【11・三~四日目、解雇と契約】
「あたしも一緒にいけばよかった!」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったモームが顔をサラの体に押しつけた。
地下砦三階と四階を結ぶ階段、その下にサラは冷たくなって転がっていた。朝になっても姿の見えないサラを心配したモームを見て、忙しい彼女たちに代わってルーラたちが手分けして地下砦を探したところ、彼女の死体を発見したのである。
さすがに彼女の死は別荘にいる者達にも大きなニュースとなり、ほぼ全員が朝食を後回しにして集まってきた。現場は暗いが、ルーラが光の精霊に照らしてもらっているので昼間のように明るい。
「後頭部に傷があるわ」
サラの頭を調べたルーラが同意を求めるように傷をベルダネウスとセバスに見せる。死体に慣れているということで、自然と死体確認はこの三人が行うようになった。慣れているどころでは無い、ベルダネウスとルーラはこれまでに人を殺したことがある。セバスも口にはしないが、グランディスを巡るトラブルを処理する際、人を殺したことがあるだろうというのが皆の共通認識だった。
「夜中に探索中、階段を踏み外して頭を打ったように見えますね」
「それにしては血の跡がないけれど。この傷から見て、結構な量の血が出たと思う」
辺りを見回しても血の付いた石だの段差だのは見当たらない。
「頭を打ったのがこことは限らないのでは。頭を打ったもののたいしたことは無いと思って探索を続けましたが、ここまで来て足がふらつき転倒、そのまま亡くなった……というのは?」
「可能性は低いというより、ないと思います」
ベルダネウスはセバスの意見に首を振った。
「見てください。彼女の両手に血の汚れはありません。服にも血を拭いたような跡はない」
「なるほど」
納得する三人に、カーレが理由を尋ねた。ルーラが答える代わりに質問を返す。
「みなさん、頭を何かにぶつけた時、どんな行動を取りますか?」
皆がその時の状況を自分に当てはめてみた。何人かが顔をしかめてぶつけたと仮定した頭の部分に手をやり
「なるほど」
と頷いた。
「そういうことです。誰でも頭をぶつけて意思があれば、ぶつけたところに手をやります。当然手には血が付く。目の前に水があれば良いですが、でなければ手近なもの……汚れても良いと着てきた服で手を拭くでしょう。洗ってもその後で手を拭くでしょう。探索を続けるほど意識があれば、その後も度々手を当てるでしょうし、そもそもまず手当のために戻るのが普通です」
「確かにそうですね。でも、それだとどういう事になるんです?」
モームの言葉に、答えにくそうなルーラに代わってベルダネウスが口を開いた。
「サラさんは頭を打った場所から何者かによって、この場所に移動させられたんです。階段からの転落事故に見せかけるために」
その場の空気が震えたのは、冬の朝の冷たさが原因ではなかった。
「それは、サラは事故死ではなくて誰かに殺されたということ?」
「わかりません。彼女が事故で死んだのを見つけた人が、何らかの理由で彼女の遺体をここに移したのかも知れない。念のためお伺いします。皆さんの中で、サラさんを殺し、死体を移動させた人はいませんか?」
ベルダネウスの質問に、手を上げる人はいなかった。
「故意に殺したとは言いません。何らかの事故で彼女が転倒するなどして、頭を打って死んでしまったという可能性もありますから」
やはり誰も名乗りを上げなかった。
「いたとしても自首するはずないだろう」
「はずがないという理由で何もしないのはただの怠慢よ」
ジェンヌの言葉にベルダネウスが頷いた。
「それより、これからどうしましょう。まさか遺体はこのままというわけにはいかないでしょうが、現場保存という点では」
確かにとオビヨンはサラの遺体を見下ろし
「現場を全員で充分観察、記録した上で遺体は別荘に移そう。バルボケットに冷凍魔導をかけてもらう」
「ええっ」
バルボケットが尻込みした。
「何ビビってんだよ。死体を冷凍保存するのがあんたの仕事だろう。もともと親父の死体を保存するために呼ばれたんだから」
「最初に理由を聞かされていたら断っていましたよ」
一同が現場を見、カーレ達が現場の様子を紙に書き記していく。
元は介護室だったらしい部屋に担架があったので、それにサラの遺体を乗せる。
皆が尻込みする中、ベルダネウスとルーラが担架をかついで上がっていく。ロジックも手伝うと手を伸ばした。
辛気くさいのは嫌だとフェリックスが崖の穴、石弩の台座のある場所へと逃げるように移動した。
「やだねぇ、朝飯前だってのに」
潮風に吹かれて身を震わせる。遺産が絡んでなければ、さっさとファズに戻りたかった。
「よりによって若い女を殺すとは……どうせ殺すなら男にして欲しいね。俺以外の」
何気なく下を見ると、激しい波が岩場にぶつかっては白い泡となっては消えていく。粟の中に時々白みがかったゴツゴツしたものが見えるのは潮トカゲの皮膚だろうか。
視線を横に流した彼はそれを見つけた。
「おい。ちょっと誰か」
「どうした?」
やってきたスケイルが彼の指さす先を見て
「あれは?! 昨日、探索した時には無かったぞ」
眼下、船着き場近くの岩場に、一艘の小舟が浮かんでいた。流れないように岩にロープを巻き付け、小船の上には物珍しげな様子で潮トカゲがうろついていた。
「ゼクスが戻ってきた……」
一同がその結論に達するのに、さして時間はかからなかった。
「サラさんは運が悪かった。ちょうど戻ってきたゼクスと鉢合わせしたんだ。自分が戻ってきたことを知られたくないゼクスは彼女の口を封じて、事故死に見せかけた」
「工作が下手なせいですぐにバレたけどな」
「奴の目的は何だ」
「最初の言葉通り、私たちの皆殺しかしらね」
「父の遺体を切り刻んで気が晴れたんじゃないのか!」
「知らねえよ。本人に聞け」
参加者達が苛立つ中、ヒュートロンがそっとベルダネウスに近づいてきた。
「あの、ゼクスというのは先日聞きましたグランディス様を恨んでいるという」
「ええ。グランディスさん本人だけでは飽き足らず、子供達も不幸にしてやると書き殴っていた男ですよ」
「でも、彼にとってはカリーナ達は会ったこともないはずです。憎い男の子供達と言うだけで、そこまで出来るのでしょうか?」
「復讐は損得じゃないんです」
ルーラが力をこもった言葉で断言する。
「その通りです。復讐とか恨みというのは、本人にとっては命に替えてもやるしかないものであり、部外者にとってはこれ以上ないほど無意味なものです。部外者が何を言っても、本人にとっては何も知らない連中がきれい事を言っているようにしか聞こえませんよ」
ベルダネウスの言葉にルーラが頷く。この時の二人の顔は真剣そのものであり、ヒュートロンはこれ以上聞くのをやめた。
「とにかく、今のところはゼクスが戻ってきて、その途中遭遇したサラを殺した。ただ、私たちに警戒を起こさせたくないので事故に見せかけた。と考えていいのかな」
「いいんじゃねえの」
「とにかく、そんな奴を野放しにして良いはずがない。もう一度地下砦を徹底的に調べよう!」
ロジックの言葉にはいつになく力がこもっていた。その勢いにフェリックスはきょとんとなり
「お前がそんなこと言うなんて、熱でもあるのか? いつもだったら殺される奴がまぬけなんだって笑うくせに」
「ぼ、僕だって、実際に人が殺されるのを目の当たりにすれば……」
急に口ごもると、様子をうかがうようにルーラをちらと見る。その様子に
「はいはい、気になる女の子の前では格好つけたいよな。わかるわかる。でもよ、実力の無い奴が格好つけても逆効果だぜ」
「何だと!?」
睨み合う二人の間にスケイルが割って入った。
「落ち着けロジック、私たちがすべきことはさっきお前が言った通り、ゼクスを探し出すことだ」
「けど簡単じゃ無いでしょうね」
ジェンヌが言った。
「今でも彼が地下砦にいるとは限らない。特にサラを殺してしまった今となってはかなり用心しているはずよ。この別荘のどこかに潜んでいるかも知れないし、周りの森に隠れているかも知れない。私たちと違って、彼は敷地に留まらなければならないというルールがないんだから」
「ゼクスがこのゲームのことを知っているのか?」
「ルールの写しが一部無くなっているのを忘れたの。彼がここに来たということは、ある程度の情報はつかんでいるはずよ。そして父様の死と遺産を巡るゲームのルール。ここで何が行われているか見当はつけられるんじゃ無くて」
「詳しいことは知りませんが、彼はボーンヘッド家の資産をいくらか要求していたようです。その資産を手に入れられるためのゲームが行われ、自分はのけ者……そして彼は子供達にも不幸をという言葉を残している」
ベルダネウスの言葉に、みんな考えた答えは同じらしい。そろって肩をすくめ
「僕たちを皆殺しにするつもりか」
「彼が丸一日姿を見せなかったのも、必要な道具を揃えるためだったかもしれません。お金はグランディスさんがわたしていましたし」
皆が一斉にため息をついた。
「連絡して衛士隊を呼べば良いんです」
カリーナが提案した。
「いえ、いっそのことゲームを中止にしてみんなでファズに帰れば良いんです。町の中ならゼクスだって下手な真似は出来ないし、衛士隊だっています。諦めて立ち去るか、衛士隊に捕まるかです。どうしてもゲームがしたいというなら、その後で再開したら良いんです」
彼女の提案は至極もっともに聞こえた。しかし、
「それはできない」
オビヨンがきっぱりと言い放った。
「このゲームは一度中断したら再開は出来ない。ある程度の異変、障害の発生は覚悟の上だ」
「ある程度って、人が殺されているのよ!」
「サラの遺族には充分な手当を出す」
「お金の問題じゃないでしょ!」
「どうして中断は出来ないんだい? カリーナの意見はもっともだと俺は思うけど」
フェリックスが説明を求める顔をした。
「理由は想像つきますけどね」
答えたのはベルダネウスだった。
「この別荘自体、今回のゲームのために作られたと言っても良い。サラさんは言ってました。いろいろな仕掛けがあるみたいだって。当然、作るのを手がけた職人は五人や十人じゃないでしょう。その人達は口封じでもされていない限り、生きている。
ゲームを中断すれば、みなさんは人脈と財力を使ってその人達を見つけ出し、別荘のどこにどんな仕掛けを作ったのか聞き出そうとするでしょう。もちろん彼らは口止めされているはずですが、依頼したグランディスさんは既に亡くなっている。口を開く人もいるかも知れない。審判役としてはそれを恐れているんでしょう」
「その通りです。みなさんを敷地の中に止めておく最大の理由は、外部からの情報を遮断することです。職人を吐かせて鍵のありかを突き止めるというのは許されない方法です」
トラブルが生じた時のことは、審判達で既にある程度決めていたのだろう。ヨロメイの言葉に揺らぎはなかった。
「まいったね……尊敬するよ、あんたら。俺、そんな方法考えもしなかった」
「今はです。実際に延期してファズに戻れば、みなさんはその機会を最大限生かす方法を考えるでしょう」
ヨロメイの言いようにスケイルが薄笑いを浮かべた。既に彼はそれを考えついていたらしい。
「どうしてもというならば、一つ方法はあります。皆様全員が鍵を見つける権利を放棄するのです。そうすればこの場でゲームは終了、みなさんはファズに戻ることが出来ます。その場合、遺産の分配は誰も鍵が見つけられなかった場合に従うことになりますが」
「五十万ディルぽっちで追い出されるの? やだよ俺」
「その五十万ディルもありません。権利放棄となりますから、一ディルたりとも遺産を手にすることは出来ません」
「そういえばベルダネウスが言ったわね。誰も見つけられなかった場合、国が一番得をするルールだって。怪しい奴がいるぐらいの不都合なら、気にせず続行を選ぶわね。
それに、サラがゼクスに殺されたっていうのは状況から考えて、私たちがそう考えていると言うだけで、それが正解だという証拠はないわ」
「別の答えがあるのか?」
「そうね……例えば夜、サラが一人で地下砦に行ったことを知って良からぬことを企んだ誰かさんが、無理矢理彼女に関係を迫って、その最中に殴るか、彼女が転倒するかして死んでしまった。慌ててその人は事故に見せかけようとしたっていうのはどうかしら?」
誰かさんとして言わないが、それがフェリックスを差しているのは明らかだ。
「やめてください、姉さん」
半泣きのカリーナがわめいた。
「これで身内まで信用できなくなったらどうなるんですか?!」
「ごめんなさい」
謝るようにジェンヌがカリーナを抱きしめた。
フェリックスが頭をかきむしって笑い出した。
「まいったね。なんてぇルールだ。逃げるなら一ディルもなしでってことか」
「もうひとつ方法はあります。誰かが鍵を見つければその時点でゲームは終了となります」
そうカーレに言われても、皆は肩をすくめるだけだ。
「それができればさっさと終わらせてるよ」
「そうだな。もう少し確認を取りたかったが」
スケイルは軽く右手を挙げ。
「二回目の鍵の発見宣言をさせてもらう」
「私が調べたところ、この別荘の敷地内には父の胸像が全部で二十四ある。それらにはある特徴が見られる」
スケイルは先日、皆に配られた別荘の図面を広げた。それには胸像の位置が印され、そのひとつひとつから矢印が延びている。
「この矢印は胸像の向きだ。先日、この別荘において父が絵画や胸像の配置から向きまで指示していたと聞いて、調べてみた。他の参加者の部屋には入れないが、全員部屋の調度品の配置が同じである以上、私の部屋の胸像と同じ向きのはずだ。
見ての通り、胸像はみんな別の胸像を見ている。正面玄関の脇にある胸像は庭の花壇の西にある胸像を。その胸像は塔の二階にある胸像を」
「高さの違いは?」
「無視する。どうかとも思ったが、ここまで向きが結びついては高さは無意味としか思えない。そして塔二階の胸像は別荘二階、ジェンヌの部屋の胸像を見て……」
スケイルは胸像の視線に合わせて指を動かしていく。確かに、それは次々と別荘内の胸像をたどっていく。
「つまり各胸像を視線の紐で結ぶと一つの輪になる……はずだが、ひとつだけ他の胸像を見ていないものがある。庭の花壇中央にある像だ。これは別荘の正門をまっすぐ見据えているが、そこには胸像はない。
私は最初、地下砦の正門の下に位置するところに胸像があるのかと思ったがなかった。だとするとどういうことか。他の胸像を見据えていない胸像がある以上、逆にどの胸像にも見られていない胸像があると言うこと」
「つまり、胸像の向きを変えて、視線の輪を作るということですか」
「その通り。どの胸像からも見つめられていない胸像。それは最初に言った、別荘玄関脇の胸像だ。花壇中央の胸像を動かし、玄関脇の胸像を見据えさせる」
一同は別荘を出て、中央庭の花壇に入った。
「仕事が一方通行となることはない。金と商品のやりとりのように、こちらが受け取るものがある以上、相手に支払うものがある。お互いのやりとりで終わる時もあれば、いくつかの相手を通じる時もある。言えるのは、どんな仕事も、みんな輪になって成り立っていると言うことだ。
だからこそ、鍵は父の意思、父の見ているものが途切れているのを直し、一つの輪にすることで見つけられる」
迷路になっている花壇を抜け、中央の噴水までたどり着く。冬の風が噴水を通り抜け、さらに冷たくなって一同を撫でていく。たまらず何人かが身を震わせて服の衿を寄せた。何人かが空を見る。何やら雲行きが怪しくなってきた。
噴水の中央ではグランディスの胸像がまっすぐ正門を向いている。
「これを回して玄関脇の胸像に向けさせる」
スケイルはズボンが濡れるのもかまわず噴水に入ると、彫像を抱きかかえるように手を回した。
顔を真っ赤にして力を入れると、胸像の台座、水が吹き出ている少し上の辺りがずずっと回り始める。
「動いた」
一同から声が上がった。
「当たり前だ。ここが動くことは確かめてある」
噴き出す水で下半身をずぶ濡れにしながら、スケイルが少しずつ、少しずつ胸像の台座を回していく。時折振り向いては向きを確認していく。
「手伝います。私が回しますからスケイルさんは向きの指示を」
ベルダネウスが腕をまくって噴水に入った。あたしもとルーラも入る。
スケイルの指示で二人が胸像を回していくと、ちょうど玄関脇の胸像を見つめる位置で、ガタンと音がした。
何だろうと皆が顔を見合わせる。噴水の水が止まった。
低い音と共に胸像の胸のところがゆっくりと開く。
「やっぱり」
スケイルが開いた胸の中を見ると、そこには一本の鍵があった。
「これだ」
カーレが箱を持ってくると彼は静かに鍵穴にその鍵を差し込んだ。それは静かに奥まで差し込まれ……
「……回らない」
まさかとばかりにスケイルが何度も鍵を回すが、先日のロジックと同じく鍵は回る気配はない。
「スケイル様、二回目の失敗」
オビヨンが言い放った。
スケイルは鍵を引き抜くと、噴水の水に叩きつけ
「偽物を隠すのに、こんな仕掛けを作るな!」
胸像を激しく睨み付けた。
「悪趣味だ」
さすがに呆れてベルダネウスが天を仰いだ。
昼が過ぎ、ゲームは四日目に入った。
「このままじゃ雪になるかもね」
「レミレさんの話では、このあたりはあまり雪は降らないそうだ」
別荘のベルダネウスの部屋。外は急激に寒さを増し、風も強くなってきたが、部屋の中は炭火ストーブのせいで暖かい。事前の準備をしっかりしているおかげで、水や食料、炭が途切れる心配はない。
「ザンはゼクスがこの別荘にいると思うの?」
「いるのならばこの寒さはこたえるだろう。少なくとも風をしのぎ、暖を取れる場所にいるはずだ。別荘でないとすれば塔か地下砦、敷地の外にいるとしても火を燃やせる場所だろう。ローテムの宿屋かもしれない」
「そっか。宿屋にしてみれば、事情を知らなければゼクスはただのお客様だもんね。問い合わせようにも、あたしたちは敷地内から出られないし」
とは言ったものの、ルーラ自身、その可能性は低いと思った。参加者は出られなくても他の人達が、例えば審判の誰かやセバスが様子を見に来る可能性はあるのだ。それに、彼が別荘にいる人達を狙っているのならば、中の様子がうかがえる場所にいる可能性の方が高い。
「可能性だけならこの別荘にいる誰かが彼をかくまっているというのもありだ」
「やめてよ」
「冗談だ。グランディスさんもメイドや役人の人選にあたり、私たちよりもずっと確かな身元調査をしたはずだ。ゼクスとつながりがあるような人物なら採用はしないさ。それよりも、前に言った私の説が正しいならば、鍵発見の予定を早めるかも知れない」
「あの、このゲーム事態が特定の参加者を勝たせるためのものだってやつ?」
「そうだ。オビヨンさん達にとっては、勝者になるはずの参加者がゼクスに殺されては大変だからな。早ければ、明日にでも鍵が発見されるかも知れない。スケイルさんとロジック君はすでに二回宣言しているしな」
そこへドアがノックされた。
「ベルダネウス様。おられますか、セバスです。オビヨン様もご一緒です」
ドアが開かれ二人が中に入る。ルーラの姿を認めた二人は
「エルティース様もご一緒でしたか。ならば好都合です」
勧められるがままに腰を下ろした二人は、前置きなしで本題に入る。
「ゼクスという不穏なものへの対策として、おふたりの力をお借りしたい。ここにいるセバスは気づいているだろうが、グランディスの護衛も兼ねていた。だから今回もゼクスに対する参加者の護衛を任せようとしたのだが、サラを襲ったのが予定外としても、奴の狙いはグランディスの実子五人。しかも五人は鍵を探すためバラバラに動いている」
「とてもではありませんが、私一人では守り切れません。対象の人数も問題ですが、私も人間。食事もすれば睡眠も取ります。起きていても用足しに出ることもございます。休息も必要です。護衛以外の仕事もあります。それで、エルティース様にお手伝いをお願いしたいのです」
「あたしに?」
「エルティース様は護衛を仕事としております。それに、今の仕事に就く前は衛士として働いておりました。このような状況下で力を借りるには最も適任かと」
「でも、あたしはザンと契約しています」
「わかっている。だからこうしてベルダネウスに許可を取りに来た。ゲーム終了まで彼女との契約を一時凍結してもらう」
「勝手に決めないでください! あたしはザンの護衛兼使用人です」
「状況が状況だ。仕方ないだろう」
ベルダネウスはあっさりと承認した。自分抜きに話が進むのにルーラは不満だったが、強情を張り続ける意味はないと考えたのか
「……わかりました。けど、別にこの仕事に対する給金は出るんでしょうね。あと、契約内容の変更に伴う違約金も」
と折れた。ベルダネウスは部屋の紙を取ると簡単ながら契約書を作る。彼もこの申し出には不満があったのか、それとも有利な条件で契約できるチャンスとみたのか、提示したルーラの給金もは相場よりもかなり高く、二人に支払われる違約金に至っては、決めておいた額の三倍だ。
(こういうときのザンって、容赦ないというか、えげつないのよね)
出来た契約書にサインしながら、ルーラは苦笑いした。彼女も仕事として受ける以上、もらうべきものはもらうつもりでいたが、あくまで相場の範囲のつもりだった。
「けど、あたしが加わってもセバスさんと二人だけじゃ限界があります。それは忘れないでください」
「見張りぐらいなら我々審判にも出来る。参加者自身も気をつけるだろうし」
「でも、鍵探しに出る時はバラバラなんでしょ」
「私たち審判三人とセバス、君を入れれば五人だ。参加者一人と組になれる。ベルダネウスはグランディスの子ではないし、自分の身ぐらいは自分で守れるだろうから特に護衛は必要あるまい」
「はいはい」
頭の中で別荘の敷地を図面に起こしながらルーラは何かいい手はないかと考えた。
地下砦を含む別荘は、狭いようでいざ守るとなれば広かった。
ルーラが別荘と参加者を守る任務に就いたことは、その日の夕食の際に皆に知らされた。
「今後、彼女から指示を受けた場合は可能な限り従うことだ」
「鍵探しのこともありますから、皆さんの動きを制限する真似は出来ればしたくありません。しかし事情が事情です。いざとなれば実力行使もします」
参加者達を見回しルーラは言い放つ。少なくとも、自分にそれだけの権限があることを皆に知らせなければならない。
「まずは地下砦への出入り口を夜の間封鎖します。こちらから鍵はかけられないつくりなので、棚などを移動させて扉が開かないようにするか、蓋をします」
「その気になれば出入りは出来るでしょう。私たちと違って敷地の外を自由に行き来できるんだから」
ジェンヌの疑問にルーラは
「それでも、気軽な移動手段を奪うだけで牽制になります。ロジックさんが最初に入ったように崖の外を進むにしても、夜の間は向こうも躊躇するでしょうし。夜は別荘から出ないで、特に参加者の皆さんは自室にいる際は鍵をかけるのを忘れないでください」
「厳しい……いや、対して変わらないか。ましてや外がこれだ」
スケイルが風に揺れる窓を見た。空は雲が覆い始め月光を遮っているため、更に闇の濃さが増している。ジェンヌが身震いした。
「あの、参加者は良いですけどあたしたちはどうなるんでしょう。部屋に鍵はないんです」
モームが手を上げた。同じメイドであるサラが犠牲者となったせいか、顔色が悪い。自分たちが守る対象に入っていないのは不安なのだろう。
「できれば皆さん寝泊まりは二階の部屋でお願いします。そうすれば廊下にいるだけで部屋を見張れます」
「ゼクスが誰を狙おうと、廊下を通るしかないわけだからな」
「窓から侵入したら?」
「鍵をかけておくしかないだろう。二階だし」
「用足しは? 参加者の皆さんは部屋にトイレが備えつけられているけれど、私どもは」
「私の部屋のを使ってください。ドアは開けっ放しにしておきます」
ベルダネウスが言った。
最終的に一階に部屋のあるレミレとモームはルーラの、ヒュートロンはバルボケットの部屋で寝ることになった。
「明日になったら敷地を出て周囲の探索をします」
「それは駄目だ」
オビヨンが異議を唱えた。
「エルティースは一時的に契約を破棄されているとはいえ、ベルダネウスと密接な関係にある。その君が敷地の外に出て情報を得るとなれば、他の参加者達と不公平が生じる」
「こんなときでも厳密にルールを適用するかね」
「それがルールだ。敷地の外を調べるのならば、私ども審判役か、セバスがする」
「外に連絡して応援の衛士に来てもらうというのは。外を一回りするだけでも牽制になりますし、ゼクス本人は見つからなくても、彼が暖を取った後は見つかるかも知れません」
「その予定はない」
その強情っぷりにはルーラも呆れるしかなかった。
「まったく、審判というのは強情でないと勤まらないものだが、君たちのそれは呆れるを通り越して感心するよ。そこまでしてこのゲームを成立させたいのか」
紫茶のカップに手を伸ばし、口をつけようとしたスケイルの手が止まった。
「そういえば、食事については大丈夫なんだろうね。ゼクスが私たちを皆殺しにしようとするならば、食事に毒を入れるのが一番手っ取り早い」
一同がざわめいた。それに対しベルダネウスは落ち着いたままだ。
「少なくとも数日は大丈夫でしょう。ゼクスも、可能な限り関係ない者を殺すのは避けたいでしょうし。なかなか手が出せなくて焦り始めたら、どうかわかりませんが」
「既にサラを殺しているけど」
「ゼクスがそれをどう受け止めたかですね。もうこれ以上関係ない人は巻き込みたくないと考えるか、一人殺した以上、もうどうでも良いと考えるか。私は前者ととります」
「その根拠は?」
「サラさん以外にまだ犠牲者が出ていないからです。後者でしたら昨夜の内に別荘に忍び込んで、もう一人か二人殺しています。それをしないのは、事故に見せかけたのがうまくいったかどうか見極めるため。つまり出来ればこれ以上部外者を殺したくないと考えているからでしょう」
皆を安心させるようにベルダネウスは自分の紫茶を一気に飲んだ。
「人間がそう理屈通りに動いてばかりならいいねぇ」
薄笑いを浮かべてフェリックスも口をつける。
「毒についてはご安心を。きちんと味見はします。この場合は毒味になるんでしょうけど。……大丈夫ですか?」
ヒュートロンがカリーナを見た。彼女はモーム以上に真っ青で、今にも泣き崩れそうだった。
「もういや……帰りたい。なんで父さんのことであたし達が命を狙われなきゃならないの。なんでサラさんが殺されなきゃいけないの」
「私たちにとってはなんででも、ゼクスにとっては意味のあることなんだろう」
スケイルは大きく息をついた。口に出さないだけで、彼も又カリーナと同じ気持ちなのだろう。
「もう部屋に戻って休め。ヒュートロン、部屋まで連れて行ってあげてくれ」
「そのまま朝までベッドで暖めてやれよ」
フェリックスの言葉にヒュートロンが硬直して皆を見回した。
「何だ、お前さん、カリーナといい仲になっているのをバレてないとでも思ってたのか」
「それじゃあ、グランディス様にも」
「バレてたに決まってるだろう」
息を呑むヒュートロンに、スケイルは笑顔を向けた。
「父が何も言わなかったと言うことは、君たちの仲に反対でもなかったということだ。ゲームにおいても君に自分の店の開店資金を用意したぐらいだ。胸を張ってカリーナを妻にするんだな」
「ありがとうございます」
一礼すると、ヒュートロンはカリーナを連れて食堂を出て行った。
「あいつも物好きだね。あんな陰気な女、どこがいいんだか」
「フェリックスは女を見る目がないだけだ」
「兄貴と違ってね」
皮肉めいた言い方に、スケイルはフェリックスを睨み付けた。
ルーラは廊下の隅で、ランプに照らされたうす暗い廊下を見張っていた。うす暗いと言っても見通しは良く、ルーラの目なら隅をねずみが走っても見逃すことはない。夜通しの見張りも、衛士時代にいやというほど経験しているし、ベルダネウスの護衛になってからも、野営となれば見張りは彼女の役目だ。特にきついとは思わない。
火浣布でくるんだ焼いた石を懐に、誰もいない廊下を見つめる彼女の吐く息が白い。
(ゼクスの目的は何だろう? それによっては、説得できるかも知れない)
普段は考えるよりも体が動く彼女だが、さすがに一人での見張りとなると自然と考えるようになる。
衛士時代に対処した罪人の中には、憎い当人に手が出せないからその血縁者に恨みの矛先を向ける人はいた。しかし、今回は遺体とはいえ、グランディスを滅多刺しにしているのだ。その上でなおも子供達に向けるほど強い恨みだったのだろうか。
先ほどベルダネウスも言ったが、復讐というものは当人には命よりも重く、他人には綿毛よりも軽いものだ。こういう疑問自体、彼女が他人事としてゼクスの復讐を見ているせいかもしれない。
(子供達はみんなゼクスと財産を分けた後に生まれたんだよね。とすると……あれかなぁ)
あれというのは、恨みを晴らすのが目的ではなく、恨みを晴らすという行動自体が目的の場合だ。恨みを晴らそうとする行動の根源にあるのは、そうしなければ自分が自分でいられないという精神の不安だ。だとすると、過去の経験から説得はまず不可能だ。
(それに、彼は既にサラを殺している。もう後には引けないと思っているかも知れない。何才か知らないけど、人を殺した以上牢に入ったら生きて出られないかも知れないし)
サラを殺したことに考えが飛んで、ルーラはあることに気がついた。
(事故に見せかけるんだったら、どうして船着き場まで運ばなかったんだろう。潮トカゲが遺体をかじれば首を絞めた後なんて目立たないし。自分も襲われることを嫌ったのかな)
しかし、その考えはすぐに自ら否定した。下まで行かなくても、外へ通じる穴からサラの遺体を落とせばいい。
(何か中途半端なんだよね。そりゃあ、犯人がいつも冷静に最善の策を取るとは限らないけど)
実際、衛士時代に捕まえた罪人も、後で「どうしてこうしなかったのか」と聞くと、ほとんどが「考えもしなかった」「思いつかなかった」と言っていた。あるいは「そんなことはするだけ無駄」だと。
「最善の方法は、いつも終わった後に思いつく。事態の最中に思いついても、馬鹿げた考えとして一蹴されるもの」
というのは、当時の上司の談である。
セバスが自室から出てきた。ちょうど交代の時間だ。互いに目で挨拶をしたとき、二人の耳に何かが倒れる音がした。気のせいではない。何か重いものが倒れる音。
彼女が真っ先に思いついたのは、ゼクスが地下砦から別荘に入り、扉を塞いでいた棚を倒した音ではないかということだった。
「様子を見てきます」
後をセバスに任してルーラは階段を降りていく。地下砦への出入り口がある地下室に入ろうとした途端、
ひゅっ!
矢が飛んできて彼女が開けた扉に突き刺さった。ルーラは中に飛び込むと、グランディスとサラの遺体を乗せている台の陰に隠れた。彼女の体を冷たい空気が包み込む。保存しているバルボケットの冷気魔導のせいだ。
彼女の耳に地下砦を走る足音が微かに聞こえた。光の精霊に頼んで周囲を明かりに満たす。
地下砦への扉を塞いでいた棚が倒れ、扉も大きく開かれていた。しかし、ルーラ以外に生きている人の姿はない。
追いかけようかと一歩出たルーラだが思い直す。うっかり飛び込んで入れ違いになったらことだ。
そこへ鞭を手にしたベルダネウスが来た。
「ゼクスか?」
「わからない。追いかけるから、あたしが入ったら扉を閉めて」
「気をつけろ」
真剣に見据えるその目にルーラは怒ったような笑顔で答える。
「あたしを護衛として雇っていたくせにそんなこと言わないの。これでもあたしはプロなんだから」
「そうだな。すまなかった」
ルーラが地下砦に飛び込むとすぐベルダネウスは扉を閉め、その蓋にすべく棚を動かしはじめた。
扉が閉められ周囲に闇が広がっても、ルーラは光の精霊に周囲を照らすようには頼まなかった。却って自分の居場所を知らせることになる。
記憶を頼りに地下砦を駆け、明かりの差し込む崖穴にでた。そのまま海に向かってジャンプすると、風の精霊たちに沖まで運んでもらう。
振り返り、自分を包む冷たい風に震えながら、地下砦を見据えるとじっと目をこらす。
探すのは光だ。ゼクスがまだ地下砦にいるとしたら、動き回るのに光を必要としているはずだ。
しかしいくら目をこらしても光は見えない。よほど奥にいるのか、見つかるのを恐れて光を消しているのか。それとも、ルーラたちの知らない出入り口がまだあって、そこから脱出したのか。
外から光を探すのを諦めたルーラは、一番上の崖穴に降りると、懐から暖用の焼いた石を取り出した。
「お願い、力を貸して」
火浣布を開き、まだ赤く焼けた石に向けて精霊の槍の穂先を通じて語りかける。石に宿る微かな火の精霊にお願いする。
彼女のお願いを火の精霊は聞いてくれた。石から真っ赤な熱線が地下砦に向かって伸びると、壁際を明かり用のランプの高さで駆けていく。熱線が駆け抜けるとランプの芯に、皿の油に火が付き、燃えると共に周囲を照らす灯りを作り出す。
通路の奥へと消えた熱線はそのまま地下砦を駆け巡り、別の崖穴から外に出た。まるで寒さに震える人が温かい家に飛び込むように、ルーラの手にある焼け石に飛び込むように戻る。
「ありがとう」
笑顔でお礼を言うと、ルーラは精霊の槍を構えて地下砦の通路へと入っていく。壁際のランプが軒並み灯っているため、光の精霊の助けがなくても明るい。時々、灯し損ねたランプのあるのがご愛敬だ。それに、最初に飛び込んだ辺りはともかく、離れるにつれ熱線の位置がずれて灯っているランプが少なくなる。
(仕方ないか、砦の壁を走り回ってくれただけでも感謝しなくちゃ)
だが、その感謝も結果にはつながらない。彼女は地下砦の中にゼクスの姿を見つけ出すことは出来なかった。
「もしかして、崖をよじ登ったとか」
地下砦を飛び出すと、風の精霊に崖の上まで運んでもらう。崖によじ登った跡がないか注意してみると
「ちょっと。これまずいわ」
転落防止の柵にロープがぶら下がったままになっていた。ゲーム初日にロジックが降りる時に使ったやつだ。
急いでロープをたぐり、ほどいて別荘まで持っていく。セバスに報告しておかなければならない。
これを使ってゼクスが上がってきていないことを祈りながら。
幸いなことに、報告を受けてセバスたちが別荘内を一通り回ったが、ゼクスの姿は見つけられなかった。侵入すれば足跡ぐらいと床にも注意したが、それらしい靴跡などどこにもなかった。もっとも、靴を脱いだとすれば靴跡がなくても不思議ではない。
コレクションルームに皆が集まっていた。ゼクス襲撃の声を聞き、皆が一人でいるのを恐れてここに集まってきたのだ。
外からの攻撃を恐れ、カーテンと雨戸を閉めて窓際には誰も近づかないまま一同はルーラの報告を聞いていた。
「ようするに、あんたはゼクスを見つけられないままのこのこ戻ってきたわけだ。見つかるまで探そうって気はなかったのかな」
「相手の居場所が特定できないまま探し回るのは時間の無駄ですし、ゼクスの目的である皆さんを放っておくことにもなりますから」
スケイルはテーブルに置かれた矢をいじくり回している。
「念のために聞くが、この別荘に弓矢はあるか?」
「私どもが持ち込んだものは、それだけです」
とコレクションの一つを指さした。壁に弓と矢が飾られているが、矢の本数は減っていない。それに他のコレクション同様、欠けているところがある。矢に羽がついていないのだ。羽がないと矢は思うように飛ばないため、命中させるのは至難の業だ。もちろん、スケイルが手にしている矢には二本とも羽がついている。
「あとは地下砦に残されたものですが」
「違うな。この矢は新しい。ローテムには狩猟用の道具を売る店があるのか?」
「ローテムでなくても一日あれば近くの町まで行って戻れるわ。父様が渡したお金があるし、ゼクスに技術があれば自作もできる」
まいったねとばかりにフェリックスが天を仰いだ。
「飛び道具まであったんじゃ、うっかり外や窓際にも行けない。姉貴なんかずっと明かりをつけっぱなしだから外から狙われやすいんじゃないか」
「カーテンと雨戸をしっかり閉めるわ。二階だから窓から潜入してくる可能性は低いでしょうし」
言い切るジェンヌにベルダネウスは頷き
「今回のことで、ゼクスは私たちも用心していることを知ったでしょう。向こうも用心せざるを得ない。何しろ一人では一度追い詰められたらそれまでですからね。しかもゲームが終わったり中止になってファズに帰れば、皆さんを狙うのはより困難になる」
「焦って自滅か」
「自滅とまでは行かなくても、こちらがつけいる隙が出てくる可能性は大きいと思います。ひとつひとつ、ゼクスの動きを封じていけば捕まえることは出来なくても、諦めさせることは出来るかも知れない」
「ずいぶん気楽に言いますね。自分が対象じゃないからですか」
カリーナがベルダネウスを睨み付けた。
「狙われているのはあたし達なんですよ! あたし達とは関係のない父さんのことで。あたし達が生まれる前のことで!」
「私たちが関係がないとは言い切れないかもしれないな」
スケイルが言った。
「私たちが手に入れようとしている父の財産。これを正の財産とするならば、父の行いを恨み、狙ってくるゼクスは言わば負の財産だ。相続というのは正も負も受け継ぐもの。このゲームとゼクスはいっそのこと、一つのものとして考えた方が良いかもしれない」
「兄貴、そんな無理矢理くっつけなくても」
「理屈はともかく、カリーナのように怖がってばかりなのは僕はごめんだ」
ロジックがずいと皆の中央に出た。
「所詮は一人じゃないか。僕たちは十人以上いるんだぞ。怖がるのはむしろゼクスの方だ」
叫ぶようなその言葉は、皆に少しは元気を与えたらしい。とにかく、外から狙われないよう雨戸をしっかり閉めると打ち合わせた上で皆は自分の部屋に戻った。
スケイルがセバスを「話がある」と部屋に誘った。
ルーラは気になって、地下砦と通じる他の二つの出入り口を確かめた。塔の地下一階にある扉には別荘地下同様、棚を前に置いていたが動いた様子はなかった。花壇中央の噴水横の扉の前には、水を詰めた樽が置かれてある。重さから言えば一番だし、やはり動いた様子はなかった。
二階廊下橋の椅子に腰掛け、ルーラは見張りを続けた。途中、ヒュートロンに連れられてカリーナが階段を上がってきた。今までずっと話し合っていたのかと思い、何か声をかけようとしたがやめた。カリーナの目が泣きはらしたように赤くなっていたからだ。
軽く礼だけすると、二人はカリーナの部屋に歩いて行った。中まで付いていこうとするヒュートロンをカリーナは押し戻す。
「……頼むから、早まらないでくれ」
閉まる扉に、ヒュートロンがそう言うのが聞こえた。
「今まで下に?」
しょげた顔でバルボケットの部屋に戻ろうとした彼にルーラが声をかけた。
「コレクションルームで話をしていました。すっかりまいっている。申し訳ないですけど、彼女をゲームに参加するよう説得したベルダネウスさんを少し恨みますよ」
部屋に入る彼の背中に、ルーラは何も言えないでいた。
ルーラは見張りを続けた。途中、セバスと交代して二時間ほど仮眠を取り、再び見張りに戻る。
彼女は何も気がつかなかった……。
翌朝、それを見つけたのはヒュートロンだった。
朝食の準備のため、まだ日が昇り始めないうちに目覚めた彼は、見張りを続けていたルーラに挨拶、準備を手伝うレミレとモームと共に厨房に向かった。
途中、朝の空気で頭をシャンとしようとした彼は一人玄関を出た。冷たい空気がわずかに残っていた彼の眠気を吹き払う。
(こんな時だ。おいしいものを作って少しでもみんなを元気にしよう。まだ材料は充分あるし)
大きく深呼吸した彼はそれに気がついた。
別荘を囲むように作られた小さな花壇。小さいといってもヒュートロンの背丈ほどの幅があり、冬に咲く花が別荘の無機質な壁に彩りを添えている。
その花壇の中、東側の端に近いところに誰かがうつぶせに倒れている。その真上にある。二階の部屋の窓が開け放たれていた。カリーナの部屋だ。
思わず彼は駆けだした。倒れている人に駆け寄り体を起こすと、それは紛れもない、彼にとって一番大切な女性の顔だった。そして彼女の胸には紙の結ばれた一本の矢が深々と刺さっていた。
たまらず彼はカリーナを抱きしめた。彼女の体は、外の空気と同じぐらい冷たかった。
別荘に彼の絶叫が響き、何事かとレミレとモームが飛び出した。別荘の雨戸が次々と開き、カリーナを除く参加者達の顔が現れた。
風が吹き、矢に結ばれた紙がはためいた。
その紙には書き殴ったような字でこう書かれている。
『まず一人。これで終わると思うな。グランディスの罪は子であるお前たちの血で償うのだ』
(続く)
次回更新「四~五日目、動きは静かに、確実に」
ゲーム中止が選択肢の中で大きくなっていく。
ヒュートロンはカリーナ殺しに疑念を抱く。
不安の中、ベルダネウスとジェンヌは二人っきりで地下砦に赴き、鍵の在処について話し合う。
本性を現すフェリックスに、ゼクスの刃が迫る。




