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相談室に伝説を作ってやった

作者: ペンギンです!

中学生というのは性の悩みや恋の悩み、果てや人生の不安などに絡まれてアホくさいほど陰気で、その上人生で二番か三番かぐらいにめんどくさい思春期、という時期でもある。


その面倒くささたるや、無数に生えた雑草の比ではない。草むしりの時素手でやって、肌に緑の何かがついた時よりも面倒くさい。

程度で言うと、「私のこと好き?うっそだー好きじゃないでしょー?で、本当のところは?」とサシで勝負したら引き分けるぐらいだろう。あれぐらい面倒くさい。例を挙げると、仲よかった友達を急に嫌いになったり、クラスの隅っこにいる地味な女子を、急にムカついていじめてみたり、先生に無駄に反抗したり、厨二病にかかってみたり、合唱で歌えなくなったり、不登校になってみたり、などだ。いっその事その二つ、好きという答えしか許されない蒟蒻問答と思春期中坊がお互い潰しあってくれたらすっきりするだろう。しかし、そうはいかない。


そうはいかないおかげで中学の保健室はいつでも大盛況で、ベットは半分埋まっているし、衝立の向こうには保健室登校の子が3人ぐらいいる。授業が嫌で逃げてきたやつも多い。そして、かくいう私もその一人なのだ。


合唱の練習から泣きながら逃げて、保健室に駆け込んだ。その後ベットでしくしくと湿っぽくして、やがて、五時間目くらいになってお腹が空いたと毛布から這い出てきた。聖母のごとき保健室の先生は、柔らかい声で私に相談室──と言っても、無人の──に行くことを勧め、私にクラスの人が届けてくれた給食をもたせた。

相談室、というのは保健室の脇にある小さな部屋のことで、普段はカウンセラーさんが使っているのだが、どういうわけかその日は空いていた。私は、先生の一人になりたいだろう、という気遣いの元、相談室という密室で一人、陰鬱な気分で給食を食べ始めた。


教室というには、相談室はあまりにも狭い。

だだっ広い窓はブラインドに覆われ、細い光しか差し込まない。白っぽい光とつけ始めてまだ間もない暖房が混ざり合って、なんだか頭痛がした。いや、みっともなく泣いたせいかもしれない。枕に顔をくっつけて、声を殺してむせび泣いていた。今日の夜ご飯決めるのと同じくらい面倒くさい女だな、とつくづく思う。

そう考えればきりがないもので、鬱々とした、腹の足しにもならないぐちぐち自己嫌悪が、小娘一人しかいない相談室の低い天井に跳ね返って、無限に反響していた。

電灯の明かりには太陽のような清々しさはなく、ふりかけの袋を破るのにも失敗して、私の気分は再度降下していた。


しかし、そんな面倒くさくて黴くさい話だけで、この話は終わらない。何も私は、皆さんに愚痴を言おうと思って書いているわけではない。泣いた泣いたと愚痴しか言ってないが、まぁ、待ってください。


その梅雨の時のアパートの一階みたいな空気がパッと晴れたのは、ご飯におかかをぶちまけてからおよそ3分後、相談室の外がざわつき始めた時であった。

突然響いた、海の中みたいなざわめきに、私はあやうく箸で刺したばかりのだし巻き卵を落としかけた。

そして、その声の主が、お隣の3年3組の集団だと知って身をこわばらせて、どうか相談室のドアが開けられませんように、と神か何かに祈って、ドアに目をやったところでバァン!と爆音が轟いた。


今度こそだし巻き落とした。相談室のちょっと冷えた床に、べちゃっと小さな音を立てて今日のハイライトメニューが落ちる。声なき声で悲鳴をあげて、なんだなんだ、と音の出た方を睨む。

最初は空襲か何かかと思ったのだが、続けざまの爆音の裏に、コロコロと何か軽いものが転がるような音を聞いて、考えを改めた。初め頭に浮かんだ北朝鮮との関係悪化とミサイル発射はフッと消え、代わりに軽い物……つまり、ペットボトルのキャップが浮かび上がった。


(……あいつら、ドアにペットボトルのキャップをぶつけて遊んでやがる!)


私は落としただし巻き卵をテッシュという名の愛で包んで、泣く泣く皿に戻しつつ、驚きに目を見開いた。何がおかしいかって、今私がいるところは曲がりなりにも中学校で、3年3組は全員まごうことなき中学三年生だというところだ。やるはずないと理性が訴えている。しかし、聴覚はバシィ、コロコロ……というふざけた音を脳に伝えている。しかも、時折「何センチ飛んだ!?」「やった勝ったー!」という声まで聞こえる。競ってるんじゃねぇよ。


どうやら、自分たちが今ペットボトルのキャップをぶつけている部屋には同学年の女子がいて、給食を食べている真っ最中だったとは考えていないらしい。卵を土に返したなんて、夢にも思っていないだろう。

そういえば、今日は視力検診だった。それで、3組が保健室に来たのだろう。そしてキャップを……おそらく、リサイクルされる前の、ダンボール箱に詰めてあった奴を見つけたのだ。暇か。


さて、このやたら無邪気な受験生をどう始末してやろうか。声から察するに、敵は数人いるらしい。ひょっとしたらクラス中が見ているかもしれない。なんだか、数多の声の中にひときわのぶとい声に、痛烈な聞き覚えがあるんだ。確か、あの声はクラスのイケイケ男子の声だ。ヤベェ。見つかったら「あいつ保健室で一人で飯食ってんぞー!」とからかわれ惨めな思いをすること請け合いだろう。それは避けたい。

しかし、このまま爆音にさらされ続けていれば、いつ味噌汁をこぼすかもわからない。そんなことあってはならない。今、こいつを失うわけにはいかないのだ。もう残っているのはふりかけのかかった飯とこいつだけなのだ。


「……うっしゃー!俺、最高記録!すごくね!?」

「すげー!」

「マジパネー!」


(そうだ、いいこと考えた!)


思えば私は疲れていたのかもしれない。四時間めの精神疲労でヘトヘトで、おまけに給食もゆったりと食べられず、腹立っていたのだろう。だから記録更新までされて我慢ができなかった。

ニヤリと座った目で微笑む私の眼前には、ほっぺをピンクに染めた、可愛いペンギンの人形があった。












こっそりと、ドアに忍び寄る。音を立てないように椅子を押しのけ、気付かれぬように、気付かれぬように、にじり寄っていく。そして、その曇ったガラスに映らないように身をかがめて、ドアの、バンバンと振動する板にそっと背を添えた。これで、ドアを開けても私の姿は奴らには絶対に見えないはずだ。


あぁ、ニヤニヤが止まらない。勇気を奮いだたせるためにいくらか時間がかかったが、そうちんたらしていてはあいつらが逃げてしまう。


(……そうはさせねぇぜ。このまま、だし巻きの恨みを晴らさずに終われるかよ……)



そして、そして。

バァン!とひときわ大きな音が響いた時、そっと、ドアを開けた。


「……え?」


シーンと静まりかえる保健室前廊下。まさか、人がいるとは思わなかったのだろう。

自分たちのしでかした暴挙にさっと青ざめたはずだ。そして、わずかに開いたドアに、怒る先生を想像するだろう。ドアに視線が集まった時、そこが狙い目だ。


(いけ……!飛べない鳥よファイナル飛ぶがいいヘッドアタック!!)





そんなことを思いながら、開いたドアの隙間に、ひょっこりとペンギンの頭部をのぞかせたのである。


予想を裏切る、というやつだ。突如として静寂に包まれた廊下に、ありえない方法で追い打ちをかけたのだ。

何やっているんだと思うだろう。私も、今思い返してみるとわからない。

ただ、その時はとても面白かったし、今も正直面白いことをしてやったぜ!と晴れやかな気分である。

息を飲む音に笑いをこらえるのが大変だった。

呆然と見つめられているであろう可愛いペンギンを1、2回振ってやる。


そして、まだ奴らがポカーン、とペンギンを見ている間……正気に戻る前に、すかさず扉を閉めた。

まだ安心してはいけない。ガチャンと音を立てて鍵を閉める。これでやっと完璧だ。誰もここに入れない。誰も私をわからない。何人たりともこの謎を解き明かすことは許さない。永遠に疑問に思いつづけるがいい。

あいつらがわかるのは、自分たちがいたずらをしていた部屋の住人が謎のペンギンだったことのみなのだ。


サンサン輝く太陽を目一杯浴びたような達成感が、身体中を支配した。

なんたる達成感、なんたる高揚感!ペンギンをぎゅっと抱きしめて、だし巻き卵に笑いかける。もちろん声は出さない。ただ君の仇は取ったよ、とだけ微笑に込めて、そして再びざわつく廊下を尻目に味噌汁を飲むのだ。

今彼らの心には、怯えのような疑問のような複雑な感情が渦巻いているのだろう。そして、今だかつてないほど混乱しているだろう。しかし罪悪感などは微塵も感じない。むしろ、15歳という新芽のようなな若い身空で、このような貴重な体験をできたことを誇りに思うがよい、フォッフォッフォ、といった気分だ。何様のつもりなのだろうか。いうなれば、世界をつくった神のような気分だった。非常に屈折している。


あぁ、それにしても静かというのはなんて素晴らしいことなのだろう。今のみた……?うん、見た……?という話し声が聞こえてはいるが、あのキャップの銃弾よりはマシである。うるさい男子は静かになった。私は、だし巻きの恨みを晴らしたのだ。





これで私のやらかしたいたずらは幕を閉じる。そんなスケールのでかい話ではないが、お楽しみいただけただろうか。ちなみに、しばらく相談室の怪、動くペンギン伝説は噂になったようだ。その果てしない謎っぷりに皆よく分からない恐怖を抱いているらしい。全くいい気味である。


今思えばペンギンを動かした時に、『たちされ人間!ここはお主らが立ち入って良い領域ではない!』とデスボイスで言ってやればよかったのかもしれないが、それはさすがに先生が出動しそうなのでやめておく。

『ヤァ人間くんたち!僕と一緒に遊ぼうよ!』ぐらいがちょうどいいかもしれない。どちらにせよ、また機会があったらだが。


このように、めんどくさい中学生の気分の落ちた保健室の一人飯でも、楽しいことはあるのだ。

もしこれを見てくださっている方がいたら、そのことを忘れずにまた明日を過ごしてくれ。

そして、もしこのような機会に遭遇したら、これと似たようなこと、またはもっと上手を行くことをやってみてくれないだろうか。くれぐれも、人に姿は見られないようにしてくれ。

口裂け女ばりに妖怪ペンギンが流行るのを楽しみにしているし、いつかこれがトイレの花子さんと肩を並べることを信じている。

そして、その恐怖の背後には泣いていた生徒が、ニヤついているのだ。これ以上素敵なことがあるだろうか?

これが誰かの勇気になれば幸いである。忘れるな、ペンギンはいつでも君のそばにいる!









……なんて言っているが、同じく勇気を振り絞り、謎のドアに立ち向かった例のイケイケ男子の、ドアを開けて〜♪というノックにはどう答えればいいかわからなかった。歌えってか。ペンギンが歌うと思っているのか。

その時はとりあえず、なるべく不気味に聞こえるようにドアを引っかいてみたが、反応はイマイチだった。


正しい答えを思いついたものがいたら、今後のために、どうか申し出てくれ。



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