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20 試験の結果は

 手を顔の前にやる。

 指輪には七という数字が刻まれていた。

 七級冒険者の証だ。


 最後は邪魔が入ったとは言え、俺の力は認められた。

 いや、本当は俺の力じゃないけど。

 全部エリナの力なのだが、彼女は俺に取り憑いていないと消えてしまうし、俺は憑依されているせいでうんこになっている。

 俺はうんこになるかわりに、エリナの力を貸してもらえる。

 契約と思えばいい。

 ファンタジーではよく精霊と契約して力を行使するだろう。あれと同じようなものと考えれば、エリナの力は俺の力と言えなくもない。


「ギルド長は大丈夫だったのか?」


 受付に座るフローラに尋ねると、彼女は頷いた。


「大きな傷はありませんでしたから、明日になれば普通に動けるようになると思います」

「そうか、よかった」


 サユミは随分派手にトイミをふっ飛ばしたから、本当に何事もなかったか心配していた。

 無事でなかったら、人殺しになってしまうからな。

 俺を助けようと乱入してきたようだから、それで人殺しになってしまっては俺も目覚めが悪い。


「知り合いが悪いことをしてしまって……ごめん」

「いえ、父も悪いですよ。あれは完全にやる気でしたから」


 トイミは、あの攻撃は寸止めで終わらせるつもりだったようだが。

 しかしあれは、戦うことしか頭にないような顔だった。

 サユミが止めなかったら、本当に寸止めで終わっていたのかは怪しいところだ。


「じゃあまた」

「はい!」


 フローラに笑顔で見送られ、俺はギルドを出る。

 トイミと戦ったせいで精神的に疲れたので、フローラの癒やしパワーをずっと受けていたい気持ちだが、そうもいかなかった。

 面倒くさいことになる前に、サユミを宿に行かせているのだ。

 だから俺も早く宿に帰らなければならない。

 色々と話も聞きたいしな。


 俺は足早に移動し、宿へと帰還する。

 受付にはペッコの姿があった。

 サユミの姿はない。俺が借りている部屋にいるよう伝えているので、そこにいるはずだ。


 俺は部屋に行く前にペッコに語りかける。


「ようペッコ、久しぶりだな」

「今朝というか一時間ほど前に会ったばかりなんですが」

「そういうなよ。俺にとってお前と会えない一時間は百年にも迫るぜ?」

「え、そういう趣味の人だったんですか……。ごめんなさい僕は普通に女の人が好きなので、そういう目で見るのは止めてください」


 ペッコは俺に引いた様子だ。

 本気で嫌がっている目をしている。


「じ、ジョークだって。ただの冗談だから。俺は女好きだって。俺以外の男がいなくなったらこの世すべての女は俺のものなのになぁとか日常的に考えてるくらいには女好きだって」

「日常的にそんなこと考えてるとか、女好きにもほどがあるんじゃ……」

「別にいいだろそれは!」


 くっ。ペッコをからかって疲れを追い出そうとしたのが間違いだった。

 変な冗談を言ってしまったせいで、からかい損ねてしまった。むしろあらぬ疑いをかけられてしまうところだったな。


「そんなことより、ゲンタさん。あんたどんな邪悪な手を使ったんですか?」

「は? なんだよ邪悪な手って。俺はいつだって健全で幼子のようにピュアな、ただの男子高校生だ」

「男子高校生が何かは知りませんが、健全でもピュアでもないでしょうが」

「ふんっ。俺は道端をアリが歩いていたら踏み潰す幼児の如き心を忘れていない。そしてこの身は童貞なのだから、健全に決っているだろ! 俺はお前みたいに色に狂ってないだよ! 毎晩村娘を食っているお前とは違って、俺は健全の塊だ!」


 ペッコの野郎は毎晩よろしくやっているに違いない。

 だってイケメンだからな。

 イケメンっていうのは、女を見ればとりあえず食ってみる生き物なんだ。

 ゲンタしってる。


「そんなことやってないから! 何をどう考えたら、僕がそんな色狂いになるんだ!」

「おまえ、イケメン。イコール、色狂い」

「まったくもってイコールじゃない!」


 そんなバカな。

 ペッコめ、俺の認識が間違っているというのか。


「ああもう! ……僕だってな、ど、童貞なんだ!」


 ペッコは言い切った。

 その瞬間、俺は頭に潜む闇が晴れたような気分になった。


「そう、だったのか……」


 イケメンだからといって、全員が全員モテるわけじゃない。

 イケメンという恩恵を全く活かせないまま、死んでいく人もいるのだろう。

 俺は、イケメンだからというだけで、憎しみを向けてしまっていた。

 間違いだったのだ。


 イケメンはみんな非童貞。そう思っていた。

 けど違った。イケメンにも、童貞はいる。

 イケメンも同じ人間だったのだ。


「ペッコ、勘違いしてた。お前はいいやつだ。俺たちは――ズッ友だよ!」

「それはない」


 一刀両断であった。


「あのねぇ……」

「ん?」


 女の声だ。

 声をした方に顔を向けると、エリナがいた。

 そういえば、いたのか。俺から離れられないんだから、そりゃあいるか。忘れてた。


「そ、そういう下ネタは、私がいないところでやってくれる!?」


 つまりエリナが俺に憑依しなくとも活動できるようになるまで、下ネタ禁止というわけか。


「善処します」


 俺は一言だけ返す。


 それにしても、ペッコも恥ずかしいことするよな。

 女の子の前で童貞宣言するとか。まあ、ペッコにはエリナが見えてないから、感じる恥じらいなどないのだろうが。

 そう考えれば、同じように童貞宣言した俺のほうが大分恥ずかしいな。俺はエリナの存在がわかるわけだし。ま、別にいいんだけど。


 童貞を捨てようと思えば、遠くない未来に捨てられるしな。

 だって、あのストーカーちゃんがいるのだ。

 本来ならば、あの娘の腹の上で俺は死んでいた。女神様のミスが原因でそうはならなかったが。

 とにかく、ストーカーちゃんは俺と繋がる意思があるということなのだ。

 つまり、迫れば簡単にヤれるんじゃね、ということだ。


 脳内をエロエロな思考で侵していると、ペッコが「話を戻しますけど」と言ってくる。


「何かね同志よ」


 ペッコは何か言おうとと口を開けたが、すぐに閉じた。それから一度呼吸をして、話しだす。


「さっき女の人が来て、ゲンタさんの部屋を尋ねてきたんで、何の用があるのか聞いたんですよ。そうしららゲンタさんのことを長々と語り始めて、なんか怖くなったんで部屋を教えました」

「おう」

「あの人に一体何をしたんですか? おかしな魔法で洗脳とかしたんじゃないでしょうね?」

「してないわい! あいつは俺のストーカーだから! 何故そんな疑いがかけられるのか……とんとわからぬ」


 魔法もなにもない、元の世界のときからのストーカーだからな。


「はあ……。まあ、してないのならいいんですが」

「ストーカーという言葉に対して心配する素振りがまるでないことに、俺はペッコと友達を続けていいものか悩んでいる」

「元々友達じゃないから」

「そういいつつー?」

「友達じゃない」


 俺は膝をつき、そんな馬鹿な……と呟いた。

 ペッコは無表情で俺を見下ろしてくるばかりだった。


「ま、それはいいとして」


 俺は立ち上がる。


「ちゃんと部屋に案内したんだよな?」

「しましたよ。他の人なら本人に確認してからじゃないと教えませんが、ゲンタさんなのでどうなってもいいかな、と」

「ひどい宿屋だ」

「僕はあんたにひどい扱いを受けましたからね! あんた以外の客にはちゃんとしてますよ!」


 さすがに、今度何か奢ってやるかな。

 七級に上がったし、ギルドの酒場でなら安くつく。

 ギルドの酒場には火を吹くような激辛料理があると聞いたことがあるから、それでも奢ってやろう。

 料理名は確か――。


「今までのお詫びに、今度サラマンダー丼でも奢ってやるよ」

「それ誰も完食したことがないっていう激辛料理でしょ!? 反省の色がまるでないな!」

「はははっ。なんだ、知ってたのか」

「残念そうに笑うな!」


 ちぇっ。


「じゃあウンディーネジュースでもどう?」

「歯が溶けるくらい甘いっていう飲み物! そんなの飲みたくないから!」

「なんだ、これも知ってるのか」

「またしても残念そうな顔だ!」


 あ、そうだ。


「サラマンダー丼とウンディーネジュースを一緒に食べたら、どっちも食べ切れそうじゃないか? ほら、辛いのと甘いのが打ち消し合ってさ」

「よりひどくなる光景しか思い浮かびませんけど!?」


 そうかもしれない。

 だけど試してみなくちゃわからないだろう。

 俺は絶対にやりたくないけどな。


「じゃあ、また空いてる時にな」

「まともな料理にしてくださいよ」

「…………おう」

「間があったことに不安が掻き立てられるんですが!?」

「気にするな」


 俺はペッコに背を向ける。

 部屋に待たせているから、早く戻らないとな。

 階段を上り、俺は借りている部屋の前に立つ。

 そしてドアを開けた。

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