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【20・ゲーム終了、鍵はここにある】


「鍵はどこに隠されているか。私たちはまずそれを考えました」

 皆は静かにジェンヌの説明を聞いている。

 ヒュートロンはもう夕食の準備にかからなければならない時間だが、鍵の件を見届けたいというのでここにいる。ヨロメイもできれば治癒魔導を受け続けたいところだが、バルボケットに休息を与えたいのと、やはり好奇心もあってここで成り行きを見守っている。

「でも、それは間違っていました。私たちは、どうやって鍵を見つけ出すかを考えるべきだったんです。

 父様は鍵を発見する条件として、敷地内のものを壊したりすることを禁じました。鍵は敷地内のどこかにあるのだから、敷地を片っ端から掘り返し、別荘を、装飾品を片っ端から壊していけばいずれは見つかる。そんな見つけ方は認めないと。私はこれを、乱暴なやり方を防ぐためのルールとしか考えませんでした。他の参加者に危害を加えたら失格というルールも」

「違うのか?」

「もちろん乱暴なやり方を防ぐ目的もあったでしょう。しかし、もうひとつ別の意味がありました。それは、他の参加者に危害を加えるようなことをしたら、鍵は手に入らないということです。

 そもそも父様はどうしてこんな遺言を残したのか? 後継者を決めたなら、皆の前で公表すれば良い。自分の命が残り少ないのならば、尚更後継者を発表し、この人がやりやすいように父様の力で邪魔者を排除し、根回しをしておくべきなんです。ところがそれをせず、こんなふざけたゲームを用意した」

「それは、後継者を誰にするか決めかねていたからだろう」

 ロジックの意見に彼女は首を横に振り

「父様は決めていたわ」

「鍵を手に入れた奴か」

「その言い方は誤解を招くわ。父様の決めた後継者の条件は鍵を手に入れることじゃない。後継者の条件を満たした人が鍵を手に入れられるのよ」

 よくわからないと言いたげにロジックが顔をしかめ、ベルダネウスを見た。

「つまり、鍵を見つけることは目的じゃなくて手段だったんです。後継者の条件を満たしたことを証明するためのね」

 ベルダネウスの説明にも、まだロジックはよくわからなそうに

「後継者の条件って……」

「父様はたくさんヒントをくれたわ。あのコレクション、そして図書館の大半を占める少年向け冒険小説」

「勇者グランディスの冒険?」

「それもあるわ。けれど、あの手の冒険小説には共通点があるわ。主人公は他の登場人物達と力を合わせて目的を達成するということ。

 覚えている? 父様が死ぬ前に言った言葉。

『お前たちが鍵を見つけ出すと信じよう』

 そう、父様はお前たちがと言ったのよ。誰が鍵を手にするか楽しみだとか、見事鍵を手に入れて見せろとかじゃなくて。鍵を手に入れるのは私たちの誰かじゃなくて、私たちみんなだった。

 父様が決めた条件というのは、私たち参加者が一つの目的のため、協力して、ひとつにまとまることだったのよ。そして、皆をまとめ上げた中心人物こそが、後継者として鍵を手に入れることになる。つまり、本物の鍵はみんなが協力しなければ手に入れることは出来ないのよ。

 言い方を変えれば、今まで発見された鍵、誰の手も借りずに一人で手に入れられる鍵はみんな偽物なの!」

「でも姉さん。みんなが協力したって、どうやって証明するんだ?」

「そう。そこでザンをこのゲームに参加させる意味が出てくるの。みんな不審に思ったはずよ。どうしてカブスの遺品を届けに来ただけの自由商人を参加させたのか。

 参加者を六人にするためよ。父様が用意した鍵を取り出す仕掛けには、兄弟姉妹六人の協力が必要。つまりカブスの参加を前提に作られていたのよ。そして、六人が協力したことを示すとはどういう仕掛けなのか。それは鍵を取り出すまでに六つの作業を必要とするもの。一人につき一つしか出来ない作業」

「……姉上。回りくどい説明は良いから、鍵はどこにあるんだ?」

「ここまで言ったんだから悟って欲しかったわ」

 ジェンヌがため息がつくと

「わかったぁ!」

 ルーラが叫んだ。

「鍵の場所と取り出し方、わかった!」

「あたしもわかりました。そういうことだったんですね」

 モームが何度も頷き、ルーラと二人して手を打ち鳴らす。

 だが、ヒュートロンとバルボケットはわからないのか、小首を傾げて顔を見合わせた。

「それでは、鍵の場所に案内するわ。ついてきて」

 ジェンヌが皆を案内したのは、コレクションルームだった。

「鍵はこの中よ」

 そう言って彼女が手にし、テーブルに置いたのは、戦神シュラの像だった。

「シュラは本来六本の腕にそれぞれ剣を持っている。しかしこの像には剣がない」

「それは知っているけど。それはこれが完成一歩手前だからだろう」

「もしかして、このコレクション自体、この仕掛けを誤魔化すためのものだったかもしれないわ。本もそう。私たち誰も父様にこんな趣味があるなんて知らなかった。こんな趣味はなかったからよ」

「でも、鍵が隠されているのがこのシュラの像だっていうのは」

「鍵を見つけるには子供達六人の協力が必要。この像に足りないのはそれぞれの腕が持つ六本の剣。そして、参加者の部屋には剣が一本ずつある」

 彼女はポケットから剣を取りだした。正しくは剣の形をしたペーパーナイフだ。

「これは私の部屋のあったもの」

「そしてこれは、私の部屋のものです。どうぞお使いください」

 ベルダネウスが剣を取りだし、像の前に置いた。

 やっぱりとルーラが小さく頷いた。あの時彼がジェンヌにこっそり見せたのはこの剣だったのだ。それだけで充分だった。

「参加者が他の参加者の部屋のものを勝手に持ち出すのは禁じられている。ロジック、あなたの部屋の剣を持ってきてくれない。私が鍵を取り出すために。……もちろん拒否も出来る。そういうルールだから。そして拒否されたらそれでお終い」

「拒否って」

 参加資格を既に失っている以上、自分の許可は必要ない。そう言いかけたロジックの口が止まった。資格の有無は関係ない。大事なのは自分が彼女に鍵を取り出す力を渡すことだと気がついたのだ。

「待っててくれ」

 息をつくと、肩を落として部屋を出た。ルーラも後に続いた。彼女の行動に特に意味は無かった。しいてあげれば、なんとなく彼を一人にするのが不安だったからだ。


 階段を上がるロジックの足は重かった。

「ベルダネウスが鍵を見つけられても取り出せないというのはこういうことだったんだな。

 鍵を揃えるには、他の参加者を説得して、全員から後継者になることを認められなければならない。もともと遺産に興味の無かったカリーナを除けば、いきなり現れた自由商人を後継者に認めることはしない。

 そしてそれは僕も同じだ。兄上や姉上、フェリックスが僕を後継者に認めるはずがない。父上は最初から僕なんか眼中になかったんだ!」

 壁を拳で叩くと、寂しげにルーラを振り返り

「ごめん。みっともなかったな」

 ルーラは小さくかぶりを振って

「あなたはジェンヌさんのために鍵を持ってこようとしているわ」

「これで拒否したら駄駄っ子だからな」

 ロジックの部屋は壁が一部崩れただけで、ほとんど無事だった。彼は部屋に入ると、机の引出から剣を取りだした。

「……これで僕は一からやり直しだ。いや、一以下かな。途中でやめたとは言え、フェリックスに協力して姉上や君を拉致したんだ。ファズに戻り次第、牢屋行きかもな」

「あなたがその後にあたし達を助けるために体を張ったのはみんな知っているわ。大丈夫、情状酌量の余地ありよ」

「だと良いけど」

 言葉は自虐気味だったが、その目には力があった。これからを感じさせる目だった。


 二人がコレクションルームに戻ると、すでに像の前に剣が五本揃っていた。スケイルとフェリックス、カリーナの部屋の剣だ。前もってオビヨンが各自の部屋から回収していたのだ。ロジックの部屋の剣でちょうど六本。

「せっかく父様がお膳立てしてくれたんだから、ちょっと雰囲気出してみようかしら」

 ジェンヌが剣を一本手にした。像の半開きになった手に柄を差し込むと、カチッという小さな音と共にピッタリとはまる。

 一本、また一本と同じように腕にはめていく。

「六人の参加者が力を一つに集めること、それは大きな障害と闘う戦神の完成を意味する」

 最後の一本がはまり、六本の腕に六本の剣を持った戦神シュラが完成する。

「そして一つとなったことで私たちは勝利する。戦は終わり、戦神はその役目を終える」

 像をテーブルに置いた途端、中から弾かれるように像がバラバラになった。それらの破片の中に、細長い綿が現れる。

「戦いの後、その者は手に入れる」

 ジェンヌが綿を広げると、一本の鍵が出てきた。

「富と栄光、そして未来に通じる鍵を」

 ヨロメイが、例の目録の入った箱を置いた。

 皆が見ている中、ジェンヌがその鍵穴に鍵を差し込み、静かに回す。

 箱が開き、グランディスが入れた財産目録が姿を見せた。

「お見事、正解です」

 オビヨンは満足げに頷き

「これにてグランディス・ボーンヘッドの遺言による、遺産相続権を争う遊戯を終了する!」

 高らかに宣言した。

 ベルダネウスが拍手した。それに続くように皆が手を叩き、コレクションルームは喝采に包まれた。

「終わった。……本当に終わったのね」

 確認するかのようなジェンヌの震える問いに、オビヨンはよどみなく答える。

「グランディスの期待した完璧な答えだ」

「本当に終わりね。くどいようだけど、本当にこれでゲームは終了したのね」

「そうだ。終わったんだ」

 これで終わり。やっと静かになるとほとんどの人が思った。しかし、

「ふ……ふふ……ふふふ……」

 ジェンヌが含み笑い、その笑いは次第に震え、大きくなっていき、

「ふざけるんじゃないわよ!」

 いきなりテーブルをひっくり返した!

「何なの! こんなゲームまでして用意した答えがこれ!? みんなで力を合わせましょうって、そんな当たり前のこともわからないと思っていたの!? これだったら、みんなを集めて誰か指名して、これからはみんなでこいつを中心に頑張れって言うだけでいいじゃない!」

 立てかけてあった鍔のない剣を手にすると、手当たり次第にコレクションをたたき壊しはじめる。

 皆が唖然とする中、ジェンヌは半狂乱で剣を振り回し、目についた像を、絵を片っ端からたたき壊していく。

「こんなことのためにこれだけのお金と時間を使って、挙げ句の果てに人死にまで出して。何人死んだのよ! 兄様にカリーナ、サラにカーレにセバス、ついでにフェリックスも。ゼクスだって、ここがファズなら簡単に捕まえられたはずよ!」

「だが、その当たり前の答えを出すのにこれだけの時間がかかったのも事実だ」

 オビヨンの言葉は、彼女を説得するどころか却って苛立たせただけだった。

 みんな黙って見ていた。ジェンヌが髪を振り乱し、血走った目に涙を溜めて剣を振るい、調度品を壊していくのを。コレクションを全て壊すと、今度は窓枠に、壁に、床に剣を叩きつけていく。窓枠はともかく、さすがに床や壁は壊せない。

 みんな黙って見ていた。それが自分たちに出来る一番良い方法であるかのように。

 やがて全ての調度品が破壊され、その破片が床を埋め尽くした。その中でジェンヌはへたり込んでいた。髪は乱れ顔には強い疲労が見られ普段の美貌は感じられない。なんだか落ち着いていた体調がまた悪化したように見える。

「気が済みましたか」

 静かにベルダネウスが歩み寄った。その言葉は羽毛のように軽く、温かい。

 ジェンヌは彼から紫茶の入ったカップを受け取った。少し冷めていたが、おかげでためらうことなく一気に飲み干した。

 彼は空のカップを受け取ると、それを床に置く。

 まだ少し疲れた笑顔を向ける彼女を、彼は抱きしめた。

「おめでとう。これからが本番、大変な日々が始まりますが、あなたなら大丈夫。あなたは一人じゃない。あなたを支えてくれる人はたくさんいます」

 戸惑い、頬を染める彼女に静かに微笑みながら、彼は背中に回した手でルーラをこちらに来るよう合図する。

 その意味はルーラにもわかった。彼女は歩み寄ると、ベルダネウスと入れかわるようにジェンヌを抱きしめた。

「本当です。あなたは悔しくなるぐらい素敵な人ですから」

 言いながら、先ほどのベルダネウスと同じようにロジックに合図を送る。

 今度はロジックがルーラと変わってジェンヌを抱きしめた。

「姉上、頼りない僕だけど、それでも何かが出来るはず」

 続いてレミレが、モームが同じようにやってきては彼女を抱きしめる。

 さらにヒュートロン、バルボケット、痛みに顔をしかめながらヨロメイも彼女に勝者への抱擁を捧げた。その都度、ジェンヌの顔から疲れが消えていく。

「あなたはなさらないのですか?」

 レミレが一人参加しなかったオビヨンに囁いた。

「私は審判だ。勝者に勝利を告げる以上のことはしない」

 最後にもう一度ベルダネウスがジェンヌを抱きしめた。彼女はすっかり落ち着きを取り戻している。

「ありがとう。でも、一つ足りないものがあるわ」

 いきなり背伸びして、ベルダネウスの唇に自分のを触れさせた。

「勝利者へのキス」

 イタズラっぽく笑う彼女にお返ししようとしたベルダネウスの顔が凍り付いた。

 頬を膨らませたルーラがすごい顔でこちらを睨み付けている。

 それに気がついたバルボケットが思わず彼女から飛び退いた。

「夕食を作りましょう」

 とにかく話題を変えようとヒュートロンが口を開いた。外は日が落ちかけ、崩れた塔を夕日が照らしていた。

「今夜か、遅くても明日にはここを出ることになるでしょうから、食材を使い切るつもりで豪勢なものを作りますよ」

「あっ!」

 突然ルーラが叫んだ。

「村にゲーム終了したから迎えに来るよう伝えなきゃ」

 オビヨンと話は付いていたものの、そのすぐ後にゼクスの襲撃、塔の崩壊からジェンヌの鍵発見と続いたためにすっかり忘れていたのだ。

「こちらから村にゲーム終了を告げる合図のようなものはないんですか?」

「燃やすとピンクの煙の出る狼煙玉を用意していたが、爆薬で吹っ飛んでしまった」

「急いで村まで飛んでいきます」

 慌ててルーラが外に飛び出すと

「あれ!?」

 門のそばに若い男が二人、恐怖と好奇心が半々の顔で屋敷をのぞき込んでいた。

「村の人?」

 駆け寄ると二人は慌てて後ずさり

「言いつけを破ったわけじゃない」

「何かすごい音が何度もするから、どうしても気になって。すぐに帰るから!」

 何度も頭を下げて逃げだそうとするのを

「待って。ちょうど良いところに来たわ」

 ルーラが引き留めた。他のみんなもやってきては、二人に伝言を頼む。もうゲームは終わり、ゼクスもいない。別荘の大地は崩れかけてはいるが、大地の精霊が支えてくれている。

「迎えは明日でも良いですけど。薬と治癒魔導に長けた魔導師はすぐ欲しいです」

 村に駆け戻る二人が見えなくなると、バルボケットがその場にへたり込んだ。ゼクスの襲撃から塔の崩壊、そしてジェンヌの鍵の発見宣言と大事が続いたため気を張って耐えていたが限界に近い。何しろ爆薬騒ぎから、起きては治癒魔導全開、少し休んでは回復した魔力を全部治癒魔導でを繰り返していたのだ。

 ヨロメイやロジック、ベルダネウスも今は何とか起きているものの、できればすぐにでも三人揃って入院、治療を受けなければならないところだ。

「ジェンヌ様、夕食の希望はありますか? 厨房がめちゃくちゃですし、食材もかなり駄目になってしまいましたが、できる限りお応えします」

 ヒュートロンが疲れの残る笑顔を向けた。

「無理しないの。……米玉がいいわ」

 返ってきた答えは意外なものだった。

「米玉って、炊きあげた米に具を入れて、塩をきかせて玉のように丸めたあれ?」

 手軽に作れて簡単に食べられるため、忙しい時に簡単に作れる料理として広く知られている。が、手軽すぎて料理と呼ぶにはためらいがあり、屋台で売られることはあっても、きちんと構えた店で出されることはない。

「そう。こんな非常時の食事にはあれが一番よ。残っても明日の朝食べれば良いし。私も握らせてもらうわ」

 こう言われては断ることなど出来やしない。せっかくだからと残った食材を使い切ることにした。鍋で米を炊き上げ、肉、魚は混ぜ込めやすいように細かく刻んで味付けする。

 食堂のテーブルには炊き上がった米や味付けした食材が並び、みんなそろって米玉を握り出す。

「食事作りは私の仕事ですよ」

 ヒュートロンが炭火ストーブにかけられたスープをかき回しながら言うが

「いいからいいから。こういうのはみんなで作った方が楽しいのよ」

 ルーラの言葉に皆が頷き、手を動かす。みんな揃って米玉作り。参加していないのは怪我で体力のないヨロメイとロジック、ベルダネウスと魔力切れでへばっているバルボケットだけだ。

 皆が意外に思ったのは、

「妻が死んでから、簡単なものは自分で作るようになった」

 と、オビヨンまであぶった潮トカゲの肉を慣れた手つきで米に入れて握っていることだ。

「ジェンヌ様、お上手ですね」

 リズム良く米を三角にしていくジェンヌの手つきにモームが驚いた。軽く手を塩水につけ、適量の米と具にする焼き魚を手にするとリズム良く握る姿は、明らかに慣れたものだ。

「お腹が空いた時、母様の目を盗んでこっそり自分で作っていたの。見つかる度に『貴族のしての誇りを持ちなさい』って怒られたけど。

 その後、母は自分で握ってくれたけど。自分が作るのは良かったのかしらね。それに、誇りって言われても、私が生まれた時には既に没落していたから実感が湧かなかったわ」

「優しいお母さんだったんですね」

 壁際の椅子に座っていたベルダネウスがつぶやく。

「優しかったら握りながら娘に愚痴を言わないわよ」

「元貴族のプライドが傷つくことになっても、娘にひもじい思いをさせたくなかったんでしょう。愚痴ぐらいは大目に見ましょうよ」

「ひもじいわけじゃなかったわ。こういう料理を低く見る態度が嫌いだったの」

 できあがった米玉を皿にのせてベルダネウスに運ぶ。

「低く見ていたわけではないと思いますよ。食べ物は心と直接つながっていますから。高級食材、高い料理。それらはプライドを支える力になります。あなたのお母さんはプライドを支えることで、より高みに行くための力としようとしていたのでしょう。人が前に進む最大の原動力は、現状に対する不満ですから」

 痛みに顔をしかめながらその一つを取り、頬張った。

 笑みを含みながら何度も口を動かし、満足げに飲み込むと

「驚いた。ルーラ、お前のにも負けないぞ」

「引き分けなの。残念」

 素っ気ない言い方だが、ジェンヌの目は笑っていた。

 充分な数の米玉が出来たところで、各自にスープが配られる。出血の多かったロジックには、潮トカゲのレバーが山と入れられた。立場など関係ない。みんなが揃っての食事となった。

 この食事は、この別荘に来てから一番にぎやかな食事となった。

 ローテムから先の若者が、薬師と治癒魔導を学んだ魔導師を連れて戻ってきたのは、食事が終わり、皆が暖炉の前に集まって食後の紫茶を味わっていた時だった。


 半ば崩れた地下室。並ぶ骸のひとつひとつにジェンヌたちは米玉を一つずつ備えていた。うす暗いがランプがいくつも灯っており、ジェンヌも恐怖することはない。ヨロメイやロジック、ベルダネウスも本職の薬師の治療を受け、かなり顔色が良くなっている。寝る前に治癒魔導をかけてもらえば、朝、目覚めた頃にはファズに戻るだけの体力は取り戻せるだろう。

 もっとも、やってきた薬師や魔導師は声を揃えて

「動き回ったせいで、ただでさえ未熟な治癒魔導の効果が半減している。いや、ロジック様もベルダネウスさんも、よく動けたものだ。驚きです」

「使命感ですよ」

「何?」

「男は女のためならいくらでも限界を超えられるんです」

 苦笑いしながらのベルダネウスの言葉にロジックは赤くなり、他の者は呆れかえった。

「女のためで何でも出来たら魔導はいりません。とにかく、ファズに戻った後も数日、治療に専念する必要があります。わかりましたね」

 そう言って彼らは念のためと魔導師一人を残して村に帰っていった。明日の朝、改めて準備を整えてくるのだ。

 地下室にはグランディス、スケイル、カリーナ、サラ、カーレ、セバスの骸の他、隅にゼクスの遺体も置かれていた。いくらなんでも野ざらしはという意見が出て、ここに運び込まれたのだ。まだフェリックスの遺体は潮トカゲの巣のそばだ。遠目から確認したところ、既に人の形は残っていなかった。人の味を覚えた潮トカゲは好んで人を襲うかも知れない。村では、さっそく潮トカゲ退治の準備をはじめるだろう。

「遺体はどうするの」

 死を安らげるという香が香る中、ジェンヌが口にした。

「朝、迎えに来る馬車に棺桶を積むよう言っておいた。数が足りない時は、毛布にくるんで運ぶことになろう」

「ひどい話、ボーンヘッド家に関わりのある者はともかく、サラの家族は私たちを恨むでしょうね」

 冷たくなったサラの顔は、眠っているようだった。メイドしてはがさつなところがあったが、今となっては彼女の元気っぷりが皆には懐かしい。

「本当、父様はなんでこんなことをしたのか……あなたにはわかるかしら?」

 ジェンヌがベルダネウスに聞いた。存分に食べ、薬も変えたせいか彼の顔色は少し良くなっている。やはり本職の治療は違う。

「人の心なんてわかりませんよ。自分の心すらわからないんですから」

「わからなくても、わかろうと考えるのは必要よ。でないと何も言えなくなるわ。誰よりも早く鍵のありかを突き止めたあなたなら、いくらかは父様の心の内がわかるかもしれない」

 皆に目を向けられ、彼女に見据えられ。ベルダネウスは諦めたように語り出した。

「……グランディスさんは、誰を自分の後継者にするか決めかねていたと思います。現在の会社での地位、実績、そしてなによりこのゲームの鍵の取り出し方を考えると、彼はスケイルさんかジェンヌさんのどちらかを後継者として考えていたとしか思えない。しかし、どちらにするかは決めかねていた。

 時間があればもっと腰を据えて二人を見極めようとしたでしょう。しかし彼は病のため自分の命が長くないことを知った」

「それで、私と兄様を見極めるためにこのゲームを考えたって言うの」

「最初は単に、こうしたら面白いんじゃないかという頭の中だけの遊びだったんでしょう。そうでなければ、ここまでこのゲームに遊びの要素を組み入れることはしません。しかし、残された時間が少なくなるにつれて、ただの妄想から現実の計画へと変わっていった。

 普通ならば誰か止めたでしょうが、彼は言われて止めるような人ではなかったのでは」

「その通りよ。下手に反対しようものなら追い出されるわ。特に……そう、カブスが出て行ってからね。ひどくなったのは。兄様が結婚問題で父様といがみ合った時、これで兄様は終わりだと思った人は一人や二人じゃなかったわ」

「そうですか。……失礼ですが、ジェンヌさんは結婚問題でグランディスさんと衝突したことは?」

「あったわ。必死で断ったわよ、私は政略結婚の道具じゃないわ。中には私を純粋に一人の女性として愛してくれた人もいたかも知れないけど、私の方で余裕がなかった」

「それがお二人を後継者に指名することをためらわせたのかも知れませんね。それでいてグランディスさんは、後継者という大切な問題が自分抜きで決められることを恐れた。ボーンヘッド商会は彼の人生最大の遺産です。死という形にしろ、これが自分の手から離れ、自分の意思とは無関係にいじくられるのが彼には我慢ならなかった。

 せめて、自分の死後、会社を把握する人物の指名だけでも自分の意思を反映させたい。幸いにも、この国では遺言では死者の意思をかなり反映させることが認められる」

「その手段がこのゲーム……馬鹿馬鹿しい」

「その説、僕は納得できない」

 ロジックが口を挟んだ。

「鍵を手に入れる手段がみんなで力を合わせてってところが、どうしても。父上だったら、邪魔者をぶちのめしてって言いそうだ。このゲームだって、法が許せば僕たちで殺し合いをさせたんじゃないか。みんな仲良く力をあわせなんて発想、父上らしくない」

「グランディスさんは気がついてしまったんですよ。今の自分となりたかった自分とが、あまりにもかけ離れていることに。彼が本当になりたかったのは、少年向け冒険小説の主人公みたいな存在だった。自分が中心となってみんなと共に巨大な悪と戦い、平和と繁栄をもたらす。

 その願望自体は立派です。しかし、これを実現するにはどうしても手にしなければならないものがあった。

 勝利と成功です。

 彼は商売で勝利し、儲けを出すことによりメルサに繁栄をもたらそうとした。伝統だとかこれまでの風習だとか、身分がどうの言って自分を押さえつけようとする王族貴族は、彼にとって敵だったでしょう。あるいは最初は敵でもやがて自分に敗北し、自分の正しさを認めて味方につく。そういう立ち位置だったのかもしれません。少年向けの物語にはそういう人物がよく出てきます」

「待て。それはグランディスを買いかぶりすぎだ」

 異議の声を上げたのはオビヨンだ。

「前にも言ったとおり、彼はただ自分が儲けたいだけだ。確かに彼の儲けは結果的にメルサの民の意識に大きな変化をもたらした。だがそれは彼の思惑とは関係ない」

「お言葉ですが、私は彼にメルサの閉塞された経済に穴を開けてやるという意思があったと考えます。そうでなければここまで王室と対立はしないでしょう。うまく王族と折り合いをつけ、他国に商売の手を広げようとしたでしょう。

 私たち商人の戦い方の基本は、敵を作らないことです。やたら敵を作る彼のやり方は商人らしくない。彼は商売という戦い方を選んだ戦士です。

 そして彼の夢はある程度実現した。しかし、そこに大きな落とし穴があった。

 成功とか勝利で恐ろしいところは、それを手にすることによって、その過程で発生した問題が軽く見られることです。

 途中何かあっても、勝ったんだからいいじゃないか、儲かったんだからいいじゃないか。それで済まされてしまう。

 それを深く考えようとすると、勝利や儲けにけちをつけるのかとかえって責められる。まるで人の欠点をねちねち責める性悪のように。ましてやそれを敵対する者が言えばただの負け惜しみにされる。

 彼は勝ちすぎた。それが悲劇でした。何であれ、度を超したものは毒を持つ。それは勝利や儲けも例外ではない。

 そんな中、自分の命が残り少ないと知った彼は、残された時で何をしようとしたのか? こういうときに、ほとんどの人はこれまでの人生を振り返ります。彼も例外ではなかった」

「そして気がついたってことか。今の自分が、かつてなりたかった自分とかけ離れたものであることに」

「そうです」

 ベルダネウスは一冊の本を取り出した。「勇者グランディスの冒険」

「気がついても彼には勇者として歩み直す時間が無かった。それ以上に不幸だったのは、彼が成功者だったこと。それもとてつもなく大きな」

「成功したのが不幸なのか?」

「この場合はそうです。これが失敗や挫折に伴っての見直しなら反対の声は少なかったでしょうし、歩み方を変えるのにも抵抗はなかった。

 しかし彼は勝者だった。勝者としての歩みを変えることは、これまで成功したやり方の否定に他ならない。そして彼の勝利と成功に喜ぶ者達、恩恵を受けた者達はそれは不快でしかない。彼は勝者という名の鎖でがんじがらめになっていたんです。

 もちろん、変えた後も彼の人生が続けばまた違っていたでしょう。変えた後の生き方で、また勝者となれば良いのですから。しかし彼には変えた後、その道を歩むだけの時間がなかった。

 そして何より、彼は頭ではわかっても心はそれを否定した。みんなが一つになってと頭ではわかっても、自分が他人に合わせることは不快でならなかった。人の意見を聞き入れるのを敗北と感じたのかも知れません。自分より格下と思っている人の意見を聞き、修正する。それは屈辱だと。ひたすら我を通し、それで成功し続けてきた故の歪みでしょうね。

 彼は勇者となるのを諦めるしかなかった。その代わりに彼が選んだのは、勇者を生み、育てる立場となることでした。少年向け物語にも良く出てきますよね。年齢による体力の衰えや病気、怪我などで全盛期の力を失った英雄が次なる勇者を育て、大きな教訓をのこして死ぬ人物」

「主人公の師とか、隠遁生活を送っている伝説の人物とかね」

「そうです。彼は自分がそういう存在になることにしたんです。そして彼はこのゲームを考えた。彼は作っている間、頭に描いていたんでしょう。全てが終わった後、子供達が自分の骸に跪き、感謝の意を捧げる姿を。

『ありがとうございます。あなたが死をもって教えてくれたことを、私たちは生涯忘れません。あなたの教えを胸に、皆が一つとなって生きていきます』とね」

 ジェンヌとロジックが揃ってグランディスの遺体を見た。二人とも、顔は引きつり、拳を堅く振るわせていた。

「ば、馬鹿馬鹿しい! そんなに父様は私たちが信じられなかったの!? だいたい、自分は周囲を自分の思い通りにならなければ我慢ならなかったくせに」

「そうだ。人の意見を押さえつけて、ただ自分に従えと命令し続けたくせに!」

 今にも二人はグランディスの遺体に飛びかかり、殴りつけかねない剣幕だ。

「落ち着いて。先ほども言ったように、これは私の、会って数日しか経っていない男の勝手な妄想、決めつけです」

「そうかもしれないけど!」

「確かに、根っこの所ではベルダネウスの推測は正しい」

 オビヨンが頷いた。

「グランディスは、私たちに審判を依頼するにあたって、このゲームの目的を語った。細かなところはともかく、本筋はベルダネウスが今言った通りだった」

「ええ。だから私たちも審判を引き受けたんです。うまくいけば、ボーンヘッド商会とメルサ王族との対立も和らげられると」

 ヨロメイは軽く首を振り

「誤算はゼクスでした。あんな男が現れるとは。正直、皆の言うとおり一時ゲームを中断した方が良いのではと何度考えたことか」

「予定外の出来事はいつでも、どこでもある。予想外の敵が現れたぐらいで逃げ出すようではグランディスの後継者にはなれぬ。正直、ゼクスのことを知った時、私はこれが皆をまとめる良いきっかけになるのではと思った」

「きっかけですって。きっかけ欲しさにゼクスを放置した結果、どうなったのよ。ここに遺体が並んだだけ」

「未来を手にするための犠牲だ。それに悪いことばかりではない。結果として鍵の入手に大きな障害となるだろうフェリックスは死に、ロジックは考えを改めた。

 グランディスはやり直すことが出来なかったが、君たちは出来るはずだ」

 まっすぐオビヨンに見つめられ……というより睨み付けられるかのような視線に、ロジックは睨み返す。

「呆れた……」

 ジェンヌはオビヨンを指さし

「ファズに戻って状況が落ち着き次第、あなたを訴えさせてもらうわ。良いわね」

「かまわん。娘の死が無駄にならないことを期待する」

 そっと視線をカーレに向ける。固く結んだ唇からは、決して取り乱すまいという意志の強さが感じられた。

 その隣では、カリーナの遺体に跪き、じっと頭を垂れ続けるヒュートロンの姿があった。

 レミレとモームが花を持って入ってきた。庭の花壇から摘んできたのだ。

 死者の胸に一輪ずつ置いていく。

 サラの胸に花を置いた時、レミレはそっと祈るように目を閉じた。


 その晩は、みんな揃って食堂で毛布にくるまって寝ることになった。

 炭火ストーブがあるとはいえ、壁のあちこちには亀裂が入り、窓枠は緩んでいる。どこからかすきま風が入るため夜は冷える。炭火が絶えないよう、一同は交代で火の番をすることにした。とはいえ、ゼクスが死に、鍵も見つかった以上、気は楽だった。

 そして今度こそロジックとヨロメイは治癒魔導を受け入れ、眠りについた。次に目覚める頃には、傷もかなり回復していることだろう。

 しかし、ベルダネウスは治癒魔導を辞退した。

「朝までに本のチェックをしたいんです。ジェンヌさんが欲しい本があれば持っていって良いと言ってくれたので。治癒魔導は出発前にお受けします。馬車の中で眠らせていただきます」

 治癒魔導影響下での睡眠も治癒の一環だと魔導師は説得したが、彼の気持ちを変えることはできなかった。

 体調が悪くなったら起こしてくださいと言って、魔導師は毛布を手に隅に陣取った。

 みんな疲れ切っているのだろう。一人、また一人と毛布にくるまっては寝息を立てはじめた。


 深夜、ベルダネウスとルーラは図書室で本のリストを作っていた。本のタイトル、状態などを調べては記録していく。小説は全巻そろっているのがありがたかったが、先のゴタゴタで角が潰れたり、端が折れてしまったのもある。

「ルーラ、何か聞きたいことがあるのか」

 旅行記のシリーズを調べ終えたベルダネウスが言った。先ほどから何か言いたそうに自分をちらちら見ている彼女が気になっていたのだ。

「別に……」

 ルーラはむくれっ面のまま

「そういえば、彼女の話って何だったの?」

「彼女の話というと?」

「鍵の発見宣言の前、ジェンヌさんと二人っきりで話をしていたでしょう」

「ああ、あれか。メルサに残らないかと言われた。ボーンヘッド商会の幹部の椅子を用意するといわれたよ」

「それって……自由商人をやめろっていうこと」

「そうだ。まぁ反発もあるだろうから最初から幹部は無理だと思うが、悪い話じゃない」

「……引き受けるの?」

 不安げな顔の彼女に、彼は穏やかな笑みを向けた。

 その時、ドアがノックされた。

「失礼する」

 入ってきたのはオビヨンだった。

 ベルダネウスは書きかけのリストを脇にやると、軽く一礼する。

「遅かったですね」

「魔導師がなかなか寝付いてくれなくてな」

 ベルダネウスの前に座る彼に、ルーラは新しい紫茶を入れた。

「私にだけしたいと話は何ですか? そのためにわざわざ治癒魔導を断って起きていたんです」

「既にわかっているのではないか。無駄な前振りはいらぬ」

 湯気の立つ紫茶には目もくれず、彼は懐から封筒を出し、ベルダネウスの前に置いた。

「朝まで待つ必要はない。君たちはすぐにファズに戻れ。この手紙を財務局のボルテクスという男に見せれば、報酬を受け取れるはずだ。さらに治療代として二万ディルを別に出すよう書いておいた。それらを受け取ったらそのままメルサを出国、しばらく……まぁ、一年ほどは寄りつくな」

「厄介払いですか?」

「そうだ」

 オビヨンはゆっくりと、しかしハッキリと言う。

「お前の役目は終わった。報酬を手にさっさと消えろ」


(続く)


 次回更新「夜明け前が一番暗い」

 このゲームに対するベルダネウスの見解が語られる。

 第一章最後の文をまだご記憶だろうか

 あの場にいる中で九人が死ぬ。だからその中にゼクスは含まれていない。

 グランディス、スケイル、フェリックス、カリーナ、カーレ、サラ、セバス。

 ……あと、二人死ぬ。


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