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オタクな私だけど、好きになってもいいですか?

作者: たきゃ。

「はあー、暑いなぁ」


 照り付ける日差しに文句を言いながらも、私は高校のグラウンドにいた。

日に日に気温が上がっているように感じるのは気のせいなのか、もしくはニュースでよく見るヒートアイランド現象と呼ばれるもののせいなのかは分からないが、今現在「暑い」と感じるこの感情は確かだった。


「いやあ、本当に暑いね花ちゃん。何でこんな日に外で体育するんや」

 

 突如、話しかけられてそちらを振り返るとそこには友人が立っていた。


「奈菜、今日は体育するの?」

「うん、今日は大丈夫っぽいから久しぶりに参加しようかな」

「奈菜は身体弱いんだから気を付けなよ? 今日も暑いし」

「分かってる、分かってる。ボチボチやるから」


 この関西弁交じりの子は奈菜。一年生の秋頃に親の仕事の都合で京都から転校してきた。

 彼女はあまり体が強くないようで、よく風邪で休んだりしているけど私の大事な親友だ。

元々友達が少なく、クラスでも地味な私に話しかけて来た時はびっくりしたが、まさかの私と同じくアニメ好き―――つまりオタクだと分かりすぐ意気投合したのである。


 まだ授業が始まらないのでグラウンドの端の方で奈菜とアニメの話をして盛り上がっていると、いきなりサッカーボールが飛んできた。

 どうやら同じクラスの男子たちがサッカーをしていたようで、誰かが変な方向に飛ばしてしまったのだろう。

 あまり勢いが無かったにも関わらず、びっくりしてしまいボールを避けたのだが、そのボールを追うように一人の男子がやって来る。


「ごめん、大丈夫か? 怪我はない?」


「圭佑君⁉ だ、大丈夫だよ」


 普段男子とあまり話さないせいか少しどもった答え方になってしまい、自分でそれに気付いて恥ずかしくなる。

 それを聞くと軽く手を振って「ごめんな」とだけ言って圭佑君はボールを持って戻っていった。

 私はその無邪気な後ろ姿にいつの間にか見とれてしまっていた。


「おーい、花―。戻ってこーい」


 奈菜の手が私の目の前を行ったり来たりして、ハッと我に返った。


「ああ、どうしよう。私、変になってなかった?」

「ふふふ、大丈夫やよ花。ほんま可愛いなー赤くなっちゃって。恋する乙女やなあ」

「もう、からかわないでよ」


そう。私・松岡花は同じクラスの圭佑君に片思いをしているのだ。



× × × × × × × × × × × ×



 放課後になり、私と奈菜は一緒に近くの本屋さんを目指していた。

 今日発売のマンガの新刊を一緒に買いに行く約束をしていたからだ。

 

「ふぅ、こう暑いと本屋さん行くのも疲れるなぁ」


 奈菜のため息に私も同意見だ。


 普段、クーラーの効いた部屋にこもってマンガやアニメを観てばかりのオタクの私にはこの暑さは中々堪える。

 それは横で額から流れる汗をハンカチで拭いている奈菜も同じだろう。


  二人して暑い暑いと、文句をこぼしながら歩いていると、奈菜が急に「そういえば」と私には何だかこそばゆい話題を持ち出してきた。

 

 「花ちゃんはさ、圭佑君に告ったりせえへんの?」

 

 「へっ!?」

 

 奈菜の突然の質問に間抜けな声が出てしまったが、またからかわれないように「コホン」と咳払いして冷静を装う。


「突然どうしたのよ」


「突然ではないやろ~。好きなヒトおるのになんで告白せえへんのよ?」


 奈菜は今度は茶化すつもりはないらしく、ただ単純に私が圭佑君に告白しないことに疑問を感じているようだった。


「なんで、って言われてもさー。そう簡単に言わないでよ…。私みたいな地味なの圭佑君はタイプじゃないだろうし」

「そんなん、分からんやん。告ってみやな!」


 奈菜のこういうところはとても関西人っぽいというか。

 基本ネガティブ思考の私は彼女のそういうポジティブな性格が少し羨ましくも感じる。


「私だって圭佑君と付き合えたらなって思うことはあるよ。でも圭佑君はクラスの人気者で明るくて、オタクの私とは真逆じゃない?」

 

 すると奈菜は「はぁー」とわざとらしく大きなため息をついた。

右手の人差し指をぴんと立て、左手は腰に当てて――まるで担任の先生のようなポーズを取ると


「あかんあかん、自分がオタクなのを言い訳に使うのはダメや。そんなん全国のオタクさんに失礼やし、アニメやマンガを作ってる人にも失礼やで‼」

 

「おー・・・・・・」


 奈菜のあまりの迫力に私は口をポカンと開けて、固まってしまっていたのだけど。

 

「あははは」


 なんだか笑いがこみ上げてくる。


「あっ、なに笑ってんの。うちの話聞いてる⁉」

「ごめんごめん、奈菜がいつもに増してすごい真剣だったからさ。なんか面白くて」

「はぁ? なんも面白いようなこと言うてへんやろ」


 奈菜はこういう子だ。人のために怒れて、人のために笑えるとても優しい子。

 私は彼女のこういうところが大好きだし、尊敬する。


 ―――私もこういう子だったら、もっと自信が持てるのかな


 などと彼女と自分を比べてしまう自分がたまに嫌になる。


 そんなやり取りをしながら本屋さんまであと少しのところまで来た時、奈菜のスマホが短くぴこーんと鳴った。


 ―――メッセージアプリかな?


「ん? 嘘、マジかー」


 奈菜はスマホの画面を見て、残念そうに頭を抱え込む。


「どしたの?」

とうなだれる奈菜の顔をのぞき込むと。


「花、ごめんっ!」


 奈菜は大げさに両手の手のひらを顔の前で合わせた。


「おかんが仕事で帰れんらしくて、翔太の迎えに行かなあかんっぽい。やから本屋さん行けへんわ」


 翔太というのは保育園に通う奈菜の弟のことだ。

 以前に奈菜の家で会ったことがあるけど、人懐っこくてとてもかわいかった。


「いいよいいよ気にしないで、弟の迎え行ってあげて。」


 そう言うと、奈菜は「今日買ったマンガ、明日見せてなー」と手を振って去っていった。

 「現金なやつだぜ」と心のなかでツッコミを入れたのち、私は目的地の本屋さんに向かった。



 × × × × × × × × × × × ×

 

 

 「お、あった」

 

 マンガの新刊コーナーに行くと、目当てのマンガが平積みにされていた。

 アニメ化が決定し、現在オタクたちの間で話題沸騰中の作品というだけあって、今日発売にも関わらず既に結構売れているようだった。

 

「かっこいいんだよなー、このキャラ」

 

 表紙に描かれた女主人公を見てそう呟く。

 この作品はバトルものには珍しく女の子が主人公なのだが、自分の意見をはっきりと言ったり、悪者を派手なアクションで倒したりと見ていてとても爽快だ。

 

 ―――私もこんな風になれたらな・・・


「っと、ダメダメ。こんなことばかり考えてないで早く買って帰ろ」

 

 またもやネガティブ思考に陥っている自分に気がついた私は考えるのを止めて、本をレジに持って行こうとしたその時だった。


「あれ、松岡?」


 後ろから声をかけられ、そちらを振り向くと


「っ、圭佑君!?」

 

 本日、私と奈菜の話の主役であった圭佑君がそこに立っていた。

 サッカー部の彼は部活帰りなのか、学校指定のカバンの他に小さめのスポーツバッグを担いでいた。


「な、なんでここに・・・」


 案の定、動揺を隠せない私は言葉に詰まりながらも何とか言葉のキャッチボールを続ようと試みる。


「なんでって俺が本屋に来たら悪いのか?」

「え、あ、いや、悪くない。全然‼」


 嫌な奴だと思われたくない私は全力で手と首を左右に振って否定した。すると


「ははは、冗談だよ冗談。本気にするなって」


 どうやら圭佑君流のジョークだったらしいが、それに気づく余裕が無かった私は何だか恥ずかしくなってしまう。


―――うわ、恥ずかしいなーもう


 ほっぺが赤くなっているのが自分でも分かるくらい、落ち着きのない私は誤魔化すように質問してみた。


「圭佑君も本買いに来たの・・・?」

「そうなんだよ。今日マンガの新刊が発売らしくて」

 と話す圭佑君に


―――へぇ、圭佑君もマンガとか読むんだ


 などと自分との共通点を知ることが出来てちょっと浮かれていると


「あっ、松岡、それ!!」


 突然、大声で圭佑君が私が手に持っていたマンガを指さした。


「えっ、これ!?」


 私は反射的に手にしていたマンガを背中に隠した。ついさっきまで浮かれていた私はどこへやら、一転して私は自分がピンチな状況なのだと理解する。


 ―――オタクってばれたらどうしよう


 私たちオタクが一番恐れているのが、実はオタクばれすることだったりする。

 昔と比べてオタクも市民権を得てきた、などと言う人も確かにいるけど、現実はそう甘くはない。

 こういうことに理解の無い人たちに下手にばれてしまった日には、「うわー見て、松岡こんなの読んでる(笑)」とクラス中にオタク認定されるのだ。中学の時に経験したから間違いない。

 などと過去の苦い記憶が蘇ってきて身もだえていると


「そのマンガ、俺も今日買いにきたんだよ!!」


 まさかの言葉が返ってきた。


「圭佑君もこのマンガ読むの・・・?」

 

 いくらこのマンガが人気だと言っても、それは私たちオタクの中の話であまりマンガに詳しくない人には有名ではないはずだ。


すると圭佑君は「実はさ」と前置きし、周りをきょろきょろと見回したあと、少し恥ずかしそうに言った。


「俺、結構マンガとかアニメとか好きなんだよな。」

 

「嘘、本当!?」


 圭佑君の意外な“告白”につい食い気味に聞き返してしまう。

 私の反応に誤解したのか


「あっ、もしかして引いた?」

 と、圭佑君。

 私は即座に否定した。


「え、ごめん違う違う!そうじゃなくて、私もアニメとか好きなの! まさか圭佑君もそうだとは思わなくて・・・」


 先ほどまではあんなにオタクばれしないよう気を付けていたのに、誤解を解くべく焦った私はあっさりと自白した。

「松岡もマンガとかアニメ好きなのか?」


「ま、まあ・・・」 


 不安が入り交じった曖昧な返答をすると、圭佑君は笑顔でこう言った。


「じゃあ、俺と友達になろうぜ」


「・・・えっ?」


「いやー俺の周りにアニメとか好きなやつ全然いなくてさ。こういう話できる友達に憧れてたんだよ。だから、俺と友達になってよ」


 ずっと片思いをしていた相手からのまさかのお誘いを受けて断る理由なんて私にはない。


「も、もちろん! こちらこそよろしくお願いします!!」

「よかったー、じゃあマンガ買ったら一緒に帰ろうぜ」


―――ええええええええええっ!?


―――奈菜、私どうすればいいの!?


 こうして私と圭佑君は友達になった。


 緊張で手が震えるあまり、このあとレジで小銭を落としてしまったのは内緒だ。


 × × × × × × × × × × × ×


「はぁー」

 ゆっくりと自分のベッドに倒れ込み、枕に顔をうずめる。

 右手に持ったスマホのメッセージアプリをちらりと見ると、そこには圭佑君のアカウント。


―――圭佑君と友達になっちゃった


 その事実を再確認した私は、嬉しさのあまり


「きゃーーーーーーーー」

 と枕に顔を埋めたまま発狂する。


 下の階から「うるさい!」とお母さんの声が聞こえてきたのは気のせいだろう。

 そのままうつ伏せで足をバタバタさせていると、スマホからぴこんとメッセージアプリの小さな電子音。


―――奈菜かな?

 

 そもそも友達が少ない私にいつもメッセージを送ってくる人なんて奈菜くらいだ。

 なので今のも奈菜からだろう、と

新着メッセージの送り主を確認すると、そこに表示されたのは親友の奈菜ではなく、今日友達になったばかりの圭佑君であった。


「け、圭佑君!?」

 

 私は勢いよく起き上がり、スマホの画面に食らいつく。


『今日買ったマンガもう読んだか? すげー面白かった』


 という文面とともに笑顔マークのスタンプが送信されていた。


―――うわ、圭佑君から普通にメッセきた!

 

 友達になったのならそんなの当たり前かもしれないけど、圭佑君と友達になったという事実にまだ私の気持ちは追いついていなかった。

 

『読んだよ! まさかあんな展開になるとは思わなかったよ』

 

 と、すぐに返信する。


 ちなみにまさかの展開というのは、主人公の女の子が本来敵であるはずのライバルキャラと禁断の恋に落ちたのである。

 女主人公のピンチに駆けつけたライバルは、どうやら敵でありながらも主人公のことが前から好きだったらしかった。


 ニヤニヤしながら圭佑君とのトーク画面を眺めていると、すぐにまた圭佑君から返事がきた。


『「コイツを傷つけるやつは俺が許さない!」ってセリフかっこよかったなー、男なら一度は言ってみたい(笑)』

 

 その返信を見て、無意識に圭佑君がそのセリフを言うところを想像してしまう。

 

―――そんなのカッコよすぎるよおおおおおお!

 

「いたあっ!?」


 自分の勝手な妄想に身をもだえさせてベッドの上で暴れていると、どーんと大きな音とともに床に落下した。


「あいたたた・・・」

 

 打ったところを自分でさすっていると、再び小さな電子音が鳴る。

『松岡も、そういうセリフ言われてみたいもんなの?』

 

 圭佑君からのそのメッセージを見て、私は考えた。

 圭佑君がもしもこのセリフを言う時が来たとして、それは誰のためなのだろうか。


―――少なくとも、私じゃないよなあ

 

 また勝手にネガティブなことを考えて、ため息をつく私。

 先ほどまでニヤニヤ喜んでいたくせに今度は急に落ち込んだりと、忙しいやつだな、と自分でも思った。

 


 × × × × × × × × × × × ×



「花ちゃん、どうしたんその顔・・・」

 

 翌朝、奈菜が私を見て発した第一声がそれだ。


 あの後、圭佑君とメッセージのやり取りを続けた私は「いつ返信があるか分からない」とスマホを握りしめたままベッドに入ったのだが、一睡もすることができなかった。

 圭佑君からメッセージが来るのを待っていたら胸がドキドキして、とても寝ようなんて気にはならなかった。

 

 圭佑君はどうやら途中で寝落ちしていたらしく、待てども待てども返事は来なかったけれど。


「実はさ・・・」

 

 私は昨日、奈菜と別れた後に起きた出来事の一部始終を説明した。


「まさか私と別れた後にそんなことになっていたとはねぇ」

  

 話を聞いた奈菜は、なんだか孫を見守るおばあちゃんのような目で「良かったねぇ、花」とほっこりしている。


「でも、ただの友達だからね? 分かってる?」


 と、一応釘を刺しておいたのだが


「なに言ってんの、花。ついこの前まで圭佑君とまともに話もできんかったんやから、凄い進歩やん! 友達から始まる恋もあるんやで!!」


 と、どうやら私以上のテンションである奈菜に反論されてしまった。

 

―――そっか、私にもまだチャンスがあるのかな?

 

 いや、むしろオタクの私にとってはこんなの最初で最後のチャンスかもしれない。

 クラスでも地味な私はクラスの人気者である圭佑君と本来は話す機会もなかったはずだ。

 そう、これは私の片思いで終わるはずだったのだ。


 そこに偶然か必然か、チャンスの神様が私のもとにやってきてくれたというのだから、これを逃すなんてことをすればバチが当たるというものだ。


―――よし!


「奈菜、私がんばるよ! あきらめない!」

 

 奈菜のエールに励まされた私はそう宣言した。


「よっしゃ、花ちゃん。私もサポートするからね!」


 私の言葉に火が付いたのか、奈菜は完全にやる気モードだ。

 こうして教室のすみっこで恋の師弟関係が生まれたのだった。


 

× × × × × × × × × × × ×


―――は、ハードルが高すぎる・・・!


 昼休みが終わるまであと10分。私はスマホとにらめっこしていた。


「まずは一緒に帰るように誘ってみよー!」


 恋のコーチ・奈菜が出した私への最初の指示である。


 しかし、いくらなんでも連絡先を交換したとはいえ、友達になってまだ1日の私には中々高難易度の試練である。

 男子と一緒に学校から帰った記憶なんて一つもないし、なんなら奈菜以外の女子と帰った記憶もあまりない。

 

「花ちゃん、早くせえへんと昼休み終わっちゃうよ? 直接誘うわけじゃないんやし」

 

 隣の奈菜が呆れ顔でこちらをじーっと見て、急かしてくる。

 お弁当を食べ終わったあと、かれこれ20分近く私とスマホのにらめっこは続いていた。


「断られたらどうしよう、って思うと中々メッセ送れないの、圭佑君サッカー部忙しいだろうし」


「なんで花はそうネガティブなんやろなぁ、こういうのは当たって砕けろやん?」

 

「いや、砕けちゃだめじゃん・・・」


「はいはい、屁理屈はいいから早く圭佑君に送りって」

 

 と、ぶつぶつごねていた時だった。


「ん? 今俺の名前呼んだ?」

 

「圭佑君!?」

 後ろを振り返ると声の主は、たまたま後ろを通りかかったらしい圭佑君だった。 


―――もしかして聞かれてた!?

 

 圭佑君を誘おう大作戦の中身をターゲット本人に聞かれたりなんかしたら、かなり恥ずかしいやつだ。

 と、あたふた焦る私を横目に何か思いついた様子の奈菜が口を開く。


「圭佑君、今日放課後なんか予定ある?」


「ちょ、奈菜。圭佑君は部活が・・・」

 私が最後まで言い終わる前に圭佑君。

「放課後? 今日は部活ないから何もないけど、どうかした?」

それを聞いてさらにニヤニヤし始めた奈菜は

「あのな、花と一緒に帰ったってくれへん? なんか花、今日体調悪いらしくてさぁ。うちは用事があるんやよね」


「んん!?」


「そうなのか松岡、大丈夫かよ?」


―――なに言ってんの奈菜!? 私別に体調悪くないけど!?

 

 と、アイコンタクトで奈菜に訴えると


―――こういうのは嘘も方便やで!

 

 と、ウインクで返された。

 策士・奈菜はどうやら予想外の状況にも柔軟に作戦を変更したらしい。

 

―――ええい、なるようになっちゃえ!


「そ、そうなんだよネー、朝からちょっとお腹が痛くてサー」


私も覚悟を決め、奈菜の作戦に乗っかることにした。

棒読み気味なのは放っておいてくれると助かる。


こんな古典的な作戦に圭佑君が乗っかってくれるのか怪しかったが、その心配は杞憂だったようだ。


「体調悪いのは放っとけないな、よし、俺に任せろ」


 突然の「一緒に帰ろう大作戦」に巻き込まれた圭佑君は特別気にする様子もなく、笑顔で答えた。


「い、いいの!?」

「もちろん!」

 

 グッと親指を立てる圭佑君。「じゃあ放課後、下駄箱でな」とだけ言い残し自分の席に戻っていった。

 立ち去る圭佑君を見ながら唖然とする私に

「花ちゃん、良かったなあ!! 私のおかげやな~」


私の肩に手を置いて喜ぶ奈菜。

 

どうやら作戦はいとも簡単に成功してしまったようだ。




「ご、ごめんね。急に嫌じゃなかった?」


隣に並んで歩く圭佑君にそう尋ねると、


「そんな大げさだなー、気にすんなよ」


 笑顔で返してくる圭佑君。ドキドキとリズムを刻む私の心臓は落ち着きそうにない。


 こんな近くで圭佑君の笑顔を見てると、どうにかなってしまいそうだった。


 ―――うわあ、ドキドキし過ぎて圭佑君の顔まともに見れないよぉ


 私は居ても立っても居られないくらい落ち着いていられなかったけど、圭佑君は昨日のメッセージのやり取りのようにマンガやアニメの話をいっぱいしてくれていた。


そうやって圭佑君が普通に接してくれるおかげか、家までもう半分という頃には私の緊張も少しずつほぐれてきていた。


「松岡って本当にマンガとか好きなんだなあ、すごい詳しいしさ」

 

 圭佑君の突然の言葉に私は少しドキっとした。


 中学の時に“オタク”というだけでクラスメイトにイジられた記憶がフラッシュバックする。

 私はあの時どうして“オタク”というだけでクラスメイトがイジメてきたのか理解できなかった。

 ただアニメやマンガが好きなだけなのにって。クラスの女子が男性アイドルを好きなように、男子がスポーツ選手が好きなように、私はただマンガが好きなだけだったのに。

 

 オタクをイジって笑いものにしているテレビ番組を観て、私は幼いながらに理解した。

 

―――“オタク”って隠さないとだめなものなんだ


 だから私は奈菜と出会ってからも、彼女以外の人には絶対にオタクだということを明かしていないのだ。


 もうあんな思いはしたくない、と。


 しかし、私のそんな不安を打ち消すように圭佑君が言った。


「松岡と友達になって本当よかったわ」


「―――え?」


「いやあ、昨日も言ったけど俺の周りにはマンガとか好きなやついないからさ、こうやってマンガとかアニメの話を語り合える友達ができてすっげえ楽しいよ」


 圭佑君はただ思ったことをそのまま口にしただけだろうけど、私はその言葉に救われた気がした。


 自分はこのままで良いのだ、と肯定してもらえたようで。

 

「ありがとう」


 私は無意識にそう言った。でも、それは確かに心から出た私の気持ちだった。


「ありがとうって、な、なんだよ急に?」

 

「ふふふ、ごめん、なんでもない」

 

―――ああ、やっぱり好き、だなあ・・・

 

 私は圭佑君が好き、好きだ。この時間がいつまでも続けばいいのに。


―――オタクな私だけど、好きになってもいいですか 


 × × × × × × × × × × × ×



 私と圭佑君はあの日を境にたびたび一緒に帰るようになった。どちらが先に言い出したわけでも無かったが、ただお互いに観たアニメの感想や好きなマンガについて話しながら下校する、そんな日が週に1、2回あった。


 別に恋人同士になったわけでも、特別仲が進展したわけでもなかったけれど、私にはその時間が何よりも楽しく感じられた。

 

 一緒に帰るたびに、今まで知らなかった圭佑君の新たな一面を知れるような気がして、私はとても幸せだったのだ。

 


 しかし、そんな幸せな日々はある日突然崩れ去ることを私は知らなかったのだ。


 朝、奈菜と学校に登校した時のことだ。


「あれ?」


「どうしたん、花ちゃん?」


 自分の下駄箱にあるはずのシューズが見当たらないのだ。

 昨日帰る時は確かにシューズを入れて帰ったはずなのに。

 

 そのことを聞いた奈菜がとりあえず職員室で来客用のスリッパを借りることを薦めてくれたので、私はそれに従うことにした。

 先生はあっさりスリッパを貸してくれたので今日1日は何とかこれで過ごせそうだ。


「それにしてもシューズが勝手に無くなるなんて不思議やなあ、花ちゃん寝ぼけて持って帰ったんとちゃうん?」


 と、奈菜は笑いながら聞いてくるが、さすがの私もそこまで間抜けなことはしないだろう。

「まぁ、一応家に帰ってからも探してみるよ」

 私はそう言って、教室に向かった。

 この時、一つの可能性が頭をよぎったけど、私はそれについて深く考えようとはしなかった。それが現実になることを私は信じたくなかったのかもしれない。


そんな私の思いはすぐ打ち砕かれることになった。

 

「なんなん、これ・・・」


 教室の私の机を見て奈菜はそう漏らした。


 木製の机に乱暴に殴り書きされた悪口の数々。

 「キモイ」、「調子乗んな」なんて言葉がいくつも無造作に書かれていた。

 

―――あーあ、やっぱりこうなっちゃったか

 

 私は意外にも冷静に受け止めることができていた。もちろん良い気分ではないが、さっき空っぽの下駄箱を見て、こうなるんじゃないかと予感していたからだ。


 あの時、私が中学生だった時に、今回とまったく同じようなことを私は体験していた。

 ただ、“オタク”だという理由で私は突然クラスから拒絶されたのだった。


 奈菜が濡らした雑巾をすぐに持ってきてくれたので、私は何もなかったかのように黙々と自分の机を拭いた。


 なにより、圭佑君はまだ登校していなかったので、彼が来る前に全て元通りにしたかった。


 私が落書きを消す様子を見て、クラスメイトたちが何か言葉をかけてくることも、何か手伝ってくれることもない。


「花ちゃん、大丈夫・・・?」


 ただ一人、私を手伝ってくれていた親友が震えた声で言った。


 奈菜の方を見ると、いつもは陽気でにこやかな彼女が今にも泣きそうな表情をしていた。


 優しい私の親友はきっとこういう現場に居合わせたことがないのだろう。


 私への心配と、はじめて遭遇したイジメの恐怖のせいか、あんなにも笑顔の似合う奈菜が表情をくしゃくしゃに歪ませて、ただ呆然と立ち尽くしている。


「奈菜、なにそんな顔してんのよ、私は大丈夫だって」


 彼女にこれ以上の心配はかけさせまいと、私はできる限り元気にそう言ったつもりだったけど、私の声はわなわなと震えていた。

 その時私は気付いた。いくら冷静な風に装っていても、私は目の前の現実を受け入れることができていないのだ、と。


 また自分はイジメられるのだと、地獄のような日々が続くのだと考えたら、私は今にも大声を上げて泣いてしまいそうだった。


 奈菜が手伝ってくれたおかげで、なんとか落書きも全て消せそうだと思った時、教室のドアが勢いよく開いた。


 圭佑君かもしれない、とドアの方に視線をやると、入って来たのは茶髪の3人の女子だった。

 確か、圭佑君といつもよく話している女子たちだ。


そして、教室内に続いていた静けさをあざ笑うかのように、クスクスと笑いながら彼女たちは言った。


「うわ、アイツもう消したのかよ~」


「来るのはえーよ、どんな反応するか見たかったのにねぇ」


「本当それなー」


 瞬間、私はこの女子3人がやったのだと確信した。


 クラスの人気者である圭佑君は当然女子たちからの人気が強い。

 彼女たちは急に圭佑君に近づいた私のことを “敵”だと認識したのだろう。


 今すぐぶん殴ってやりたい気持ちが腹の底から湧き上がるが、私はそれを何とか我慢する。


―――ダメだ、ここで手を出しちゃあいつらの思うツボだ

 

 私が何も言わないのを見かねてか、代わりに怒りをぶちまけたのは隣にいた奈菜だった。


「あんたらなぁ、何してるか分かってんの!?」


 ズカズカと、教室の入り口付近にいた女子3人に詰め寄っていく。

 私が奈菜と出会ってから、奈菜ががこんな大声を出したのはおそらく初めてだ。


 今にも殴りかかろうとする奈菜を止めるべく、私も後を追う。


 「うっわーなに、こいつ?」


奈菜が憤る姿を見ても、彼女たちはへらへらとおどけていた。


「ちょ、奈菜やめなって」


私の制止は聞こえていないようだった。


「こんなことして、何が楽しいんや!?」


「べっつにー、こいつが調子乗ってるから痛い目見せてやろうとしただけだよ、なぁ?」

「ねぇ、アハハハ」

 

 なお、ふざけた態度の彼女たちに奈菜は限界のようだった。


「あんたら、ええ加減にせえや!」


 奈菜が拳を握り、今にも彼女たちに殴りかかろうとした時。



「お、こんなところで何やってんだ?」



 教室に入って来たのは圭佑君だった。

 圭佑君は私たちの異様な雰囲気を見て、怪訝な表情を浮かべている。

 

 どうしていいか分からず、私が固まっていると、私たちと向かい合っていた女子たちが先に口を開く。

 

「圭佑~、なんでもないよ、ただ入口でこの子たちにぶつかりそうになったから謝ってただけ」

「そうだよ~何でもないよぉ」


3人の女子たちは、先ほどとは別人にように態度を一変させてそう言った。


「そうなのか松岡?」

 

 圭佑君が確認する。奈菜が話そうとするのを押しとどめて、私は口を開いた。彼だけには心配させるわけにはいかないから。


「うん、そうなんだ、ちょっと前が見えなくてさ」


 彼に全部話してやりたかった。 あいつらに私はイジメられたのだと。

 

 私はその欲望を胸に秘め、出来る限り笑顔で、言った。



 それから私への嫌がらせは毎日続くようになった。



 × × × × × × × × × × × ×



 私のシューズが無くなってから2週間、私への嫌がらせは止まることはない。

 帰る時にシューズを持って帰ることと、登校して机の落書きを綺麗にすることが日課になった。

 

 奈菜にはとても心配されて、先生に言うか学校を休むか薦められたけど、私はそれをしなかった。

 

 中学の経験から、先生に言ってもイジメがよりエスカレートすることを私は分かっていた。それに、学校を休んでしまうということは、彼女たちに負けるということだ。それだけは絶対に嫌だ。


 彼女たちは最初こそ私の反応を見て楽しんでいたようだが、私が学校を休まないことが想定外だったのか、徐々にイラつきを見せはじめた。


 時には靴に画鋲が入れられていたり、体操服を隠されることもあったけど、決して学校に行くことだけはやめなかった。


 中学の時は一人だったけど、今は奈菜がいる。


 それだけで、かなり気持ちが楽になった。

自分のことのように心配してくれる奈菜のためにも、私は負けるわけにはいかない。


 そんなある日、いつものように机の落書きを消していると、私をイジメている彼女たちがやって来た。

彼女たちは教室に入ると私のところまで来て、まるで昔みたヤンキーマンガの中のセリフのようにこう言った。


「ちょっとアンタたち、ツラ貸しな」

 

 

 

 そうして私と奈菜は校舎の屋上に連れていかれた。

 うちの学校の校舎は校則で立ち入りが禁止されているものの、鍵はかかっておらず、そこで時間を潰す人もたまにいるのだ。

 しかし、どうやら朝のこの時間帯は他に誰もいないようだった。


「いやーさっさと、逃げ出すと思ってたのにさあ、なに普通に学校きてんの?」

 3人の中でもリーダー格っぽい一人がまず切り出してきた。


「なにって、生徒は学校来るのが当たり前でしょ」


 私はなるべく顔色を変えないようにして、そう返す。

 私の答えに満足しないのか、彼女たちは苛立ちを隠さない。


「ふん、いつまでそんな軽口がたたけるかな」


 すると今度は奈菜が彼女たちにつっかかる。


 「あんたらみたいな卑怯なことしかできへんやつらに負けへんからな」

 

 べーっと舌を出して彼女たちを挑発する奈菜。

 それを見た彼女たちは、誰も見ていないのをいいことに突然奈菜の顔を引っ叩いた。

 バチン、と乾いた音を立てて顔面を強打された奈菜が床に座り込む。


「ちょっと、奈菜に何すんのよ!」

 

 奈菜がぶたれたのを見て我慢できなかった私が、とっさに奈菜を叩いた女の襟元に掴みかかる。

 すると脇に居た他の二人の女に背後から腕を掴まれ、身動きできなくなった。


「う、ちょっと離してよ!」


 二人がかりで押さえつけられているせいで、抵抗しても全然ほどけない。

 直後、今度は私の顔面に衝撃が走る。


「花ちゃん!」

 

 奈菜と同じように顔を殴られた私は地面に倒れ込む。


「痛ったあ・・・」

 

 彼女たちを見上げると、見たこともないくらい口角を高く上げて笑っていた。

 まるで、悪魔のように。


「ハハハハ、ざまあ見ろ。何を勘違いしたのか圭佑に近づきやがってさあ」


「なーに調子乗ってんだよ、お前みたいな陰キャがよ」


「なにぃ?ちょっと話しかけられて勘違いしちゃったの?」


 マンガやアニメの中でしか聞いたことのないようなセリフを吐きながら、彼女たちは地面に這いつくばる私と奈菜を何の躊躇いもなく蹴り続けた。

 あまりの痛さに、顔や口の中が切れて血が出ていることにさえ気づかなかった。

 

 ただ、痛い。痛みによる恐怖だけが私の身体を支配していた。


 それでも私はせめて自分のせいで巻き込まれた奈菜だけでも助けるべく、彼女の小さな体に覆いかさばった。


「ちょ、花ちゃん、私はいいからどいて・・・!」

 

 奈菜は私の下から泣きながら必死に訴えるが、私はどかなかった。その代わりに彼女の体を力強く抱きしめる。


―――奈菜、ごめんね。こんなことに巻き込んで


 私たちに降り注ぐ暴力の雨は止もうとはしない。


―――私が、私が圭佑君のことを好きなっちゃったから


 頭上の悪魔たちは笑い続ける。


―――でも、好きになる気持ちだけは止められなかったんだ


「あはは、こいつら泣いてるじゃん」


 一人がそう言った。


 でも、彼女たちの蹴りは止まらない。


 なんで、そうだよ、泣いてるよ。だって痛いもん。それが分かってるんなら、もうやめてよ。

 

―――ああ、神様。もしいるなら助けてよ、私はただ一人の男の子に恋をしただけなの



 その時、この学校中に聞こえるんじゃないかというくらいの、大きな大きな叫び声が悪魔たちの動きを止めた。


「おい!! お前らァー、松岡から離れろッ!!!」

 

 悪魔たちを止めてくれたのは、神様じゃなくて息を切らした一人の男の子だった。



「け、圭佑・・・どうしてここに」


「うるさい!」

 

「っ!」


 圭佑君のあまりの迫力に、私たちの頭上の彼女たちが後ずさりする。

 圭佑君は私のとこに歩み寄り、ゆっくりと身体を起こしてくれた。


「松岡、ごめんな、こんなことになってたなんて俺気付かなくて」


 彼は本当に悔しそうな顔で、私に謝罪するような声でそう呟いた。

 

 その様子を見ていた女3人組は弁明するように早口で言葉を紡ぐ。


「え、いや圭佑、これは違うくて、私じゃなくてその子が――」

 

 しかし、彼はその言い訳に容赦しない。


「ふざけるな、なんで松岡にこんなことしたんだ!!」


「圭佑君・・・」

 

―――圭佑君が私のためにこんなに怒ってくれてる 


 そう思うと、さっきまで痛みで泣きじゃくっていたのが嘘みたいに、胸の奥が温かくなった。


「ど、どうしたの圭佑? 最近その子と仲良くしてさぁ、そんなに怒って、そんなオタク女、圭佑とは合わないよ」


「そうそう、なんでそんな子にかまうのよ」

 

 私たちをイジメていた女たちはこの状況でなお弁解を続けるつもりらしかった。

 

 分かっている。私が圭佑君に釣り合うわけないのは。少し仲良くなって舞い上がってしまったから、こんなことを招いてしまったんだ。


 あくまで私は圭佑君にとって、ただのオタク仲間だ。


 きっとそれ以上でもそれ以下でもない。

 

―――でも、それでもいいんだ、私が勝手に片思いしていただけなんだから

 

 このことが片付いたらこの想いはもう胸の奥深くにしまってしまおう。

 

 そんなことを考えていた私を包み込むように、圭佑君がはっきりと、優しく、こう言った。

 

「俺が松岡を気にする理由? そんなの決まってんだろ、俺はこいつが好きなんだよ」

 

―――え?

 

―――えええええ!?


 私はその言葉を信じることができなかった。圭佑君が私を好き? そんな夢みたいな話があるの?


「け、圭佑君!??」

 

 予想外の告白に頭が真っ白になる。


 この人はまた冗談でも言っているのだろうか。


 圭佑君が私に振り向く。


「圭佑君、それって――んっ」


 私の言葉を遮られた。彼の唇によって。


―――キ、キス!? 圭佑君と!?

 

 口の中が切れていたせいで私のファーストキスは少し血の味がした。 

 

 突然のキスに奈菜も、私も、そして私をイジメていた女たちも驚きを隠せずにいた。

 

 そして圭佑君は私の肩を抱きよせながら、宣言する。



「こいつを傷つける奴は俺が許さねえからな!!今日からこいつは俺の彼女だ!」

 


 こうして、傷だらけの私の片思いは意外な形で終わりを迎えたのだった。

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