【19・七日目、ゼクスの最期】
既に時刻は昼を回り。ゲームは七日目に入っている。
幸いにも別荘の一階部分の多くは無事であり、自然と食堂とコレクションルームに皆が集まった。
食堂にはありったけの毛布が集められ、後退で休息を取るようにした。今は魔力を使い果たしたバルボケットと、治癒魔導の効果で眠っているロジックとヨロメイ、ベルダネウスが毛布にくるまって寝息を立てている。
ヒュートロンはモームと一緒に厨房で料理中だ。彼も傷ついているが、ゼクスがカリーナ殺しを認めたのために迷いが消えたのか、皆のために食事を作っている。
ルーラは一人周囲を見張っている。少しでも役に立とうというのか、グラッシェも別荘の周りを歩き回っている。
「ザンが目覚めたら、ゲームの中止の同意をもらうわ。さすがにここまで犠牲が出た上、参加者全員が中止を望めば、オビヨンも反対はしないでしょう」
コレクションルーム。ジェンヌの前にはグランディスの他、これまでの犠牲者達が並んでいる。サラ、カリーナ、カーレ。そしてスケイル。爆薬の爆発で地下室が半ば崩れてしまったため、こちらに移したのだ。バルボケットが魔力切れのため、スケイルの遺体に冷気魔導はかけられていないが、この季節なら数日は大丈夫そうだ。
「フェリックス様の遺体はいかがなさいましょう」
疲れた顔のセバスが聞いた。フェリックスの死体は崖下の潮トカゲの巣で発見された。首や手足は食いちぎられ、ほとんど潮トカゲに食われていたものの、着ているものなどからフェリックスと判断された。巣を荒らされ、気が立っている潮トカゲが何匹もいるため手が出せず、今もそのままにしている。明日にはほとんどが潮トカゲたちの腹に収まってしまうだろう。
「回収する余裕は今の私たちにはありません。……それに、正直、ざまぁみろと言いたい気分です」
「腹違いとはいえ、弟様でございます」
「ええ、腹違いとはいえ、淫靡薬を用いて姉を性奴隷にしようとした弟です」
ジェンヌはセバスを見つめた。普段、隙なく着こなす彼の服は土埃で汚れ、髪もくしゃくしゃ、頭に巻いている包帯には血がにじんでいる。
「セバス、あなたに失望しました。今まで父様の秘書兼護衛として、様々な形で父様を支えてきたあなたが、今回は何も出来ずにいるとは」
「申し訳ありません」
頭を下げたっきり、セバスは押し黙った。地下砦でみんながひどい目に会っていた時、セバスは何をしていたか。本人の弁明によると、地下砦でフェリックスを探している時に、爆発で崩れた天井の破片が頭を直撃、そのまま気を失ってしまったというのである。
「この失態、決して忘れません。次にゼクスがお嬢様達を狙ってきた時には、この命に替えましても」
「言葉よりも行動で示しなさい。まずは見張りをエルティースと交代して彼女を休ませなさい。周囲の人影には気をつけて。怪しいものを見てもゼクスとは限りません。この騒ぎで様子を見に来た村人かも知れません」
「こちらから終了の合図をするまで、誰も来ないよう村長には命じてありますが」
「爆薬があれだけ炸裂したのです。村にだって聞こえているでしょう。様子を見に誰かが来ることはありえます」
「はい」
「村の者なら、薬と食料を持ってくるよう伝えなさい。医者や治癒魔導の使える魔道士がいれば連れてくるように」
「かしこまりました。……実は」
「何?」
「私どもがこちらに来るのに用いました馬車と従者たちが村で待機しております。ゲームが終わればすぐに迎えに来られるように」
「呆れた……すぐに連絡してきてもらいます」
「あの者達がここに来るのはゲーム終了後とグランディス様から命じられております。オビヨン様からゲーム終了の宣言を出していただきませんと」
2人は部屋の隅で紫茶をすすっているオビヨンを見た。
「参加者全員の合意が必要だ。ジェンヌとベルダネウスが終了に合意すれば認めよう。ただし、その場合は誰も鍵を見つけられなかったものとして処理するが」
「こんなときまで……」
ジェンヌはわめきたくなるのを必死で堪えた。
「あなたたちにとっては父様の意思が何よりも大事なの?」
「グランディスの意思と言うより、ルールだ」
「私たちの命よりも?」
「はい。このゲームが終わるまでは」
今度はセバスが答えた。
「父様があなたを重宝したわけだわ」
「ありがとうございます」
セバスを仕事に向かわせ、ジェンヌはソファに倒れ込むように腰を下ろした。せっかく良くなってきた体調がまた悪くなりそうだった。
スケイルの遺体を力なく見つめ、
「……ボーンヘッド家も終わりね。会社は残るかも知れないけど」
自分もこの場でゼクスの矢で殺された方がすっきりして良いかもしれない。ふとそんな思いに彼女は駆られた。
「父様も馬鹿げた遺言をしたものよ。何のためにこんな遺言を残したのか知らないけど、おかげでこの有様。……ゼクスがいなくても、似た結末になったでしょうけどね」
「姉上」
気がつくと、扉のところにルーラに支えられてロジックが立っていた。
「ロジック……もういいの?」
「いや、まだあちこち痛いよ。バルボケットの治癒魔導はあまり良くないな。中途半端で目が覚めた」
「仕方ないわね。彼は治癒魔導の専門じゃないんだから。無理をせず、ザンと一緒に横になっていなさい」
ジェンヌは髪をかき上げながら笑みを浮かべる。
「初めて聞いたわ。あなたが私を姉と呼ぶのを」
「兄上にも同じようなことを言われたよ」
ほっとしたようにロジックはソファに腰を下ろす。体は疲れているようだが、その目には力があった。
「呼び方だったら……姉上、いつからベルダネウスを名前で呼ぶようになった?」
言われてジェンヌは初めて自分が彼をザンと呼んでいるのに気がついた。
「……いつの間にかしら。でも、悪い気はしないわ。ロジックもいつまでもエルティースじゃなくて、ルーラと呼んだら」
「そんな」
頬を染め、気まずそうに目をそらすのを見て
「あたしはかまいませんけど。というか、ここの人達、頑なにあたしのことをエルティースって呼び続けるからなんかむずがゆくて。今からでも良いですから、あたしのことはルーラって呼び捨てにしてください」
にっこり笑いかけられ、ロジックは照れくさく、むずがゆしげに
「ルーラ」
と呼んでみた。
「はい」
満面の笑みでそれに返す彼女に、ロジックはたまらず真っ赤になって目をそらした。
それを見ていられないのか、ジェンヌが楽しげに息をついた。
そしてルーラを真っ直ぐ見つめ
「私にとって、あなたより先にザンに出会えなかったのは人生最大の不覚かも知れないわね。ロジックも、ザンより早くあなたと出会っていたなら」
「姉上!」
弟に睨まれ、ジェンヌは肩をすくめた。少し楽しそうだった。
それが面白くないのか、ロジックは痛みに顔をしかめながら
「フェリックスが死んだそうだな」
「そうだ」
オビヨンがロジックに歩み寄った。両手を後ろに組み、胸を張り
「君がしたことがどんな結果となるかはわかっているな。ただ今を持ってロジック・ボーンヘッドからこのゲームの参加資格を剥奪する」
ロジックは反論もせず、疲れた笑みで頷いた。
「これで参加者は私とザンだけになったわけね。彼が目覚め次第、発見宣言の八日縛りを解くわ。良いわね」
「彼に発見宣言をさせるわけか。もしも正解ならば、ボーンヘッド家の財産のほとんどを彼が相続することになるが、良いんだな」
「良いわよ」
驚いてロジックが身を乗り出す。と同時に痛みが蘇ったのか、顔をしかめて倒れ込むようにソファに横になった。
「無理しないの」
「僕のことはどうでも良い。それよりも、こうなったらあいつを出し抜けるのは姉上だけなんだ。簡単に諦めないでくれよ」
「もういいわ。終わりよ」
「終わるのはまだ早いです」
ルーラが否定した。
「まだ終わってないのに諦めたら、ザンに幻滅されますよ」
そういう彼女の顔は笑っている。
「余裕ね」
「悔しかったらザンを出し抜いて鍵を見つけてください」
「何だか、出し抜いて欲しいみたいね」
「きっと、ザンもそう願っています。ザンは特別なことを知っていたわけじゃない。ザンの見たこと聞いたことはあなたも見て聞いた。ザンしか知らないことで鍵をありかを知るヒントは何もない。だからジェンヌさんにもわかるはずです」
「あたしも随分高く評価されたものね」
ソファにもたれ、ジェンヌはゆっくりと目を閉じた。
「もう少し考えてみるわ。彼は諦めの悪い人が好きみたいだし」
「あとひとつだけ。ザンはこうも言っていました。自分は鍵を見つけることは出来ても、手に入れることは出来ない。出来るかも知れないが困難だ。ヒントになりますか?」
ロジックが驚いてルーラを見た。
「手に入れられないって。じゃあ見つけたっていうのはハッタリか?」
「ハッタリだったらヨロメイさんはあんな反応をしませんよ」
疲れた顔でベルダネウスが入ってきた。助けは借りていないが、その足取りは重い。
「ザン、もう体は良いの?」
「良くはない。どうも治癒魔導の効きが悪いのか、中途半端で目が覚めた。体は動くがだるくてしょうがない」
ロジックと同じようなことを言う。
「コカネと治癒魔導は相性が悪いのかも知れないな。暖かい飲み物はないか?」
ちょうどテーブルに紫茶の残りがあったので、それに手を伸ばす。が、彼よりも早くジェンヌが横取りするようにそれを取った。
「あなたに言いたいことがあるわ」
紫茶のポットを置くと、彼の顔を挟むように両の手を当て目を合わせ
「あんな無茶はしないで! あなたは本来ボーンヘッド家とは関係ない。私達のために命を捨てる必要はないわ!」
「……すみません」
「よろしい」
ベルダネウスを座らせると、自ら紫茶を入れて彼に渡す。
「昔から言うでしょう。命は死ぬまで使える」
「ですね……大切にしないと、もったいない」
それで喉を潤し、ほっとするザンと静かな笑みで見守るジェンヌ。二人の空気にルーラは微かな不安と不快を感じた。
自然と皆の視線が二人に集まる。
「あんたは父上の遺産を手に入れたらどうするつもりだ?」
「どうしますかね? スケイルさんに提案に乗ろうにも、彼は死んでしまったし。正直、会長職について人生の勝負に出るのも良いかなという気もしますよ」
「あんたが会長職に収まるつもりなら、せめて姉さんは今のままの地位にしてくれ。僕と違って役に立つ」
「君はどうする?」
ロジックは力なくうなだれ
「……わからない……僕に何が出来るっていうんだ?」
「スケイルさんも言ったでしょう。あなたは『これから』です。だからそんな言い方はやめましょう。これからを諦めることは、未来に対する冒涜です」
「兄上……」
「彼はフェリックスは切り捨てるつもりでしたけど、あなたは残すつもりだったんですよ」
「まさか……兄上は僕を閑職に回して」
「出来ない仕事を任せるのではなく、出来る仕事を積み重ねるためではないですか。立場上、失敗した人には何らかのペナルティを与えなければならなかったでしょうし」
ロジックは頭を抱え、ジェンヌは静かに目を開けた。
「兄様は既にベルダネウスから権利を手に入れた後の体制を頭に入れていたわけね。父様の威光がない以上、皆をまとめるには……」
そこでジェンヌの言葉が途切れた。再び目を閉じ、ソファにもたれ直す。
次の言葉を求めるかのように、皆が彼女を見た。
いきなり彼女の目が見開いた。しかし、その目はそこにあるものには向いていない。
天を仰いだ彼女の頬が引きつり始めた。何かを数えるように指を折り始める。
「兄様……私……フェリックス……ロジック、カリーナ」
そして最後に「カブス」と呟きながらベルダネウスを見た。
「まさか……でも……」
皆がジェンヌに視線を向けた。彼女は皆の視線など無いかのようにうずくまり、堅く目を閉じ、両手で額を押さえる。
「父様がそんな、有り得ない。でも、これなら……」
いきなり立ち上がり、部屋を歩き回る。壁や棚に飾られた数々のコレクションを、ひとつひとつ睨み付けていく。かと思うといきなり部屋を飛び出し、図書室へと走り込んだ。皆が唖然としてそれについていく。
図書館は、先の騒ぎで本の多くが棚からこぼれ落ち、今は乱雑に床や机に積み重ねられていた。ジェンヌは無造作に積まれた数々の少年向けの物語を指さしながら睨み付けていく。
「ああっ、もう!」
突然叫ぶと、両の拳を机に叩きつけた。目を大きく見開き、息を荒げている。
「いかがなさいました?」
ジェンヌの声を聞き取ったのか、セバスが駆けてきた。ゼクスが現れたら本気で仕留める気なのだろう。いつもの背広の上から、革製の部分防具を着けている。汗で色あせ、かなり使い込まれた品なのが一目でわかる。
「心配はいりません」
壁にもたれたベルダネウスは大きく息をつくと、身を震わせているジェンヌを見つめた。
「彼女は鍵を見つけたんです」
皆が一斉に彼を、そしてジェンヌを見た。
彼女は無言で彼の柔らかな目を見つめ返していた。
「オビヨンさん。彼女が鍵の発見宣言をします。それでこのゲームは終わります」
「待って!」
ジェンヌの叫びは震えていた。
「……まだ、わからない。だいたい、あんな隠し方なんて……本当にあんな隠し方をしているんだとしたら、父様は何を考えていたの」
「それもあなたにもわかるはずです。だからここに来たんでしょう」
「確かに、あの隠し方なら、今まで私たちが宣言したのとは明らかに違うわ。あそこだからという意味がある」
「そう、意味があります」
「ザンが見つけられても取り出せないというのも本当……今なら取り出せるでしょうけど、少なくとも昨日までは取り出すことはまず無理」
「ええ、無理でした」
「そして……あんな隠し方だとしたら……あなたをこのゲームに参加させた理由もわかる」
「そうですね。グランディスさんにとっては私が絶対必要、とまでは言いませんが、私が参加した方がお子さん達は鍵が見つけやすい。そう思ったんでしょう」
ルーラもロジックも二人を交互に見比べる。会話の意味がわからなかった。
「思い返せば、グランディスさんはいろいろとヒントをくれました。ジェンヌさん、あなたたちは彼のことを知っている分、私よりも有利だとお考えだったようですが、実際は違っていた。なまじ彼を知っていたから、なかなかそこへたどり着けなかった
でも、遠回りはしましたが、あなたはたどり着いた。そして隠し方を知った以上、わかるはずです。彼が本当に鍵を見つけ、取り出して欲しかったものの正体を」
「……でも、そこに鍵があったとしても、本物かどうかわからない」
「本物です。私はそう確信しています。そして、私とあなたが出した結論は同じです」
「同じかどうか……」
ジェンヌは恐る恐るベルダネウスに歩み寄り、そっと耳元で何かをささやいた。
「やっぱり同じです」
彼は他の者に背を向けると、ジェンヌにだけわかるように何かを取り出して見せた。
途端、彼女は目を見開いて彼を見る。それはかつて、同じように彼にささやかれたヨロメイと同じ反応だった。
そのまま見た彼女はよろめくように後ずさり、椅子に座り込んだ。
「さぁ、ジェンヌさん、鍵の発見宣言を」
だが彼女は首を横に振り
「それはあなたがすべきよ。私よりあなたの方が先に見つけた。今ならあなたでも取り出すことが出来る。あなたが鍵を手にするべきよ!」
「私にその力はありません。私には、ボーンヘッド商会を背負うだけの力が無い。私が背負えるのは、せいぜい馬車一台分です。しかし、ジェンヌさんにはその力がある。
ここだけを見て決めないでください。あなたの本当の力はここにはない。商会本社の中にあるんです。
さぁ、あなたを支え、あなたの力になってきた人達が待っています」
「……少し考えさせて」
皆に出て行くように促したが、
「ザンは残って。話したいことがあるの」
微かに迷いを見せたベルダネウスだが、それを受け入れ一人残った。
部屋を出ると、ルーラはそっとロジックに聞いた。
「鍵の場所ってわかった?」
「いや、全然わからない。さっき、ベルダネウスは姉上に何を見せたんだ?」
「知らない。ザンの言葉通りだとしたら、あたし達でもわかるはずなんだけど」
「今更考えたって仕方がないさ。それより、ルーラ……さん」
さすがに呼び捨てにはまだ抵抗があるようだ。
「少し付き合ってくれないか。取り置きの爆薬を回収しておかないと」
爆薬という言葉に、周囲の人達が一斉に振り向いた。
「まだ残っていたの?」
「ああ、5本だけ。いざというときのために別にしておいたんだ。爆発音の数からして、フェリックスは使っていないはずだ」
「何でもっと早く言ってくれないの!」
目を見開いたまま詰め寄られ、たまらずたじろいだ。
「フェリックスが死んだって聞いて、言い出すタイミングもつかめなくて」
「タイミングなんてどうでも良いわよ。どこに隠したの?」
「最初に見つけたあの隠し棚だ。あそこがもう空なのはみんな知っているから、却って盲点になるって」
最後まで聞かずにルーラは走り出した。セバスも続こうとしてやめた。ここに残って皆の警護をすべきと考えたようだ。
地下室に駆け下りると、光の精霊に辺りを照らしてもらい、崩れた瓦礫を乗り越える。
塔に続く出入り口まで走り、最初に爆薬が見つけられた隠し棚を開ける。
「!?」
棚の中は空っぽだった。
見落としているのではと隅々まで見ても、爆薬は一本も残っていなかった。
ただ、爆薬の代わりに一枚の紙が置かれていた。それにはこう書かれている。
『グランディスの子供達よ、いいものをありがとう。ゼクス』
「すぐにここを脱出しましょう」
ゼクスのメッセージが記された紙をテーブルに叩きつけてジェンヌが言った。
「鍵なら脱出した後でどこにあるのか、どうしたら取り出せるかを説明します。それで充分でしょう。あなたは正解を知っているんですから」
「僕もそう思う。爆薬がゼクスの手に入った以上、ここに留まり続けるのは危険すぎる」
叫ぶとロジックは顔をしかめて腹を押さえた。また傷口が痛み始めたのだ。
コレクションルームではゼクスのメッセージを前にジェンヌとロジックがオビヨンに詰め寄っていた。横ではベルダネウスがソファにだるい体を沈めている。ルーラとセバスはゼクスの襲撃に備えて外を見回っていた。
爆薬がゼクスの手にある以上、一瞬の油断が全滅につながりかねない。爆薬ではその場にいる人達を無差別に殺すことになるため、もしかして使うのに躊躇するかもしれないが、あくまでも希望でしかない。目当ての人物を殺すためなら、周囲の人間を巻き込むのも仕方なしと考えているかも知れないのだ。
ましてやフェリックス達との戦いで別荘の壁には無数の亀裂が入り窓枠は歪んでほとんどの窓は歪んで開け閉めが出来なくなっていた。全ての部屋に閉まらない窓があり、そこから爆薬を放り込まれたらお終いだ。
「だが、君の宣言が間違っていたらどうする。宣言回数を使い切る君はともかく、ベルダネウスや他の者達は、まだチャンスがあるにもかかわらずゲームを勝手に終了させられることになる」
「私はかまいませんよ」
ベルダネウスが力なく手を上げた。
「馬車なら私のものをつかってください。荷物全部は無理ですが、人だけなら全員乗せて村まで行けます。暗くなってからでは却って身動きが出来なくなる」
外に顔を向けると、好奇心からか中をのぞいているグラッシェと顔が合った。
「どうしても駄目というなら、私とロジックだけでも出て行きます。ゼクスの目当てが父様の子供ならば、私たちが出て行けば残った人達は安全です」
姉弟に詰め寄られ、ついにオビヨンは折れた。
「やむを得ん。ヨロメイとバルボケットが目覚め次第、ゲームは中止、ここを出る」
「みんなに知らせてくる」
ロジックが息を荒げて出て行った。
「ここを出るのは二人が目覚めてからとなれば、ジェンヌさん、今のうちに鍵の発見宣言をしておくべきです」
ベルダネウスに見据えられ、彼女はわかっていると頷いた。
「オビヨン、ロジックが戻り次第、三度目の発見宣言をします。立ち会いを」
「わかった」
それだけ言うと、彼は暖炉によって手をかざす。爆発のせいで窓枠が歪み、半ば開きっぱなしになっているため部屋の中は寒い。
ベルダネウスも火によろうとソファから立ち上がった時だった。
半ば壊れた窓をくぐり抜け、外から矢が飛び込んできた。
それは無防備であるベルダネウスの右肩を貫き、勢いのまま彼の身体を独楽のように回転させた。
皆が唖然とする中、彼の身体は矢を突き刺したまま回るように倒れた。
倒れた彼とジェンヌの目が合った。
「いやぁぁぁぁっ!」
彼女の叫びを聞きつけてルーラが駆け込んできた。彼女もまた床に倒れたまま動かないベルダネウスの姿に息を飲んだ。悲鳴を上げないのは皆を守る物としての使命感からだろうか。
倒れた彼の下に跪くと、その手を取り脈を診る。彼の鼻に手を当て、微かな呼吸を感じると強張りながらも笑顔となり
「生きてる!」
どうやら射貫かれたショックで気絶しただけらしい。
ルーラは矢の飛んできた窓を睨み付けると、精霊の槍を手にそこに跳ぶ。窓枠をぶち破り外に出ると、地面を転がりながら周囲を探る。
中庭の花壇からボロを着た人が飛びだし、塔へと向かう。その手には石弩がしっかりと握られていた。
「ゼクス!」
ルーラが走る。だが彼女が追いつくよりも早く塔に付いたゼクスは、振り向きざま爆薬を一本投げた。慌てて投げたせいか、爆薬は彼女のかなり手前で落ちた。
慌てて戻るルーラの背後で爆発が起きた。爆風と無数のつぶてを受けながら、彼女は別荘の陰に隠れる。
塔の扉の陰からこちらを狙っている石弩が見えた。
「よし!」
塔から地下砦へ続く扉は閉められて、塔側からは開けられない。最上階から地下に続く隠し通路も同様だ。
つまりゼクスは塔の中に閉じ込められたことになる。
ルーラは陰から飛びだし、槍を構えると塔の半開きの扉に向かって叫んだ。
「来なさいゼクス。あたしが相手よ!!」
石弩から矢が放たれた。しかし、ルーラを守る風の精霊たちに逸らされ、矢はむなしく別荘の壁に当たった。
「爆薬は残り四つ」
地下砦の時と違って、天井が崩れる心配はない。しかし、至近距離で爆発を受ければタダでは済まない。
別荘からセバスとロジックが出てきた。塔から見えないように気をつけながらルーラに近づいてくる。彼女も塔に気をつけながら別荘に寄っていく。
「エルティース様、奴は塔の中ですか?」
塔から見えないギリギリの位置からセバスが声をかけた。彼女も構えを変え、砦からは口元が見えないにして返事をする。塔の中のゼクスに、二人の存在を感づかれてはいけない。
「ええ、逃げ場はないわ。でも、爆薬がある以上、こちらもうかつには近づけない。あたしはこのまま相手の注意を引き付けておくから、その間に地下砦から塔に入って。それまでに一本でも余計に爆薬を使わせてみるわ」
「かしこまりました。お気をつけて」
言うやセバスは別荘に戻っていく。
「ルーラさん、囮役なんて危険すぎる」
「ここまできて急にあたしがいなくなる方が怪しまれるわ。グラッシェ!」
爆発に驚いて別荘裏に避難していたグラッシェが駆け戻ってくる。
「派手に行くわよ」
膨らんだ冬毛を震わせてグラッシェがルーラと共に塔に突っ込んでいく。
塔の隙間から火の付いた爆薬が投げ出された。ルーラ達が方向を変えると同時にそれは爆発する。
爆音と爆風にたまらずグラッシェが逃げ出した。
ルーラはかまわず塔の扉から見える場所を右に左に走り回る。
「あと三つ」
彼女の髪は砂埃にまみれ、皮鎧も傷だらけだ。それでも戦意充分の目を塔に向ける。
塔の扉が閉まろうとしたが、何かに引っかかったようにガタガタ動くだけだ。どうやら爆発のせいで扉が歪んだか何かして、うまく閉まらないらしい。
突っ込むべきかルーラは迷った。うかつに中に入ったところで爆薬を使われたら。使わなくてもゼクスの実力からして、正面から突っ込むのは得策ではない。
(セバスさんはまだ?)
彼の潜入に合わせて突入するのが一番だ。塔に入って乱戦に持ち込めば、セバスと二人がかりでゼクスを仕留められるかも知れない。
塔の隙間から石弩がのぞき、矢が放たれた。
それはルーラのすぐ右を飛んでいく。次の爆薬に火をつける時を稼ぐ牽制のつもりなのか、あまり狙いは正確ではない。
今のうちに間を詰めようと走りかけたルーラが足を滑らせた。爆発で飛び散った無数の岩の一つに足を取られたのだ。
そのままもつれて倒れる彼女に、扉の隙間からのぞいた石弩が狙いを合わせる。
風の精霊に頼んでも間に合わない。ルーラは槍を構え、石弩を、それを構えるゼクスを凝視する。
彼の指が石弩の引き金を引こうという時、
「ゼクス!」
ロジックが赤くにじんだ腹を押さえ、真っ青な顔と血走る目を塔に向けながら別荘からよたよたと走り出た。
「僕はここだ! お前が殺したいグランディスの息子はここにいるぞ!」
塔に向かって叫ぶ。それだけではない、彼は頼りない足取りながら、塔に向かって真っ直ぐ進んでいく。
「無茶よ!」
自殺行為としか思えないそれに、ルーラは叫びながら彼に向かって駆け出す。
塔からのぞいた石弩は、ルーラとロジック、どちらを狙おうか迷いを見せた上、中に引っ込んだ。
「エルティース様! 奴が上へ!」
セバスの声が塔から響く。
ルーラは走る先をロジックから塔に変えた。そのまま微かに開いた扉から中に飛び込む。
階段を上っていく足音が聞こえる。それを追って階段を駆け上がろうとした時
「危ない!」
セバスの叫びと共に、火の付いた爆薬が落ちてきた。身を隠す場所はない。彼女はとっさに地下へと続く階段に飛び込んだ。
轟音と共に塔が揺れた。壁に亀裂が走り、破片がこぼれ落ちてくる。
「ルーラさん!」
外からロジックの悲痛な叫びが聞こえてきた。
返事をする余裕はない。彼女は体を起こすと、埃が舞う中、階段を駆け上がる。
「あと二つ!」
その言葉に合わせるように、新たな爆薬が落ちてきた。今度は中央吹き抜けではなく、壁に当たっては階段を転がり落ちてくる。
「来たぁ!」
踵を返して駆け下りる。背後から振動と爆風を伴って爆音が押し寄せてくる。それに突き飛ばされて彼女は一階まで転げ落ちた。
「大丈夫か!?」
ロジックが飛び込んできた。傷が開いたせいで自分も血まみれなのに、そんなことはかまわずルーラを抱き起こそうとする。
「怪我人は下がってて!」
ルーラは跳ね起きると再び階段を駆け上がる。が、その足はすぐに止まった。
階段は崩れ落ちていた。壁にも大きな亀裂が入り、崩れた部分から風が入り込んで彼女の頬を撫でた。
崩れたところを飛び越せないかと目算していると
「エルティース様」
壁に手をつきながらセバスが降りてきた。服も髪も乱れ、頬には浅いが傷がついている。
「ゼクスは?!」
「なかなか手強い相手でしたが……もう大丈夫です」
「捕まえたの?」
その問いに彼は力なく首を横に振り
「死にました。申し訳ありません。こちらも手加減できる相手ではなく……」
ルーラは壁に背をつけ、そのままへたり込んだ。
「大丈夫? 階段は崩れちゃったけど、戻れます?」
崩れた幅は、助走さえつければ何とか跳び越えられそうな気がしたが、着地した途端、また崩れる可能性もある。あまり試したい方法ではない。
「最上階からの隠し通路を調べてみます。それが駄目なら、ロープを持ってきてください」
お世辞にも良い状況ではないが、当面の危機はなくなった安堵感からだろうか、彼は微笑んでいた。
ルーラが一階に降りると、ロジックが横になって喘いでいた。今の話を聞いていたのだろう。どこか安心した表情だった。
「終わったんだな」
「ゼクスの件はね。本当に無茶しますね。このまま死んでも知りませんよ」
「……君を守ろうとして死ぬならいいさ」
「護衛を守って自分が死ぬなんて逆でしょ」
彼女は静かに彼を抱き上げた。
「……男女が逆だ」
ロジックがぼやく中、ヒュートロンが駆け込んできた。
「奴は?! ゼクスはどこです」
「セバスさんが仕留めました。最上階です」
それを聞いて、彼は複雑そうに唇を噛み、吹き抜けから最上階を見上げた。
「私は、何も出来ずに終わったのか」
悔しげに足下の瓦礫を蹴飛ばした。
その時だ。
「逃げてください!」
上からセバスの声が聞こえた。彼にしては珍しい切羽詰まった叫び。思わず皆が最上階を見上げた。
塔が轟音と共に重く震えた。たまらずヒュートロンが頭を抱えてうずくまる。目の前の壁に亀裂が走り、天井から破片がこぼれ注ぐ。
「最後の爆薬?!」
天井が割れた。考える前にルーラの体が反応した。
「急いで!」
ロジックを抱えたまま一目散に外に出る。
ヒュートロンもその意味がわかったのか、慌てて二人の後を追って別荘に走って行く。
「急いで!」
別荘の陰からモームとジェンヌが懸命に手招きする。
二人の下に駆け寄る彼女の背後で、轟音と共に塔が真っ二つに折れた。下の支えを失った上の部分は、滑るように地面に落ちていく。
別荘の側に倒れなかったのがせめてもの幸いだった。
塔は中庭の花壇に向かって倒れていた。崩れ飛び散った塔の瓦礫は花壇をつぶし、周囲の塀に穴を開け、とりわけ大きな破片が門を押しつぶすようにひしゃげさせていた。
塔の最上階の部屋は塔からもげるようにして転がり、大きく三つに割れて花壇の中央付近まで来ていた。かつてルーラが着替えを楽しんだドレスたちがぐちゃぐちゃになってこぼれ落ちている。
不謹慎ながら(もったいない)と彼女は思った。
瓦礫の中をルーラが進む。嫌な匂いに眉をひそめると、焦げたベッドがあった。視線を足下に落とし、隙間をのぞき込むようにして
「いました! ……セバスさんです」
最後の言葉に力はなかった。
目の前の瓦礫の下にセバスはいた。胸から上だけの姿で。周囲の瓦礫やベッドには、元は彼の身体だったであろう肉片や黒ずんだ血がへばりついていた。無残だが、実に奇妙な印象をルーラは受けた。それはセバスの表情のせいだった。むごたらしい姿をさらしながらも、その死に顔はどこか安らかだった。まるで自分の仕事を何とかやり遂げたような笑みだった。
やってきたベルダネウスが疲れた顔で、瓦礫の一つに腰を下ろした。肩に受けた矢は抜かれ、手当を受けているが治癒魔導は受けていない。バルボケットは目覚めたが、回復した魔力を全てロジックの治癒に使い、再び眠りに落ちているのだ。ロジックもゼクスが死んだ安心感と治癒魔導の影響かぐっすり眠っている。
「セバスがいたの?」
「来ないで!」
別荘から小走りでくるジェンヌとモームをルーラが大声で制する。その声の必死さにかなりひどい状態だというのは感じ取れたのだろう。二人はそろって足を止めた。
「バルボケットさんに冷凍してもらう?」
「今は治癒魔導以外に彼の魔力を使わせたくはない。この季節だし、ゲームを終えて他の魔導師が来るまでは持つだろう。セバスさんは悪いが、こんな状況だ」
「そうね」
そこへヒュートロンが大きめのカップを乗せたトレイを手にやってきた。
「皆さん、スープはいかがですか」
「ありがとうございます」
防寒用のマントを着ているとはいえ、冬の海風は寒い。それに日は西に傾きはじめている。生姜をきかせたスープはありがたかった。
「ゼクスの死体は見つかりましたか?」
「いえ、まだです」
「まだ生きているって事は無いですよね」
その言葉はルーラの中にある微かな不安を刺激した。
「正直、死んでいてもらいたい気持ちと生きて話を聞きたいという気持ちが半々です。彼をここまで突き動かしたのは何だったのか。単に、昔グランディスさんにひどい目に合わされただけでは無いような気がします」
ヒュートロンの言葉に彼女は思わず首を横に振りそうになった。
違うのだ。ゼクスはグランディスにひどいに合わされたりはしていない。かつて、引き上げた財宝を山分けにして、グランディスは成功し、ゼクスは失敗した。そして成功して手にした財産の一部を要求して拒否された。つまりはただの逆恨みだ。少なくとも、ルーラが知っている範囲におけるゼクスの行動はそれだった。
「とにかく、この目でゼクスの死体を確認しないことには安心できないわ」
ジェンヌの言うとおりだった。セバスはゼクスを仕留めたと言ったが、その後に爆発が起きたのだ。仕留めたというのが単なるセバスの思い込みの可能性は充分にある。
「グラッシェ、どうした?」
ベルダネウスが瓦礫の山の一部にすり寄っている愛馬に声をかけた。毛の固まりなのでよくわからないが、何かみつけて匂いを嗅いでいるようにも見える。
近づいてみると
「……いたぞ」
瓦礫の下から、人の足が見えていた。履いているズボンを見ても、セバスのものではない。
他の者達もやってきては足を見て小さく悲鳴を上げた。
「下がっていてください」
皆を下げると、
「グラッシェ、上のものを蹴り飛ばせ」
一声いななくと、グラッシェはその力で足の上にある瓦礫を蹴り飛ばす。乱暴なやり方だが、みんな足の持ち主はもう死んでいるという確信があった。
どかされた瓦礫の下からその者の体が出てきた。瓦礫で腕はつぶれ、顔も歪んでしまっていたが、ボロの服を身につけ、衿からのぞいた喉元のは大きな傷からはこれが何者かは明らかだった。
「ゼクス……」
男の胸には柄に装飾の施された短剣が刺さっていた。
「セバスのだわ。見たことがある」
ジェンヌの言葉を受けて、ルーラはセバスの死体の方を見た。あの死に顔の意味がわかるような気がした。
「セバスの奇襲を受け、最上階まで逃げたゼクスはそこで彼と戦い。剣の一撃を受けた。
それで決着がついたと思ったセバスだが、ゼクスはまだ生きていて最後の火薬を使用。自爆だったのか、最後の反撃だったのかは不明。結果的にその爆発で二人は死に、塔は崩壊した。
ということでいいのかな」
オビヨンの説明に、反論は出なかった。
別荘の食堂。バルボケットとヨロメイも目を覚まし、全員が揃っていた。既に日は落ち、食堂には多くのランプが持ち込まれて皆を照らしていた。
「もちろん実際に見たわけではありませんから、間違いないとは言い切れません。しかし、状況から考えるにそれでほぼ間違いないと思います」
皆のおおまかな意見を代弁するようなルーラの返事だった。
「……やっと……安心できる」
たまらずモームがその場にへたり込んだ。メイドが皆の前で見せるにはだらしない姿だが、それを責める人はいない。
レミレとヒュートロンが紫茶とお菓子を持ってきた。レミレは左足に包帯を巻き、少しひきずっている。
「もう、本当に終わりにしましょう」
ジェンヌが皆を見回し、
「審判もいますし。私は鍵の発見宣言をします!」
凜とした彼女の声が広がった。
これで本当に終わる。皆がそう思った。だが、ふとベルダネウスを見たルーラの表情が曇る。
ベルダネウスは腕を組みながら、両の二の腕に爪を立てていた。
(ザンは納得していない?!)
その場の安堵感とは違う、惑いの予感が彼女の胸にじわじわと広がっていった。
(続く)
次回更新「ゲーム終了。鍵はここにある」
鍵が見つかり、ゲームは終わる。
なぜこの結論に達したかをベルダネウスとジェンヌが語る。
ジェンヌは不満をぶつけ、ベルダネウスは緊張を解かない。




