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14 幽霊少女の力

 鳥の鳴き声が聞こえ始めるころ、俺は夢から帰還を果たした。

 変な夢だった。

 エリナと名乗る幽霊少女に憑依されるという夢だ。

 あんなかわいい幽霊に取り憑かれるなんてうらやましかー。

 うらやましかー、と何度も夢の自分に言葉を送りながら、俺は目を開ける。


 すると、半透明の少女が俺を覗き込んでいた。


「あ、起きたのね。おはよう」

「お、おはよう」


 夢じゃなかったんですね。そうなんですか。

 そういえば夢じゃなかったわ。

 名乗りあったあと、すぐに眠ったのだと思い出す。


「今度こそ朝だな」


 窓から朝日が差し込んできている。

 柔らかな日差しに目を向けていると、寝起きのかすれた意識がはっきりとしてきた。

 俺は大きなあくびをして、体を起こす。


 ベッドの脇にはエリナが立っている。というより、浮かんでいるのか。まさしく幽霊だな。

 俺の視線に気づいたエリナが、「どうかしたの?」と首をかしげる。

 なんでもない、と答えながら、俺は脳内でこれが朝チュンというやつか……と考えていた。

 違うか。アレコレしたわけじゃないしな。というか、そもそも出来ない。彼女に触れることが出来ないのだ。幽霊だからな。

 もしかするとそういうスキルがあったりするのかもしれないが。あいにくと、俺に出来るのはエリナを見ることと彼女の声を聴くことだけだった。


「んじゃ、支度をしたらギルドに行くか」

「そうね。早速モンスター討伐よ!」

「おー!」


 さっさと支度を済ませよう。

 受付にいたペッコに聞けば、宿の裏に井戸があるらしい。そこで顔を洗ったりしてから、俺達はギルドへ向かう。

 道すがら、エリナと雑談をしていると、村人から奇異の目をで見られた。

 ああ、そうか。他の人にはエリナが見えないし声も聞こえないのだ。俺がたった一人で話しているように見えるのか。これは気をつけないとな。


 冒険者ギルドに入ると、もうそれなりの人がいた。

 鎧を装備しているものが目立つ。皆冒険者のようだった。

 俺は受付の一つに並び、順番を待った。もちろん、フローラのところだ。

 すぐに順番は回ってきて、フローラが俺の名前を呼ぶ。


「あ、ゲンタさん! 今日もクエストですか?」

「うん。今日はモンスター討伐クエストを受けようと思ってるんだけど」

「わかりました! ただ十級冒険者が受けられる討伐クエストは、ランク一のモンスターが大半なんです。ワーウルフを倒せるゲンタさんには失礼かもしれませんが、ギルドの決まりなのでご理解ください」

「い、いや、全然いいよ。むしろ弱いやつのほうが嬉しい。ほら、俺って冒険者としてはまだまだ新米だからさ、地道にやっていきたいなって思ってるんだよね」


 本当は、憑依されているせいでステータスが低くなってしまっているから、強いモンスターと戦いたくないからだが。

 そんなことは言えないので、それっぽいことを言っておいた。


「では、こちらがモンスター討伐クエストになります」


 フローラは紙束を俺に渡してきた。

 それぞれの紙にクエストの詳細が書かれていて、ここから選べばいいわけだ。

 俺は一枚一枚めくりながら、隣に浮かぶエリナにちらっと視線を向ける。


「どれがいい?」


 フローラに聞こえないくらいの小声で尋ねる。


「そうね……これにしましょう。私も封印から解放されたばかりだし、とりあえずこれくらいのモンスターを相手にしてみましょう」

「了解」


 エリナが選んだクエストをフローラに伝える。


「これは……通常数人で受けるものですけど、ゲンタさんなら問題ないでしょう。では頑張ってきてくださいね!」

「え、数人……」


 俺は戦えないから、実際戦うのはエリナだけになる。

 数人で受けるクエストを、一人で……大丈夫なのか?

 エリナは何も問題はないという風に、平然とした顔をしている。

 もう受けてしまったし、信じるしかないな。

 どうにでもなれ、の精神で行こう。行くしかない。




 というわけで、森の中。

 村を出る前に、雑貨屋でリュックなどを買ってきたので、気持ちはエリナの荷物持ちだ。

 今度はあの婆さんのお茶出しを阻止できたので、素早く買い物を済ませることが出来た。あの人、隙あらばお茶や菓子を出そうとしてくるんだから、困ったものだな。


 とにかくこれで多少は冒険者然としたのではないだろうか。

 前は学生服をだらしなく着ているだけだったからな。

 今は装備にリュックが追加され、腰にはフローラの短剣がある。鎧なんかはないが、十級冒険者だと思えば、こんなものだろう。

 同じ駆け出しであるはずのヤーコブは簡単な鎧を着ていたが。でもあいつは元々この世界で暮らしてきたのだから、元手はあったのかもしれない。


 マップで周囲を警戒しながら、俺は歩く。

 隣には空中をふよふよと漂うエリナの姿があった。


「そうやって浮かんで動けるって、楽そうでいいよな」

「そうね。でもそのかわり、幽霊は大変なのだけど。放っておくとレベルは下がるし、何にも触れられないし、だから食事ができないし、眠ることも出来ない。まあ、眠気を感じたりもしないからいいけど」

「うへ、大変だな。あれ、でもそれなら、剣士が幽霊なったら戦う術なく消えてしまわないか?」

「憑依すればいいのよ。そしたらレベルは下がらないわ。それに取り憑いた人がモンスターを倒せば、経験値は幽霊にも行くのよ。もちろん逆もだけど」


 ということは、世間での幽霊の認識は悪いものなのかもしれない。


「ステータス下げられるし経験値も取られるって、誰も憑依されたがらないだろうな」

「そうなのよ。私は魔法が使えるから自分で戦えるけど、そういう幽霊は多くないから。普通は害のある存在としか認識されないわ。あなたに出会えてなかったら、私もそう思われて、聖職者に消されたかもしれないわね」

「だな。ってことでたくさん感謝して、俺を守ってよ。じゃないと簡単に死んじゃうから。ステータスがありんこ並になってるから」

「わかってるわよ。あなたのことは全力で守るわ。あなたに死なれたら私も大変なんだから」


 任せた、と俺はエリナに命を預ける。


「それにしても、さっきからモンスターと出くわさないわね。そろそろ一匹くらい見かけてもおかしくないと思うのだけど」

「ああそれは、俺が避けてるからね。モンスターがどこにいるかわかるスキルがあるんだよ」

「それで……呑気そうに歩いてたのね。てっきり私の力を信用しているのかと思っていたわ」

「まだ一回もエリナの本気を見てないから、信用は……どうだろう。してないわけじゃないけど」


 かわいい女の子の言うことだからね! 俺は信じるよ!

 それにしても、俺ってすごく騙されやすそうだな。


「それならクエストに挑む前に、一度戦ってみましょうか」

「そうだな……。そうすれば俺も安心できるか」

「でしょう? なら手頃なの探してちょうだい。モンスターの場所がわかるのでしょう?」


 マップを見る。

 手頃なモンスター、か。

 やはり脅威度が低いほうがいいだろう。ならば狙うはゴブリンだ。

 ちょうどよく、俺から数百メートル離れた位置に、一体のゴブリンがいた。

 一体だけならば、もしものことが起こっても逃げられるだろう。


 俺はエリナを連れ、マップを頼りにゴブリンの元へ移動する。

 それほど時間は掛からず、ゴブリンが見えてきた。

 俺は強化された視力で相手がわかるが、ゴブリンはまだ俺達に気がついていないようだった。エリナもまだゴブリンを見つけていないようなので、まっすぐ進んだ先にいることを伝える。

 エリナはこくんと頷くと、深呼吸の真似をした。


「久しぶりの戦闘のせいか、少し緊張するわね。相手はゴブリンだというのに……」

「ま、頑張ってよ」

「ええ、もちろんよ」


 エリナがゴブリンを発見する頃、あちらも俺に気がついたようだった。

 一声上げ、手にした棍棒を振り上げつつこちらに迫ってくる。

 弱いとされるゴブリンだが、凶悪な面が接近してくるのを見れば恐怖心を抱いてしまう。そもそも俺のステータスは低くなっているから、俺よりゴブリンのほうが強い。

 あれ、これもしものことがあっても逃げるの難しくない?

 やばくない?


「よし、じゃあ殺す気で放つウォーターボールがどういうものか、ゲンタに見せてあげるわ。あなたの頭を冷やすときとの違い、よく見ておきなさい」


 エリナはそう宣言すると、びしっとゴブリンを指差した。


「ウォーターボール!」


 叫ぶと、エリナの指先に水球が現れる。

 俺が食らったときはこぶし大だったが、今回は倍の大きさまで膨らむ。

 そして次の瞬間、水球は高速で放たれ――ヨダレを垂らしながら奇妙な声を上げて走っているゴブリンにぶつかった。顔面のど真ん中だ。


 するとゴブリンは数メートル背後に吹っ飛び、地面を二度跳ねたところで止まった。

 顔が潰され、顔面は血だらけだ。顔のパーツを一つ残らず破壊されている。ただでさえ醜い顔がさらに醜くなっていた。これだけでも十分死に至らしめる傷だ。

 だが、何より、首が折れていた。

 よく見れば千切れかけているように思える。

 これは死んだな、と思って鑑定してみれば、体力は0を表示していた。


「…………」


 こ、怖わぁ……。

 何これ、怖い。

 怖いという単語しか頭に浮かんでこないんだが。


「どう?」

「しゅごい」

「すごいって言ったの?」


 俺は頷く。


「そうでしょ。これが私の力よ! だから安心して憑依されるといいわ」


 確かに、これで安心はできた。

 これほどの力があれば、俺を守るなど容易だろう。


 それにしても、やっぱり魔法ってすごいな。

 思い出せば泥団子爆弾のほうが威力はあったが。あれはゴブリンを肉片にしてたからね。

 ともかく泥団子爆弾には及ばないものの、かなりの威力を誇っていた。

 もちろん魔法はあれだけではないだろうから、泥団子爆弾よりも高威力の魔法もあるだろう。


 これはますます魔法を使いたくなったな。


「エリナ――いや、師匠! 俺に魔法を教えて下さい!」


 俺はエリナに頭を下げる。

 突然の言葉に驚いているのか、エリナの返答はない。

 仕方ない。続けて俺は土下座した。


「師匠! どうか!」

「ちょ、ちょっと、やめてよ。立って、ほら立って。額に土がついてるわよ。私は触れないから自分で払いなさい」


 俺は立ち上がり、額についた土を払い落とす。


「それで答えは!」

「えっと、魔法を教えてほしいのよね? 別にいいわよそれくらい。憑依させてもらっているのだし。レベルを上げてあげるってだけじゃメリットが少なかったでしょ」

「やった! ありがとう師匠!」

「対等な関係なのだから、変わらず名前で呼んでくれたらいいわよ」


 魔法の師匠ゲットだぜ。


「とにかく、魔法を教えるのはクエストを終わらせてからね」

「そうだな。じゃあさっさと終わらせますか」


 俺はマップを確認する。

 少し行ったところに、赤い光点がいくつもあった。

 目的地まであとちょっとだ。

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