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MARUNO:2017 電車の中で

作者: 丸野智

「じゃあ、私ここに座らせて貰おうかしら。」


見知らぬ人にでも平気で声をかけられるようになった。


若いころは恥ずかしかったり、奇妙に思われたりするのじゃないかと、そんなことは出来なかったけれど。


人にどう思われるかをそれほど気にしなくなったのね。


それが良いことなのか悪いことなのかは、これだけ年をとってもわからないけれど。


でも、そうね、今回は全く見知らぬ人じゃないわ。


ベビーカーのママは、あちらは知らなくても私は顔を知ってる。


そして、彼女の旦那さんだった人の、子どものころを私は知っている。


「ママは綺麗な人だねぇ。素敵なママでいいわね。」


以前からそう思っていた。


可愛らしいと言うより繊細な顔だちの、綺麗な子だなと、初めて見かけたときに感じた。


同じマンションの上と下、私の住む部屋の真上が、彼女の部屋になる。


私が引っ越してきたのは、まだ彼女のお腹が大きかったころ。


私は3年前に主人を亡くして一人暮らし。


念願の仕事、刑事になった娘は、もう親と一緒に住む気はないらしい。


年を取って、一軒家を維持する大変さを考え、近所にあるバリアフリー仕様の今のマンションに移ることにした。


引っ越しの後に出た大きなごみを持ってマンションのエントランスを歩いていると、


「お持ちしましょう。」


と声をかけられた。


それが彼女の旦那さん、栗原君だった。


いえ、おかしいわね、赤ちゃんのいる男性を栗原君と呼ぶのは。


でも、私にとってその男性は、日々、見守っていた男の子、栗原君だった。


彼は小学校の通学路で「おはよう」とあいさつをしていたおばさんだと気が付かなかった。


私もあえて言わなかった。


彼にとって、子ども時代はけして楽しいものではなかっただろう、思い出すのもつらいことがあるかもしれないと思ったから。


一軒家に住んでいたころ、道の先に栗原家があった。


栗原家はいわゆる複雑なご家庭で。


同じ家の他の子どもたちが私立小学校の制服を着て通学する中、栗原君は一人、地元の公立校に通っていた。


娘とは5歳違いで、同じ小学校。


いろいろと栗原家の噂は聞いていて、学校に行くときは元気よく、そして帰りは憂鬱そうなその男の子の様子に、心を痛めていた。


そうは思っても、私に何かできることはなく。


高校を卒業と同時に彼の姿を見かけなくなった。


そして偶然再会し、彼が幸せそうなのが他人事ながら嬉しかった。


彼女は妊娠中から、昼間はほとんど物音がしなかった。


夜になると微かな足音や物音が天井から聞こえる。


栗原君がお仕事から帰って来たのかしら? なんて考えたり。


彼女が出産してからはお友達が出来たのか、昼間に小さな子どもの走る足音が聞こえたりした。


上の部屋の物音を気にする人もいるけれど、私はあまり気にならない。


むしろ、トコトコと聞こえる足音を聞いて、今は赤ちゃんだけど、そのうちあの子も歩くようになるのね、と楽しみにしていたくらい。


けれど、二カ月ほど前のこと。


黒い服の人たちが栗原君の家を出入りして。


近所の葬儀場の前を通りかかったとき、『栗原謙』という名前を見つけて。


信じられない思いだった。


亡くなってしまった? なぜ? あの若さで?


もともとここが地元の人間、すぐに栗原君の噂は知った。


あんなに幸せそうだったのに。


小さな子どもを残して。


胸を突かれた。


電車の中で、高校生らしい男の子に話しかけても、私は栗原君のことを思っていた。


電車が速度を緩めはじめると、彼女は赤ちゃんを抱っこした。


駅のホームに電車が滑り込む。


私と男の子が立ち上がった。


「失礼します」


私がそういうと、座ったままのOLさんらしきお嬢さんが小さく頭を下げる。


ドアが開く。


男の子が、すかさずたたんだベビーカーを下すのを手伝い、私も彼女に気を配る。


「ありがとうございました。助かりました」


彼女が頭を下げると、男の子は「いえ」と言って、はにかんだように笑った。


好青年、それになかなかのイケメンさんだわ。


彼女はベビーカーに赤ちゃんを乗せている。


男の子はポケットからスマホを出すと、駅のベンチに座って見始めた。


「エレベーターを使うのでしょう? おばあちゃんもご一緒させてね」


彼女が微笑む。


私は彼女と一緒に歩き出した。



ねえ、栗原君?


彼女は悲しそうで辛そうよ。



私にはなんにもできないけれど、見守ってるわね。


きっと栗原君もそうよね。



彼女を見守っているのでしょう?



私はそんなことを思いながら、彼女と一緒にエレベーターに乗り込んだ。


・オムニバス企画参加作品

 KAITO:2017 作者:ちや。

 http://ncode.syosetu.com/n7921dg/

 MAIKO:2017 作者:梛

 http://ncode.syosetu.com/n8002dg/

 KAITO:2017 作者:志室幸太郎

 http://ncode.syosetu.com/n8042dg/

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