夜の髪が整ったのを確認して、桜花は櫛を小夜に手渡す。


「あ……ありがとう桜花」


 照れながら小夜は礼を言った。


「居た! 小夜。ここだぞ!」


 宏次の声が聞こえると、小夜は顔を赤くした。それを見た桜花は、小夜の心情を読んだ。


「小夜、さては貴方……恋をしていますね?」


 確信を突いた一言に、小夜は恥じらいを隠す。


「な……なにをいうか! そ……そんなわけあるか!」

「意地を張って……小夜にも、早く幸せが来ると良いですね」

「す、すまぬ。桜花、またゆっくり語ろうぞ」


 宏次の声が聞こえた方角へ、顔を隠す様に小夜は足早に走っていった。


「さて、米も買いましたし、私も帰りましょうか」


 帰ろうと踵を返したその時、桜花の瞳に人形屋が映った。



 桜花は大きな風呂敷を持って、木で出来た扉を開ける。


「ただいま戻りました。とらじろう様。お身体はいかがですか?」

「悪くはない……といった所である」

「とらじろう様に、見せたい物がございます」


 風呂敷から木の箱を取り出すと、中からは赤い着物を着た銀杏髷に結った人形が現れる。


「これは、また立派な人形だな」

「ご覧下さいませ。こうやって水を被せると――」


 桜花は水の溜まったかめから柄杓ひしゃくですくい、日本人形に水をかけた。人形の結った銀杏髷がはち切れて、モサッと急激に髪が伸びた。それを見た桜花は目を輝かせた。


「すごいでしょ! なんでも平家の曰くが憑いてるとか――」

「捨ててきなさい」


 冷淡な虎白の言葉に、桜花は落ち込んだ。髪の伸びた人形を切なそうに見つめる。


「……とらじろう様は、あまりこうゆうのは、お好きではありませんか?」

「何故、呪い人形が、お好きだと思ったのだ?」

「可愛くないでしょうか?」


 人形を虎白に向ける。すると、震えているかのように人形は口を開けた。


『……さわっていいのよ?』

「人形がしゃべった!?」

「まぁ! 喋る人形なんて凄いですね! 早速名前を付けてあげましょう」

「普通、気味悪がると思うのだが……桜花殿は、変わっているな」


 虎白は桜花を見て、戦の無いこんな日も良いと笑みを浮かべた。


「貴方の名前は、ヤマトタケルね」

「せめて女の子の名前にしなさい」

『……』


 人形はブルブルと震えだす。掛けた水で、涙を流しているようにも見える。それを見た桜花は笑顔だった。


「震える程、嬉しいみたいですね」

「悲しんでいると思うのだが」


 後日、この人形の名前にはミコトという名前がついた。


「……先刻、妹に会いました」

「妹? 戦に稼ぎに出たという?」


 虎白の興味深そうな声に、桜花は少し顔をしかめた。


「とらじろう様はもしかして、若い方がお好みなのですか?」

「そのような意図はない」

『ロリコン』


 虎白は呪いの人形に顔を向ける。しかし、人形は反応を示さなかった。聞いたことの無い異国の言葉だが、意味は分からずとも、なにかすごく馬鹿にされた気がしてならなかった。

 人形を無視して、桜花に再び顔を向ける虎白。


「戦話と聞いて興味がある」   

「そうですか……五年程前でしょうか? 道中で、身寄りもなさそうでしたので拾って参りました」

「桜花殿は人助けが好きなのだな」

「好きや嫌いではなく、放っておけないのです」

「桜花殿らしい」

「何でも恋をしているみたいでして……若いっていいですわね」

「桜花殿。そう卑下されるな。先刻も言ったが其方も充分に若いではないか?」

「お気持ちは嬉しいのですが……やはり若さには勝てませぬ。最近では衰える一方でして」


 桜花は左手を抑えながらに言った。桜花の顔を見て虎白は話題を切り替える。


「桜花殿。この様な話を知っている。かつて昔、川から大きな桃が流れてきた事があるらしい」

「御伽話でしょうか?」

「左様。老婆がその桃を拾い、鉈で中を開けてみれば赤子が居たというのだ。傑作であろう? 更にな、桃から生まれたから名前も桃太郎と言うのだ。これを聞いて俺は笑いが止まらなくてな」


 虎白の笑いに、桜花は苦笑いで返した。


「ええ、とても面白い話ですね」

「であろう?」

「それで続きは?」

「終わりだ」


 静まる間。これではいけないと桜花は話題を探す。


「御伽話なら私も知っていますよ」

「ほう」

「かつてこの地には、八頭の龍が悪さをしておりました」

「……八頭の龍?」

「それを見かねた天照大御神あまてらすおおみかみ様は、その近くに住んでいた村人達に八頭の龍と戦えるだけの武器を与えました。天空を駆ける龍には弓を、硬き鱗を持つ龍には斧を、何度でも首が生えてくる龍には、血を吸う妖刀を」


 虎白は、乙姫との会話を思い出していた。そして血を吸う妖刀とは墓川 宏次が持つ若さを吸う妖刀 神戌の事であると。


「村人達は様々な困難を乗り越え、八頭の龍の長である。八頭長主やずながぬしを討ち果たし、村には平和が訪れたそうなのです」

「その後、村人達はどうなったのだ?」

「八頭の龍に墓を建てて、その後を見守ったそうなのです」

「墓川 宏次は、恐らくその村人の末裔ということなのだろうな」

「墓川といえば、この辺りの城ですね」

「俺の怨敵でもある」

「申し訳ありません。変な事を思い出させてしまったでしょうか?」


 桜花は申し訳なさそうな顔をする。


「かまわぬ。興味深い話を聞けた」

「代わりにヤマトタケルの話でも」

「いや……それは良い」

「そう言わず。その昔、ヤマトタケルは女性の姿をして——」


 それから一刻程、ヤマトタケルの素晴らしさを聞かされる虎白であった。


◇◇


 桜花と虎白が眠りに着いた――とらの刻 


 呪いの人形は、独りでに動き出して音を立てずに外へと歩く。やがて、辿り着いた場所は大山食いの谷だった。龍の寝床と呼ばれる場所に、風が吹いたか乙姫が姿を現す。



「……荒蛇器あらはばきか? どうじゃ、変わりは無いかえ?」

「久しぶりじゃの乙姫。何、我らが手を加えずとも運命は回り始めておる」


 人形は顔を柔軟に動かし、雄弁に語る。


「羅刹の末裔はどうなんじゃ?」

「聞いた所によると、双子同士継承争いをしておるみたいでな。時間が経てば勝手に自滅するであろう。それよりも神戌の末裔はどうする?」

「それならば、太郎を差し向ければ良い」

「男の方なのか?」

「何か問題かの?」

「恐らくだが、あの女……只者ではないぞ。乙姫、ちと耳を貸せ」


 乙姫は膝を折り、人形に耳を傾ける。


「――ほう、その様なものがあるというのかえ?」

「言うておるだろう。運命は我らを中心に回っておるとな」

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