十三話 墓川城の祝宴
朝の日差しが辺りを照らし、暖くなり始める――辰の刻
長月家との死闘を終え、城を出て早二日。墓川一行は、帰路を進む。
「見えたぞ」
城の形をした影が見えた。辺りを見渡すと見知った地……ようやく帰ってきたのだった。
◇◇
「若が、帰られたぞ! 開門! 開門!」
宏次達の目の前には、大きな門。墓川の兵達が慌てて門を開ける。軋む音とともに、開かれる大きな扉の先には、深い紺色の短かな髪を持ち、髭を生やした男。宏次の父、宏政が立っていた。
宏次は馬から降りて一礼をする。
「長月家当主、白狼を討ちとって参りました」
その一言が、狂喜の声に変わった。
「宏次……よくぞ責務を果たし、戻ってきた」
「父上」
父が子である宏次を強く抱きしめた。
「さあ、宴を始めようぞ! 皆の者、支度をせい!」
◇◇
墓川城の畳が敷かれた広間では、祝宴が行われた。上座には城主 宏政が座り。目の前に漆塗りの台に徳利と猪口と、酒の肴に沢庵が乗せられた小皿が置かれている。この広間には、戦に参戦した100人程の宏次の配下が皆同じ間を共にし、同じように酒を置く台が用意されている。
そして宏次が、父の杯に酒を注ぐ姿があった。
「宏次よ、よくぞ白狼を討ちとった」
宏次より注がれた酒を一気に飲み干す。大きな息を吐いて、うまい! と叫ぶ。
「お前も、飲め!」
宏政が徳利を前へと突きだす。
「お言葉に甘えながら」
宏政より注がれた猪口を、ぐいっと飲み干すその姿は、父と瓜二つであった。
「見事な、飲みっぷり!」
家臣の一人が誉め称える。
「誰ぞ! この宏次の後に続く者はおらぬか!」
宏政は急に立ち上がり、徳利を持って大声で叫ぶ。すでに酔いが廻っている様子が伺える。
「応!!」
皆が皆、酒を飲み、それは大きな騒ぎとなった。
そんな中、襖が開く。中から現れたのは、派手な簪に結った髪、慣れてはいなさそうな着物姿の少女だった。
「小夜!?」
着飾った少女の姿に、宏次は思わず見とれていた。小夜もまた恥ずかしそうに宏次を睨みつけた。
「ジロジロと見るな」
「……全く、小夜はんは、素直ではありまへんな」
小夜の後ろには雅が居た。いつも着物姿で派手な格好だからか、雅に目新しさは感じられなかった。
「二方とも随分と、似合っているではないか」
父 宏政が、二人の姿を見るや呟く。
「この度は、この私までも祝宴にお招き頂き、礼を申し上げます。その上、服まで」
宏政の前にして、小夜は膝を折り曲げて頭を下げる。
「良い。堅苦しいのは無しにしようぞ、墓沼の末裔に戦鬼姫。今日は存分に楽しまれよ」
猪口に酒が注がれて、小夜の前に置かれる。
「お気持ちは嬉しいのですが、私は酒は——」
置かれた猪口を返そうとした。——その時
「この墓川 宏政の酒が飲めぬと申すか?」
小夜の姿を見据えるや、辺りの空気が張り詰めた。とても宏政は怖かった。
「……いえ、有り難く頂戴致します」
宏政の一声に気圧された小夜は、猪口に注がれた酒を一気に飲み干す。
「良い飲みっぷり、天晴れ也」
「おい、大丈夫か? 小夜?」
静かな間。宏次は小夜の心配をするかのように、肩に手を置いた。すると、洩らすような一息吐いて宏次の方へ振り返る。
「……なんだ? 宏次? お前……にょんでにゃいのか?」
何やら言語がおかしい。よく見れば顔を赤くして、目が虚ろだ。酔っ払っている姿が見受けられる。
「ちょこを持てぃ!! わたしがさけをつごうぞ!」
「ちょっと待てって!」
「わたしのさけがにょめんのかぁ!!!」
強引に、宏次の猪口に酒を注ぐ。
「ともに、さかずきを かわそうぞ!」
小夜と宏次は互いに杯を交わし、手に持った酒を飲み干した。そして宏次目の前に、不意に小夜の顔が現れる。宏次もまた、鼓動が速くなり顔を赤くした。
「かおがあかいぞ ひろつぐ」
そう言い終えるなり、宏次に もたれかかる。そして、少女は力尽きたか、静かな寝息を立てた。
「……お前もな」
「随分と仲が良いのだな。戦の鬼姫を手篭めにするなど、流石は我が息子。わしも鼻が高い」
宏政は、宏次の猪口に酒を注ぐ。
「手篭めとかそういうのではありません」
「——で、いつ式を挙げるのだ?」
「いえ、そういう関係でもございません」
「まさかまだ手を出しておらんのか?」
雪定が、宏政に耳打ちをする。
「宏政様、若は かなりの奥手にございますぞ」
酔っているのかわざとなのか、宏次の耳に丸聞こえだった。
「それは誠か!? いかん! いかんぞ宏次! そうだ、酔うてる隙に手を出せぃ」
「若も結納ですか。いやいや私も負けてられませんなー。で、子供は何人作るご予定で?」
「宏政様。小夜はんも、宏次はんを意識している所もございますえ」
茶化す様に雅が宏政と雪定の会話に入り込んでくる。
「ほほぅ。早く孫の顔がみたいのー」
――ドン! と徳利を台に強く叩きつける音が辺りに響く。
「静かに。小夜は俺に仕える用心棒だ。それ以上の関係はございません。そもそも——」
「焼酎に山葵を漬け込んだのだが、飲むか?」
「ありがたく頂戴致します」
宏政の徳利から、酒を受け取る宏次は、山葵焼酎を飲み干す。
「なあ、宏次よ。お前は、わしの一人しかいない息子だ。神戌も我が家系しかその力を引き継げはしない。わかっておるな?」
「わかっております」
「墓川の宿敵、八頭の龍が一 五つ首の大蛇こと 五頭蛇は、首を落としても何度でも生えてくると言われておる。故に、神戌は、その五頭蛇の若さを吸う事で退治する事ができるのだ」
宏政は、目の前の猪口に入った酒を飲み干す。
「故に、神戌を受け継ぐ者が居なくなってしまえば五頭蛇を倒す術は無い。これがどうなるか分かっておるな?」
「充分に承知しております」
「後継を残すのは絶対である。肝に銘じよ」
「はい」
「それが分かったなら、その娘と接吻を致せ」
「はい……はい!?」
宏次は驚いて、思わず声が裏返った。
「若、ちゅうですよ。ちゅう」と雪定が口を窄めて唇を突き出す。
「ち、ちゅう!?」
「年頃の男が女を知らんというのは、正直不安だ。この際、戦鬼姫に相手をしてもらえ。不足はなかろう」
「殺されるわ!」
「どうした? 早く致せ。まさかとは思うが、男が好きとか申さぬな?」
「若! 何の為に、これまで兵を死なさずやってきたと思っているのですか。自信を持って下さい!」
――ドン! と再び、徳利を台に強く叩きつける音が辺りに響く。
「父上、酒が入ってませんよ」
「う、うむ。頂戴しよう」
宏政に威圧の篭った酒を注ぐなり、立ち上がって小夜を抱き抱え宴会の間を出る。
「寝かしつけて来る」
足で襖を蹴り、強く閉められた。宏政と雪定は互いに顔を向けると、にやけた顔になる。
「ごゆっくりぃ」と小さな声で宏次の後ろを見送った。
宏次が居なくなり、宏政は雅の猪口に酒を注いだ。
「にして雅よ。墓宮の付き人の其方が世に出てきたのは やはり……」
「お察しの通りでございます宏政様。八頭の龍の封印が綻びはじめているとのこと」
「時は近いのか?」
「よく持って500年。と言った所でおます」
猪口に口を付けて、雅は上品に飲み干した。
「500年。わしの出る幕はなさそうだな」
「不老の名が泣いておりますえ。宏政様は、私達若輩者をこれからも引っ張っておくれやす」
雅は徳利を持って宏政の猪口に酒を注いだ。
◇◇
墓川城の宏次の部屋には、漆塗りの箪笥や、自分の鎧が飾っているのが見える。畳が敷かれた床の上には、この時代には贅沢な柔らかそうな布団が敷かれていた。
宏次は酔った小夜を布団に下ろし、布を一枚小夜に掛ける。
小夜の寝顔を見つめると、恥ずかしくなって思わず赤面した。
「い、いかん。雪定と父上が変な事を言うから」
静かに寝息を立てる少女の顔を見つめる。
「……口は悪いが、愛らしい顔はしておるな。確かに。うむ、それだけだ」
宏次の視線は、小夜の小さな唇。
「せ……接吻など、俺には早すぎる。大体、小夜が俺を好いておるとは限らんだろう」
宏次の独り言は続く。ふと視線を移すと、開いた襖の隙間から雪定の顔が見えた。口を窄めて、「ちゅうーちゅうー」と今にも聞こえてきそうな動作をする。
「雪定!」
思わず、宏次は更に顔を赤くして声を上げる。すると襖が、ぴしゃりと閉まる。
「……宏次?」
「す、すまん。起こしてしまったか?」
「気分が悪い」
「すまなかったな。今後は酒は飲まさぬ様、強く言っておく」
「……なあ、宏次」
小夜は起き上がり、掛けられていた布が膝元に垂れる。
「なんだ?」
「長月との戦は終わった。……私はもうお役御免か?」
酒が入っているせいか、小夜にしては珍しく寂しそうな声だった。
「小夜。お前が望むなら、これからも俺の用心棒を任せたい。無論、無理強いはせぬ。お前には返し尽くせぬ借りもある。この城で好きなだけ食っては寝ても良いとも考えている」
「宏次。私も、お主の側にいたい。だが、私にはまだやらねばならん事がある」
なんだこの愛い生き物は? と宏次は思った。普段、毒舌を吐き捨て、刀を振り回す姿とは想像が付かないぐらいに、少女は しおらしかった。
「そうか。時に明日、町へ行こうと思っているのだが。一緒に来てはくれまいか?」
「町?」
「ああ、色々な物が売っている。戦も終わったのだ。気晴らしにどうだ?」
「行く」
二つ返事で小夜は答えると、結われた髪が勢い良く跳ねた。




