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13 幽霊との交渉

【憑依:霊に取り憑かれている状態。ステータスが低下する。】


 なるほど。

 憑依されているせいで、ステータスが低下しているらしい。

 だから220あった体力と魔力が、20になってしまっているのだ。


「うええっ! レベル1のときより大分低くなってるじゃん!」

「ご、ごめんなさい。でもそうしないと私が消えてしまうのよ……」

「成仏すればいいと思うんだけども。とってもいい案だと思うんだけども」


 女神様! こいつを導いてやってください!

 両手を組んで強く祈る。


「ちょ、ちょっと。私はまだ消えるつもりなんてないわ。何祈ってるのよ」


 少女が俺を止めようと肩を触ってきた。

 しかしその手は俺の方に触れることなく、通り抜ける。

 何かゾクっときた。


「うひょっ」

「あ、ごめんなさい」

「い、いや、別に」


 変な声を出してしまったな。

 何というか、普段触られないところを触られるような感じだった。こそばゆいような、そうでもないような。よくわからない感覚。


「とにかく、私はまだ消える気はないわ。自立して動けるようになるまででいいの。モンスターを倒して、ある程度レベルが戻れば、あなたから離れるわ。それまでレベル上げを手伝ってくれたら、それだけでいいの」

「手伝うったって、こんなステータスじゃモンスターに近づきたくないんだけど」


 魔力を50使うランダムサモンが使えない状態だ。

 切り札がゼロなのだ。


「大丈夫、あなたは私が守るわ。さっき魔法を使ったの見たでしょ? レベル1にまで戻ってしまったけど、まだいくつか魔法が使えるわ。それでモンスターを倒せるから」

「え、じゃあ俺が行く必要は……」

「私はあなたに憑依してるのよ? あなたから離れられないの。だから、あなたにモンスターを探してもらって、私が倒す。簡単な話よ。それに憑依されている人にも経験値はいくから、あなたのレベルだって上がるわ。悪い話じゃないと思うの」


 つまり俺はモンスターを見つけるだけで、他に何もしなくてもレベルが上がるわけだ。

 そして少女のレベルが上って俺から離れれば、ステータスは元通り。

 所謂寄生ってやつだな。


「でも俺、あんたがどれくらい強いのかわからないんだけど。というか弱いんじゃないの。さっきの水の魔法だって全然威力なかったよな?」

「あれは弱めて打ったのよ。本気で放ったらあなたの首が折れてるわ」

「首……折れて……」


 怖いな! そんな魔法を使われたのかよ。


「ふふん。意識的に魔法の威力を落とすなんて、そのへんの魔法使いじゃ出来ない真似なのよ! これでも生前は力ある魔法使いだったんだから。レベル1だからってそんじゃそこらの魔法使いと一緒にされたら困るわ」

「ほーう」


 女神知識によると、魔法は操作が難しいとある。

 少女が嘘をついていたりはしないようだ。


「ま、悪い案じゃなさそうだし。取り憑いてくれていいよ」


 ちゃんと見てみればきれいな顔立ちをしている。

 可愛い系と美人系の中間くらい。可愛くもあり、美しくもある。最強かよ。

 そう思うとなんかドキドキしてきた。節操なしかよ俺。相手は幽霊だぞ。

 いや種族差別はよくないな。幽霊だからなんだ。それに元々は人間じゃないか。

 全然いける。


「ありがとう。まあ、ダメだって言われても離れるつもりはなかったのだけどね」


 マジか。

 断っても離れるつもりはなかったって、もしかして俺に惚れてるの?

 一応あの人形の封印から助け出したことになるみたいだから、それが原因かな。


「そこまで俺のことを好いているのかー。いくら助けたからって、そんなに惚れられるのはこまるなー。へへっ」

「別にあなたに惚れたわけじゃないわよ。だからそのニヤニヤ顔止めなさい」


 違うのか。残念。

 じゃあなんで離れるつもりはなかったなんて言ったんだろう。

 俺がダメだったら、ヤーコブにでも憑依すればいいんじゃないかと思うのだが。


「何故あなたじゃなきゃダメなのか、っていいたげな顔ね」

「すごい、当たってる。そこまで俺のことが分かるだなんてもう夫婦以上じゃないかな。一緒に子供を育てないか?」

「と、突然何を言い出すのよ。や、やめてよねそういう冗談」


 動揺してる。

 脈なしではなさそうだ。


 というか俺は何を言い出しているのだろう。

 男相手ならふざけたこと言いまくるが、女相手にそういうことはあまり言わないのがゲンタくんだよ?

 それがこのザマとは。

 深夜テンションってやつかね。いやあれは起き続けているからのものか?

 でも俺は普段こんな夜中に起きていることなんてないから、妙なテンションになっていてもおかしくない。


 と冷静に思考してみると、落ち着いてきた。

 すると先程のプローポーズじみた発言に対し羞恥心が沸き起こる。

 俺の心中を一言で表すならこうだ。

 ――やばい恥ずい。


「と、とにかく、話を戻すわよ!」

「お、おう。戻そう戻そう」


 助かった。あの話を続けられていたら恥ずかしさで死んでいた。


「憑依するだけなら、別に誰でもできるのよ。でも知っての通り、憑依された相手はステータスが低下する。そしてステータスが低い相手に憑依してしまったら、低下しすぎてその人は死んじゃうの。だから不用意に憑依する相手は変えられないのよ」

「死ぬ。死ぬ? え、じゃあ俺も危なかったんじゃ」


 体力も魔力も20になってしまっている。

 結構ギリギリだったのかもしれない。


「そ、そうだけど……。でも、あなたは弱っていたとはいえ、封印を壊したわ。だからそれなりの力はあると思ったの。死なない可能性のほうが高かったから、思い切って憑依したのよ」

「死ぬ可能性も高くないだけであったのか……」

「あなた冒険者でしょ? モンスターを倒そうと思ったら、死ぬかもしれない状況に身を置かなければいけないわけじゃない? 毎日が死と隣り合わせなら、今更気にすることじゃないわ」

「お前が言うなと言いたいが……ま、いいよ。生きてるし」


 少女はほっとした顔をした。


「あ、でも、それだけが理由なら、俺が助けになれると思うよ?」

「どういうことかしら」

「鑑定ってスキルを持ってるから、他人のステータス見れるんだよ。それでステータスが高いやつを見つけて、憑依すればいいじゃないか」

「鑑定……! 珍しいスキルを持ってるわね。確かに、それがあれば死なない相手を見つけられるでしょうけど――理由がもう一つあるの」


 少女が指を一本立てる。


「あなた、私のことが見えてるでしょ?」

「うん。ばっちり」

「実は私、普通の人には見えないし、声も聞こえないの」

「見えないって、おれも普通の人のつもりなんだけど」

「ちょっと普通とは違うのでしょう。そうね……目に関するスキルは持ってないかしら?」

「持ってるけど」


 視力強化、というスキルを保有している。

 目に関するのはこれだけだ。


「おそらく、そのスキルの効果ね。それで私が、幽霊が見えるのよ。あと聞きたいのだけど、耳関係のスキルは持っている?」

「もちろん」


 聴力強化がある。


「ならそのスキルの効果で、私の声が聞こえているのだと思うわ。やったわね。霊の姿が見えて、声を聞くことができるなんて、世界に数えられるほどの人しかいないと思うわ」

「なるほど。普通は幽霊なんて見えないし声も聞こえない存在なわけか。……で、それが理由ってどゆことなん?」


 少女はこほん、とわざとらしく咳をする。


「あなたは、私が見えていなかったとして、ある日突然ステータスに憑依なんて状態が示されていたらどうするかしら?」

「とりあえず塩を頭から被るかな」

「ごめんなさい。ちょっと意味がわからないわ」


 なんてこった。

 除霊アイテムとして塩は有名だと思ったんだが。この世界では違うようだ。


「じゃあ、えっと、白い紙のついた棒を振るって「悪霊退散!」て叫びまわる」

「ごめんなさい。それもちょっと意味がわかりかねるわ」

「そうですか……。なら……」

「あ、いいわ。もう正解を言うわね。聖職者に除霊を頼みに行く、よ」


 なるほど、専門家に頼むわけか。


「それがどうか……あ、そうか」

「そういうことよ。普通は私を消そうとするのよ。その前に逃げても、同じことの繰り返しね。だから私はあなたじゃないとダメなの。交渉ができる相手なんて、まずいないから」


 あなたじゃないとダメ、ってところでドキッとした。

 男心を弄びにきてますわ。


「鑑定を使えば、話せる相手を探せそうだけど……」

「さっきも言ったように、そういう人ってすごく少ないのよ。それにもし見つけたとしても、憑依することに納得してくれるかわからないわ。なら、もう交渉が成立しているあなたに取り憑き続けたほうがいいわ」

「それもそうか」


 ステータスがすごい下がるからね。

 レベル上げしてくれるとはいえ、低ステータスでモンスターと対面するのは避けたいだろう。普通なら断る案件だ。

 俺も最初は拒否しようかと思ったりした。

 だったら何故受けたのかというと、一つはレベル上げしてくれるのが魅力的だったこと。もう一つは彼女がかわいくきれいな女の子だったこと。


 そして最後の一つ。

 彼女に魔法を教えて貰いたい、と考えていた。


「……あ、これから一緒に過ごすのだから名前を教えないといけなかったわね。私はエリナ。これからよろしくお願いするわ」

「俺はゲンタ。よろしく」


 エリナは、にこりと笑みを浮かべた。

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