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【8・一日目、地下砦探索】


「お願いです。ロジック様が崖から落ちそうです」

 最期まで聞かないうちにルーラとベルダネウスは彼女の来た方へ走っていた。慌ててモームが後を追い、グランディスも続く。

 別荘の北側に回ると、

「あれだ!」

 手すりのひとつにロープが巻き付いていた。ちょうど先日見た、細い道のあった付近である。

 手すり越しに崖をのぞき込むと、建物二階分ほど下の所にロジックがへばりついていた。ロープを必死に掴んではいるものの、足をかけられる場所がなくて宙ぶらりんの状態だ。

「ここから地下道に降りると言って、ロープを使ったんですけど足場が崩れて」

 確かに、昨日あった道の部分が所々崩れている。

「事情は後だ。別のロープを持ってきてくれ。あと、ランプも」

 激しく頷くと、モームは別荘へと戻っていく。

「ロジックさん、踏ん張れますか?」

 崖下に声をかけると

「うるさい、よけいなお世話だ。これぐらい僕の力で何とか出来る!」

 叫びながら足を崖にかけて踏ん張ろうとするが、その都度踏ん張った場所が崩れて落ちそうになる。

「ルーラ、大地の精霊に頼んで足場になるような出っ張りを作ってもらえるか?」

「出来るとは思うけど、どの程度かわからないし、へたしたらそのショックで落ちるかも」

 精霊の欠点である。力は強いのだが、微妙な加減が難しいのだ。ましてや彼女は先日ここに来たばかりで、この土地の精霊たちとの意思疎通がまだ不十分である。いくら大地の精霊とは相性のいいルーラでも不安があった。

「よけいなことはするなと言ってるだろう!」

 ロジックが少しずつ東に移動しようとしている。必死に足を伸ばそうとしているところを見ると、上からは見えないがあの辺りに何か足場になりそうなものがあるのだろう。

 代わりのロープを持ったモームが戻ってくる。騒ぎを聞きつけたのだろう。他の参加者たちも揃ってやってきた。

「すみません。私とルーラに任せてください。ロジックさんもこんな姿を皆に見られるのは嫌でしょう」

「いいんじゃない。あいつにはいい薬だ」

 笑うフェリックスに、スケイルが「仮にも弟だ。少しは大事に扱え」とたしなめた。

「ルーラ、判断は任せる。危ないと感じたら大地の精霊に頼んで私たちの下の岸壁に突起を作ってもらってくれ」

「わかったわ」

 ベルダネウスは体にロープを巻き付け、ランプと鞭を腰に止めると手すりを乗り越え、崖を降りていく。彼を巻き付けたロープの端はグラッシェの鞍につけられた。いつでも彼を引っ張り上げられるよう、セバスがロープに軽く手をかけ待機する。

「邪魔をするな!」

 ロジックの声は威勢はいいが、ロープにつかまっているだけの姿勢は危なっかしい。力尽きたらそのまま崖下に真っ逆さまだ。

 それを見ながら、ルーラは精霊の槍の穂先を地面に突き刺し、大地の精霊に語りかけ始めた。

 ベルダネウスは崖の出っ張りを足場や手がかりにして降りていく。崩れたとはいえ、あちこちにその名残は残っているので苦労はなかった。しかし、ロジックの時のように手や足をかけた途端崩れる箇所もあり油断は出来ない。

「よけいなことを!」

「だったら早く安全な場所に移動しましょう」

「うるさい!」

 言うロジックの顔は真っ青になっていた。見るとロープを握る手が小刻みに震えている。

 限界が近いと判断したベルダネウスは左右を見た。東側に、地下砦へ通じると思われる穴があった。ロジックが先ほどから向かおうとしたところだ。

 ロープを緩めたベルダネウスはロジックの下に回り、岸壁に足をふんぶった。

「ロジックさん、私の体を足場に進んでください」

「僕に命令する気か!」

「お願いです。上ではモームさんが震えていましたよ。皆を安心させてください。今すべきことは、あなたが助かることです!」

 見上げると、モームが半泣きになって二人を見下ろしていた。

「仕方がない」

 ロジックは左足を岸壁から放すと、ベルダネウスの左肩にかけた。少しロープが下がったが、グラッシェが引っ張り上げる。

 ロープの食い込みとロジックの体重に耐えながら、一歩ずつベルダネウスは穴に向けて移動した。風が冷たいが、それが気にならないほど彼の身体は熱を持ち、汗がにじみ出る。

「おい、上がるんじゃないのか?」

 意外そうに見下ろすロジックに

「あそこに行く予定だったんでしょう。それに従いますよ」

 顔だけで地下砦の穴を差す。

「お客様と同じ方を向くのが商人です」

 少しずつ移動するベルダネウスに合わせて、ロジックも手を動かす。

 途中でロジックがロープを捨てた。長さが足りなくなり、このままでは穴まで持たないからだ。ロープの支えがない分、ベルダネウスにかかる重さが増した。

 肩や頭にロジックの足をかけさせながらベルダネウスは地下砦の穴に向かって進んでいく。それに合わせてグラッシェが動き、常にロープが縦一文字になるようにする。

「ついた」

 地下砦の穴のすぐ横にたどり着き、ロジックが足をベルダネウスから穴の出っ張りに移動させる。

 体重をかけた途端、その出っ張りが崩れた。

 叫ぶ暇もない。バランスを崩してロジックが落ちかけた時、その下の岸壁が少し斜め上に引出のように飛び出した。ロジックはそこに落ち、転がるように岸壁にぶつかった。

 ルーラの頼みを聞いた大地の精霊の仕業である。

 崖の上では、穂先を地面に突き刺したまま、ルーラが安堵の表情を浮かべていた。

 そのまま這うようにロジックが地下砦に潜り込み、ベルダネウスも転げ込んだ。体に巻き付けたロープをほどいて一息つく。飛び出した壁面が元に戻り、ほどけたロープはそのままグラッシェに引っ張られて上へと回収されていった。

「何とか、助かりましたね」

 中は意外と広く、ベルダネウス達が立ち上がるのに充分な高さがあった。横幅も広くはないが、すれ違うぐらいは出来る。

 まだ夕方前だが、日の差さない地下砦はうす暗い。通路には一定間隔ごとに明かり用のランプが備えつけられていた。油皿に芯が伸びているだけの簡単なものだ。だが、肝心の皿に油がなかった。

「今度来る時は油を持ってきましょう」

 ベルダネウスは持ってきたランプに火を入れる準備を始めた。

 それをむくれっ面で見ていたロジックは、辺りに人影がないのを確かめると

「ありがとう、助かった」

 仕方なくそうな顔だったが、そう言って頭を下げた。

 一瞬戸惑ったベルダネウスだが、その顔に微かな笑みが浮かんだ。そして口を開こうとした時

「ザン!」

 突風と共にルーラが飛び込んできた。そのまま彼女は目の前にいた人影を抱きつくように押し倒し、抱きしめる。

「良かったぁ。大地の精霊がうまく聞いてくれたの」

「おかげで助かった」

 ルーラの背後が声が上がり、ランプに火を入れたベルダネウスが立ち上がった。

「あれ?」

 振り返り、そこにベルダネウスの姿を確認したルーラは

「じゃあ、この人は?」

 抱きしめ、しっかりと胸の谷間に押しつけている男の顔を見た。真っ赤になって抱かれるがままになっているロジックだ。

「ごめんなさい!」

 慌てて離れると、何度も頭を下げた。

「い、いや。いい。気にするな」

 真っ赤なまま、目をそらしてロジックは答えた。

「それにしても、お前の力はたいした物だな」

「あたしの力じゃないです。精霊たちの力です」

「そ、そうか」

 誤魔化すように、ロジックは周囲を見回した。砦として作られたせいか、壁や天井は補強され、床には石畳が敷いてある。自分たちが飛び込んだ穴の付近には、上で見た投石機の台座を思わせる台があった。しかし、投石機ではなく石弩だろうとベルダネウスは勝手に推測した。

「さて、どうします?」

「どうするって?」

「これからどうするかです。ここを探索するにしろ、どういうやり方で行くか? ロジックさんはどんな考えで?」

「とにかく、ここに潜ることが最優先だったから……」

 ロジックは気まずそうな目でベルダネウスを見上げ

「お前はどうする?」

「とりあえず、上への出口を探します。サラさんも言ってましたが、ここには別荘か塔か庭か、とにかく上に通じる出入り口があるはずです。それを見つければ改めて準備をして中を調べられます。いちいちさっきみたいな真似をしないですむ。それに、簡単なものでもここの地図を作っておきたいですからね」

「待て。それだとスケイルやジェンヌ達も調べに入れるということだろう」

「そうですけど」

「僕が最初に入ったんだぞ。あんなに苦労して。隅々とまではいかなくても、ある程度は僕が調べるべきだ。奴らはその後だ」

「でしたらそれでもかまいませんが、彼らも同じ事を考えるでしょうから、今頃は上でここへの出入り口を探してますよ」

「だったらそれが見つかるまで調べるさ。一番乗りが得をしないなんて馬鹿な話があるか」

 ロジックはベルダネウスからランプをひったくると、先に進み始める。

 ルーラとベルダネウスはお互いに顔を見合わせると、仕方がないかとばかりに頷き、彼の後についていった。


 地下道はもとは自然の洞窟だったのだろうが、戦時中に砦として、そして今回ゲームに使うためにかなり人の手が入っている。床は平らに削られ、坂には上り下りしやすいよう段差がつけられ、それでかばいきれないような場所にはハシゴが備えつけられていた。通路のあちこちには明かり用のランプがあったが、どれも先ほど同様、油は入っていない。通路だけではなく、あちこちに広い空間が作られ、テーブルや椅子が置かれている。会議室と思われる大きなテーブルのある部屋。武器庫と思われる棚だらけの部屋。仮眠室と思われる部屋には簡易ベッドもあった。しかし、どれも木製のものは腐り、金属製のものはさび付いていた。

 慎重に進むせいか時間もかかり、やたら広く感じられる。

「補強されたのは床や壁が中心だったみたいだな」

「備品はボロボロのまま。そのまま手をつけなかったみたい。ゲームとして使うのに、必要最小限だけ補強したって感じ」

 三人は下へ下へと進んでいく。彼らを照らす明かりはランプのものではない。ルーラがお願いしてきてもらった光の精霊たちだ。彼女を中心に集まる光は、辺りを昼間のように照らし出す。

「精霊の光は珍しい?」

 ちらちらと自分を見るロジックに、ルーラは笑顔で語りかける。空間そのものが光る精霊の光は、影がほとんど出来ない。そのせいか、知らない人の中には違和感を覚える人もいるのだ。

「は、初めて見たからな」

 頬を染めてロジックは目をそらす。彼の視線はついつい彼女に向けられてしまう。彼の頬には、先ほど彼女から押しつけられた胸の感触がまだ残っていた。

 グランディスの息子ということもあり、今まで彼に言い寄ってきた女は何人かいた。だが、みんな下心が見え見えで体からは香水の巨烈な匂いが漂ってきた。髪も服もアクセサリーで飾り立てて、中には女性というより装飾品の動く台座みたいなのもいた。

 だが、ルーラは装飾品などつけていないし、服も着古した色気のない男物だ。そして先ほど不可抗力とはいえ抱きしめられ、顔に押しつけられた胸の柔らかさ、鼻をくすぐったうっすら石鹸の混ざった彼女の匂い。見ると髪もサラサラで光沢がある。昨夜念入りに備え付けの石鹸で洗ったせいもあるが、彼はそんなことは知らない。彼女からは、男女を問わず訴えかける清潔で健康的な色気が感じられた。

「けど、そこまでしてゲームしなきゃいけないのかしら」

 ロジックの視線にも気がつかず、ルーラは唇を尖らせた。

「どうした?」

「大地の精霊が少しばかり不機嫌なのよ。あんまり急激にこの辺をいじくったもんだから」

 家を作ると言うことは生き物が住処を作ることである。だからそれ自体は精霊たちはなんとも思わないが、限度がある。大地を掘り起こし、地中に住む生き物をめちゃくちゃにし、もともとその地にない動植物を短期間に、大量に持ってくる。ゆっくり、少しずつならその変化も受け入れられるというのに。

「戦時の爆薬なんか迷惑なだけだったろうしな。それで良くお前のお願いを聞いてくれたな」

「本当、改めてありがとう」

 精霊石に心を向けた。


「ここは食堂か」

 一際広い空間を見回す。やはり崩れた木のテーブルと椅子がいくつも並んでいる。その奥の部屋には厨房らしく竃が並び、そのひとつには鍋が置かれていた。上には煙を逃がすための穴があり、時折冷たい空気が流れ込んでいる。

「使った跡がある?」

 鍋の置かれた竃の下は、何かを燃やした跡があった。鍋も洗われており、蓋を開けると何かを煮た跡がある。わずかに残った煮汁をベルダネウスは指につけて舐めた。

「腐っていない。最近作られたものだ」

「誰かが僕たちより先にここに来たっていうのか?」

「おかしくはないでしょう」

 ベルダネウスが肩をすくめた。

「私たちは敷地内から出られないから上から来ましたが、敷地の外を回っていいなら、海辺沿いに来られるでしょう。船があればもっと簡単だ。まだ見つけていませんが、砦である以上、船着き場があるはずです」

「村の人かな。サラさんもここは村の若者達が時々くるって言ってたし」

「出入りは父上が禁止したはずだ」

「禁止の一言で止められるなら苦労はしません。若者や子供達にとって、ここは申し分ない探検場所でしょうしね。禁止されれば余計に探究心がそそられますよ」

 食堂を更に下に降りる。一気に潮の匂いが強くなり、大きな磯に出た。

「船着き場か」

 そこはちょうど外から陰になっており、岩場には明らかな人工の桟橋が左右に作られていた。その外から見て右側の桟橋に、小船が結びつけられていた。

 桟橋に降りる三人は小船をのぞき込んだ。海辺の漁師が使うような小船で、一人でも操れる。

「戦時中の船には見えないな」

「さっきルーラが言った村の連中が使った船だろう」

「変ですね?」

「何がだ」

「この船に乗ってきた人はどこにいるんです?」

 互いに顔を見合わせ、改めて周囲を見回す。三人が降りたすぐ脇に大きな部屋があった。

「ここも武器庫か」

 最初に見つけた武器庫らしき部屋と違い、ここにはボロボロになった槍や剣、弓矢が床一杯にうち捨てられていた。ベルダネウスが剣を一本拾い上げ、刀身に触れ

「ここまで錆びていると、研ぎ直しだけで足が出るな」

「売る気? まったくがめついんだから」

「商人ががめつさを失ったらお終いだ」

 そんな二人の様子を呆れてみていたロジックだが、ふと部屋の隅に金庫を見つけた。

「武器庫に金庫?」

 ロジックはしゃがんで四桁のダイアル式の鍵をつまんだ。鍵は意外なほどスムーズに回る。

「最近持ち込まれたものですね」

 いつの間にかルーラとベルダネウスが背後から彼の手元をのぞき込んでいた。

「持ち込んだとしたら、父上か」

「でも、鍵の番号がわからないんじゃ」

「多分わかる」

 ロジックが数字を合わせ、把手を引くと意外なほどスムーズに開いた。

「父上の誕生日だ」

 中には一本の鍵が平皿に乗せられていた。それ以外には何もない。

「鍵……これだ! 父上の遺産」

 ロジックが鍵を掴む。ベルダネウスは首を傾げ

「でも、こんなに簡単に」

「意外とそんなもんさ」

 うかれるロジックの肩をベルダネウスが後ろから押さえつけた。

「静かに……何かいます」

 耳元でささやくとロジックが硬直した。

 三人の動きが止まる。背後に何か動くものの気配を感じ取ったのだ。

「動かないで」

 ロジックにささやくルーラ。背後の気配がゆっくりと近づいてくる。

 ルーラが精霊の槍をそっと引き付けた。ベルダネウスが静かに床からさび付いた小剣を拾い上げる。

 気配が三人に襲いかかるとは同時に、ルーラが振り向き槍を突き出し、ベルダネウスが小剣を投げつけた。


「すごい。見事な潮トカゲですね」

 ヒュートロンはベルダネウス達三人が抱えてきた潮トカゲに感嘆の声を上げた。数カ所に槍の跡があり、喉を切り裂かれたのが致命傷である。

 潮トカゲは磯に生息する四つ足の雑食動物である。手には水かき、背中と尾には鰭があるがその名の通りトカゲそっくりで、成長すると人間の大人より大きい。三人が仕留めた潮トカゲもルーラよりも一回り大きい。鋭い牙と強い力、見かけによらない俊敏な動きは驚異だが、冬の潮トカゲは身が引き締まって大変美味である。

 武器庫で潮トカゲを返り討ちにした三人は、それを得物に別荘に戻ってきた。地下砦はやはり別荘とつながっていた。なんと地下貯蔵庫。グランディスの遺体をおいた部屋に通じていたのである。

「すぐに血抜きをお願いします。それと、仕留めたのはルーラです。一番おいしいところはステーキにして彼女にお願いします」

「あ、尻尾の付け根のところお願いします。あたしはそこが一番好き。少し堅いけど噛む度に味が出て」

 ルーラが喜んでその場所を指さした。

「わかりました。夕食は潮トカゲのフルコースと行きますか」

「あと、牙と皮が欲しいので処理が終わりましたら、もらえますか?」

「いいですよ」

 潮トカゲの牙は水難のお守りの材料に使われる。ベルダネウスに加工技術はないが、綺麗な状態で工房に持ち込めば売れる。他にも様々な革製品の材料に使われたり、潮トカゲは丁寧に処理すればいろいろ金になるのだ。

「そんなことより、オビヨンはどこだ。カーレかヨロメイでもいい。鍵を見つけた」

 皆が一斉に胸を張ったロジックを見た。

 話を聞いてオビヨン達がやってきて、ロジックは皆を地下の桟橋横の武器庫まで案内した。既に日は落ち、真っ暗だったのでルーラが光の精霊に手を貸してもらう。

「気をつけてください。どうやら近くに潮トカゲの巣があるみたいです。明かりとこれだけ人がいれば襲っては来ないでしょうけど」

 武器庫の金庫に皆を連れて行くと、ロジックは先ほどと同じようにして鍵を取り出す。

「別荘に戻るときに確かめたが、地下砦が別荘に通じる隠し扉には鍵がかかっていて、地下砦からしか開けられなかった。敷地から出るわけには行かない以上、最初に地下砦に入るには、僕がやった通り崖を降りて入るしかないんだ。つまり、危険を顧みず前に進むものの証だな。そして金庫の番号は父上の誕生日。自分が生まれた日が、新たなる後継者誕生の日でもあるわけだ」

 得意そうに鍵を他の参加者達に見せては説明するロジックの前に、オビヨンが目録の入った箱を差しだした。

「どうぞ、お試しください」

「試すとはどういう意味だ?」

「それが本当にこの箱の鍵かどうかです」

 その言い方に一抹の不安を覚えたのか、ロジックはこわごわと鍵を鍵穴に入れた。が

「……回らない」

「その鍵は違いますね」

 途端フェリックスの爆笑が武器庫に響き渡った。

「こいつはいいや。父さんはわざわざ偽物まで用意したって事か。念が入ってるや」

「鍵のありかがわかったと思っても、すぐに宣言せず、本当に鍵があるかを確かめようという人への対処でしょうね。鍵を見つけても、それが本物とは限らない。確かめるには宣言をして箱に合わせてみるしか無い」

「箱は審判が保管しているから、勝手に鍵を確かめることも出来ないってことね。全く、父様はどこまで私たちを馬鹿にすれば気が済むの」

 参加者達が呆れるのを横に、ロジックは懸命に鍵を鍵穴に入れたまま回そうとしている。が、いくら力を入れても回らない。

「あ!」

 ついに鍵穴に差し込んだまま、鍵が真っ二つに折れてしまった。

「なんてことをするんだ。鍵穴を塞いでしまったじゃないか」

「くそう!」

 涙目でロジックは折れた鍵を地面に叩きつけると、武器庫を飛び出した。

「いっちゃったよ」

「ほっとけ。それよりどうするんだ。鍵穴がふさがれたままじゃ、正しい鍵の確認が出来ないぞ」

「何とか取り出せないかやってみます」

 三人の審判が箱を手に別荘に戻っていく。皆もその後についていった。

 戻る際、彼らは改めて地下砦と別荘を結ぶ出入り口が他にないか探してみた。結果、塔の地下に通じるものと、庭の花壇の中央に出るものの二つが見つかった。二つとも砦側から鍵がかけられており、彼らは三つの出入り口全ての鍵を外しておくことにした。


 最初にルーラ達三人が飛び込んだ通路の穴にロジックはいた。石弩の台座らしき跡に腰掛けて、外を見ている。月が半ば雲に隠れて星もほとんど見えない。明かりがないここはほとんど真っ暗だった。

「戻らないと風邪引くわよ」

 ルーラは彼のすぐそばに腰を下ろした。光の精霊の力は借りていないので暗いままだが、ルーラは比較的夜目が利く方だ。

「何しに来た。調子に乗って失敗した僕を笑いに来たのか」

「笑って欲しい? だったら笑うけど」

「僕を馬鹿にしてるのか?!」

「馬鹿になんかしてないわよ。父さんの教えなの。自分がして欲しくないことは人にするな。自分がして欲しいことを人にしろって」

「失敗した時は慰めてほしいって考えたのか!」

「違うわ。失敗して恥をかいた時なんか、誰でもいいから当たり散らす相手が欲しいの」

 ルーラは手を叩くと、さぁこいとばかりに身構えた。

「準備は出来てるわ。思う存分あたしに当たり散らして良いわ。さぁ来なさい」

「そういう態度を馬鹿にしているって言うんだ! お前なんかただの自由商人の愛人じゃないか! 僕を誰だと思っているんだ。世が世なら国王なんだぞ。それがこんな平民どもに頭を下げながら毎日を過ごさなきゃならない屈辱がお前にわかるか。ボーンヘッド商会は国家再興のためにあるんだ。このゲームはそれを成し遂げるために父上が用意した試練なんだ!」

 わめくロジックを前に、ルーラはきょとんとして何も言えずにいた。気迫に押されているのではない。彼女にとって内容がぶっ飛びすぎて頭の中に入ってこないのだ。

「国家再興か……あたしにはピンと来ないな」

「村の再建すら諦めたぐらいだからな」

「ロジックさんは、あたしよりもずっと背負っているものが違うんだ」

「当然だ。のんびりしているわけには行かないんだ。なのにあんな」

 ルーラは静かに彼を見つめ返した。月が再び現れ、彼女の顔を照らし出す。

「別に良いじゃない。三回の内、最初の一回失敗だけでしょ」

「その一回が……あんなに格好つけといて」

 ルーラは唇をもごもごさせた。言おうか言うまいか迷っているらしい。それでも意を決して

「ロジックさん。あたしさ、本当に格好好い人って、負けても格好良いと思うんだ。負けたら格好悪いなんて、そういう考え自体がすでに格好悪いんだよ」

「負けたら全て失うんだぞ」

「ルールには負けたら追放なんてないはずだけど。負けても、勝った人からこのままそばにいて助けて欲しいって思われればいいんじゃない」

 途端ロジックはうつむき

「……僕にそんな力はない」

「これからつければいいじゃない。」

「つけようと頑張った。……みんな失敗ばかりだ。会社でも閑職に追いやられた」

「閑職なら時間はあるんでしょ。それを自分を磨くのに使えばいいわ。それに、ロジックさんは自分に出来ないことがあるのを知っているじゃない。自分がどれだけの力があるかを正確に知るのは、自分磨きの第一歩ですよ」

 時間があれば自分を磨け。それはルーラがウブの衛士時代に散々言われた言葉だった。

 ベルダネウスの護衛になるなら槍の腕を磨かなければならない。精霊たちと交流しなければならない。

 使用人になるなら家事全般を身につけなければならない。

 仕事を手伝いたいなら各地の名産の知識や算術、様々な書類の作り方を覚えなければならない。

 本当にやるべき事はいくらでもあった。あの時ほど時間の欲しかった時期はない。

「簡単に言うな」

「最初はなかなか成果が出なくていらつくけど、ある日、いきなり頭や体がふっと軽くなるの。そうなると楽しいよ。今まで出来なかったことが少しずつだけど出来るようになるの。隊長からは最初に成果が出ないのは頭や体が走り出す準備をするため留まっているせいだって言われた、だから一旦走り出せば後は早いって」

 無言でロジックは立ち上がり、戻り始めた。

「待って、あたしも一緒に戻るわ。明かりがないと」

 彼の背中を追いかけながらルーラが槍を構え、砦の闇の中に光が集まった。

 二人の足音が地下に響く。

 ふと、ルーラは立ち止まる。

「どうした?」

「忘れてた。あの小舟に乗っていた人は?」

「潮トカゲにでもやられたんだろう」

「どこで、死体は見つかってないし、少なくともあたしたち、どこにも血の跡は見ていない。潮トカゲが血の始末をしたとは思えないわ」

「……僕は行方の知れない小船の主より、行方のわからない鍵の方が気になる」

「明日、もっと調べてみようよ」

 口にはしなかったが、ルーラには小舟に乗ってきた人は

(ゼクスさんじゃないかな)

 そんな気がしてならなかった。

 根拠はない。


「何なんだ、あの娘は。一人で勝手にしゃべりまくって」

 食事を終え、自室に戻ったロジックはベッドに倒れ込むように横になった。

「何が負けても格好良いだ。負けたら格好悪いに決まっている。って、僕が負けるの前提か!」

 枕を思いっきり殴りつける。何度も何度も。

「くそ、くそ、くそ!」

 殴る度に却っていらついてくる。何も出来なかったことに。

 思い出したくないのに記憶の方で他を押しのけて迫ってくる。

 あの潮トカゲの襲撃。

 一瞬早く先手を取ったルーラとベルダネウスが、潮トカゲの左右から、前後から攻め立てた。

 潮トカゲの意識がベルダネウスに向いた時にはルーラの精霊の槍が、ルーラに向いた時はベルダネウスの鞭が攻める。

 二人が巧みな連携で潮トカゲを仕留める間、ロジックは何をしていたか。

 何もしていなかったのである。二人が戦っている間。彼は壁に背中をピッタリつけたまま震えていた。

 逃げようとか、二人を援護しようとか。そんなことは微塵も思いつかなかった。ただただ頭が真っ白になっていた。

 戦っていたのがルーラだけなら、彼女は自分と違って衛士としての訓練を受けていると言える。しかし、ベルダネウスも一緒に戦っていた。ただの自由商人に過ぎない彼が。

 その上、彼が手に入れた鍵は偽物だった。

「くそう……」

 惨めだった。悔しかった。

 商会でもここでも何の結果も出せない。商会なら誰かが邪魔をしたせいと思えたが、今回のは明らかに自分の失敗だ。恥の上塗りをしていくだけ、上塗りしすぎて恥が山になっている。

 ふと鏡を見た。服をしわくちゃにしてベッドに座っている自分の姿が見える。

 ちっとも格好良いとは思えなかった。

「……落ち着け、まだチャンスは二回ある」

 鏡の自分に言うと、そのまま倒れ込んだ。洗い立てのシーツの匂いは、ルーラの匂いを思い出させた。

 目を閉じると、月に照らされた自分の横に座るルーラの姿が浮かび上がる。

(変な娘だ。精霊使いというのはみんなああなのか?)

 先ほどの怒りがすーっと静まっていくのがわかる。

 彼は机に置いたメダルを手にした。

 フライトにヴァンクが生息していたという話は聞いていない。彫られたヴァンクは、フライトの初代王がどこかで一度見ただけのものだ。しかしこのメダルのおかげで彼にとってヴァンク、そしてヴァンクと通じる精霊使いはいつしか特別なものになっていた。

 死んだ彼の母も言っていた。「フライトを再興するときには、精霊使いを召し抱えなさい。ちゃんとした家柄の精霊使いなら王妃でも良いわ」と。

「ラウネ神殿の娘なら……貴族ではないが家柄はちゃんとしている……」

 自分の考えに驚いてロジックは飛び起きた。

「僕は何を考えているんだ!? いくら家がラウネ神殿でも、今は自由商人の護衛だぞ。愛人だぞ」

 ロジックは寝具に着替えるとベッドに潜り込んだ。

 その夜、ロジックはなかなか寝付けなかった。

 やっと寝入った彼の夢の中、ルーラが現れて彼をそっと抱きしめてくれた。

 良い臭いのする彼女は何も着ていなかった。


(続く)


※次回更新予告「一~二日目、探索は続く」

 参加者総出の地下砦調査。

 ジェンヌが暗闇に怯え、思わずベルダネウスを押し倒す。

 ロジックはルーラと共に塔を調べ、ドレス姿の彼女に対する己の反応に困惑する。

 恋する人がギャグキャラと化す中、レミレはしんみりとカブスの思い出を語る。


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