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1. シヲリ,ゲオルギウス殿下の肉体に宿る

事実に触発されて書かれた「全くのフィクション」です.アメフラシを見ていたら思いついてしまったんです,ゴメンナサイ.

「きゃぁっ」

海底に響き渡った耳を劈くような悲鳴によって,様々なモノたちが早朝の微睡みから叩き起こされた.ただ,彼らは一様に寝惚け眼を擦りながら首を傾げた.というのは,その声音が鈴の音のようなソプラノではなく,野太い重低音だったからである.


勿論,声の主の部屋の隣室に控え,うとうとうたた寝していたミハイル=ハーゼも,文字通り飛び起きた.そして,隣の部屋に駆けつけた.すると,彼の敬愛する主であるところのゲオルギウス=アプリュシア王子が,顔を真っ赤にしてえぐえぐ泣きながら紫汁まみれのシーツに女の子座りをして,額から生えた2本の細い触角と,先端からまだ紫汁を流し続ける細長い尻尾を不安げにゆらゆら動かしている様を目の当たりにし,硬直することになった.というのも,殿下は泣き顔がキュートな幼児でも少年でもなく,がたいの良い硬派で寡黙な青年(25歳)なのだから.そのようないい年の大人が,顔が真っ赤になるほど泣いて,驚きを感じた時にのみ分泌される紫汁まみれになるとは,いったい何が起こったのか….


自他ともに認める出来る侍従であるところのミハイル(36歳)もあまりの大惨事に流石に現実逃避の長考に入りかけたが,ゲオルギウスのしゃくりあげる音が耳に届いたことで我に返り慌てて王子の側に駆け寄った.いつものように膝をついて伺候しようとしたところで,急に立ち上がった殿下に勢いよく抱き着かれた.自分よりも頭一つ大きい殿下に文字通り抱き締められて,魂が抜け出かけたが,全力で自分を締め付けている殿下がプルプル震えているのに気づくとなんだか可哀想になってきたので,彼の背中に両腕を回し,子供にするようにぽんぽん叩いてやった.すると,だんだん腕の中の震えが落ち着いてきたのでホッとしながら,「まずは,湯あみと着替えの準備をしなくちゃなぁ」と今後の予定をシミュレーションしていたが,我に返った殿下に力いっぱい突き飛ばされた.ミハイルの中肉中背の肉体は理想的な放物線を描いて吹っ飛び,「ゴスッ」というものすごい音を立ててテーブルに衝突した.「嗚呼,何という理不尽…」今度こそ,ミハイルは暫し失神という名の現実逃避を果たしたのであった.




―――

シヲリは混乱していた.朝目覚めたら,見たことの無い部屋の見たことがないベッドで横になっていた.慌てて飛び起きると,自分も自分(・・)じゃなかった.目の前には褐色の骨ばった大きな手.柔道選手のように逞しい腕を動かして頭を触ってみると,とげとげした短く硬い髪の毛に触れる.こんなに髪を短く切ったことは無いし,そもそもわたし(・・・)の髪はこんなにごわごわしていない.視界の隅でゆらゆら揺れている2本の褐色の細い棒にも触れてみるが,「ひゃん」と変な声が出てしまい,慌てて両手で口元を押えた.「え?あれ?」何だか声もおかしい.口の周りにもとげとげした異様な感触を感じる.「まるで男の人の身体みたい…」ごくりと生唾を飲み込み,そろそろと視線を落としてみると逞しい胸が,割れた腹筋が目に入り,赤い芝生のような茂みの中に鮮やかな山吹色の棒が生えていて…

「きゃあっ」

シヲリは思わず悲鳴をあげた.混乱の余り涙が流れ出て止まらない.呆然自失でしゃくりあげていると,お尻がムズムズして,お臍の辺りもさわさわして,おまけに足の辺りが冷たい.視線を落とすと,お腹の周りに褐色の細い管のようなものが巻き付いていて,その先端からシソジュースみたいな色の紫色の粘液が分泌されていた.

「ひっく,もう,ひっく,なに,なんなの,ひっく,これしっぽ,ひっく,なんれ,この汁止まらないの,ひっくひっく」


シヲリが混乱の極みにあったまさにこの時,褐色肌で黒髪のおじさんが勢いよく部屋に飛び込んできた.彼は暫しフリーズしていたものの,すぐにシヲリの方に駆け寄ってきてくれた.彼はこの時のシヲリには救世主のように見えた.だから,不安でいっぱいだったシヲリは思わずおじさんに抱き着いた.おじさんは今のシヲリよりも一回り小さかったけれど,優しくシヲリをあやしてくれたので,そのうちに気持ちも落ち着いてきた.で,ふと,自分が全裸でおじさんに抱き着いていたことに思い至り,つい彼のことを突き飛ばしてしまった.あっと思うも後の祭り.おじさんは軽やかに宙を吹っ飛び,ソファーの前に置かれた頑丈そうなテーブルの角に思いっきり頭を打って動かなくなってしまった.シヲリは慌てておじさんをベッドに運び,水差しの水で濡らした布で瘤を冷やした.おじさんはすぐに目を覚ましたが,自分がシヲリ(今は全裸男)に膝枕されながら介抱されていたことに気づき,耳まで真っ赤になった.おじさんは海老のように飛び上がり,「殿下,すぐに帰ってまいります」と叫びながら部屋を出ていってしまった,真っ赤な顔のままで,シヲリが分泌した紫汁まみれのままで.

「ふふ」

その姿を見たシヲリは,不安でいっぱいだった心が少しだけ楽になったような気がして,ちょっとだけ微笑んだ.



―――

ミハイルは混乱していた.ゲオルギウスのことは卵の頃からよく知っているが,あんなくしゃくしゃの泣き顔も,不安そうに触角をぴこぴこ動かす姿も,子供のように自分に抱き着いてくる姿も一度も見たことがなかった.寡黙で優しい青年だから気を失った従者を介抱してくださることはあり得るかもしれないけれど,それが膝枕付きとなると些か怪しくなる.うん,膝枕は無い,膝枕は無いわー.アレはホントに恥ずかしすぎる,ううう,おれのような冴えない容姿のおじさんに膝枕してくれるとか,あうあう.もう,膝枕はどおでもいいんだよ,うー,あー,えーと,となると,あのゲオルギウスはどうしちまったんだ?幼児退行?記憶喪失?若年性痴呆?全く訳が分からん…


このように彼の心の中は千々に乱れていたものの,流石は王子付きの侍従,ミハイルは涙と鼻水と紫汁まみれの殿下の状況を改善すべく,きびきびと湯あみや着替えの用意を整え,殿下の仕事場である役所にも病欠届を提出してきた.そして,殿下の部屋に取って返し,文句を言う間も与えずゲオルギウスの身支度を整え,食事を摂らせた.そして,食事を終えるやいなやゲオルギウスをソファーに座らせ,自分はその足元に跪き,おもむろに問いかけた.

「殿下,今朝はどうなさったんですか?・・・・・,あーもう,率直に言うがな,お前今日大分変だぞ,おれなんかにひ,ひ,ひ,ひじゃ,うぅ,膝枕してくれたりとかして.一体,どうしちまったんだ?」


―――

おじさんに問いかけられて,シヲリは「嗚呼,来るべきものが来たな」と思った.この場合,どのように答えるのが正解なのかを暫し考えてみる.が,この身体の本来の持ち主について全く知らない身としては,どうすべきなのか皆目見当がつかない.しかも,この善良そうなおじさんには自分のめちゃくちゃ格好悪い姿をもう十二分に見られてしまってもいるので,今更取り繕ってもどうしようもないような気もしてきた.だから,素のままの自分で行くことにした.人生なるようにしかならない.困ったことが起こったら,その時にまた考えれば良いのだから.根暗だからこそ,シヲリはポジティブシンキングなのである.


「先ほどは,突き飛ばしてしまって申し訳ございませんでした.」

シヲリはまず,立ち上がっておじさんに深々と頭をさげた.その後,出来るだけ丁寧に自己紹介をしてみた.

「わたしはカメヤマシオリと申します.ご存じないかもしれませんが,日本出身の16歳です.朝目覚めたら,この体でこの部屋にいたんです.」


「シヲリ? え,ゲオルグ殿下でないのですか? 16歳? うわー,若いなぁ.ニホン,ニホン…,あー,あの日本ね,やたらマグロをいっぱい獲ってく国の,うん,日本というのは私も知っています.となると,シヲリ殿は人族なのですね.えーっと,それで,シヲリ殿はゲオルギウス殿下をご存知ですか? 」


「存じ上げませんが…,あ,もしかして,この身体の本来の持ち主の方ですか?」


「(うう,あのゲオルグが小首を傾げてる.何という違和感,何という視界の暴力…)ああ,そうです.ゲオルギウス=アプリュシア,このアプリュシア王国の第34王子であらせられます.まぁ,実際のところは王位には全然縁も興味もないただの平文官なんだけどね.で,私はゲオルギウス殿下の従者のミハイル=ハーゼ.ミハイルって呼んでください.」


「ふえッ,この身体,お,王子様のものなんですか!? わわわわたし,とんでもなく不敬じゃないですか.えー,何でそんなスゴイ人の身体にわたしの意識が入っちゃったかな.うう,元の身体に戻る方法なんてご存じありません?」


「うーむ,私も精神だの魂だのと言った呪術師の領域はあまり明るくないんだよなぁ.むしろ,ゲオルグ殿下本人の方が詳しかったぐらいで…」


「それじゃあ,王子様が何らかの術を自らにかけたという可能性は無いんですか?」


「どうだろう.ちょっと調べてみはするけど…」


「この際,王子様がわたしのかわりに高校に行ってくれたりしていると,わたしとしてもありがたいんですけど,うふふ」


「(仏頂面がデフォの殿下が朗らかに微笑んでるよ,うおおおお)書置きを残していくタイプとは思えないですけど,まぁ,机や書庫をちょっと見てみることにしますかね」


「それで,わたしはどうしたらいいでしょうか? わたしはしがない女子高生にすぎないので,大したことは出来なくて申し訳ないですけど….あと,よろしかったら,アプリュシア王国について教えていただけませんか? アプリュシア王国も地球上にあるんですか?」


「ジョシコウセイ,ジョシ,ああ,女子か.そういえば,人族には男女の性差とやらが存在するんですよね.(成る程.だから,今朝の殿下の行動に違和感を感じていたわけだ.シヲリは人族のメスらしい行動・仕草をしていたのか…)」


「男女の性差? え? ゲオルギウスさまもミハイルさんも男の方なのでは?」


「ああ,我々アメフラシ族は両性具有なんですよ.」


「両性具有なんですかー.……,えっ,ミハイルさん,アメフラシなんですか? あの,ウミウシの一種の?」


「ええ.街の中にいる時はこの格好だけど,アメフラシの姿にもなれますよ,ホラ」

ミハイルは黒字に薄紫の斑がある大きなアメフラシの姿をシヲリに披露した.


「うわぁ,本当にアメフラシだ.ああ,だからこの姿でも触角と尻尾があるんですね.」

シヲリは自分の触角と尻尾を触りながら言った.


「まぁ,尻尾は普段,体内にしまってますけどね.」

人間形態に戻ったミハイルが,シャツとパンツの隙間から細長い尻尾を取り出して,シヲリに見せる.


「興奮したりすると尻尾が飛び出すんです.そして,吃驚した時なんかは,尻尾の先から紫汁が分泌されるんです.」


「成る程.それが朝の紫の液体の正体なんですね.初めて見たので吃驚しちゃいました,ふふ」


「それで,アプリュシア王国は人族が言うところの南太平洋の海底にあるんです.いろいろなウミウシが集まって暮らしている地域がありまして,アプリュシア王国もその一角にあるんです.私たちが今いるような市街地と,海草の畑が広がる郊外がありまして,みんな結構面白おかしく暮らしていますよ.」


「へええ,ここも水の中なんですね.今まで肺呼吸しかしたことがなかったので,鰓呼吸ってちょっと新鮮かも・・・」


「(うう,何か笑顔が可愛く感じてきたぞ・・・)あと,説明しておかなくてはいけないことといえば,仕事の話ですかね.先ほど,ゲオルグ殿下は文官として働いていると言いましたが,正確に言えば,アプリュシア王国の公文書の書庫の管理人をなさっていました.だから,殿下がお戻りになるまでシヲリにもその仕事をしてもらいたいです.勿論,私が仕事の補佐をしますし.あー,後は,王族としての種付けっすかね…」


「タネツケ?」


「そう,種付けです.ホラ,雄性生殖器を雌性生殖器に挿入して卵を作るアレですよ.ああ,我々アメフラシは卵生なんです.黄色い卵はなかなか可愛らしいものですよ,って何で真っ赤なんですか? おれ何か問題あること言いました?」


「・・・・・・・・,あの,その,えーっと(うう,恥ずかしすぎる)」


「(うっ,悶絶する姿も結構破壊力があるというか何というか…)うーんと,その,我々アメフラシの種付けは人族とは方法が異なるのですか?」


「うぐっ,」


「ああそうか,雄雌があるから我々とは方法が異なるのか….では,雄性生殖器と雌性生殖器はどうやって結合させるのですか? 雄性生殖器はやはり体から切り離して使用するんですか? そのサイズはいかほどのものなのですか? やはり色も個体ごとに異なっていたりするんでしょうか?」


「はうっ,」


「雌性生殖器はどこについているんですか? 人族も卵生ですか? どれぐらいの期間で卵は孵りますか? 一度の排卵でどれぐらいの数の卵が出来ますか?」


「………,もう,いい加減にしてください!!!」


知的好奇心が先行しすぎたミハイルは,本日2度目のシヲリの鉄拳制裁を受け,再び気絶することになった.目覚めたとき,また膝枕をされていて,密かにとても嬉しい気持ちになったのは墓場まで持っていく秘密にしようと固く決意した.




≪アメフラシ族の生態≫

・雌雄同体

・額に蝸牛のような2本の触角

・使い捨てのペニスで生殖

・卵生(黄色い卵)

・基本褐色肌

・尻尾があるが普段は体内に収納されている.興奮すると飛び出す.吃驚すると尻尾の先から紫色の液体を噴出する.

・もちろん,アメフラシの姿にもなれる

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