16 洞窟から脱出
ジャンボスライム。
それがこの巨大なスライムの名前らしかった。
「ファイアーボール!」
エリナが遭遇して早々に、ジャンボスライムに魔法をぶち込む。
的はとても大きいから外れるわけもなく、ファイアーボールは衝突と同時に弾けた。
ジャンボスライムは体を震わせる。
ダメージは受けたようだが、死にはしない。
さすがにただのスライムとは違うようだった。
「ゲンタ!」
エリナが突如俺の名を呼ぶ。
「逃げるわよ!」
「おうとも」
当たり前だ。
ジャンボスライムのステータスを見てみれば、レベルが16とある。
それだけレベルが高いから、エリナの魔法を食らってもピンピンしているのだ。
ここは逃げた方がいい。
ジャンボスライムなんてモンスターがいたとなれば、これはもう十級冒険者のクエストではないだろう。
このまま逃げ帰っても、昇級にあまり問題はないはずだ。
そもそも、俺は昇級などどうでもよかった。
俺はジャンボスライムに背を向け走り出す。隣に並んだエリナが並ぶ。
後ろから追いかけてくる音がするが、ゆっくりだ。
巨体過ぎて、この洞窟が小さいのだろう。
挟まったようになって進むスピードが制限されているようだった。
出くわした瞬間は死んだなと思ったものの、簡単に逃げられそうである。
俺は安心する。
「危ない!」
エリナの声がした。
俺は後ろを振り返る。
するとジャンボスライムが、触手のように体の一部を伸ばしてきていた。
速い。俺は慌てて回避しようとするが、間に合いそうになかった。
触手が迫る。
攻撃を受ければ、体を貫かれて死ぬだろう。
その光景がふいに頭に浮かんだ。
次の瞬間、触手は炎の壁にぶつかった。
寸前で、エリナが魔法を発動したのだ。
焦りが頭を支配して、彼女の声が聞こえなかったので、ちょっと驚いた。
「た、助かった!」
「守るって言ったでしょう!」
かっこいい。
あやうく惚れるところだった。
「しっかし、ジャンボスライムまじやべー!」
なんちゅう攻撃しかけてくんねん。
俺は先程の攻撃を思い出しながら、逃走を続ける。
「触手はエロいことに使うものだって親から習わなかったのか、てめーは!」
振り返り、ジャンボスライムに文句を言った。
ちなみに俺もそんなこと親から教わっていない。
そんなこと教えるとか、どんな家庭だよ。
「あの程度じゃおさえられないわね」
ジャンボスライムは炎の壁を無理矢理突破してきた。
やばいな。まじやばい。超やばい。
あまりのやばさに語彙力が低下するくらいやばい。
これ、逃げられるのだろうか。
さすがにエリナも魔力がきつくなっているようだった。
ステータスを見るに、さっきの炎の壁をあと二回作れば魔法が使えなくなる。
それで、触手を防ぎきれることができるのか。
難しいか。
今の俺はうんこだ。
まともに戦うことは出来ない。
だから逃げるしかない。でもうんこの俺は、思ったように走れない。
昨日までは陸上選手並に走れただろうに、今じゃ運動不足の小学生みたいなものだ。
というか、このまま逃げてどうするのだ。
ジャンボスライムが洞窟を出てしまえば、移動スピードはより早くなるだろう。
そうなれば余計辛くなるに違いない。
触手攻撃を防いだ炎の壁が少しは足止めになっていたのか、俺とジャンボスライムの距離は開いている。
そしてこの距離ならばあの触手が届くことがないようで、何度か触手が伸びてきそうな場面があったものの、攻撃は受けていない。
俺のほうが走る速度は早い。
ジャンボスライムが洞窟で遅い移動をしている内に外に出れば、森に身を紛れさせて追えないようにできるのではないだろうか。
いい作戦だ。それでいこう。
そう考えたところで、後ろから大きな音が響いた。
慌てて見ると、ジャンボスライムが周りの壁に触手で攻撃をしまくっていた。
全然進めなくて苛ついたのかもしれない。
その攻撃により洞窟の壁が崩れ、広がる。
このままでは、普通に移動できるようになってしまう。
まずいな。
「まずいわね……」
エリナも俺と同じことを考えたようだ。
「やっぱりスライムは知能が低いわ。これ、洞窟が崩れるわね」
違うかった。
エリナのほうがちゃんと状況を見れていた。
心のなかでドジっ子とか言っちゃってごめんなさい。
ジャンボスライムのほうがよっぽどドジっ子だ。
だって、洞窟が崩れるということは――。
「生き埋め……」
「ゲンタもね。だから全力で走りなさい」
「最初からずっと全力だよ!」
「知ってるわ。顔が必死過ぎて面白い感じになってもの」
エリナが笑う。
俺は努めて真顔になった。
エリナは余計に笑った。
「こんな状況で笑うなよぉ!」
「仕方ないじゃない。ゲンタが変顔なんてするものだから」
「変顔のつもりないんですが!」
俺の顔が生まれつき変だということでしょうか。
それはないと思いたい。俺はフツメンのはずだ。
イケメンではなくとも、フツメンではあるはずなのだ!
「ほら、もうそろそろ出口よ」
エリナの言うとおり、出口が近づいていた。
そこから光が差し込んできているから、もう松明はいらないだろう。
俺は手に持っていた松明を後ろへ投げ捨てる。
ジャンボスライムに少しでもダメージを与えられればいいと思ったが、さすがはうんこステータス。
まるで届かず、地面に落ちたようだった。虚しい音だけが耳に入ってくる。
「よし出た……!」
心に虚しさをしまい込み、俺は洞窟を脱出する。
それほど入ってはいなかったのに、太陽の光が随分久しぶりに感じた。
「そのまま走り続けるのよ!」
立ち止まりそうになったが、エリナの声により足を止めることはなかった。
背後からは洞窟が崩れる音が響いている。
ついに耐えきれなくなったのだ。
ジャンボスライムも馬鹿だな。自分で自分を生き埋めにするなんて。
俺は音で、崩れた洞窟の破片が飛び散っていることを知る。
なるほど、エリナに注意されてよかった。
あのままあそこで立ち止まっていたら、崩れた岩石に押しつぶされていただろう。
俺はある程度逃げたところで、足を止めた。
「ここまでくれば大丈夫か?」
「そうね。一安心よ」
エリナはやれやれと肩をすくめる。
「ギルドはちゃんと調べて欲しいものだわ。普通の十級冒険者なら死んでいたところよ」
「ホントな。エリナがいなかったら俺死んでたわ……。いやまあ、エリナがいなかったらこのクエスト受けてないけど」
「助かったのだから、それでいいじゃない」
「ま、そうだな」
俺は頷く。
「それで、ジャンボスライムはどうなったんだ?」
「わからないわ。土煙で隠れてて……。でも、さすがに死んでいると思うわ」
「そうだといいけど」
俺はマップを確認する。
すると崩れた洞窟に重なって、赤い光点があった。
それに触れると『ジャンボスライム』と名前が表示される。
「まだ生きてるみたいだな」
「生きてるの……はぁ……」
徐々に土煙が晴れていく。
崩れた洞窟を見ていると、瓦礫が動いているのが確認できた。
隙間から、ジャンボスライムの体が見える。
俺はそれを鑑定して、体力を調べた。
さすがに洞窟が崩れたのは痛かったようで、もう体力は残り少ない。
大きな音を立て、瓦礫を飛ばしながらジャンボスライムが姿を現す。
陽光を受けた濃い青の体は、海を連想させる。
ジャンボスライムは大きく体を震わせ、体に張り付いてた瓦礫を落とした。
あの巨体に、威圧感。体の中にある真っ赤な核も、もちろん通常のスライムのそれに比べて大きい。その大きさはバスケットボール大――すなわち、核だけで通常のスライムほどの大きさだった。
大きな核は目玉のようにぎょろぎょろと動き、ちょっと気持ち悪い。
だが、強者の風格を感じられる。
ボスという言葉が俺の頭に浮かんだ。
ゲームで区切りごとに現れる、他より強いモンスター。
ジャンボスライムは、きっとボスモンスターだ。
体力は少ないながら、粘りを見せるに違いない。
さあ、ラストバトルだ――。
「ファイアーボール! ファイアーボール!」
ちゅどーん。ちゅどーん。
ジャンボスライムは死んだ。




