19 試験の終わり
「では、次はオレの番だ」
宣言すると同時、トイミが地面を蹴る。
すると爆発したかのように地面が弾け、次の瞬間、目の前にトイミの姿があった。
「ショック!」
咄嗟にエリナが魔法を放つ。
電気が迸り、トイミは拳を構えた状態で固まった。
俺は表情を変えないまま、それを見る。驚きのあまり反応が追いついていない。
「下がって!」
エリナが俺に命令する。
素直に言うことを聞いて、俺は跳ぶようにして背後に移動した。
それにしても、早すぎだろ。おしっこちびるかと思った。
なんだよさっきの爆発じみた突進は……。そんなスキルあったか?
もしかして、衝撃倍加というスキルの効果かな。
地面を蹴る衝撃を大きくしたのか。それしか考えられない。
これはちょっと、強すぎない?
反応が追いつかないんだけども。
「ホール!」
トイミが痺れて動けないうちに、エリナが魔法を使う。
俺はとりあえず、声に合わせて指を鳴らした。
するとトイミの真下の地面に、穴が開く。
その穴の中にトイミの姿は消えた。どれくらいの深さかわからないが、トイミの姿が丸っきり見えなくなるくらいだから、そこそこの深さはあるようだ。
「ウォーターフォール!」
エリナがさらに魔法を放つ。
俺は、今度は両手を勢いよく合わせてみた。
ぱん、と渇いた音が響く。
そして穴の上――虚空から水が溢れ出してくる。
さながら滝のように穴の中へと大量の水が落ちていく。
水責めだ。
容赦ないな。
「フリーズ!」
畳み掛けるように、エリナがスキル名を叫ぶ。
まだやるのか。
急いで俺は両手とも拳づくり、それを打ち合わせる。
同時に、流れ出ていた水が凍り始めた。
すぐに水はすべて凍ってしまい、氷の塔が出来上がる。
さ、さすがにやりすぎではないだろうか……。
「お、おい、大丈夫なのか、これ。死んでないよな」
「死んではいない……はずよ。大丈夫よ。びっくりして思わずやりすぎたとかそういうわけじゃないわ。そんなわけないじゃない。ないない。ないわ。ねぇ?」
「ねぇ、って言われても。思わずやりすぎた感満載の態度だ」
エリナは疲れた様子で空中に浮かんでいる。
「とにかく、私はさっきまでの魔法で魔力のほとんどを使ってしまったわ。もうファイアーボール一発分の魔力もないから、気をつけなさいよ。まあ、もう戦いにはならないでしょうけど」
エリナは嘆息する。
「これだけで魔力がなくなるなんて、衰えたものね」
「いやいや、十分すぎるくらい戦ってたと思うんだけど」
今日はクエストを受けるつもりもないし、エリナの魔力がなくなっても問題はない。
トイミは対処がどうとか言っていたが、さっきの攻撃でそのあたりはクリアしたのではないだろうか。
昇級試験はこれで終わりかな。
俺は疲労も出すように、長く息を吐く。
「おっ、すげぇな。でも相手はあのトイミだからな」
「おっ、そうだな。トイミはあの程度ものともしないだろ」
ふと観客の声が耳に入った。
おいおい、まじかよ。ものともしない、って流石に嘘だろ。
俺なら死んでる。
まあ、うんこステータスの俺と、トイミは比べられるものじゃないが。
「ん……?」
ぴしり、という音が耳に届く。
俺は慌てて視線を氷の塔に移した。
氷にひびが入っているが見える。
「まじか……」
地面が揺れたような気がした。
氷の塔はひび割れ始め、欠片が落ちる。
かすかな振動が、確かに足に伝わってきた。
「おっ、来るぞ」
「おっ、そうみたいだな」
観客の声が耳を抜けていく。
俺はひび割れ、崩れていく氷の塔から目をそらせなかった。
そして、爆発。
氷の礫と粉塵が舞う。
俺は慌てて後ろに待避し、それらから逃れた。
危ないな。俺みたいなうんこステータスが氷の礫なんて食らってみろ、死んでしまうかもしれないぞ。
「すごいわね」
エリナは感嘆の声を漏らす。
俺もそれに頷いた。
「うおおおおおぉぉッッ!!」
雄叫びが練習場に響き渡る。
トイミの声だ。
とてつもない声量に、俺は体が固まったみたいになった。
いや、違う。これは……スキル、咆哮の効果か!
目線だけエリナに向ける。彼女は驚いている顔をしているが、動けるようだった。幽霊には効かないのかもしれない。
姿は見えず、声も聞こえず、触れることも出来ず、だが魔法を使ってくる。レベルが上がれば自立して動けるというのだから、考えてみれば幽霊ってやばい存在だな。
とにかく、今俺にとってやばいのは幽霊などではなく、トイミだ。
トイミが土煙から姿を現す。
たしかな足取りで、こちらへ歩き近づいてくる。
その体には、さすがに傷ができていた。
だが大体が軽いものだ。大きな傷と呼べるものは見当たらない。
乾いた笑いを零しそうだった。
強すぎだって。
もちろんレベル差はかなりあるのだが、それにしても、もう少し疲れたような表情をして欲しい。
なんでそんな平然としているのだ。
ふと、トイミが立ち止まる。
なんだ、と思った瞬間、トイミは地面を蹴る。大地が爆ぜる。
これあかんやつや。
まばたきをする間もなく、トイミが眼前に現れる。
エリナはもう魔法を使えない。
俺は戦える体じゃないし、動けない。
詰んだな、これ。
トイミは拳を振りかぶる。
そしてそれが俺に衝突する――寸前。
「制、裁!」
声とともに、トイミは吹っ飛んだ。
そしてトイミガ先程までいた場所に、違う誰かが立っている。
長い黒髪が揺れ、かわいらしい顔つきの女子だ。クラスで二番目三番目といったくらいである。
前髪は目の上で切りそろえられていて、所謂ぱっつんだ。
あれ、この娘、どっかで見た覚えがあるな……。
誰だろう。
「助かったよ。ありがとう」
とりあえずお礼を言う。
咆哮の効果による硬直は解けていた。もう自由に体を動かすことが出来る。
「ど、どういたしまして!」
失礼ながら、少女を観察する。
頭から足まで、視線をぶつける。
「セーラー服?」
ぽつりと呟く。
この俺を助けてくれた少女は、なんとセーラー服を着ていた。
年齢は俺と同じくらいだろうから、きっとJKだ。女子高生ってやつだ。
……ふむ。
しかし、何故女子高生?
ここは異世界なのだが。
俺と同じ、存在ってことかな。俺以外にもいたのか。
「前に会ったことない?」
まずはナンパしよう。
嘘だ。
ナンパではなく、本当に前に見たことがある気がするんだよな。
どこで会ったんだっけか……。
頭をひねる。
思い出せないので、鑑定してみる。
【名前:サユミ・カゲシタ
レベル:25
体力:400/400
魔力:470/480
スキル:制裁】
日本人っぽい名前だ。
やはり俺と同じか。
「前に――お、覚えててくれたの!?」
「もちろんさ」
ごめん、覚えてない。
でもこの娘の言葉からするに、会ったことはあるんだよな。
うーん、思い出せない。
思い出せないので、気になっていたスキルを鑑定することにする。
格上のトイミを、魔法を使ったわけでもなく、ふっ飛ばしたのだ。
どんなスキルなのか。
さて、鑑定っと。
【制裁:ゲンタ・ヤブウチを害するものを罰する。サユミ・カゲシタ専用スキル。】
うん。
なるほどね。
そうかそうか。
「…………」
俺はうずくまる。
まじでこの娘誰なんだよ……。
俺を害するものを罰するってなんだよ……。
なんか怖いよ……。
「ど、どうかした!? 大丈夫っ、どこか痛むの!? き、きっとあいつに何かされたんだね……人間だからって手加減したけど、殺すべきだった……。今からでも遅くないよね」
「ストップストップ!!」
俺は慌てて、サユミを止める。
何自然と殺すべきとか言ってんのさ。殺しちゃダメだよ。
ふっ飛ばされたトイミを見ると、練習場の端っこで目を回している。
「お、落ち着こう? ね? ほら、俺はなんともないから。心の刃物をそっと仕舞おう?」
「ゲンタくんがそう言うなら……」
おっと、自己紹介してないのに俺の名前を知っているんですね。
前にあったことがあるみたいだから、おかしくはないのか。
しかし、この娘、どこで会ったのだったか。
いや、会ったのではなく、見ただけのような気がする。
それも、なんか一方的に、映像で…………。
「あっ」
――この娘、俺のストーカーじゃん。




