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【17・六日目、最低の誇り】

 地下砦の隠し部屋。頭上から轟音とともに振動が伝わり、天井から埃が落ちてくる。

「まただわ」

 ジェンヌが顔をあげる。

「爆発が続くってことは、まだ決着がついていないってことね」

 安堵と不安のため、言葉からは震えが感じられた。落ちてくるのが埃だから良いが、縛られたままでは崩れて瓦礫が落ちてきたらひとたまりもない。

「ザンはそう簡単にやられません」

「確かにあの人はしぶとそうだわ」

 ランプの明かりに照らされるジェンヌの顔。ベルダネウスのことを信じ切っているような顔に、ルーラは微かな不快を覚えた。

「そうですよ。ザンをよく知っているあたしが言うんだから間違いありません」

 無意識のうちに、よく知っているという部分に力がこもる。

 さらに握る糸ヤスリに力を入れると、両腕を縛っていたロープが千切れた。

「よし!」

 彼女は自由になった手で跡の残る両手首をさすると、足のロープをほどく。自由になると、続いてジェンヌの縛めを説き始めた。

「ここを出たら、花壇の出入り口から外に。馬車のところにいてください。グラッシェが守ってくれます」

「守ってくれるって、馬でしょう?」

「グラッシェは頭が良いですから。それに、何かあったらザンもそこに来ることになっています。あたしはロジックさん達を止めます」

「大丈夫? 精霊の槍はないんでしょう」

「なくてもやります」

 その時、隠し扉を開けようとする気配がした。ルーラが手を後ろに組み、切れたロープを隠すように寝転がる。ジェンヌも半ば解けかかった縄を握りしめ、結び目を隠すように寝転がった。

 扉が開き、入った来たのはロジックだった。冬、明け方で冷えるというのに汗びっしょりで、泣き出しそうなのを必死で耐えている様子で。

 彼は手にしていた物を置いた。精霊の槍と、ルーラが予備の武器として持っていた小剣、皮鎧に仕込んでいたナイフなど。

「静かにして。今、自由にするから」

「……どうして……」

 途端、重い破裂音と共に砦が揺れた。地震ではない。

「いいからすぐに逃げて、あいつは本気で皆殺しにする気だ」

「だったらジェンヌさんを自由に」

 ルーラは起き上がると精霊の槍を取った。

 自分が何もしていないうちに自由になっている彼女の姿に唖然とするロジックにかまわず、彼女は精霊石の穂先に心を向ける。

 光の精霊たちに呼びかける。

(ここに恐怖を払うためあなたの光を求める人がいるの……お願い……)

 隠し部屋を柔らかな春の日差しのような精霊たちの光が明るく照らす。ジェンヌの顔が安堵した。

 唖然とするロジックの前で、ルーラはナイフでジェンヌのロープを切って自由にした。

 さらに、結び目の跡が残る手首をさするジェンヌに小剣を渡す。

「念のため、これを持っていてください。セバスさんから小剣の使い手と聞きました」

「ありがとう。お借りするわ」

 受け取ると、軽く振ってみる。柄のところに死の神バールドの紋様のあるそれは、澄んだ音で空気を切った。

「良い剣ね」

 そんな二人のやりとりをよそに、ロジックは床に落ちている切断されたロープを唖然として見ていた。何もしていないのにどうして切れているんだと言いたげだ。そんな彼の姿にジェンヌは諭すように、

「忘れたの? 彼女はプロなのよ」

 また爆発音と振動が来た。今度は前のよりでかい。砦の天上から土埃が舞い落ちる。

 埃落ちる天井に、ルーラに嫌な記憶が蘇る。

(崩れる……)

 全身に冷や汗が流れるのがルーラにもわかった。

「早く!」

 二人をせかすと隠し部屋を出た。中庭への出入り口を目指して走り出す。

 また爆発音と共に砦が揺れた。前の二つよりもずっと大きい。天上に亀裂が生じる。

「ベルダネウスは? 兄様たちは無事なの?」

「わからない。フェリックスがヨロメイを刺したのはわかったけど、そこで僕はこっちに来たから」

「なんでそこであいつを止めないの!? みんなと協力してあいつを捕まえてから、私たちを助けに来れば良いでしょう」

 あきれ顔で言われてロジックの顔が驚きに固まった。ルーラを助けることばかり考えて、そんなことは思いつきもしなかったのだ。

「こんな時に冷静に判断しろって無理ですよ。それに、何よりもまずあたし達を助けることを優先したってことじゃないですか。ありがとう」

 ルーラに感謝されるものの、彼に笑顔は戻らなかった。

 三人が地上に向かって走る。精霊の槍を握るルーラの手が汗ばむ。ゼクスの動きが気になった。自分たちを狙うとしたら絶好の機会だ。一時的にこの場を離れていたとしても、爆発音などで戻ってくる可能性がある。

 中庭に通じる扉がある広間にたどり着く。集会場として使われていたのか、わかる限り地下砦の中で一番広い部屋だ。この扉を開ければ、花壇の出入り口につながる階段がある。ところが、

「開かない?」

 鍵は開いているのだが、重くて開かない。いや、わずかには開くのだが、人が通れるほどには開かない。

「爆発で壁が歪んだとか」

 理由はともかく、扉が開かないのは事実だ。

 戻るべきか、大地の精霊に頼んで扉を壊してもらうかルーラは迷った。

 その隙を突くように、通路の陰からフェリックスが飛び出してきた。そのままロジックに体ごとぶつかり、押し倒す。手にしたランプが床に落ちた割れ、燃え上がる。

「ロジックさん!」

 ルーラが槍で突くが、間違えてロジックに当たることを恐れたのかその勢いは鈍い。フェリックスは難なくそれを躱して身構えた。

 彼の手にあるナイフには血がべっとりとついていた。

 ロジックの顔が苦痛に歪み、床が血で赤く染まっていく。

「大丈夫?!」

「これぐらい……」

 腹を押さえて立ち上がろうとするロジックだが、言い終わらないうちに片膝を突いて地面に血を滴らせてしまう。

「ざまぁみやがれ、このヘタレ野郎」

 肩で息しながら笑うフェリックスの引きつった笑いに、ルーラは唾を飲み、槍を握る手に力を込める。

 フェリックスも傷だらけだった。服はあちこちが焦げ付き、埃まみれ。額からは血を流し、ナイフを握る手もロジックのではない血がにじんでいる。足首を捻るか何かしたのか、足下もぎこちない。

 しかし、声にはまだ力が感じられた。

 彼女は今のフェリックスのような顔を何度も見た。思い通りに事が進まず、追い詰められてヤケになる寸前の顔だ。ヤケになりきれていない分、却って対処しにくい。

「お前みたいな奴に声をかけたのが間違いだよ。他に適当な奴がいなかったからって……無理してでも俺一人でやれば良かったぜ」

「僕だって……一時とは言え、お前なんかの言葉に乗ったが間違いだ」

「人のことが言えんのかよ。仕事も出来ず、それを他人のせいにしか出来ない最低男が」

 さらに攻める機会を伺うルーラにも

「おっと、下手に動くなよ」

 牽制して下がると、床で燃えているランプに近づき、ポケットから小さな袋を取り出す。

「こんな場所で悶えまくるのは嫌だろう。俺だってこんな時に女を抱く気にはならねえよ」

 ルーラとジェンヌが思わず後ずさる。袋の中身が恥知らずだと理解したのだ。

 フェリックスはそんな二人に笑うと、ロジックを一瞥し

「最後に聞いてやる。お前は俺と手を組んだ時点で、他に道はなくなったはずだよな。なんで途中でやめた?」

 ロジックは脇腹に手を当て、片膝で体を起こした。当てた手が真っ赤に染まっている。

「……そうだ。お前の言うとおり僕は最低だ。お前の要求を撥ね返すことが出来ず、割り切ってお前のように悪党に徹することも出来ない。中途半端の最低男だ。でも……最低の……」

 ちらとルーラを見たロジックは、自虐気味の笑みを浮かべ

「そのまた下には落ちたくない」

「馬鹿かてめえは! 最低の下なんてありゃしねえんだよ!」

 叫ぶフェリックスの拳に力がこもる。それは彼の意識がロジックに集中、ルーラ達からそれた証拠。

 ルーラが槍の穂先に意識を向けた。大地の精霊に語りかける。

 床が弾けた。いや、床に転がっている無数の小石や壁の破片が、一斉に弾けるように飛び上がり、フェリックスに襲いかかる。立っている時に地面から小石が跳ね上がって攻撃してくるなど普通の人に経験はない。彼も反応できず、下からの小石の雨を全身に受けた。小石だけにダメージはそれほど大きくないが、不意打ちにたまらず姿勢を崩し、恥知らずの袋を落とす。

 ルーラが飛びだし、その袋を槍で引っかけるように取ると、そのまま奥に放り投げた。

「ちっ」

 舌打ちをしてフェリックスはルーラとは反対方向の出入り口へと走る。

 そこへジェンヌが斬りかかった。フェリックスはとっさに躱したもののその頬に赤い線が走り、続いて血が流れ出す。彼女は実戦経験こそないが、怒りからかその切っ先は鋭く、対する彼は痛みからか動きが鈍い。

 それでも続く彼女の剣を躱しつつ、その腕を右手でつかむと、左手で彼女の胸をむんずと捕まえ揉む。

「な!」

 慌てて胸を隠して飛び下がるジェンヌ。

 薄ら笑いを浮かべて逃げようとするフェリックスの足にロジックがしがみついた。力こそ弱かったが、普段馬鹿にしていた男が、腹を刺されて血まみれになりながらしがみつく姿は彼には恐怖だった。

「はなせ、はなせこの野郎!」

 ロジックを蹴り飛ばそうとするが、彼は未死者のような力でしがみつき、決して離れない。

 彼の意識がロジックに集中する隙をルーラは見逃さない。彼めがけて突っ込み、精霊の槍を繰り出す。短い間隔で繰り出される槍を、ロジックにしがみつかれたままでは躱しきれない。空拳で弾こうにも弾ききれず、いくつもの傷を受ける。それでも致命傷にならないのは、ルーラ自身彼を殺すのをためらい、無意識に力を抜いているからだ。

 さらにジェンヌも小剣を手に、再び攻撃しようとタイミングを計っている。

 別荘に延びる別の通路から、誰かが駆けてくる音がした。

「誰かいるのか?!」

 スケイルの声だ。

 味方が来た。その気持ちがルーラ達の心に隙を生んだ。

 雄叫びと共に、フェリックスが渾身の力でロジックをルーラめがけて蹴り飛ばすと一目散に逃げ出した。

「ロジック、大丈夫?」

「僕は良いから、追うんだ」

 だが、ロジックの出血は激しい。服は血で真っ赤になり、顔は青い。

 既にフェリックスの姿は見えない。

 スケイルとベルダネウスが走ってきた。

「みんな無事か?」

「ロジックさんが、早く手当を」

 逃げたフェリックスも気になるが、今は彼の手当をするのが先決と皆が感じた。

 彼らはひとつ思い違いをしていた。フェリックスが爆薬を使わなかったことで、彼は既に全ての爆薬を使い果たした。少なくとも、今、彼の手元にはないと決めつけていたと。それにこれだけの人数が集まった以上、彼もうかつなことは出来ない。さっさと別荘から逃げ出すだろうと。

 だが、実際は違っていた。彼は爆発により地下砦が崩れ、自分も生き埋めになるのを恐れていたに過ぎなかった。

「灯りが」

 スケイルがつぶやいた。見ると、フェリックスの逃げた通路の奥で何かがぼんやりと光っている。壁に備えつけられた灯りの一つに火が灯されたのだ。

「あいつ、まだいたのか?」

 皆が注目する中、灯りの横にフェリックスの顔が浮かんだ。にたりとした笑顔と共に。

 いきなり灯りのそばで火花が舞った。それが爆薬の導火線に付いた火だとルーラが気がつくと同時に、それは彼女たちに向かって飛んできた。

「くらえーっ!」

 フェリックスの叫びが響き、爆薬は地面を転がってルーラ達のいる部屋に転がってきた。

 残る導火線はほんの指一本分しかない。

 とっさにベルダネウスとスケイルが動いた。

 ベルダネウスは火浣布のマントを広げ、飛びかかるようにルーラとジェンヌを押し倒す。

 スケイルはロジックに覆い被さる。

 導火線が燃え尽き、爆薬がその力を解放した!

 衝撃に部屋が震え、熱と爆風が部屋を荒れ狂い、床に伏せる五人に押し寄せる。

 天井に亀裂が入り、いくつもの破片がこぼれ落ちた。

「手荒ですみません。大丈夫ですか?」

 ベルダネウスが押し倒したままジェンヌに言った。彼の髪もマントも砂埃だらけだ。

「……え、ええ。ありがとう」

 ほぼ密着し、すぐそばに顔のある彼を前に、ジェンヌが頬を赤らめた。

「ルーラも平気か?」

 上半身を起こし、マントの砂埃を払うと、爆薬の飛んできた方を睨む。

「何とか」

 彼と並んで槍を構える。ジェンヌとの態度の違いが少々気に触ったが、今はそれどころではない。

「あいつめ。いくつ爆薬を持っているんだ」

 スケイルが顔をしかめて立ち上がる。天井の破片の直撃を受けた腰をさする。

「兄様、大丈夫?」

「ロジックに比べたら軽傷だ。それより次に気をつけろ」

 爆薬の飛んできた通路に目を向ける。今のところ、次の爆薬が飛んでくる気配はない。様子を見ているのか、先ほどのが最後の爆薬だったのか。あるいは逃げ出したのか。判断できないのが却って怖かった。

 途端、地下砦が揺れた。天井の、壁の亀裂が大きくなり破片がこぼれ落ちる。

(崩れる?!)

 精霊石を通して、ルーラは大地の精霊の声を聞いた。度重なる爆薬の振動で不機嫌になっている。顔面を無数の羽虫にまとわりつかれる人間が両手を激しく振るうように、大地を身震いさせようとしている。精霊の身震い一つで砦は崩壊する。上の別荘を巻き込む形で砦の作る空間は土に埋もれ、崩れて崖ごとなくなってしまうだろう。

 通路が揺れ、彼女たちめがけて天井が崩れ落ちる。

 ルーラの視界の隅に、土をかぶるみんなの姿が映った。ロジック、スケイル、ジェンヌ、そしてベルダネウス。

 声にならない咆哮と共にルーラは精霊の槍を地面に突き立てた。

(大地の精霊!)

 ルーラは願った。この地が崩れるのを止めてと。必死で願った。いくらルーラは大地の精霊と相性が良いとはいえ、この土地にはまだ数日しかいない。精霊たちにとっては、まだ彼女はほとんど知らない人間なのだ。そんな人間の願いを、地の崩れを防ぐという大きな願いを叶えてくれるのか?

 だからこそルーラは必死で願う。このまま砦が崩れたら死んでしまう人達が自分にとってどれだけ大切な存在なのか。この哀しみをどうしても防ぎたいという思いを精霊石を通じて精霊に訴える。

 地鳴りが止んだ。砦の崩れが収まった。

(ありがとう……)

 ルーラは精霊石に向かって感謝の念を込めた。何度も何度も。

 そこへ土埃を抜けて新しい爆薬が飛んできてルーラの目の前に落ちた。

「みんな死ねやぁ!」

 通路の向こうからフェリックスの声が聞こえてきた。だが、ルーラは爆薬を前にしても精霊への語りかけをやめるわけにはいかない。

 導火線の火は今、正に爆薬に届こうとしている。

 ベルダネウスが飛び出した。火浣布のマントを手に、爆薬の上に覆い被さり、渾身の力で爆薬を押さえ込む。だが、次の瞬間、それを遙かにしのぐ爆発が彼の身体をぶっ飛ばす!

 巨大な力が彼の体を天井に叩きつける。続けて地面に叩きつけられ、壊れた人形のように何度も撥ねた。

 爆風が辺りを駆け巡り、地の震えがさらなる亀裂と崩れを生む。しかし、彼の捨て身の行動が幸を要したのか、それは先ほどに比べて弱かった。

 千切れたマントが無数の焦げた布きれとなって部屋中を舞う。これまで何度も彼を火炎系の攻撃魔導から守ってきた火浣布のマントも、爆薬には勝てなかった。

「ザン!」

 叫びながらジェンヌが地面を転がるベルダネウスにしがみつく。

 ルーラは爆風に揺らぎながらも大地の精霊への語りかけををやめない。

(お願い!)

 堅く目を閉じルーラは胸の内で叫ぶ。

 何をしているのかと、皆が彼女を見た。彼らには彼女が何もせずただ槍を地面に突き立てじっとしているだけに見えた。

 ベルダネウスだけが、ルーラが今、どれだけ必死なのかを理解していた。

 しがみつくジェンヌに大丈夫とばかりにベルダネウスが笑みを向ける。だが、爆風に飛ばされ、壁に叩きつけられて平気なはずがない。護衛なのに、ただ立っているだけに見えるルーラを彼女は睨みつけた。

 そこでジェンヌは気がついた。

(どうしてエルティースは平気なの?)

 彼女も爆風を受け、崩れる天井の土をかぶっているはずなのに。何事もないかのように立っている。

 よく見ると風だ。土埃がルーラを中心に渦を巻いている。風が彼女を取り巻き、爆風から守っているのだ。さらに燃えたランプの火の粉が彼女につかないよう、気を遣っているようにも見える。さらに天井も彼女のいる場所だけ崩れ方が極端に少ない。

 ベルダネウスが目を見張る。精霊使いは同時に複数の精霊にお願いを聞いてもらうのは難しい。以前ルーラはそう言っていた。だが、今のルーラは光の精霊でこの場を照らし、風の精霊で爆風から身を守り、火の精霊に触れないよう気をつけてもらい、大地の精霊に砦が崩れないようお願いしている。

 ここにきて数日しか経っていないのに。ここの精霊たちがルーラを守っているように見える。彼女の意を汲んで動いているように見える。

「あれは……」

 目を固く閉じ、必死に訴えるルーラの周囲、舞う土埃や火の粉、光が流れるようにある形を作っていた。

 彼女を抱きしめるような姿のそれは四足動物のように見える。その顔はどこか狐を思い出させ、五つに別れた尻尾が彼女を守るように巻き付いている。

 その姿をベルダネウスは見たことがあった。

「……ヴァンク……」

 間違いない。それは、かつてルーラが助けた精霊獣ヴァンクの姿だった。全ての精霊に強い影響力を持つ、自然界の王とも言われる獣。精霊使いにとっては神とも言える存在。

 他の者もその姿に気がついたらしい。しかし、ヴァンクを見たことのない者達には姿が持つ意味がわからない。かろうじてロジックだけがまさかと言いたげに顔を強張らせている。

 ヴァンクの姿が溶けるように見えなくなるのに合わせて、砦の崩れが止まった。

 ルーラがへたり込み、何度も大きく息をついた。

「……よかった。しばらく崩れるのを堪えてくれそうです」

「堪えてって?」

「日が昇り、沈むのが五回ほど起こるぐらいは我慢するとのことですから、五日ぐらいでしょうか。それが終わったら一斉に崩すそうですから、それまでにここを出れば……」

 這うようにしてベルダネウスの下へ行く。

「ザン、大丈夫?」

「……大丈夫じゃないな。しかしルーラ、お前はすごいことになったな」

「何が?」

 先ほどまでルーラは堅く目をつぶっていたため気がついていなかったらしい。

「前にお前が自分で言ったな。メルサの精霊たちは人なつっこいせいで、初めて訪れた自分のお願いも聞いてくれると。違ったんだ。精霊たちは人なつっこいんじゃない。お前が纏っているヴァンクの気配に敬意を表したんだ」

「え?」

「今のお前は、ヴァンクの加護を受けている」

 先ほど見たものをベルダネウスは説明した。

「ヴァンクとは、精霊獣ヴァンクのことですか?」

 天井の破片の直撃を受けた左肩を押さえてスケイルが聞いた。

 ベルダネウスは頷き、若干の脚色をした上で簡単に説明した。自分たちがカブスと知り合った一件で、精霊獣ヴァンクと共に戦ったことを。

「もちろん中心になったのは精霊使いであるルーラです。これは私の勝手な推測ですが、その時のことをヴァンクは忘れることなく、自分の存在をルーラに纏わせたんでしょう。だからこそ、初めての土地、初めての精霊でもルーラは古くから住んでいる精霊使いのように、精霊たちと心を通わせ、お願いを聞いてもらえた。

 人間社会で言えば、国王直筆の推薦文をもらったようなものです。たとえ別の国に行っても、実在する国の王が推薦しているとなれば、悪い扱いはされないでしょう」

「そうなの?」

 ただきょとんとしているルーラに、ベルダネウスは呆れて

「わかっているのか。精霊使いの強さが精霊に対する影響力だとするならば、ルーラ、今やお前は世界でも有数の精霊使いになったんだぞ」

「確かに……ヴァンクの加護を受けた精霊使いならば、どこの国でも破格の条件で雇い入れるでしょう」

「……関係ないわよ」

 周囲の視線を迷惑とばかりにルーラは

「みんながすごいっていうのは、精霊の力のことで、あたしの力じゃないもの。あたしたち精霊使いはただ精霊にお願いするだけ。ただの伝令よ。ザンと同じ」

「私と?」

「前に言ってなかった? すごいのは自分が扱う品々で自分じゃない。自分は品を作り手から買い手に移動させて手数料を取るだけだって。あたしもそう。人の望みを精霊たちに伝えて聞いてもらうだけ。それのどこがすごいのよ」

 真顔のルーラにベルダネウスは一瞬、唖然とし、笑い出した。だが、その力は弱い。

「確かにそうだ。しかし、私たちが動くから人は望みや欲を満たせるんだ。あまり謙遜するのもどうかと思うぞ」

 そう言うベルダネウスの顔が一瞬硬直したのをルーラは見逃さなかった。

「それよりルーラ、そこの階段は使えるか?」

 中庭に続く階段への扉は、先ほどの揺れで外れて倒れていた。

 ルーラがのぞくと、上に光が見える。

「階段が使えるかわからないけど、光が見えるわ。出入り口が崩れたか開いているかしたんだと思う」

「よし、ジェンヌさんを連れて地上に戻れ」

「でも」

 見ればベルダネウスもロジックもスケイルも負傷している。特にロジックはすぐに治療しないと命にかかわりそうなのは素人目にもわかる。ベルダネウスだって、あの爆発で天井や床にたたきつけられたのだ。声にこそ力はあるが無事のはずがない。

「ロジックさんは下手に動かせない。バルボケットさんに来てもらうんだ。コカネの葉もだ。なかったら馬車からもってこい」

 コカネの葉は精神を麻痺させて痛みを緩和する効果がある。麻薬の一種とされているが、鎮痛作用の高さから薬草として用いる人も多い。基本、麻薬を扱わないベルダネウスでさえ非常用として常備している。

 そうしてくれとばかりにロジックも頷いた。

「わかったわ。すぐに戻るから」

「いや、地下に降りるのはセバスさん達に任せてお前は地上に残れ。レミレさんやモームを手伝うんだ」

「けど」

「命令だ」

 見返すベルダネウスの目に、ルーラは無言で頷いた。

 ジェンヌの手を取り、中庭に続く階段を上がっていく。何カ所か崩れてはいたが、特に問題なく上っていける。

「いいの?」

 ジェンヌが上りながら聞いた。

「ザンが命令という時は、かならずそうしなければいけない理由があるのよ」

「理由……」

 中庭に出る扉は歪んでおり、外の光が差し込んでいる。幸いなことにその隙間は広く、二人は少し苦労したがすり抜けることが出来た。

 日の光が二人を照らした。

「な、何これ!?」

 花壇越しに別荘を見た二人は唖然とした。二階部分がスケイルとベルダネウスの部屋のがあった南西部を中心に半壊している。一部は燃えた跡もある。

 爆薬が使われたことを知ってはいたが、やはり実際にその爪痕を見ると衝撃的だった。

「そうだわ。地下であれだけ振動が来たんだから……」

「みんなは無事なの?」

 とにかく別荘に行こうと進む足はすぐに止まる。迷路を構成していた花壇が崩れ、通路を塞いでいる。

「精霊に頼んで道を空けられない?」

「今、大地の精霊はここが崩れるのを支えてもらっているから。ちょっと待ってください」

 ルーラは思いっきり口笛を吹いた。つづけて三回。

「何をしているの?」

 ジェンヌの疑問に答えるように、激しく何かが崩れる音がした。それが次第に近づいてくる。

「な、何なの?」

 引きつるジェンヌの目の前の花壇が突き倒されるように崩れ、巨大な黒い毛の塊が現れた。

「グラッシェ!」

 毛の塊に駆け寄り、前の毛を掻き分ける。中から人なつっこそうな馬の顔が現れ、ルーラの顔を舐めた。

「あなたが力持ちで助かったわ。もう少し道を広げてくれる」

 グラッシェは身を震わせると、今し方自分が倒した花壇を、さらに左右に押しやって道を広げる。荷物を満載したベルダネウスの馬車を一頭で引っ張っていくグラッシェにとってこの程度の花壇を崩して道を作るなど造作もないことだ。ましてやグラッシェはここに来てからほとんど馬小屋につながれっぱなし、たまに庭を歩く程度だ。久しぶりに思いっきり体を動かせるというので張り切っている。

「もしかして、これは設備を壊したとかでザンが失格になるなんてことは」

「大丈夫。私が説明するから」

 こうして花壇を倒して出来た通路を遠って、ルーラ達は別荘に戻った。

 花壇越しに見るより別荘の被害は大きかった。塔はほとんど無傷だが、別荘は二階部分が半壊、特にオビヨンとスケイルの部屋は粉々と言って良かった。

「ジェンヌ様、エルティース様。ご無事でよかった」

 半泣きのモームが駆け寄り、ルーラに抱きついた。

「心配かけてごめんなさい。他のみんなは?」

「ヨロメイさんが刺されて大変なんです。バルボケット様が治癒魔導をかけています。戻ってこられたのはお二人だけですか? 他の人達は?」

「地下でみんなが治療を待ってる。ロジックが重傷よ。ザンと兄様も負傷しているわ」

 モームが真っ青になった。

「そんな、もう嫌です。何人傷つけば終わるんですかぁ」

 泣き崩れるモームに、シーツを抱えたレミレが別荘から顔を出し

「モーム、泣き言は後になさい。ジェンヌ様、みなさんコレクションルームに集まっています」

 コレクションルームは装飾品が倒れ、壁に飾られていた剣や絵画はほとんど床に落ちていた。しかし床が分厚い絨毯のせいか、壊れたものはほとんどなかった。それらはまとめて部屋の隅に置かれていた。

 暖炉には火が焚かれ、ソファにはヨロメイが横になっており、バルボケットが治癒魔導をかけている。

「二人とも、無事だったか」

 さすがのオビヨンもほっとした顔を見せた。

 今は彼らもルーラも説明している時間は無い。とにかく、地下でベルダネウス達がバルボケットと薬を待っていることを伝える。

「わかりました。でも、コカネの葉はありません。お持ちのを分けてください」

 肩で息をしながらバルボケットが青白い顔で答える。不慣れな治癒魔導を使い続けて、かなりの魔力を消耗しているようだ。

「ところでセバスは?」

 見回しながらジェンヌが聞いた。

「ヒュートロン様を追って地下砦に入りました」

「どうしてヒュートロンが地下に?」

「グランディスの子供達がみんな地下砦に集まっている以上、ゼクスもそこに現れる可能性が高いと。どうもゼクスに何か聞きたいことがあるようでしたが」

「カリーナの事かしら?」

「他に思い当たらぬな」

「とにかく、あたしはバルボケットさんと一緒にザンのところに戻ります」

 コカネの葉を馬車に取りに行こうとするルーラをオビヨンが止めた。

「待て。セバスがいない以上、エルティースにはここに残ってもらわねば困る。ゼクスが来た時、相手が出来る者がいない」

「私が一人で行けって言うんですか?!」

 バルボケットの足が震えだした。

「階段を降りたらすぐの場所だ」

「そういうことじゃなくて」

 震えの止まらない彼を前にジェンヌは、

「エルテイースも一緒に戻って。私たちのことはかまわないわ」

「良いんですか?」

「今、一番助けを必要としているのは地下の男達よ。ならば、助ける力を持つあなたたちはそこへ行くべきだわ。大丈夫、私たちだって、身を守るぐらい出来るわ。これ、もうしばらく借りるわね」

 小剣を軽く振って見せるジェンヌの息は荒かった。気を張ってはいるが、彼女は病み上がりなのだ。

 返事に迷いを見せたルーラだが、すぐに背筋を伸ばし

「わかりました。出来るだけ早く戻ってきます。グラッシェ、ここに残ってみんなを守って」

 任せとけとばかりにグラッシェが鳴いた。


 地下砦。ルーラがいなくなるのに合わせて光の精霊も照らすのを止めたため、明かりと言えば彼女が出て行く前につけたランプだけだ。精霊の光に比べたら少々心許ない。

 ルーラたちの階段を上がる足音が聞こえなくなると、途端、周囲は静かになる。時折、ロジックの苦しげなうめき声が聞こえるだけだ。

 ベルダネウスがおもむろに口を開いた。

「スケイルさん、動けますか?」

 一応は。と答えかけたスケイルは口をつぐんだ。気のせいか、ベルダネウスが首を横に振ったように見えたのだ。

「……駄目だ。崩れた岩かなんかで打ったのか知らないが、痛くて動けない……」

「私もです」

「口調だけはしっかりしているな。だが、爆発で叩きつけられた分、君は私よりひどいはずだ。まったく、無茶をする」

「あそこでルーラが倒れたら、みんな生き埋めですよ。それに、まだ無茶は続けないといけません」

 ベルダネウスは通路の一つに目を向けた。ぎこちなく腰にとめてあった鞭を手にし

「そろそろ出てきたらどうだ」

 大きく肩で息をしながら立ち上がった。

 鞭を構える。が、額には真夏のような汗が流れ、明らかに無理をしているのが解る。

 スケイルとロジックがベルダネウスの見つめる通路を警戒の目を向けると

「なんだ。知ってたんならエルティースのいる時に言えば良かったのに」

 暗がりからフェリックスが出てきた。

「恥知らずのことがあるからな。女性がいなくなるまではじっとしてもらいたかっただけだ」

「安心しな。もうねえよ。それに、お前らにとどめを刺す方が大事だ」

 そういう彼の腕には錆びた小剣が握られていた。


(続く)


 次回更新「六日目、クズたちの死闘」

 フェリックスとの戦いの中、ゼクスが乱入する。

 ベルダネウスとフェリックスのタイマン勝負。

 フェリックスは自分を狙うベルダネウスの執念に驚き、その理由に気づく。

 そして、死体が二つ増える。


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