【1・始まりの集い】
本作は自由商人ザン・ベルダネウスと精霊使いルーラの物語3作目です。
お話しとしては第1作「魔導人の心臓」の続きとなりますが、特に前作を読んでいなくても困りません。ただ、話の中で前作の(致命的なものではありませんが)ネタバレがありますのでご注意ください。
魔導人~でも書きましたが、本作は筆者が昔TRPGに夢中になっていた頃に作ったオリジナルの世界観がベースになっています。そのせいで、舞台や魔導師、精霊使いなどの設定がゲームっぽくなっています。
また、3作目と言うこともあって、自分でも気がつかないうちに必要な説明を省いている可能性があります。物語を理解する上で不明瞭な箇所などありましたらお気軽にお問い合わせください。支障を来さない範囲で答えさせていただきます。
【主な登場人物 ●男 ○女】
※ボーンヘッド家住人
●グランディス・ボーンヘッド……ボーンヘッド家当主にてボーンヘッド商会会長
●スケイル・ボーンヘッド……長男。ボーンヘッド商会幹部
○ジェンヌ・ボーンヘッド……長女。ボーンヘッド商会幹部
●フェリックス・ボーンヘッド……三男。ボーンヘッド商会会員
●ロジック・ボーンヘッド……四男。ボーンヘッド商会会員
○カリーナ・ボーンヘッド……次女。ボーンヘッド商会会員
●カブス・ボーンヘッド……次男。「魔導人の心臓」にて死亡。
※ゲーム参加者の世話係
○レミレ……メイド長
○サラ……メイド
○モーム……メイド
●ヒュートロン……料理人
※役人/ゲーム審判
●オビヨン……審判長
○カーレ……審判、オビヨンの部下
●ヨロメイ……審判、オビヨンの部下
※その他
●セバス……グランディスの秘書。
●バルボケット……冷気魔導を得意とする魔導師
●ザン・ベルダネウス……自由商人
○ルーラ・レミィ・エルティース……ベルダネウスの護衛兼使用人。精霊使い
●ゼクス……グランディスとその子供達の命を狙う男
【1・始まりの集い】
「皆、揃ったようだな」
グランディス・ボーンヘッドがテーブルに着いた六名の男女を見回した。もっとも、席に着いているのはこの六名だけではない。六名のうち、一人の後ろには、男物の服を着た若い女性が粗末な石槍を手に控えている。
その他にボーンヘッドの向かって左には深い皺を刻んだ五十才ぐらいの男と、三十過ぎに見える男が座っている。三十過ぎの男は、脇に魔玉の杖と呼ばれる握り拳より二回りは大きい漆黒の玉を固定した杖を立てかけており、それでどうやらこの男は魔導師らしいというのがわかる。向かって右側にはこちらは歳が二十代後半から三十ぐらいと思われる男女が一人ずつ座っている。この二人と、左側の五十過ぎの男はこのメルサ国の役人であることを示す黒っぽい緑の制服を着ていた。
そして壁際に料理人が一人とメイドが三人。
扉脇には一人の男が立っている。背の高いやせ形の男だが、ただ立っているだけなのに頑強な存在感を感じさせる。まるで中にいる者達を見張る番人のように。
合計十七人。今、この屋敷にいる全員がこの食堂に集まっていた。
「揃ったところで、今回の集いの目的をご説明願えませんか」
六人のうち一人。スケイル・ボーンヘッドが疲れたように背もたれに体を預けた。各自の前に用意された紫茶は既に冷めてしまっている。
「全ての仕事を中断させてまで呼び寄せたんです。しかも今日から十五日ほどは一切の仕事を入れるなという条件付きで。単なるボーンヘッド家の集まりとは思えません」
「その通りですわ、父様」
隣の女性、ジェンヌ・ボーンヘッドが軽く咳払いをし
「私たちがここにいると言うことは、ボーンヘッド商会は現在、頭脳を失っているも同然です。それを十五日も続けるなんて、正気の沙汰ではありません」
「失礼じゃないか、父上に対して」
ロジック・ボーンヘッドがたしなめた。
「かまわん。今ぐらいお互いに腹を割って本音をぶつけてみろ。綺麗事の会話は無用だ」
しかし、グランディスがスケイル達に向けた視線は言葉とは正反対に威圧する物だった。
「お前たちは自分の働く職場のこと、一緒に仕事をしている仲間のこともわからんのか。確かに商会の重要決定権を持つものは全員ここに集まっている。しかも最長で十五日、ここに居続けることになるだろう。だが、商会には優秀な人材はお前たちの他にもいる。その者達を信じろ」
その言葉にスケイルもジェンヌも唖然とした。
いきなり拍手がした。六名の一人、フェリックス・ボーンヘッドが笑いながら手を叩いているのだ。
「こりゃあ傑作だ。親父が他人を信じろだとさ。何か悪いものでも食べましたか?」
「しばらく黙っていろ。お前たちの意見は必要ない」
グランディスにじろりと睨まれ、フェリックスは気まずそうに肩をすくめて座り直した。
「これだわ」
フェリックスの隣に座っている少女、カリーナ・ボーンヘッドが膝に乗せた拳を固く握りしめた。
「本音をぶつけて見ろって言ってすぐ、お前たちの意見は必要ないなんて……父さんはいつもそう。自分に逆らわない範囲での自由しか認めない。だから母さんは」
「黙れ」
ぎろりと睨み付け、彼女を黙らせた。
沈黙が食堂を支配する中、グランディスは改めて周囲を見回し、
「まずは、改めてここにいる者達を全員紹介しておこう」
「紹介って、家族なのに?」
「家族以外の者もいるからだ。それに、中には家族の顔を揃って見るのは初めてという者もいる」
三人のメイドの内二人が小さく頷いた。
椅子から立ち上がったグランディスはスケイルのもとに歩み寄り
「私の息子、ボーンヘッド家の長男スケイルだ。我がボーンヘッド商会の幹部も務めている」
何を今更と言いたげに、スケイルは立ち上がり、部屋の者達に向けて軽く会釈した。歳は三十五才。少々青白くやせ形だが、肩幅はがっちりとしていて健康そうに見える。若干ツリ目気味の目はいかにも神経質そうだった。着ているスーツも上物のオーダーメイドで、いかにも高そうだが、隙がなさ過ぎて面白みに欠ける。
グランディスは続いて隣の女性に移り
「長女のジェンヌだ。スケイル同様、ボーンヘッド商会の幹部を務めている。」
現在二十八才のジェンヌは、スケイルをそのまま女性にしたような感じだった。外見がではない、体に纏わせている空気がよく似ているのだ。肩まで伸ばした黒髪は毛先が軽くカールしており、動く度に髪の光沢が波打っている。気の強そうな目をしているが、時折、気を抜いたように目に疲れが見える時があった。
「三男のフェリックスだ」
「兄貴たちほど偉くないけど、それなりに稼ぎはあるよ。よろしくね」
壁に並んでいるメイドたちに向かって笑顔を向けた。
今年二十五才のこの男。兄たちとはうって変わって、調子よく笑いながら部屋中の人達に愛想を振りまいている。背はひょろっと高いのだが、顔がいつも笑っているようであまり圧迫感はない。着ているものの兄たちに負けず上物なのだが、どこか着崩していて、スケイルと対照的に隙だらけに見える。だが、それは隙ではなく得物を引き寄せるための餌であることはほとんどの者が知っている。
「フェリックス、もう少ししゃきっとしろ。それだからお前に重要な地位はまかせられんのだ」
「別に良いけどね。出世して仕事に追われるよりも、俺は今の地位でそこそこ給料もらっている方が良いな」
「いつまでそんな態度でいられるかな」
鼻で笑いながらグランディスはその隣、がっしりした体格の小男に後ろに回り
「四男のロジック」
肩を怒らせ、周囲の人達を睨み付けるような視線を振りまいてロジックは無言で頭を下げた。もう二十才になっているはずだが、若いというか、未成熟さを感じさせた。
「ロジック、お前はもう少し愛想を学べ。それだからいつまでも地位を上げられんのだ」
「能力では負けません!」
「能力が同じなら、愛想の良い方を皆は選ぶぞ」
言われてロジックはむくれて座り直した。小男の上、怒り肩で顔も角張っているのでよけい愛想がなく感じられる。
「次女のカリーナだ」
「カリーナ・ボーンヘッドです。紹介で財務の仕事をしています」
彼女は今まで紹介された中で一番若く十七歳である。しかし、若さの割に彼女の雰囲気はえらく地味だった。顔立ちは地味ではない。多少そばかすは目立つもののそれを取れば美人と言えるだろう。色白の肌も、狂い癖のある金髪もひとつひとつ見ていけば美人なのだが、それらが集まるとなぜか地味になってしまう。
そのせいだろうか、彼女はえらく場違いに見えた。今まで紹介された兄姉たちが方向性はともかく、見るものに何らかの印象を与えるのに対し、彼女はどうも印象に残りづらい。
「以上五人が私の子供たちだ。地位の違いはあっても、みんな我がボーンヘッド商会で働いている」
子供たちの紹介が終わったところで、一同の視線は最後の一人に注がれた。
その男は四十歳近くに見えるが、実際はジェンヌと同い年の二十九歳である。艶のある銀髪と整った顔立ちも伴い、理知的な雰囲気を持っていた。学者と紹介されれば、ほとんどの人は素直にそれを信じるだろう。学者らしからぬ所と言えば、左のこめかみに刀疵があることぐらいだ。
着ている服は紺緑を基調としたスーツで、地味だが綺麗に手入れがなされ、高級感すらあった。
「この人だが」
グランディスの紹介を男は遮り、自ら立ち上がった。軽く一礼すると胸を張り
「ザン・ベルダネウスと申します。得手不得手はありますが、生き物と麻薬以外は何でも扱う自由商人です」
自由商人とは、特定の店舗を待たず、商品をもって各地を周り売り歩く商人のこと、要するに旅の行商人である。
場に失笑の空気が流れた。自由商人ごときがこの場にいるのはおかしいとあざ笑うかのように。
そんなこともかまわず、ベルダネウスは自分の後ろで控えている女性を紹介した。
「彼女は私の護衛兼使用人であるルーラ・レミィ・エルティース。今回、グランディスさんに無理を言って私の同行者として認めて戴きました」
つい先日十七歳になったばかりの彼女は元気だがどこか野暮ったく、短い黒髪と日に焼けた肌もあって元気な田舎娘という感じだった。麻のシャツの上に付けた革製の鎧をつけた姿は、身軽な護衛らしかったが、豪華な調度品で飾られたこの場では浮いて見える。着ているものは男ものだが、豊かな胸が中身は女性だと主張していた。
頭を下げる彼女を値踏みするように見ていたフェリックスが
「その槍、もしかして精霊の槍?」
ルーラが持つ石槍を指さした。
「そうですけど」
「やっぱり精霊使いか、そうじゃないかとは思ったけど、聞く機会がなくてさ」
精霊の槍とは、精霊石と呼ばれる自然界の精霊と意思を通わせる力を持った石を加工して穂先とした槍のことである。精霊使いはほとんどがこれをもっている。魔玉の杖が魔導師の身分証明書みたいなもの同様、精霊の槍は精霊使いの証とも言える。
「残念だな。あんたにちょっかい出すのは辞めておこう。このあいだはひどい目にあったし」
「どうした。女好きのお前が珍しい」
スケイルの言葉にフェリックスは肩をすくめ
「義兄さんは知らないか。精霊使いの女って面倒くさいんだよ、一度抱くともう女房気取りでさ。しつこいったらありゃしない。ベルダネウスはこの娘に手を出した?」
「いえ?」
「手を出す時は覚悟しなよ。私はあなたの妻よって一生つきまとわれるから」
「心にとどめておきましょう。しかし、そんな言い方をなさるとは、あなた自身、経験がおありで?」
「そこんとこはおいといて」
おちゃらける彼の言葉に、軽い笑いが起こった。どうやらこの話題には触れない方が良さそうだと思ったのか、ベルダネウスもこれ以上の追求はしなかった。
「今まで何度も聞こうと思ったけどさ。なんで自由商人がここにいるの? これは確か、我がボーンヘッド家の集まりじゃないの。もしかして、あんたも父さんの子供? これ以上増えるのはよしてほしいんだけど」
「彼を呼んだ理由はひとつ」
ボーンヘッドが席に戻り、座り直した。皆が彼の次の言葉を持つ。
「私の息子の一人。彼が最期を看取った次男カブスの代理としてゲームに参加してもらうためだ」
風が吹き、窓を鳴らす。
季節は本格的な冬になっていた。
「そしてメイドが三人。このゲームの間、お前たちの世話をすることになる」
「メイド長のレミレと申します」
「サラです」
「モームです」
メイド達が順番に頭を下げる。レミレは見たところ四十才前後に見えるが、後の二人はまだ若い。ルーラと同年代ぐらいだろう。サラはぱっと見てルーラと似た印象を受ける。肌はそんなに焼けていないがどこか野暮ったさがある。対してモームはぽっちゃりとしていて、ちょっとどんくささを感じさせるが、挨拶する動きはきびきびしている。二人ともメイドとしての能力は一通り備わっているようだ。
「そして食事の一切を任せているヒュートロン」
「何か食べられないもの、苦手なものがあれば早めにお知らせください」
メイドと並んでいる男が深々と頭を下げた。料理人らし着ている服も汚れ一つ無く、清潔感がある。彼がふとカリーナと目が合い、はにかむのをルーラは見た。
「こちらの三人はメルサ財務局の方々だ。財務局第八班第二班長のオーキ・オビヨン。そして部下のカーレ嬢とヨロメイ君だ」
役人の服を着た三人は無言のまま頭を下げた。
「第八班というと」
「主に相続関係を手がけております。遺書をお書きになる時はお早めに連絡を」
オビヨンが説明する。相続という言葉に、子供達が息を呑むのが伝わってきた。
「そして魔導師のソーン・バルボケット君。冷気魔導の使い手で、厨房の生鮮類の保管を任せている」
「お見知りおきを」
会釈するその態度はぎこちなかった。見た目は三十過ぎに見えるが覇気が無い。出世欲がないというか、現状に満足しすぎているのか。とにかく世の中を無難に生きて行ければそれで良いという感じだった。なぜ自分がここにいるのかわからない風だ。
「最後になったが、私の秘書のセバスだ。ここではいろいろと雑用係のような役割になるだろう」
入り口に立っていた男が改めて会釈した。紹介と言っても、彼はこの催しでの連絡役も引き受けており、ここにいる人は全員彼を知っている。
「それでは、改めてここで行われるものについて説明しようか」
ルーラは口を開こうかどうか迷った。そう、この説明には足りないところがある。
(もしかして、ここにはもう一人いるのかもしれない)
ということだった。
そして、この時点では誰も予感すらしなかった。
彼らがこの地より去る時、ここにいる、
【ボーンヘッド家の人間】
グランディス・ボーンヘッド(ボーンヘッド家当主)
スケイル・ボーンヘッド(長男)
ジェンヌ・ボーンヘッド(長女)
フェリックス・ボーンヘッド(三男)
ロジック・ボーンヘッド(四男)
カリーナ・ボーンヘッド(次女)
【役人】
オーキ・オビヨン
カーレ(オビヨンの部下)
ヨロメイ(オビヨンの部下)
【メイド】
レミレ(メイド長)
サラ
モーム
【料理人】
ヒュートロン
【魔導師】
バルボケット
【執事】
セバス
そして自由商人ベルダネウスと護衛の精霊使いルーラを加えて十七人。
このうち九人の命が消えていることを。
(続く)
※次回更新「ボーンヘッド商会」
物語はベルダネウスとルーラがこの地を訪れた時へと戻り、
ルーラが十七才の誕生日を迎える。