15 そして洞窟へ
「あれね」
「みたいだな」
俺はエリナと視線を合わせて、頷く。
俺達の前方には小さな洞窟があった。
あの洞窟が目的地だ。
マップを確認すると、あの洞窟の中にいくつもの赤い光点がある。二十個ほどか。
「二十体くらいいるみたいだな」
「二十体ね。それなら楽勝だわ」
エリナは腕組みをして、ふよふよと浮いている。
「じゃあ行きましょう」
エリナが先を行く。
俺はそれについていく形で、洞窟へと近づいた。
「松明はさっき買ったわよね?」
「ああ」
洞窟に入る直前に、俺はリュックから松明を取り出す。
エリナの魔法で火をつけてもらった。
洞窟内は暗く、光源がない。
きちんと用意していないと、まともに戦える空間ではないのだ。
「それじゃあ、おじゃましまーす」
俺は気の抜けた挨拶をしながら、洞窟に踏み入れる。
洞窟は小さなもので、屈まなくても入れる程度の高さはあるが、それでもあまり余裕はない。
俺は一応腰の短剣に手をやりながら、音を立てて洞窟内を進む。
少し行ったところで、何か音が聞こえた。
引きずるような音だ。
俺が立ち止まると、エリナも移動を止める。
「どうかしたの?」
「聞こえないか? 何か近くにいるみたいだ」
「何も聞こえないけど……いえ、来てるわね」
エリナにも聞こえたようだ。
俺は聴力強化のスキルがあるから、ちょっと耳が良いのだろう。そのおかげで彼女よりも早く存在を感知することができた。
ずり……ずり……、と何かがやってくる。
そいつはすぐに姿を現した。
「これが……」
岩陰からゆっくりと這い出てきたそいつは、水の塊のようだった。
深い青色の体は自由に形を変え、体の中央には赤い玉がある。
バスケットボールくらいの大きさのモンスター。
「――スライム」
こいつらを倒せというのが、俺が受けたクエストだった。
この洞窟にスライムが集まりだしているらしく、それを駆除して欲しい。そういう内容だ。
スライムはぐねぐねと波打つように体を揺るがし、俺を威嚇してくる。
スライムに物理攻撃はほとんど効かない。
だから魔法攻撃を主体にして戦わなければいけない相手だ。
そしてこちらには魔法少女エリナちゃんがいる。
スライムのレベルは高くないから、簡単に倒せるだろう。
まず危険はないと思うが、気は抜かずスライムを睨みつける。
「よし! エリナ、君に決めた! さくっとやっちゃって!」
「わかってるわよ」
エリナが「ファイアーボール」と呟く。
すると空中に火の玉が現れ、今にも飛びかかって来そうなスライムに向かっていった。
ファイアーボールはスライムに衝突すると同時、小規模な爆発を起こす。
あっという間にスライムの体力はゼロになり、びちゃびちゃと音を立てて、スライムの体が散らばった。
ファイアーボールが着弾したあたりには、赤いビー玉みたいなものが残される。
これはスライムの核だった。これを破壊すればスライムは即死するらしいが、討伐証明となる部位もこの核なので、基本は魔法で体力を減らす方法になる。物理攻撃しか手段のない人がスライムに出会ってしまったのなら、核を壊すしかないが。うまみはない。
だからスライム討伐というのは、魔法使いが請け負うクエストという認識だそうだ。
俺は凄腕魔法使いとフローラに認識されているから、何か言われることもなくクエストを受けることが出来たのだろう。
「また来たみたいね」
戦闘の音につられてきたのか、その場を動くことなく、新たなスライムと遭遇した。
「さあ、さっきみたくやっちゃって!」
エリナに任せておけば安心だ。
ばんばん魔法を放って、スライムを倒してくれ。
しかしエリナは動かない。
魔法を使おうとしなかった。
「どしたん。早く倒してくれないと俺の身が危ないんだけど。俺今ステータスがうんこなんだけど。死ぬんだけど」
「いえね、私ってレベルが下がってるじゃない。だから魔力の最大量も少なくなってるのよね。そのことをさっき思い出したわ」
「え、それってまさか、もう魔法が打てないとかそういうことを言ったりするわけじゃないよな……!」
「まだ打てるわよ。でもほら、二十体もいるのでしょう? それをすべて倒しきるのは難しいと思うの」
「それじゃ、クエストクリアできないってことじゃないですかー。やだー」
俺はがっかりする。
楽勝とか言っておいてこの仕打だよ。
もっと早いうちに思い出しておいてほしかった。今頃思い出すとか、こんにゃろが。
「あ、でも、今日中にとは書いてなかったよな。確か三日後までだったか。だったら今日は倒せるだけ倒して、また明日にすればいいんじゃないか」
「それは無理よ」
「なんでだよ」
エリナは腰に手を当て、俺に振り返る。
「楽勝とまで言ったのに、引き下がれるわけないじゃない」
「そんなプライド捨ててしまえっ!」
このままじゃ俺は命を捨てることになりそうなんだけど。
スライムが襲いかかってくる寸前なんだけど。
「魔力を節約するいい方法があるのだけど……手伝ってくれるわよね」
「手伝わないけど!? 明日でいいじゃん!」
「大丈夫よ。私がついてるから、死にはしないわ」
「ほ、本当だろうな。魔力が少なくなってるって言ってたけど?」
「大丈夫って言ってるじゃない」
さっきまでは信頼があったけど、なんか不安になってきた。
エリナって、ドジっ子な気がするんだよな。
魔力が下がってるということを忘れていたし、封印されたのは油断していたからだと言っていた。
安易に憑依させちゃったな。
まあいいけど。
顔がよけりゃなんでもいいんだ!
などと暴論じみたことを心中で叫びつつ、俺はスライムを指差す。
「とりあえずさ、こいつどうにかしてよ」
スライムはもう目の前だ。
早く倒してくれないと、うんこステータスの俺は簡単に死んでしまう。
「っていうかこいつだけじゃなく、他にも来たんだけど。ずりずりって音が聞こえるよ。たくさん聞こえるよ。俺にはそれが死神の足音に聞こえているよ、エリナさん」
マップを見れば、十体ほど――この洞窟にいるスライムの半数が俺に集まってきていた。
「これはあれだね。ゲンタくん享年十六歳になるんじゃないかな」
一回死んでるから、享年十六歳で間違ってはいない。
いやでもこうして生き返っているから、違うか。
まあ、すぐに違わなくなるだろうが。
「ならないわよ。安心しなさい。あなたは私がやってほしかったことをやってくれたわ。それにスライムは足が遅いから、いくらステータスが下がっているとはいえ、走れば十分逃げられるわよ。そういうことも考えてこのクエストを選んだのよ」
「なんだ、よかった」
囲まれているわけではないから、入り口に走れば簡単に逃げられそうだった。
安堵の息を吐きだしつつ、俺は後ろに下がる。
スライムが近づいてきているからな。一定の距離は離れないと、怖い。
「で、どうするんだ?」
「まとめて焼き払うのよ。一体一体倒すより簡単で魔力も節約できる、最高の作戦よ」
「確かに」
俺は頷く。
一気に倒したほうが楽だ。
ゲームでも、ザコ敵を範囲攻撃で一掃するのはよく使われる手である。
「あなたが騒いだおかげで、スライムは集まってきたわ。……そろそろいいわね。あまり多すぎても困るわ」
エリナが両手を前に突き出す。
魔法を使う気だ。
「いくわよ! ファイアーレイン!」
エリナが叫ぶ。
するとスライムたちの上、洞窟の天井付近に、赤い粒が大量に生まれる。炎の種だ。
それは瞬く間に膨れ、炎の雫となってスライムたちに降り注ぐ。
「うおお……」
十秒ほどで魔法が止んだあと、その場に残るのはスライムの死骸ばかりだった。
「すっげ! さすがエリナ! 俺の師匠なだけはあるよ!」
「ふふん。この程度造作もないわ」
エリナが胸を張る。
俺は彼女をおだてた。
そうしていると、またスライムが寄ってくる。
だがこの程度、雑魚中の雑魚だ。
エリナの手にかかれば、赤子の手をひねるようなものだ。
再びのファイアーレインで、スライムは殲滅される。
あっという間の出来事だった。
俺は散らばるスライムの核を拾う。
完全にサポートだ。でも楽でいい。
二十個ほどだからすぐに拾い終わった。
俺は核を、買っておいた袋にまとめ、リュックにしまう。
「これでここのスライムは全部かしら?」
エリナが俺に尋ねてくる。
「どうだろ。ちょっと確認する」
マップを見る。
すると洞窟の奥に、まだ一つだけ赤い光点が残っていた。
ひどくゆったりとしたスピードで、こちらに近づいてきている。
「まだ一体残ってるみたいだ」
「そう。じゃあ、早く倒してしまいましょう」
俺はそれに同意して、最後のスライムの元に向かう。
そして、見た。
「はい死んだ」
洞窟を埋めるくらいの――二メートル近いスライムが、目の前にいた。




