十一話 八鳥 夜三郎
宏次と小夜は長月城の中へ入り込む。木の壁に掛けられている蝋燭の灯りを頼りに、長い木の階段をひたすらに昇る。敵という敵が進路を阻むが、切り伏せては進んで行く。
「居たぞ! 白狼様の所へは近づけはさせん」
目の前には長月の兵が五人、行く手を遮る。
「キリが無いな」
宏次と小夜は刀を構える。
「――だが、この上に白狼がいる」
「根拠はあるのか?」
「感だ」
宏次の言葉に、小夜は笑みを浮かべた。
「なら、その感に頼るとしようか」
小夜は、目の前の長月兵の間合いに入り込み、瞬時に三人斬り伏せて突破口を開く。残った兵が、小夜に鍔迫り合いを持ち込んだ。
「先に行け! 邪魔者は足止めしておいてやる。存分にやって来い」
「任せたぞ」
斬り開かれた道を、宏次は走り抜け、階段を進んだ。
「さて」
鍔迫り合いに持ち込んでいた刀を更に押し、近付く間合いに足を掛ける。体勢を崩させ、追い打ちをかける様に一振り。最後に残った小夜の背後を狙う者も、ついでの二振り目で斬り伏せた。
「……そこで傍観していても暇であろう?」
小夜の言葉が、静かな廊下に響く。
「気付いていたか」
やがて木造の柱から一人の男が姿を現す——八鳥 夜三郎。
「ふむ、どうやら継魅の背を取ったのはお主の様だな」
「お前も忍か?」
「いかにも」
「残念だったな、既に主君が白狼の元へ行ってしまったぞ?」
「あの様な若造に、白狼様の首は取れん——それよりも」
短刀手裏剣を一本、小夜に向かって投げつけられた。鞘で容易く弾き宙を浮く。——その浮いた短刀を掴み、目の前にやってくるのは隼だ。
短刀の切っ先が小夜を狙う。冷静に、隼の動きを捉えて一閃を放つ——隼は床に落ちて、動かなくなった。
「このような子供騙しでは、私の首は取れんぞ?」
「やはり、お主の方が危険だな。のう? 戦鬼姫。私は八鳥 夜三郎。お主は?」
「時折 小夜」
「時折? 聞かぬ名だな? どこの流派だ?」
「私は流派を持たぬ」
夜三郎は小夜の姿を見て考える。流派を持たぬ者が戦鬼と呼ばれるものか? 聞いていた話とは違う。それに若すぎる。継魅と変わらぬ童ではないか? と。
「来ないのか? ならこちらから行くぞ」
駆ける脚は、間合いに近付く。一閃が夜三郎の首を捉える。夜三郎は小太刀で、その一閃を受けた。
小夜の刀を受け流し、互いの間に再び間合いが空く。
「その二腰の刀は、同時には抜かんのか?」
「生憎、私は一刀流だ」
「お主は戦鬼姫ではないのか?」
「お前達が勝手にそう呼んでいるだけだろう?」
「……まあ良い。不安要素である事には違いない」
夜三郎は、大きく息を吸い上げる。——口から、ふくみ針が飛び出してきた。暗い部屋の中、風を切る音だけを頼りに、それを弾く。が、少し時間が足りなかった。小夜の手の甲にそれは突き刺さる。
「また毒か?」
継魅との戦いで見た毒針。毒の量は多く、小夜の刀を持つ手が痺れて動かなくなった。
「安心しろ。神経を麻痺させる毒だ。死にはせん。もっとも不利なことには変わらないがな」
声は小夜の背後から聞こえた。そして背中目掛けて、肘打ちを叩きつける。倒れ込んだ小夜を、追い打ちを掛ける様に、力強く腹を蹴りつけた。
「がはっ!」
「案外あっけないものだな。少々、過信過ぎていたか?」
刀を床に突き立てて、小夜は再び起き上がる。そして腰を落とし村雨を構える。震える手は、毒の痺れか恐怖故か。
「立ち上がるか……根性は認めよう」
「……私は」
「ん?」
「負けるわけにはいかない」
――村雨を抜き放つ。鋭利な水の刃が夜三郎を捉える。咄嗟に腕で防ぐが、天井を鮮血が染めた。
「驕っていたか。まだ、そんな技を持っていたとは」
「時間の掛けすぎだ。さっさとやらぬから、痺れも取れてきたぞ」
小夜は納刀を終え、手を振りしっかり動く事を見せ付ける。
「……あなどれんな」
夜三郎は二本の小太刀を構える。対して、小夜は腰を据えて村雨を構える。
先に動いたのは夜三郎。木の床を走る足音が微かにも関わらず、小夜に目掛けて向かう。間合いが詰められるその手前、再び水の刃を放つ——が、水の刃を飛び越えて小夜の懐に入り込んだ。
二本の小太刀が小夜の首を捉えている。村雨を収め、もう一本の刀でそれを受ける。鍔迫り合いから、夜三郎は足を掛けて、小夜の体勢を崩す。慌てて踏み止まるものの、袖から見える細い腕が、風を切る音と共に、赤い線を走らせていた。
おかしい。夜三郎の攻撃、一手一手に小夜は違和感を感じていた。油断できる相手に違い無いが、対して強くは無い。にも関わらず、うまく事を運ばぬと。夜三郎との間に、見えない間合いがあるような……。
暗い部屋はやがて夜の目が開いてきて視界が広くなってくる。小太刀で打ち込んで来る夜三郎の動きとは、一鼓動早く風を切る音が耳に入る。
「そうか、解ったぞ」
小太刀を持つ夜三郎の右手を鞘で打ち込む。小太刀を封じたまま刀を抜き、背を向け大きく夜三郎の胸元を切り裂いた。
「ほう、鸚鵡の術を見破るとは」
「貴様の攻撃は普通の者と、なんら変わらん。風を切る音や足音を口で作り、感覚を誤魔化しているのだな?」
「ご名答。鸚鵡の術は、物音を真似る技だ」
ふと、小夜は鼻に掛けた笑みを零す。
「八鳥は本当に口だけだな? その様な戦い方しかできんのか?」
「我に挑発は通用せん」
「爺ちゃんも言ってたぞ。『鳥』は小細工ばかりで大した事は無い。とな」
「……上等だ。その口車に乗ってやろう。童がぁ!!」
夜三郎の激昂を見て、なんと単純な男だと小夜は思った。
「八鳥とは、八羽の鳥を戦術に代々受け継がれてきた」
夜三郎は飛び天井を蹴り小夜の頭上に落下してくる。
「八鳥の奥義——見切れるか?」
二つの小太刀の刃を確実に小夜の首を捉える。
「鳶刈――『梅雨明け!』」
天井に向かって小夜の刀が抜かれると同時に、縦一閃が夜三郎の懐に走った。
握られていた小太刀は宙を浮き、床に刺さる。夜三郎はしゃがみ込むように着地をした。
「……見事だ」
そう言い終えて、夜三郎は床へと倒れ込み息絶えた。
「宏次は無事か?」
夜三郎を背にして、小夜は階段を駆け上がっていった。
◇◇
――白狼の間
宏次は階段を駆け上がると、蝋燭の灯りと正座をしている白狼の姿があった。
「来たな。宏政の倅よ」
「白狼。一つ問いたい、墓川と長月は長く争いが続いていると聞く。何故こうも争わなくてはならない?」
「お前は宏政から何も聞いてはおらんのか?」
「ああ、白狼。そなたの口から聞きたい」
「……120年程前にあたる。当時、墓川と長月は友の間柄だったとは聞く。だが、墓川の持つ不老の刀。つまり、お前の持つその妖刀が原因だ」
血を吸い、若さを食らう妖刀。本来は八頭の龍を打ち破る為の神器『神戌』。
「この妖刀がか?」
「左様。俺の曽祖父にあたる者が、宏政の父を殺し、その者の血を啜っていた事が事の始まりだ。信じていたのだろうな。その血を飲めば、不老になれると」
「其方も、不老を望むのか?」
「そんなものに興味は無い。長く生き続けるだけの人生など生き地獄。宏政を見てそう思わぬか?」
「——では何故争いが収まらない?」
「俺は長月の人間だ。曽祖父が宏政の父を殺し、宏政が俺の父を殺し、そしてお前も俺の息子を殺した。我が血筋を絶やされ黙っていられる程、懐が広く無いものでな」
白狼は刀を抜いた。それは黒の刀身を持った細身の刀であった。
「長き系譜から続く怨嗟は、お前が思っている程、容易くは断ち切れぬ。さて虎白の弔いと行こうか。宏政の倅よ……参れ!」
宏次は太刀を強く握り締め、白狼 目掛けて大きく振り落とす。白狼は切っ先と柄を持って、真っ向から宏次の太刀を頭上で受け止めた。
「師走の構え」
刀を斜めに傾け、宏次の太刀が滑る。思わず、木の床を叩きつけていた。すかさず宏次の肩に、細身の刃が甲冑を突き抜けて刺さっていた。
「――がぁッッ!」
「長月流剣術は、代々より《《突き》》を得意とする」
宏次の目の前に立っている燭台の蝋燭を斬り、炎と共に畳の上に落とす。灯りが一暗くなると白狼が視界から消える。
「新月」
灯りが消えた暗い部屋で、黒い刀身は見るに困難だった。再度、宏次の肩に刃が突き刺さっている。
悲鳴を抑えて、傷みを堪える。だが白狼は、傷口を抉る様に刀を弄りまわす。
「こんなものなのか?」
白狼の問いに、応えるかのように白狼の刃を掴む。そして白狼は、宏次の腹に向けて蹴りを入れる。肩から剣は抜け、再び太刀を構える宏次に、白狼の突きが襲いかかる。
太刀で突きを弾き、また突きを弾く。弾く事ができなければ死ぬ。刺し抜かれた肩は、振り続ける太刀に重みと痛みが増した。
「もう終わりか?」
白狼は問う。宏次は足を震わせ、恐怖に飲み込まれそうだった。それを拭う様に気丈に立ち上がった。
「……ここからだ!」困憊した息を吐き、太刀を両手で構える。
「否。ここまでだ」
白狼の言葉を否定するかの様に、宏次は太刀を振るう。白狼は黒い刀で受け流し、隙があれば突く。長月の剣術は受けては攻撃するという剣術であった。
今度は宏次の太腿に細見の刀は突き刺さる。思わず宏次は、膝を床についてしまった。




