18 初撃は全力で
「適当にそれっぽい動きをしてくれればいいわ」
事前の打ち合わせは、エリナのその一言で終わった。
昨日昇級試験のことを伝えられて、もう一晩が過ぎている。
エリナの魔力は回復し、魔法少女エリナちゃんの復活だ。
「ちわー、三河屋でーす」
朝一番にギルドに赴く。
ちなみに三河屋ではない。
この世界の人には意味がわからなかったようで、何言っているんだという不思議そうな顔がいくつも向けられた。
エリナからは直接「何言ってるのよ」と言われたので、気にするなと伝える。
「あっ、ゲンタさん!」
受付に座るフローラが、俺を見るなり声を上げた。
俺が待ち遠しかったのかいベイビー。
俺は受付まで行く。
おはよう、と挨拶を交わし、本題に入る。
「昇級試験、今から始めますか?」
「うん。いつでもオッケーさ」
「では練習場に来ていただけますか?」
「練習場?」
そんなのあったのか。
全然知らなかった。
「スキルの練習などをしたい人のために、用意しているんですよ」
いきなり戦闘で使うのは不安だろうからな。
威力とか色々調べておく必要があるのだろう。
俺はなるほどと頷く。
「一度ギルドを出ていただいて、裏手に回ってください。そこにある広場みたいな場所が、練習場です」
「わかった」
「私も父……ギルド長を連れてすぐに行きますから、待っていてください」
また頷き返し、じゃあ、と言ってギルドを出る。
その途中で、いくらか話しかけられた。
「おっ、聞いたぞ。昇級試験なんだってな」
「おっ、すげぇな。昇級したらなんか奢ってくれよ」
「奢らないから!」
昇給したからといって、すぐに金が入ってくるわけではないのだ。
誰かに奢るほど金は持ってない……こともないが、奢るつもりはない。
ため息を吐きつつ、俺はギルドの出入り口をくぐる。
そのとき、誰かとすれ違った。なんとなく見覚えがあるような気がして、振り返る。しかしギルドの扉は閉まっていて、その姿を見ることはできなかった。
「黒髪……だったような」
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
カラフルな髪色の人が暮らす世界だが、もちろん、黒髪の人もいる。
だから別段珍しいわけでもない。気にすることではないな。
俺は昇級試験のことに意識を切り替えて、歩きはじめる。
「ギルドの裏だったな」
「そうね」
ギルドをぐるりと回ると、裏側にそこそこ大きな広場があった。
スキルの練習用に設置していると言っていたから、それなりの大きさがないと危険なのだろう。
ざっと見回すが、利用者は見当たらない。朝早いからだろうか。
「ここだな」
俺は練習場の中央に仁王立ちする。
腕を組み、目をつむり、風を感じる。
ほのかな熱気を帯びたそよ風が、俺の髪を揺らした。
「誰も見てないのに、何カッコつけてるのよ」
「誰も見てないからだよ」
荒野に一人、佇む男。
そんなイメージをしていたというのに、エリナが声をかけたせいで現実に引き戻されてしまった。
とりあえず仁王立ちを継続しつつ、待つ。
じっと、ただ風に揺られて待っていると、足音が近づいてきた。
てっきりフローラとギルド長だけなのかと思っていたが、足音は二つだけではない。
十人くらいは来ているようだった。
「待たせたね」
ギルド長トイミが、俺に声をかけてきた。
後ろについてきているのは、冒険者だろうか?
フローラが広場の端に寄るよう指示しているのが聞こえる。
「えっと、あの集まりは?」
俺は冒険者らしき一団を指差し、トイミに尋ねた。
「あれは観客だ。冒険者ってのはイベントごとが好きなんだ」
「そうですか」
観客か。ちょっと緊張しなくもない。
よく見れば観客の中にヤーコブがいる。呆れたような目を向けてきているぞ。なんでだ。お前何バカなことやったんだよ、と言っている風だった。
いきなり七級になるための試験を受けることが、信じられないのだろう。
何せ、ヤーコブは俺が戦っている場面を見ているからな。
へっぴり腰でワーウルフを退治したのは、まだ二日前。
そんなちょっとだけ力があるような新人が、七級に上がるための試験を受けているのだ。
俺だって不思議に思うな。当然の反応だ。でもなんかちょっとムカつく目線なので、七級に上がったら存分に先輩風吹かせてやろう。
そん思考をしていると、緊張なんて吹っ飛んでしまった。さすがヤーコブの兄貴だ。
それに考えれば、俺って適当にそれっぽい動きするだけだ。全部エリナ任せだった。
エリナに視線をやれば、何よとばかりに目を合わせてきた。
彼女もまるで緊張していない様子である。
「では昇級試験について、説明しよう」
「お願いします」
トイミはニヤリと笑みを浮かべると、口を開く。
「試験は簡単なものだ。オレと戦い、力を示せ」
「戦う、のか……」
予想はしていた。
しかし相手がトイミ自身とは。
熊みたいな男だから、見るからに強そうではあるが。でも本当に強いのかはわからない。ただガタイがいいだけのやつかもしれないし。
まあそれはないか。
鑑定してみればわかった。
【名前:トイミ
レベル:40
体力:2000/2000
魔力:1400/1400
スキル:咆哮 金剛拳 衝撃倍加】
強いわこれ。
まあ、まず勝てない。
でも勝てとは言われていないので、別に勝たなくていいのだろう。
要するに七級相当の力を見せることができればいいわけだ。
頑張るぞ。エリナが、な。
「準備はいいか?」
トイミが尋ねる。
俺はエリナを見た。
エリナはひとつ頷き、ファイティングポーズをとった。
「こんな熊みたいなやつ、焼き焦がしてあげるわ」
やる気だな。頑張ってくれ。
「大丈夫です。じゃあ、やりますか」
「ああ。フローラが開始の合図を出したら、開始だ。ゲンタくんは魔法使いらしいからな、初撃は待ってやろう」
「それは助かります」
俺とトイミは距離を取る。十五メートルほど離れたところで、お互い動きを止めた。
「なあ、エリナ、さっきの言葉聞いてたか?」
「初撃の話?」
「そう、それ」
俺はトイミから目を離さないまま、エリナと会話する。
「最大最強の魔法をお見舞いしてやってくれ」
「ふふ、やる気ね」
「当たり前だろ。七級に上がったら安く過ごせるんだ。ちまちましたクエストをこなしながらでも、楽に生活できるようになるんだからな」
「私としては強いモンスターと戦って、早くレベルを上げたいのだけど……。まあいいわ。今の私が使える最大威力を、あの熊に食らわせてあげるわ。元高レベルの力を見せてまげましょう」
「その意気だ」
俺はエリナの熱意に感化され、荒ぶる鷹のポーズをとる。
キョエー!
トイミは警戒を高めた様子だ。
俺の威圧感がすごかったのだろう。
さすが荒ぶる鷹のポーズ。
俺は体勢を変えないまま、フローラの合図を待つ。
「あの、早く……」
俺は小声で弱音を吐いた。
ずっと片足立ちをしているのはしんどいのだ。
早く早くと願っていると、フローラが片手をこちらに向けてきた。
「では、始めてください」
あっさりしてるな!
もっと開始! とか叫ばれるのかと思ってたら、全然違ったよ。
「いくぞエリナ」
俺は勢いをそがれつつも、エリナに声をかける。
初撃を放つ時間は与えてくれているのだ。
俺は荒ぶる鷹のポーズを解除し、地面を踏みしめる。
腰を低く落とし、固めた拳を引き絞り、真っ直ぐトイミに向けて放った。
同時に、エリナが叫ぶ。
「バーストッ!!」
こぶし大の炎が高速で射出される。
一瞬で距離を詰めた炎は、トイミに直撃した。
瞬間、爆炎が立ち上る。もうもうと煙が舞い、土塊が散った。
近距離で爆音を聞き、耳鳴りがする。
煙がひどく、トイミの姿は見えない。
というか、やりすぎてない?
あれ俺が食らったら木っ端微塵になると思うんだけど。
いや、トイミと違って俺のステータスはうんこだけどさ。
トイミ、死んでないかな。
俺とエリナは、じっと煙を睨みつける。
すると、煙の中から人影が現れた。
トイミだ。
俺は死んでいなかったことに安堵しつつ、警戒心を高める。
トイミは汚れてはいるものの、目立った傷はない。
あの攻撃を受けてピンピンしている。
さすがレベル40だ。すごいな。
「思っていたより強いな、ゲンタくん。まさかスキル名を口にしないでスキルを発動させるとは。凄腕というのは、嘘じゃないようだ」
だって魔法を使ったのは魔法少女エリナちゃんだもの。
俺が何か言うわけない。
「あれだけの魔法を無言で放てるというだけで、七級相当の強さはありそうだが……。オレになんの見せ場もないまま終わるのはつまらないだろう? だからもう少し続けさせてもらう」
「えっ!」
要するに、自分が戦いたいから、試験を続けるってことか!?
「冗談だ。攻撃だけでなく、対処もできるか見なければいけないからな」
いや、冗談じゃないでしょ。
だってトイミは、戦いが楽しくて仕方がないとばかりに笑っているのだから。
こいつ、戦闘狂ってやつだ、絶対。




