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【18・六日目、クズたちの死闘】

 フェリックスが小剣を手に前にでる。その構えから剣は空拳ほどの実力はなさそうなのはわかるが、今は脅威だ。

 鞭を構えるベルダネウスだが、その腕の動きは鈍く、顔は苦痛に歪んでいる。

「痛いか。あの勢いで叩きつけられたんだ。骨の二、三本折れてても不思議はないな。それじゃ、ご自慢の鞭もろくに使えないだろう」

「そっちこそ悠長に構えていて良いのか。こんなところにいるよりも、さっさと逃げることを勧める」

「そうかな。残りの爆薬を使えば」

「そんなものはない」

 腹の内を見透かすような言葉に、フェリックスの口元が引きつった。

「お前が私たちをまとめて始末するのをためらう理由はない。こうして姿を現す前に、さっきみたいに爆薬を投げ込めば良い。別の場所に隠してあったとしても、それを取りに行く時間はあった。それでもお前がこうして、そんな貧弱な武器を手に現れたのは手持ちの爆薬はもうない証拠だ。私を生かしたまま人質にしてルーラを味方につけるのかとも考えたが、お前はそんな面倒なことはしない」

「へぇ、それじゃあ、どうして俺はわざわざお前らを殺そうとしていると思うんだい?」

「推測だが……あんは私たちにすごいむかついているんだ。自分の手でぶち殺してやりたいほどにな」

 声を押し殺すようにフェリックスが笑う。それは、ベルダネウスの言葉を肯定しているように見えた。

「来い、返り討ちにしてやる。それが出来ないまでも、思いっきり手こずらせてやる。あんたの体調だって万全じゃない」

 鞭を構え、呼吸を整えるベルダネウスを前にフェリックスは微かに迷いを見せたが

「えらくご託並べてくれたな。むしろここでお前がすることは命乞いだろう!」

 剣をかざして斬りかかるのに合わせて、ベルダネウスが鞭を振るった。その鞭にはいつものキレがないものの、フェリックスの左足を強打する。拷問用の鞭を改造した彼の鞭は、人の皮膚同様、ズボンの繊維を引き裂いた。間髪入れずもう一度、同じ場所を打つ。フェリックスの足の皮が削られ、血がにじみ出た。

 たまらず悲鳴を上げて足を押さえるフェリックス。拷問用だけあって、ベルダネウスの鞭は殺傷力こそ乏しいが、相手に激しい痛みを与える。

 だが、ベルダネウスもまた痛みに足をもつらせて倒れた。

 フェリックスが再び襲いかかろうとした時、スケイルが手近な破片を彼に投げつけた。

 勢いはないが、破片の直撃を食らってフェリックスが顔をしかめた。

 さらにスケイルは手当たり次第に破片をつかんでは投げ続ける。幸いなことに天井が一部崩れたおかげで投げる破片はいくらでもある。

 ベルダネウスも起き上がり、鞭を振るう。

 破片と鞭の同時攻撃に、フェリックスの顔が怒りに歪む。

 ロジックも加勢しようと破片に手を延ばす。

「お前は寝ていろ。傷が開くぞ」

 そんなスケイルの叫びも彼の耳には届かない。この事態を招いたのは自分だという思いが彼を突き動かしていた。

 スケイルの気がロジックに向いたと見るや、フェリックスが一気に駆け出した。ベルダネウスの鞭をかわし、スケイルに襲いかかる。

 下がろうとするスケイルだがその動きは遅い。足を払われ転倒したところへフェリックスが馬乗りになろうとする。

「やめろぉっ!」

 ロジックが叫び、フェリックスに飛びつくとその勢いのままスケイルから転がるように離れた。腹の傷が開き、再び血が噴き出してもその手はフェリックスをしっかりつかんで離さない。

 それを押しのけようとしたフェリックスの手に、血の生暖かいぬるっとした感触が伝わる。

 血まみれになりながら執念で自分に挑むロジックの目にフェリックスは恐怖した。

 言葉にもならない絶叫と共にロジックを蹴りつける。手慣れた技など感じられない。ただガシャムラに彼を殴りつける。

 その拳にロジックが離れると、フェリックスはその勢いのまま二度、三度と蹴りつける。

 ベルダネウスの鞭がフェリックスの肩を打つが、その蹴りの勢いを止めることは出来ず、ついに蹴り飛ばした。

 そのままフェリックスがロジックに錆びた剣を突き立てようとした時、スケイルが飛び込んだ。

 振り下ろされた剣はロジックをかばうスケイルの背に突き刺さる。

「この野郎!」

 半狂乱になって剣を何度も突き立てるフェリックス。何度も何度も。しかしスケイルはロジックをかばうのをやめず、その全てを自分の背に、肩に、腰に受けた。

 より深く突き立てようと大きく振りかぶったフェリックスの腕をベルダネウスの鞭が打った。そこはちょうど、ルーラの槍で傷ついたところだった。

 たまらずフェリックスは剣を落とし、腕を押さえて倒れた。そこをさらに鞭が打ち付ける。

「兄上!」

 ロジックがスケイルを抱き起こして真っ青になった。彼の背中は滅多刺しにされて真っ赤だった。

 愕然とする彼にスケイルは微かな笑みを浮かべ

「……初めてだな。お前が私を兄と呼ぶのは……ずっと、呼び捨てだったのが……」

「どうして……動けるなら逃げれば良かったのに」

「ベルダネウスが気を惹いている隙を突いてフェリックスに飛びかかるつもりだったが……この馬鹿が……」

「僕みたいな役立たずは放っておけば良かったんだ!」

「そうだ……お前は役立たずだった……しかし、これからがあるだろう。これからの自分を見せたい女がいるんだろう……自分で自分を役立たずなんて言うもんじゃない。それにな」

 スケイルは力なく笑い

「……娘はお前のファンなんだ……」

 言い終えた途端、スケイルは激しく二度、三度と咳き込み、血を吐いた。

「兄上!」

 スケイルを抱きしめる。その腕は、抱きしめる肉体がどんどん冷たくなっていくのを感じ取っていた。

「フェリックス!」

 自分とスケイルの血が全身を真っ赤に、ボロボロにした体のどこにこれだけの力が残っているのかとばかりにロジックの叫びが轟いた。

 思わずベルダネウスの鞭を振るう手が止まる。

 何事かとロジック達を見たベルダネウスとフェリックスは、彼の腕の中で微動だにしないスケイルの姿に何が起こったかを悟った。

「は……はは……死んだか。死んだかバカ兄貴」

 フェリックスは笑った。心底楽しそうな笑いだった。

「ざまぁみろ。散々偉そうにしやがって。ちょっとばかり仕事が出来るからっていい気になりやがって」

 どこか狂ったような、勝利に酔った高笑いが響き渡る。

「てめえ!」

 ロジックが睨み付け、立ち上がろうとしたが、体はろくに動かなかった。気力で動こうにも、彼の体は限界だった。

「何怒ってんだよ。お前だってこいつには散々馬鹿にされただろうが。一緒に笑おうぜ」

 それにロジックは無言で答えた。

 言葉ではない、目の返事にフェリックスは戸惑った。彼の目に込められた怒りと軽蔑に身震いした。なまじ彼を見下し、馬鹿にしていただけにその力にたじろいだ。

「何だよ、何か言えよ。今更、良い子ぶるんじゃねえよ。俺と一緒にこいつを殺そうとしたくせによ」

 ベルダネウスに対しても

「お前だって、俺と同類じゃねえか。娼館時代には散々悪さしたくせに。報告書にある通りじゃ、俺よりもずっとクズだったんじゃねえか」

「そうだ」

 答えるベルダネウスの目は笑っていなかった。口調からも丁寧さが消えていた。

「だから何だって言うんだ。お前を見逃して、黙って殺されろというのか。ごめんだな。

 昔、ひどいことをした? そうさ、私はお前以上にひどいことをしまくった。当時の私に比べれば、今のお前なんざ可愛いものさ。遠慮はいらない。お前も私を責めれば良い。お互い過去の悪事の責め合い、汚点のえぐりあいといこうじゃないか。言っておくが、その気になった私は少しばかり怖いぞ」

 鞭を構え、一歩一歩、ゆっくりと前に出るベルダネウスに、フェリックスは後ずさる。

 自分もだが、ベルダネウスは明らかにそれ以上に傷ついている。こうして一歩進むだけでもかなりきついはず。そう頭でわかっていても、フェリックスは前に出られなかった。ベルダネウスの纏う気迫は明らかな殺意があった。今まで何人も直接人を殺してきた経験を伴う気が、彼を圧倒していた。

 だが、ベルダネウスの気迫もそうは続かなかった。一歩踏み出した足に力が入らず、そのまま片膝をつく。

 それがフェリックスの呪縛を解いた。錆びた剣を振りかざしてベルダネウスに襲いかかる。

 瞬間、ひゅんと空気を裂く音がした。

 矢だ!

 それがフェリックスの胸を貫き、転げさせる。

 何だ?

 皆が矢の飛んできた方を見る。

 うす暗い通路に、みすぼらしい服にボロの革鎧を身につけた一人の人間が石弓を構えたままゆっくりと近づいてくる。新しい矢をつがえるその男の喉には醜い傷跡があった。

「ゼクス!?」

 無言のまま、彼は次の矢を向けてきた。ロジックとベルダネウス、どちらを仕留めようか迷っているようにも見えた。

 矢は急所を外れていたのか、フェリックスは胸に矢が刺さったまま上半身を起こし、恐怖の声を上げた。

 それでゼクスの目標が決まった。とどめを刺すように矢の狙いをフェリックスに定める。

「やめろ!」

 脇道からヒュートロンが飛び出して、ゼクスに組み付こうとする。

 ほとんど怪我をしていないヒュートロンだが、格闘においては素人だ。飛びかかったものの、ゼクスに足を払われ転倒する。

 それでも再び起き上がり、ベルダネウス達を守るようにゼクスの前に立ちはだかり、壁を作るように両手を広げる。

「君がゼクスか……私はヒュートロン……カリーナの恋人だ!」

 肩で息をしながらゼクスを見据え

「君に聞きたい。カリーナを……グランディスさんの娘を殺したのは君か?!」

 ゼクスは無言のままヒュートロンに矢を向ける。その隙を突くように、フェリックスは胸に矢を突き刺したままよたよたと逃げ出した。

「口がきけなくても首を縦や横には振れるだろう!」

 ヒュートロンは答えを求め続ける。カリーナを殺したのはゼクスなのか、ゼクスの仕業に見せかけた誰かなのか。

 本当に彼が殺したのなら、今更否定することはしないだろう。殺してもいない人殺しを認めるような真似もしないだろう。彼は、ゼクスの答えは信じていいと思っていた。

 二人はしばし睨み合う。そして、ゼクスはゆっくりと首を縦に振った。

「なんで殺した!?」

 掴みかかろうとするのを、ゼクスが蹴り飛ばす。

「カリーナがお前に何をした。ただグランディスさんの娘と言うだけでお前は殺したのか」

 がしゃむらに飛びかかるものの、ゼクスの足に簡単に蹴り倒され、払われる。

「……駄目だ。格闘の技量に差がありすぎる……」

 ベルダネウスが全身の痛みに堪えて立ち上がる。

 そこへ微かな声が聞こえてきた。

 皆を呼ぶ声が上から降りてくる。バルボケットの声だ。続いてルーラの声。出入り口からほんのり淡い光がこぼれてきた。光の精霊だ。

 人が来るのを察したのか、ゼクスは手にした石弓を放り出すと、ヒュートロンをつかんで投げ飛ばすように彼の背中を床に叩きつけた。

「ぐあっ!」

 背中を打ち付けられ、ヒュートロンがあえぐ隙にゼクスは石弓を拾って逃げ出した。残された者に、彼を追う力はない。

 彼の姿が見えなくなるのと入れかわるように、中庭に通じる階段口から、ルーラとバルボケットが出てきた。

「大丈夫ですか?! ひゃあっ!」

 ルーラから聞いていた以上の惨状に、バルボケットが思わず声を上げる。

「何があったの?!」

 槍を構えてルーラが見回しながら聞いた。

「フェリックスとゼクスが来たんだ。スケイルさんがやられた」

 言われて二人は床に横たわるスケイルを見た。

 精霊の槍を持つルーラの手が震えた。皆を守るのが彼女の仕事なら、これは紛れ見ない彼女の失態だ。

「二人はどこに行ったの?!」

「逃げた。とにかくロジックさんに治癒魔導を。コカネの葉は持ってきたか?」

 ルーラからコカネの葉を受け取ると、ベルダネウスは目分量でそれをちぎって口にした。

 何度も何度も噛む。顔をしかめるほどの苦みが広がる口に広がり、それが口から首に、頭に、胸に腹に手足にと広がっていくのが感じられる。それに合わせて少しずつ痛みが引いていった。感覚が麻痺しはじめて痛みを感じなくなってきたのだ。

 ロジックに治癒魔導をかけ終えたバルボケットが、続いてスケイルに魔玉をかざす。魔玉が淡く光り始めるが、すぐに消える。もはや彼にはコカネの葉も治癒魔導も必要ないことを知ったのだ。

「詳しい説明は後で。とにかく今はここから離れましょう」

「そうですね。またゼクスが襲ってくるかも知れない」

 先ほどから槍を構えて周囲を見回していたルーラが

「他に気配はないわ。人が多いから隠れているだけかも知れないけど。とにかくここを出ましょう」

「ヒュートロンさん。手伝ってください。ロジックさんとベルダネウスさんを地上に運ぶんです」

 バルボケットが肩で息をしながらふらついた。魔力は精神力なだけに使いすぎても死ぬことはないが、激しい精神疲労に襲われ、ひどい時にはそのまま気を失ってしまう。特に彼はこれまでギリギリまで魔力を使うなんて事は無かったのだろう。魔力の使いすぎによる精神疲労は一般の魔導師よりもひどいように見える。

「ルーラ、先頭に立って道を照らせ。ヒュートロンさんとバルボケットさんはロジックさんを頼みます。私は最後につきます」

「あなただって怪我人でしょう。今、治癒魔導をかけますから」

 言いながら歩み寄るバルボケットの足がもつれた。

「これ以上魔導を使用したら、あなたが倒れます。私ならコカネの力で少しは持ちます。それに、しんがりを務めるのは戦える者でないと」

「そうだ。ヒュートロンさん、セバスさんを見ませんでした? あなたを捜してここに下りたんですけど」

「いえ、気がつきませんでした。向こうが見つけたならば声をかけるでしょうし」

「こんな時に!」

 文句を言っても始まらない。結局はベルダネウスの提案通りに行くことにした。

 血まみれのロジックを背負ったルーラが、光の精霊に照らしてもらいながら階段を上る。続いて、満足に足も上がらないほど疲労したバルボケットにヒュートロンが肩を貸して上がっていく。そして最後にベルダネウスが鞭を手に、後ろに気をつけながら続く。

「エルティース……すまない。皮鎧を血で汚してしまって……」

「気にしないでください。鎧が血で汚れるのは仕方ないです」

「だったらせめて、ファズに戻ったら新しい皮鎧をプレゼントさせてくれ。遅れたが……十七才の誕生日プレゼントだ」

 思いがけない言葉にルーラが顔を赤くした。

「あたしの誕生日、知っているんですか?」

「報告書にあった」

 それでも彼女には照れくさかった。

 皆が前と足下を見、周囲に気を配る余裕はなかった。

 最後尾のベルダネウスが少しずつ前との距離を広げていくのにも気がつかなかった。

 少しずつその差は広がっていき、ある程度まで広がると、ベルダネウスは逆に階段を下りはじめた。誰もそのことに気がつかない。

 下の広場に戻ったベルダネウスは、そっとスケイルの遺体に頭を垂れる。

「スケイルさん、あなたの申し出に対する答えはもう無意味になった。しかし、もし生きて伸びていたら、私はきっとあなたの申し出を受けていたでしょう」

 小さく答えると、ベルダネウスは足を動かし地下砦の中へと消えていった。


「痛ぇ……こんちくしょう……」

 地下砦の壁にもたれ、フェリックスは大きく息をついた。目の前には塔に通じる出入り口がある。彼は地下砦をぐるりと回ってここまで来たのだ。

「なんで、あんな大事な時にゼクスが出てくるんだ。しかも俺を狙いやがって」

 もはやゲームを無効にしてグランディスの財産を独占するのは無理だと彼も認めざるを得なかった。

 それどころか、出来るだけ早く傷の手当てをしないと命にかかわる。

 胸に突き刺さったままの矢に手をかけ、抜こうかどうか迷う。刺さったままだと不安だが、これが栓になっているのだとしたら、抜いた途端に血が噴き出して死んでしまう。それに傷ついた腕は時間と共に力が入らなくなっている。抜きたくても抜けるかどうか。

「これじゃ手綱も握れねえな。降参して……手当をしてもらうか……。生きてりゃ、チャンスもあるかもしれねえ」

「そうはさせない」

 暗がりから鞭を手にして現れたベルダネウスにフェリックスは呆れ顔を見せた。

「執念深いな。……どうして俺がここに来るとわかった?」

「お前はクズだが馬鹿じゃない。今、自分がどんな状態に置かれているかを理解した上で、自分が求める結果にどれだけ近いものに到達する方法を考えて行動する。今回のこともそうだ。ただ、リスクが大きいだけに追い詰められるまで実行しなかっただけ。

 今のお前じゃ当初の予定を実行するのは難しい。別の方法としては、ここからいち早く抜け出しファズの本社に戻り、自分の権限で手に入れられるだけの金をもって逃げ出すぐらいか。本社に行けばお前のことだ、弱みを握っている役員の一人や二人はいるんだろう。うまくいけば数百万ディルは手にできるかも知れない。

 他のみんなは傷ついて戻るにも時間がかかる。事前に連絡しておくにも、その方法は限られるから対策も立てられる。

 問題はどうやって戻るかだが、最下層の船着き場には小船があるが、仮にお前が船を操れるとしても、そんな状態では無理だし、潮トカゲに教われでもしたらおしまいだ。そもそもそんな体でファズまで戻れるか疑わしい。とすれば方法は一つ、地上にある私の馬車を奪って逃げる。だめなら命乞いで時間を稼ぐ。とすれば向かうのは別荘。別荘に直接通じる出入り口は人目が多いし、中庭への出入り口にはみんながいる。それに、今はお前への怒りでみんな興奮している。皆が冷静になったかどうか見極めるためにも、様子をうかがえる場所に隠れていたい。

 だからお前は塔への出入り口に行く。そう見込んだだけだ」

「長い説明だな。でも、見たところあんたは一人だけだな。俺を捕まえるなら人手を集めておくべきだろう」

「一人の方が良いんだ。反対する者もいるだろうからな」

「何をだ」

「お前にとどめを刺すのをだ」

 振るった鞭がフェリックスの肩を打った。たまらずフェリックスが悲鳴を上げる。いつものベルダネウスから見たら大振りな鞭さばきだが、受けるフェリックスも万全ではない。

「俺を殺す気か。なんでだ。あんたが特に深入りする理由はねえだろう」

「私を殺そうとしたのを忘れたのか」

「ま、待て。俺があんたを殺そうとしたのは鍵を見つけられたらまずかったからだ。こうなったらあんたを殺すのはやめる。五十万ディルで我慢する」

「お前はスケイルさんを殺した。ゲームは失格となり、五十万ディルすら手に入らない。何よりお前を始末する必要があるのは、このまま生かしておいてはボーンヘッド家にとって災いにしかならないからだ。お前の存在自体が、ジェンヌさん達の足を引っ張ることになる」

「姉貴達は関係ねえだろう」

 言いかけて、フェリックスが突然納得したように

「なるほど。わかったよ。あんた、姉貴に惚れてるな。

 散々悪事をやらかした自由商人が、懸命に生きる没落貴族の娘に恋をして、彼女のため邪魔者を排除しようとしているってわけか」

 ベルダネウスの鞭が跳ねる。襲いかかるのをフェリックスは何とか避けた。

「怖い怖い。図星を指されたからって怒るなよ。確かにな、さっき服越しに姉貴のおっぱい揉んでみたが、結構良かったぜ。直接揉みたくなるあんたの気持ちもわかるな」

 明らかに先ほどより雑な動きで鞭が続いて襲ってくるのを避け続けながらフェリックスは語り続ける。

「キスがてら姉貴の舌も吸ってみたけど。いい味してたよ」

 ベルダネウスが大きく鞭を振るった。いつもの彼には見られない大振りだ。

 それをフェリックスは見逃さない。足下に転がる瓦礫のひとつを無事な手で拾い、ベルダネウスに投げつけた。普段のベルダネウスなら簡単に避けられただろうが、コカネの葉は痛みを忘れさせてくれる代わりに思考力を鈍らせる。反応が遅く、瓦礫をまともに顔面に受けた。

 鼻血を出してよろけるベルダネウスめがけてフェリックスが突進した。

 二人のつかみ合いによる殴り合いが始まった。肉体的に大きなダメージを受けている二人の戦いはもはや気力の戦いと言って良かった。

 端から見たらよたよたとした情けない戦いだが、一発まともに入れば、それが致命傷になりかねない。

「なんでここまで俺に突っかかる。後は他の連中に任せて寝てりゃ良いじゃねえか。寝てたところで、誰もあんたを責めたりしねえ。俺を責める暇があったら、姉貴を口説いてろ」

「気持ちの問題さ。お前を見ていると、昔の自分を思い出して腹が立ってくるんだ」

「そんなの、あんたの都合じゃねえか」

「誰だってまず自分の都合で動くものさ。人は理屈よりも感情で動くもんだ」

「じゃあ、俺も言わせてもらう。あんたむかつくんだよ! わかったような顔して理屈こねやがって。俺と同じことをしていたくせに、自分のことは棚に上げて、お前とは違うんだみてえな顔して、俺を見下しやがる」

「ああ、棚に上げてるよ。昔の罪は重すぎてね。背負ったらつぶれて前に進むのはもちろん、のたうつことも出来やしない。けど私は勝手だからな。前に進みたかった。だからこそ、私は過去の自分を棚に上げることで身を軽くして、前に進んでいるのさ。

 その代わり、棚に上げた自分の姿を決して忘れないために自分に言い聞かせている。自分のしたことを忘れるなって。そうしないとすぐに忘れるんだ。何しろ、不愉快すぎて本当になかったことにしたい過去だからな」

「昔は悪だったが、今は違いますってか。あんたのやっていることはただの格好付けじゃねえか。昔の罪を忘れない僕ちゃん格好良いってよ。過去の罪を背負っているふりをして自分に酔っているだけだ」

 太陽が二人の体を照らし暖め、流れる冷たい空気が冷やしていく。二人は戦いながら、いつの間にか地下砦の崖の石弩台跡まで来ていた。

 冬の風がベルダネウスの頭を冷やし、意識をハッキリさせると同時に全身に痛みが蘇り始める。コカネの効果が切れ始めたのだ。

「おおかたエルティースに手を出さねえのも格好付けの一つだろう。向こうが抱かれたがっているんだから、素直に抱けばいいじゃねえか」

 フェリックスが殴りかかる。が、それより先にベルダネウスが握った瓦礫を、彼の胸に刺さった矢に叩きつけた。矢が揺らぎ、隙間から血があふれ出す。

 衝撃で動きの止まるフェリックスにベルダネウスは体ごとぶち当たり、跳ね飛ばした。よろけたところにもう一撃!

(こいつ!?)

 その時、フェリックスはベルダネウスの狙いを理解した。かつて彼は言った。クズ同士の戦いにおける理想の結末は「共倒れ」だと。

 逃げなければ。そう思いはしても体が動かない。

 雄叫びをあげる彼の勢いは止まらず、フェリックス共々崖から飛び出す。

 足をつけていた大地がなくなるのを感じたフェリックスは見た。ベルダネウスが微かに笑みを浮かべたのを。

 その時、風が吹いた。

 吹き荒れる風がベルダネウスをすくい上げ、風と共に現れた黒髪の少女が彼の身体をしっかり掴む。そのまま風に乗って崖を上り、別荘よりも遙かに高く舞い上がる。

「ザン!」

 彼の目の前には今にも泣き出しそうなルーラの顔があった。

「何しているのよ。地上に出たらいなくなっているんだもの」

 返事をもせず、ベルダネウスは彼女を抱きしめていた。彼女も力強く抱きしめ返すと

「いだだだだだだだだ!」

 強烈すぎる痛みに彼が悲鳴を上げた。コカネの葉の効果が切れた今、彼は全身に痛感がむき出しの状態も同じだった。

「ああっ、ごめんなさい!」

 しかしまさか手を放すわけにもいかない。二人は風の精霊に別荘の前、グラッシェの待機している前に下ろしてもらった。心得たのか、グラッシェは足を折って座ると、倒れてきたベルダネウスをやさしく受け止めた。端から見ると、巨大な毛の塊に彼が身を横たえているように見える。

 主人が傷ついているのがわかるのか、グラッシェの声も心配げだ。

「待ってて、すぐに治療を」

 立ち上がろうとしたルーラを、ベルダネウスは引き戻し再び抱きしめた。

 別荘から体の動く面子が飛び出してきた。その中にはジェンヌもいる。彼女は、グラッシェに身を預けながら抱き合うベルダネウスとルーラの姿に、泣きそうな顔を浮かべながら、自分の胸を握りしめるように押さえつけた。

「ちょっと、ザン……みんな見てる」

「気にするな」

 弱々しい息の中、ベルダネウスはルーラのぬくもりで苦痛が和らいでいくのを感じていた。

(スケイルさん……本当に、男の運命を決めるのはいつも女だ……)


「ちくしょう……」

 びしょ濡れのフェリックスが岩場に這い上がった。右足が動かない。見ると膝から下が有り得ない方向に曲がっていた。今までの負傷に落下の衝撃、正直、今でも体が動くのが不思議なくらいだった。

「どうして俺は助けねえんだ」

 彼は落ちながら砦から飛び出したルーラがベルダネウスを抱きとめ、そのまま上昇して別荘に戻るのを見た。いずれ自分も助けてもらえると思ったが、未だに助けは来ない。あれからかなりの時間が経っているように思えるが、もしかしたらほとんど時間が過ぎていないのかも知れない。時間の感覚が麻痺していた。

「早く助けろ、ベルダネウスだけ助けて俺は助けないなんてずるいぞ。えこひいきだ。あいつだって散々悪さをしてきたんじゃねえか」

 誰も聞いていないのに声を出す。そうしていないとこのまま死んでしまいそうな気がする。

 ほとんど聞こえない耳に、何か生き物が這いずる音が聞こえた。

(潮トカゲ……)

 冷えた体がさらに冷えた。潮トカゲは雑食、つまり人を喰うのだ。

 とにかくここから離れようと這うように岩を登ると、目の前に小枝や海草で作られた大きな器のようなものがあった。その中には薄青色の卵が三つある。

 フェリックスの顔が引きつった。自分は今、潮トカゲの巣にいるのだ。おそらく自分が落ちた衝撃で、親たちは驚いてここを離れてしまったのだろう。だとすると、先ほどから聞こえているのは戻ってきた親たちの這いずる音だ。

 逃げなければ。その時、彼は卵の一つがおかしいことに気がついた。殻の艶が違う。何か染料を塗ったような色合いで、真ん中に切れ目が見える。

「……作り物だ……」

 瞬間、悟った。鍵はここにある。卵に偽装して、潮トカゲの巣に紛れ込ませたのだ。潮トカゲの巣なんて危険なものを放置したままなのは、ここが鍵の隠し場所だからだ。

 財産を手にするには危険を乗り越えなければならない。富と栄光は大きなリスクの先にある。そうグランディスが言っているように思えた。

 自然と笑みがこぼれた。危険などは綺麗さっぱり忘れた。鍵を手に入れれば財産が手に入る。自分はもう失格であることも忘れた。

 両腕を伸ばそうとしたが、右腕は動かなかった。左腕だけで作り物の卵をたぐり寄せ、切れ目を探ると、意外と簡単に二つに割れた。その内側に空間が有り、棒状のものが綿に包まれていた。

「やった。やった!」

 左手だけで綿を広げると、中からは鍵ではなく、細い板が出てきた。

 何だと思い、裏を見ると見覚えのあるグランディスの文字で

【生き物の巣を荒らすな】

 と書いてある。

 板を持つ手が震えた。

「……ば……馬鹿にしやがって、あのくそ親父!」

 あらん限りの叫びを天に向かって上げる。その声が固まった。

 崖の石弩跡のひとつに、ゼクスが立っていた。人の頭二人分ぐらいある岩を抱え、じっとフェリックスを見下ろしている。彼はゆっくりと岩を掲げた。

「……嘘だろ……おい、やめろ……」

 強張って動けないフェリックスめがけて投げ落とされた岩は、正確に彼の顔面を直撃した。

 周囲の潮トカゲたちが一斉に襲いかかる。

 フェリックスが最後に見たのは、自分の頭を食いちぎろうと口を開けた潮トカゲの牙だった。


(続く)


 次回更新「七日目、ゼクスの最期」

 疲れ切った一同をゼクスが襲撃する。

 ベルダネウスが倒れ、ルーラがゼクスに挑む。

 鍵の在処について、ジェンヌはベルダネウスと同じ結論にたどり着く。

 また、死者が出る。


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