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【10・二~三日目、惨劇前の宴】


 朝、日の光が塔を照らす。

 搭最上階の窓から明かり取りの窓を通ってお姫様の部屋に差し込んでくる。それを向かいの鏡が反射し、影の部分を照らす。

 影の中には別の鏡があり、再び反射して光が天井を照らした。

「やっぱり、あの小説の通りだ」

 照らされた天井を見上げたロジックがつぶやいた。昨日読んだ「勇者グランディスの冒険」 その中に決まった時間に窓から差し込む日の光を鏡が反射し、封印された伝説の武器の在処を示すというシーンがあった。

 その舞台がこの塔とそっくりなことに気がついた彼は、その問題の時刻、日の出の時間にこの塔で何が起こるかを確かめに来たのだ。そして小説と同じことが起こった。鏡によって反射された朝日は、天井に鏡の形の光を作り出していた。

「これは……?」

 天井に照らされた光の中に、「ラクラ」の文字が浮かんでいた。

 魔鏡。それぐらいはロジックも知っている。光を反射させると絵や文字がその光の中に浮かび上がる仕掛けのしてある鏡だ。

「ラクラ……というと、ラクラの木か?」

 ラクラは木目の美しさや適度な堅さから、彫り物用の木として用いられている。ロジックもそれぐらいは知っている。

「エルティースさんがいなくて良かった」

 考えが外れた時のことを考えて、彼は一人で来たのだった。

「これが答えだとすると、ラクラは敷地内にあるはずだ」

 窓から庭を見下ろす。中央の迷路を形作っている花壇、蔓に巻かれた塀にそって植えられた様々な庭木。門を挟むように立っている二本の木。

「……ラクラって、どれだ?」

 彼はラクラの名前は知っていても、それがどんな姿をしているのか知らなかった。ラクラだけではない。彼は敷地内の草木の名前を全くと言って良いほど知らなかった。名前は知っていても、それがどんな姿をしているのかを知らないのだ。

 おそらく門の両端にある木のどちらかだと思うが、まだ小さな状態で塀際に植えられているのかも知れない。

 塔をでて、敷地を回っていると

「おはようございます」

 グラッシェの世話をしているベルダネウスとルーラが声をかけてきた。

「おはよう。朝から大変だな」

 ベルダネウスを無視してルーラに笑顔を向ける。グラッシェが体を震わせるが、巨大な毛玉が震えているようにしか見えない。

 ロジックは少し迷ったが、思い切って

「エルティースは山育ちだったな。ラクラを知っているか?」

「彫り物によく使う木でしょ。あれ」

 門の東側の木を指さした。

「村では適当な大きさに切って、町に卸していましたよ。あたしも小さな頃、半端なものをナイフで削って彫り物作ってました。売り物になる出来ではありませんでしたけど」

 しかし、彼は最後まで彼女の言葉を聞かずにラクラの木に向かって走り出していた。地面を踏む度に地面の霜柱がサクサク音を立てる。

「これか?」

 ぐるりと根元を見回すと、すぐに真新しい掘り返した跡を見つけたのだ。

「スコップか何かないかな」

「勝手に掘り返すのはルール上ありなんですか?」

 ちゃっかり付いてきていたベルダネウスが口を出す。確かにルールでは敷地内のものを勝手に壊したりするのは禁じられている。片っ端から壊して鍵を探すのを防ぐためのルールならば、当然、勝手に地面を掘るのも禁止である。

「掘るのでしたら、鍵の発見宣言をしないと」

 ロジックは唇を噛んだ。苦労して掘り出しても、先日のようにまた偽物だったりしたら。しかし、小説の中に書いてある通りの見つけ方である以上、他の人が同じようにして見つけ出すかもしれない。

「よし、発見宣言をする!」

 さっそくオビヨン達が呼ばれ、宣言なしでの掘り返しがルール違反になることを確認、彼らの立ち会いの下でその場所が掘り返された。それほど深くないところに木箱が埋められており、それを開けると、

「何だこれは?」

 鍵は無く、紙が一枚二つ折りになって入っていた。

 開いてみるとただ一言「はずれ」とだけ書いてある。

「ロジック様、失敗二度目。次に間違えると失格となります」

 事務的に言うと、オビヨン達は掘り出された木箱を手に一礼して去って行った。

「鍵すら無いのか!」

 たまらずロジックがラクラを蹴飛ばした。

「グランディスさんも性格が悪い。よりによってはずれとは」

「性格が良ければこんなゲームをするものか!」

「落ち着いてよ。あと一回あるじゃない」

「あと一回しかないんだぞ」

「本物を見つける宣言は一回で十分ですよ」

 それに対して返事をすることなく、ロジックは別荘に戻っていく。

 脇の井戸まで行くと、汲んだ水を二度、三度と頭からかぶった。氷のような冷たさが、彼の頭を冷やしていった。

 息を整える彼の頭に乾いたタオルがふわりと被さった。ルーラが持ってきたのだ。。

「頭を冷やしたい気持ちはわかりますけど、風邪を引きますよ」

「……笑ったらどうだ?」

「おかしくないことは笑えません」

 その口調は少し怒っているようだった。

「あんな格好悪い姿をさらしたんたぞ」

「あれのどこが格好悪いんですか?」

 ルーラの代わりにベルダネウスが答えた。

「あなたはご自身で考え、その裏付けを取り、答えを出してそれが正解であることを立証しようとした。例えその答えが間違っていたとしても、その姿勢はけして格好悪いものではありませんよ」

「そうそう」

 頷くルーラに、ロジックは逃げるように別荘に入っていった。

 どうしようかと迷うルーラに

「気にするな。自分の答えが間違っていると気がついた時は、何かと気まずいものだ。放っておけ。そのうち自分で立ち直る。そうでしょう」

 最後の言葉は、別荘の陰に向けられた。

「気がついていたの?」

 陰からジェンヌが出てきた。

「地面に影が写っていましたから。それに白い息も微かに。……彼が気になりますか?」

「まぁね。似たもの同士だもの」

「似たものと言いますと?」

「没落貴族と滅びた王国、肩書きは違っても、母様が父様に近づいた理由は同じ。再興のためにボーンヘッド商会の財力を求めた。そのせいかしら、何度失敗してもあいつを見放せないのよ。出来の悪い弟は可愛いってことかしら」

 くすりと笑う彼女は、明らかにお節介好きの姉だった。


 三回まで宣言できるとなると、最初の一回はそれほど熟考はされないらしい。ロジック同様、「ぼやぼやして先を越されたら」とも考えたのだろうか、昼過ぎに、ゲーム三日目に突入してすぐにスケイルが発見宣言をした。


「別荘のあちこちに飾られた父の絵。サイズもポーズもいろいろだ。ついでに言えば描いた人も違う。そこそこ知られた有名人から、聞いたこともないような画家まで」

 食堂に飾られたグランディスの肖像画を前に、スケイルが説明している。聞き手は三人の審判と参加者達。

「おかげで出来もバラバラ。良いのもあればひどいのもある。これなんかひどい方だ。なんでこんな集め方をしたのか。世の中というのは良いものばかりで出来ているのではない。良いもの悪いもの、それらが混在する中で一見したところわからない宝を見つけ出す。仕事ではそれが大切だ」

「能書きは良いから早いところ説明してくれないかな」

 フェリックスが見せつけるように大きなあくびをした。

「この肖像画、見たところ出来は悪い。一見出来が悪いが、という類いのものではなく実際にひどい。しかし、よく見て欲しい。この絵、変だとは思わないか」

「合わせが逆ね」

 ジェンヌが答えた。

「この絵は鏡絵。父様を直接見て描いたのではなく、鏡に映った父様を描いたものよ」

「ご名答。ではなぜそんな絵になったか。答えはこれだ」

 絵の隅に小さく記された画家のサインを指さす。そこに記されている名は

「……グランディス・ボーンヘッド。父が自分で鏡を見ながら描いたものだ。改めて見ると、この絵にはもうひとつ奇妙なところがある。やたら厚いんだ。絵の具がね。絵の具を厚く塗って立体感を出す手法があるが、これがそうだとは思えない」

「絵の具で何かを埋めた」

 ベルダネウスの言葉にスケイルが拍手で返す。

「さすが。私もそう思った。父は生前、よく言っていたよ。相手の顔を見ろ、表情やちょっとした仕草を読め。心を直接見ることは出来ないが、それらを通じて予測は可能だ。それを見通すことは何にも増して強力な武器になるとね。父は自分の顔を探ることで鍵を見つけ出せと言いたかったんだ。それで分厚く塗ったところを見ると、ちょうど鍵が収まる大きさなんだ。というわけで」

 スケイルが小さなナイフを取り出し、絵の具の盛り上がった部分を削り出した。そこはちょうどグランディスの顔の部分で、絵の具をこそぎ落とす度にその顔が削られていく。

 手応えがあったのか、彼の顔に笑みが浮かぶ。力を入れてナイフを食い込ませ、持ち上げると絵の具の塊と共に細長い紙の包みが床に落ちた。

 拾い上げ、紙を開くと一本の鍵。

「これが答えだ」

 勝利を確信して用意された箱の鍵穴に鍵を入れようとするが、入らない。

「……太さが違う……」

 鍵が太く、鍵穴に入らないのだ。

「スケイル様、一度目の宣言は失敗」

 オビヨンが手帳を取り出し、スケイルの名前の後ろに×印を一つつけた。

「これで四回の失敗か」

 スケイルとジェンヌが一回。ロジックが二回。さすがにこのゲームが一筋縄ではいかないと皆が思い始めた。

「フェリックスさんとカリーナさんは発見宣言はまだ?」

「俺は無駄うちはしない主義でね」

「私は興味はありませんから。このまま何もせずに終えて、参加料だけもらって終わりにします」

 そんな二人の姿が不満なのか、スケイルは審判に対し

「別の参加者から、発見宣言を買い取ることは出来ないのか?」

「それは認められない。一人三回だ」

 オビヨンの答えは素っ気なかった。

「けれど、方法がないわけじゃないわ。自分の代わりに発見宣言をしてもらって、見つかったらその権利を買い取るのよ」

 そう言ったのはジェンヌだ。

「ずるいかも知れないけど、ルール違反じゃないわ。そうでしょう」

 オビヨンは少し考え

「確かに。それなら有効だ。だが、買取の段階でもめた場合、鍵はあくまでも発見宣言した者のものになる」

「承知しているわ」

 言いながらジェンヌはカリーナとベルダネウスを見た。確かに、この約束が交わされ、かつ守られるとしたらその相手はこの二人しかいない。

「俺は対象外か。嫌われたもんだ」

 イタズラっぽく笑うフェリックス。

「当たり前だ。お前に頼むぐらいなら、全員失格となって国に没収された方がマシだ」

 スケイルの言葉にほとんどの者が頷いた。


 別荘の玄関ホールの隅に、グランドピアノが一台おいてある。

 場違いに思えたので、みんな一度はこれが鍵の在処を示すのではといろいろ調べたが、結局、誰も鍵はもちろん手がかりさえ得ることは出来なかった。今ではみんな、これは何かあるのではと参加者を惑わすために置かれた一品と見ている。

 ベルダネウスが軽く鍵盤を叩くと、ロビーに澄んだ音色が広がった。

「音の違いが何かを示すと言うことはなさそうだな」

「そうね。そんなんだったら、ジェンヌさんに特別有利になっちゃうしね」

 参加者の中でピアノが弾けるのはジェンヌだけだと二人は聞いていた。

「ルーラも弾いてみるか?」

「いやいやいや。あたし全然弾けないから」

「自分で適当にリズムを取って弾くだけでも結構楽しいものだぞ」

 椅子に座ると、ベルダネウスは一息ついて鍵盤に指を踊らせた。

 空気が震え、ロビーに音色が広がった。

 それはルーラも聞き覚えのある曲だった。曲名は知らないが、街角や酒場で流しの音楽家が良く弾いていた。静かに耳を傾けるも良し、リズムに合わせて踊るも良しという曲だ。繰り返しのリズムが多いので頭に残りやすい。

 自然とルーラは音楽に合わせて体を揺らし始めていた。

 演奏が終わると、ロビーに拍手が響いた。

「驚いたわ、あなたがピアノが弾けるなんて」

 拍手しながらジェンヌが階段を降りてきた。

「他のも弾いてくれないかしら?」

 途端、ベルダネウスは申し訳なさそうに頭をかき

「すみません。私が弾けるのはこの一曲だけなんです。それもただの楽譜引きで」

 楽譜引きというのは、独自の解釈を入れず、ただ楽譜をなぞるように弾く演奏である。

「それは聞いていてわかったわ。でも、ジャルダー・ダンスを誤りなく弾けるだけでもたいしたものよ」

「ジャルダー・ダンス?」

「今、彼が弾いた曲よ。正式にはボン・ジャルダー作曲第二円舞曲。舞踏会やお祭りで良く弾かれるものだから、いつの間にか付いた名前がジャルダー・ダンス。ピアノの技法のほとんどを使わなければならないため、力量を測るための課題曲としてもよく使われるわ。どこで習ったの?」

「……思い出すのも疲れるぐらい昔です」

 いきなりベルダネウスが弾き始めた。ジャルダー・ダンスとは違う、激しい、荒々しい曲だ。大嵐の中、群がる敵を血みどろになりながら突き進むような野獣のような迫力がある。

 何事かと他の人達がロビーに顔を出してきた。

 始まるのと同じように唐突に演奏は終わった。

「すごい荒っぽい演奏ね。私の知らない曲だけど。なんて曲?」

「適当に弾いただけです。もう一度弾けと言われても出来ません。お耳汚しをして申し訳ありませんでした」

 大きく息をつくと、ベルダネウスは鍵盤の蓋を閉じた。

「思い出させたくないことだったみたいね。お詫びに私からも」

 彼と入れ替わりにジェンヌが座り、鍵盤の蓋を開ける。彼女の両の指がそよ風のように流れ、鍵盤に触れた。

 ルーラがハッとした。ジャルダー・ダンスだ。体が揺れた。さきほどのベルダネウスの演奏とはまるで違う。ただ楽譜をなぞっただけの彼の演奏と比べて、彼女の演奏は彼女自身の解釈が入っている。彼女の気持ちが演奏と一緒に心と体を誘っているように感じる。

 譜面を引くだけで精一杯の演奏と、完全に自分のものにしている演奏。比べる気にもならないぐらいレベルが違う。

 気がつくと、ロジックが彼女のそばに立っていた。戸惑う彼女に、彼は微笑み

「せっかくです。踊っていただけますか?」

「でも、あたしはダンスなんて」

「音楽に合わせて体を適当に動かすだけで、結構様になるものです」

 雰囲気だろうか、ロジックの口調は丁寧になっていた。

 こうなってはと、ルーラは流されるように彼に弾かれてロビーの中央まで踊るように進み、彼の手を取ったまま音楽に合わせて踊り

「あうっ!」

 ロジックが顔をしかめた。ルーラが思いっきり彼の足を踏んづけたのだ。もちろんわざとではない。

「あ、ご、ごめんなさい」

「良いからかまわず」

 ダンスを続けようとして、二人の足がもつれた。たまらず転びそうになるが

「なんのぉっっっ!」

 ルーラが踏ん張り、彼の体を思いっきり持ち上げるとそのまま投げるように頭上を越えて反対側に下ろす。

 自分の身に起こったことが信じられないロジックは唖然として

「ち……力持ちなんだな……」

 もとの口調に戻って踊り続けた。その様子に見ていた周囲の人達がたまらず声を殺して笑い出した。フェリックスなどは腹を押さえ、必死に笑いを堪えながら壁を拳で叩いている。

「せっかくの演奏だ」

 スケイルは隅に立っていたモームに歩み寄ると

「お嬢様、私めと踊っていただけますか」

 声をかけられたモームが驚いて辞退しようとするが、かまわず彼は彼女をロビー中央まで引っ張り出した。

「やれやれ、相変わらず兄貴は太め好きだな。それじゃ俺は」

 フェリックスはカーレに歩み寄り、ダンスに誘う。

 気がつけばヒュートロンとカリーナが踊り、サラがダンスに不慣れなバルボケットをからかうように踊らせていた。

「とんだところで舞踏会が始まったな」

 呆れたように踊る面々を眺めるオビヨンに、レミレが静かに微笑んだ。

「よろしいのではありませんか。このゲームはいささか殺伐としておりますから。たまにはこのような時間がありましても」

 そのままピアノまで行き

「ジェンヌ様もどうぞ。演奏は私が行います」

「レミレ、あなたピアノが弾けるの? 知らなかったわ」

「機会がございませんでしたので」

 受け継いだレミレの演奏は自分から申し出ただけあって、なかなかのものだった。踊っている人の中には、演奏者が変わったことに気がつかない人もいただろう。

 演奏から解き放たれたジェンヌは、ふと、ベルダネウスと目が合った。

「私のような下賤なもの、本来はダンスのお相手など恐れ多くて口にすら出来ません。されど世間より離れた今、この地ならば。一時の座興と思ってどうかお相手を」

 軽く頭を下げ、ベルダネウスが彼女の手を取る。

「かしこまらなくて良いわ。あなたも柄じゃないでしょう」

 飛び出すように二人は踊りの輪に入った。二人の踊りは他の誰よりも躍動感に溢れていた。ダンスと言うより、祭りの踊りのようだった。

「あれほど楽しそうなジェンヌ様のお顔ははじめててございます」

 顔は相変わらずの無愛想だったが、セバスの口調は明らかに驚きが混ざっていた。

 二人の踊りを見たルーラの顔が不機嫌になり、気づかないままロジックの足を三回踏んづけた。

 この影響だろうか、この後の夕食でも皆の雰囲気は明るかった。ただ一人、ロジックを除いて。彼は食事をしながら時折敵意の混じった視線をベルダネウスに向けていた。

 その様子をスケイルは見ていたが

「ところで一つ提案がある。見ての通り、私たちの食事は参加者六名だけで、他のものは別室で食事をしている。しかし、どうもこれは味気ない。そこでゲーム期間中だけでも、みんな一緒に食事をするようにしたい。もちろんメイド達やセバス、ヒュートロンなどは給仕もありみんな一緒には難しいだろうが、審判三人とバルボケット、そしてエルティースを同席させるぐらいはかまわないだろう」

 ルーラを同席させると聞いた途端、ロジックが席を立った。

「それは良い。たまにはスケイルも良いことを言う。さっそく呼んでこよう」

「おいおい、食事を中断させるのは却って悪いぞ。次からで良いだろう」

「そ、そうか……」

 座り直した彼の顔は、明らかに喜んでいた。

 食事の後、スケイルはベルダネウスを呼び

「次からの食事の席だが、エルティースをロジックの隣にしたい。良いかな」

 と同意を得た。

 さらにセバスを呼び、食事の席についてこう命じた

「ジェンヌをベルダネウスの隣に。そして、フェリックスの両隣は男にしろ。できればオビヨンとヨロメイの間が良い」

 彼の思惑を理解したのか、セバスは微かな笑みと共に「かしこまりました」と頷いた。


 後に生き残った人達が語る。

 この事件では、この日の即興ダンスパーティから食事までが一番楽しかった時間だと。

 事実、翌日から空気は一変する。


 地下砦は北側にあるので月の光もささない。夜になれば本当に真っ暗だ。

 その中を、ランプの明かりが動いていた。

「隠し棚なし……と」

 サラである。今はメイド服ではない。汚れても良い古着姿で地下砦を一人で探索している。昼間は仕事で忙しいため、彼女が探索するのは夜が主だ。それでも別荘内ならば、昼間簡単に調べることが出来るが、地下砦となると夜しか調べる時がない。

 もちろんレミレにはナイショである。許可をもらおうとも「そんなことをしている余裕はありません。皆様のお世話を充分するためにも、夜は体を休めなさい」と言うに決まっているからだ。モームを誘ってみたが断られた。

 探索と言っても、普通に調べたのでは参加者達にかなうはずもない。そこで彼女は細かいところをひとつひとつ調べていくことにした。参加者達が見落としそうなところだ。何しろ彼女はメイドである。埃の積もり方からすきま風の流れ、調度品などに不自然のものがあれば気がつく自信があった。何しろここは戦争に使われて砦である。大事な書類などを隠すための秘密の部屋や棚があってもおかしくない。

 そしてもうひとつの自信は、彼女がローテム村の出身だと言うことだった。小さな頃から男の子と一緒にこの砦を探検した記憶がある。その時の記憶と違うところがあれば……とは思うものの、これは少々自信がなかった。彼女は三年前、こんな小さな村は嫌だと親を説得し、ファズまで働きに出たのだ。そこでボーンヘッド商会の雑用係として仕事をし、その仕事ぶりと彼女がローテム村の出身ということから、今回のゲームの世話係を命じられたのだ。

 グランディスの注意がなければ、村の知り合い達がこぞって別荘に押しかけてきただろう。

「それについてはグランディス様に感謝しないと」

 正直、あまり会いたくない男もいる。

「あんの野郎~、あたしのファーストキス奪っておきながら、ファズに行こうっていったら尻込みしやがって……」

 ここに来る途中、馬車の窓から見たあの男は、明らかに妻とおぼしき女を前に、生まれたばかりらしい赤ん坊をあやしていた。

「おまけにあっさり別の女と結婚だと!」

 頭を強く振って苛立ちを振り払う。

「ダメダメ、あの男のことは忘れよう」

 ランプをかざして地下砦を進んでいく。それほど広くないと言っても、部屋をひとつひとつ調べたり、怪しそうな壁や床を調べたりしていると結構大変である。

 隠し棚とかあるのは指令とか将軍とか偉い人の部屋だろうが、今、そう見える部屋が以前からの部屋とは限らない。グランディスたちが別荘建築の際、ただの倉庫だったのをいかにも司令室っぽいように、その逆に改造している可能性もある。それを見破ることが出来るのは、微かとは言え、別荘が作られる前の地下砦を記憶しているしている自分だろうという気持ちがある。

 とはいえ、彼女自身本気で本物の鍵が見つかるとは思っていない。ただ、宝探しの雰囲気が好きなのだ。図書館にある少年向けの冒険小説も、参加者達が来る前に届けられたものはあらかた仕事の合間を縫って読んでしまった。そしてやっぱり実際にやってみたいと思った。

 もちろん、何かの弾みで鍵を見つけられたらうれしい。とはいえ、ボーンヘッド商会は彼女が動かすには大きすぎるので、鍵を見つけても誰かに権利をいくらかで譲ってしまうつもりだった。

「そのお金で一生遊んで暮らしてやる! あんにゃろめに、あたしを捨てたことを公開させてやる!」

 冷たい風に身を震わせながら前に進む。ランプに手をかざして微かな暖を取る。

「寒いよ暗いよ冷たいよ。でも進むのだ」

 彼女が今いるのは地下三階。さすがにこれ以上進むのは怖かった。怖いのは闇よりも潮トカゲだ。船着き場のある最下層まで降りなければ大丈夫とみんなは言っていたが、やはり用心に越したことはない。

「でも、潮トカゲなんていつの間にいついたのかな」

 少なくとも彼女が村を出るまでは、この地下砦に潮トカゲはいなかった。友達と蟹や貝などを捕っては家で食べたものだ。

「まさかグランディス様達が放して鍵の番人にしているって可能性はないわよね」

 次にくる時はルーラを誘おうと思った。彼女なら光も集められるし、なによりも実際に潮トカゲを仕留めた腕がある。

 覚悟はしていてもやはり一人で暗い地下を進むのは怖いのだろう。自然と彼女は思いや強がりを口にするようになっていた。

「けど物好きよね。こんなものいちいち作る?」

 会議室らしき部屋に出た。ボロボロのテーブルの周りに泥だらけの椅子がいくつも転がっている。

「ん?」

 サラは耳を澄ませた。何か人の声が聞こえたような気がしたのだ。妙にくぐもった声。

 しかし聞こえてくるのは風と波の音ばかり。

「気のせいかな?」

 出ようとした時、また声が聞こえた。

「だ、誰かいるの?」

 逃げたい気持ちと、誰かいるなら心強いという気持ちがもみ合いながら、彼女はランプを左右に動かして辺りを見た。

「あれ?」

 隅にある朽ちた棚。その地面にこすれた跡があった。あきらかに棚を動かした跡だ。

「昼間、みんなが調べた時に動かしたのかな?」

 棚に手をかけると、横に滑らせた。重いことは重いが、中が空なので動かせないことはない。微かに夕食にでたシチューの香りがした。

「あれ?」

 そこには空間があった。明らかに隠された部屋だ。

「なんでこんなところに?」

 隠し部屋に入ると空気が暖かかった。会議室ほどではないが、人一人潜むには充分な広さがあった。炭火ストーブでは炭が燃えており、空気を暖かくしている。横にはシチューがこびりついた鍋や皿が置かれていた。

 恐る恐る足を踏み入れる。他の部屋のように石畳では無い、踏み固めてはあるが土がむき出しになっていた。

 足に土の湿り気を感じながら、サラはランプをかざしながら部屋を見回すと、黒ずんだマントとボロボロの皮鎧が置かれた横で、人が汚れた毛布にくるまるように横になっていた。

「……誰ですか?」

 毛布ごとその人が転がるように体を彼女に向けた。ぼさぼさの髪と薄汚れた肌は長いこと風呂にも入っていなさそうだ。

 はだけた服の襟元から見えるその人の喉元には、ひどい傷跡があった。

 サラの全身を危険が駆け抜けた。見てはならないものを見た。そんな感覚に、彼女はたまらず逃げ出した。

 だが、部屋を出る前に足がもつれて転倒する。弾みで落としたランプが床を転がっていく。慌ててそれを拾おうとした途端、彼女は後頭部に強い衝撃を受けて倒れた。

 それっきり、もう動かない。


 即死だった。


(続く)


※次回更新「三~四日目、解雇と契約」

 サラの死に対する皆の考察。ゲームの中止が提案されるが拒否される。その理由は?

 ゼクスが戻ってきたと思われる形跡が見つかる。

 ルーラとベルダネウスとの雇用契約が破棄される。

 三人目の死者が出る。


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