17 昼過ぎの帰還
ジャンボスライムの核をリュックに詰め、俺たちはえっちらおっちらと村へ帰る。
エリナは二発のファイアーボールにより、魔力がほとんど残っていない。マップを使った全力警戒で、モンスターをすべて避けての帰還だった。
色々疲れたので今日はもう寝たい。
一度夜中に起こされたせいで、ただでさえ、いつもより眠気が強いのだ。
村が見えてくるころになると、モンスターは駆除されているのか、赤い光点が周囲に見当たらない。
緊張の糸をほどきつつ、俺は村に続く道を行く。
そのまま歩いて冒険者ギルドに入る。
時間はもう昼過ぎだ。
ギルド内は、朝ほどの賑わいはなかった。
さすがにまだ多くのものがクエストに走っているのだろう。
所詮、俺達が受けたのは十級のクエストだ。
ジャンボスライムなんてイレギュラーが発生したが、それもそう時間をかけずに倒せた。
そもそも、スライムが住み着いていた洞窟は近場なのだ。
これから昇級すれば、移動だけで時間を食うことになるかもしれない。
女神知識によれば、日帰りでこなせるクエストは、大体が低級冒険者向けのクエストなのだ。
正直、俺は日帰りがいいから、昇級とかしなくてもいいかなという思いがある。
たまに遠出するのならいいが、いつもとなるとしんどい。
まあ、疲労軽減スキルがあるので、一般人よりも疲れにくい体をしているのだが。
俺は、フローラがいる受付に並ぶ。
順番はすぐに来た。
「あ、ゲンタさん。もうクエストは終わったんですか?」
「うん。あんなものお茶の子さいさいだよ」
「わぁ、さすがです。それではスライムの核を見せてもらってもいいですか?」
俺はリュックから通常のスライムの核を取り出す。
「とりあえず、普通のスライムの核はこれだけ。大体二十体ほどいた」
「二十も……。思っていたより集まっていたんですね」
「うん。あとこれ」
俺は続けてジャンボスライムの核を取り出す。
それを受付テーブルに置くと、フローラは困惑した表情になった。
「これは……」
「ジャンボスライムの核だよ。同じ洞窟にいた」
「ジャンボスライム……!」
フローラが驚愕する。
「ジャンボスライムがいたんですか!?」
「そうそう、ただのスライムだけかと思ってたら、こいつがいてさすがにビビったよ」
「ジャンボスライムと言えば、ランク四のモンスターですよ! 普通、八級冒険者がパーティで倒す相手ですよ。このクエストを受けたのがゲンタさんで良かったです……」
うん? それは、お前はどうなってもよかったってことですか。
「他の十級の方が受けていたら、その方は死んでいたでしょうから」
よかった。俺のことを強いやつだと思っているだけだった。
いや、それもよくないけど。
あんまり勘違いされすぎるのは困る。
俺はまだ凄腕魔法使いではないのだ。
「っと、それより。ジャンボスライムを倒したんですよね」
「そうだね。倒したよ」
俺が、とは言わない。攻撃したのは全部エリナだ。俺は核を拾っていただけ。これがヒモってやつか……。悪くない。
とは言っても、ジャンボスライムに関しては、ほとんど自滅みたいなものだったけど。
それでもエリナがいなかったらトドメを刺せなかったから、エリナのおかげか。
やばいな俺。本当にただの寄生じゃないか。いや、彼女のせいで戦えない体になってるんだから、仕方ない。そうだ、仕方ない。
俺が万全の状態でも、魔法を使うことが出来ないから、どうこうできた訳じゃないけど。
ランダムサモンを使えても、いいものが出なければ無意味だ。
本当、なんでこんな使い勝手の悪いスキルを選んだの?
今なんて魔力が足りないから、ランダムサモンさん息してないよ?
異世界二日目でチート能力は使えなくなり、ステータスは弱体化って、考えてみれば結構ひどい状況ではないだろうか。いやホント。
「ゲンタさん」
フローラは、突如真剣な眼差しで俺のことを見つめてきた。
なんだ。告白でもされるのか。
だとしたらごめん。俺には心に決めた人が――別にいなかった。
いないな、心に決めた人。じゃあいいか。じゃあない、告白を受けてやろうじゃないか。
「ゲンタさんなら八級……いえ、七級冒険者に、今すぐにでもなれますよ」
告白じゃなかった。そうだと思ってたよ。
「それは買い被り過ぎじゃないかなー……なんて」
「そんなことないですよ! それだけの実力があれば、なれます」
今の俺は小学生並の運動能力しかない。もちろん魔法も使えない。
フローラは俺のことを凄腕の魔法使いと勘違いしていて、それならば本当に凄腕になってやろうと思ったりもして、だけどまだそれだけである。
さすがに今昇級するのは早すぎる。
いやだって、昇給すればより難度の高いクエストを受けなきゃいけない。
するとうんこステータスの俺は死ぬ。
それで終わりだ。
「いいんじゃないかしら、昇級すれば」
断ろうかとしていると、横にいたエリナが声をかけてきた。
俺は小声で返す。
「いや無理だろ。死ぬだろ」
「でも七級になったからといって、十級のクエストが受けられないわけじゃないわ」
「まあ、そうだけど……」
そうだが、メリットがない。
昇級しても十級のクエストを受け続けるのなら、昇給する意味などないだろう。
「七級になったとして、受けられるクエストが変わる以外に何かある?」
俺はフローラに尋ねる。
「そうですねー、ギルドの酒場で、割引が大きくなります」
ギルドの酒場は、冒険者ならば一般人より安く利用できる。
級が上がれば、より安くなるのだろう。
「ふむ」
それは節約になるな。
「あと、ギルドと懇意にしている武器・防具店などでも割引されますよ」
なるほどな。
俺は剣を持つつもりはないが、剣だけが武器じゃない。
あと防具はそのうち買いたかった。
十級でいるより、昇級したほうが安く過ごせそうだな。
なら昇級してもいいかもしれない。
「じゃあ頼むよ。でもいきなり七級って、いいのか?」
「最初はどうしても十級からになりますが、そのあとは飛び飛びでも問題ありません。有能な人をいつまでも低級にしておくわけにはいかないですから。もちろん、珍しいことではありますが」
「そうか」
フローラがにっこりと微笑む。
「それでは、クエスト帰りでお疲れでしょうから、明日でよろしいですか?」
「へ、何が?」
「何って、昇級試験ですよ。いきなり七級まで飛ぶんですから、ギルド側が直接実力を見るんです。言ってませんでしたか?」
「言ってない!」
昇級試験って。どうすんのさ。
エリナを見ると、彼女は頷いた。
「大丈夫でしょう。私はスライムを倒してレベルが上ったから、今日よりも戦えるわ。どうせあなた以外に私が見える人はいないでしょうし。私が魔法を使っても、ゲンタが魔法を使っているように見えるのではないかしら?」
「それもそうか」
「ええ。昇級しておいて損はなんでしょうし、協力するわよ」
「ま、ダメならダメでいいしな」
俺はフローラに視線を戻す。
「それじゃあ、明日で」
「わかりました。では明日の朝、ギルドに来ていただけますか? 詳細はそのときお話します」
「わかった。明日の朝か」
明日の朝、昇級試験が行われる。
試験という言葉は苦手だ。だがエリナに全部任せるつもりだから、気は楽だった。
昇給できないのであれば別にそれでもいい、ということもある。
「はい。それとクエストの報酬ですが、申し訳ないですが、事前に提示した額になります」
「え、そうなのか……」
「申し訳ないです」
ジャンボスライムと戦うことになったと言うのに。
まあ、それならそれで仕方ない。
ジャンボスライムの討伐報酬はもらえるわけだしな。
「ではこちら、クエスト報酬と、スライムの討伐報酬になります」
フローラにお金を渡される。
それなりの数のスライムを倒したし、ジャンボスライムという脅威度高めなモンスターも倒した。
これで小金持ちになってしまったな。
俺はお金を受け取り、財布にしまう。
軽く昼食を摂ったら、適当な店を冷やかしにでもいくか。
もし七級に上がれたら、割引が大きくなる。
今のうちに武器防具を見ておくのも悪くない。
「では、また明日、ちゃんと準備してきてくださいね」
「うん。また明日」
俺はこのあとの予定を頭に思い浮かべながら、受付をあとにした。




