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オクティゥープリット  作者: 四月
第一章
4/4

act.4



ソレの肢体は、こんな風になる前はさぞかし男を虜にさせたであろうプロポーションをしていた。

羨ましいくらいに出るとこ出て引っ込むところは引っ込んでいる。

レースがふんだんにあしらわれたブラとショーツは黒色で、たいへん艶かしいデザインだ。

下着に頓着しないサクでも、付けてみたいと思わせるほど素晴らしいものだった。


けれど。


瑞々しい肌は白を通り越して青白く、細い首筋は酷く抉れていて渇いた血が黒くこびり付いている。

華奢な両手足は靴紐でフェンスに括り付けられている。開きっぱなしのルージュの唇からは人の言葉は紡がれず、透明なよだれが垂れ下がり見る間に緑のフェンスに飛び散っていく。

おぞましいのになまめかしくもある。

女の後ろ姿を見つめながら浮かび上がる相反する感覚に、サクは自身に対して吐き気を催した。


「なにやってんだよ、あんたは!」


ナガレが叫ぶ。

となりの兄は冷や汗を浮かべ、肩は小刻みに震えていた。心底ヒカルに恐怖を感じているようだ。

ナガレはフェンスの向こうの長男しか見ていない。しかし、フェンスの向こうもそうだがこちら側にもふたり、髪を染めて制服を着崩した不良がナイフを持ってこちらを眺めていた。

サクは長男より不良のほうがはるかに恐ろしかった。

不良はヒカルを除いて全部で5人。

ヒカルの傍にはにやにやといやらしい笑みを浮かべる3人の不良がいる。

フェンスのこちら側に佇む金色に染めた髪の不良が一歩、足を進めながら覗き込んできた。


「んー?これってヒカルくんのイモウトちゃん?かわいいねー?お名前言えますかー?」


銀色に光るナイフの切っ先をチラつかせながら、金髪はサクの身体を上から下まで舐めるように視線を動かす。


「・・・・・」


サクは何も言えなかった。

そもそも自分は学校に友達がいない。

よってしゃべる機会など無いのだ。しゃべる時は挨拶を返す時か日直の日だけだ。それだって相手は女子か教師だ。不良の、しかも金髪相手に返す言葉など持っていない。

この場合、なんて返すのが正解か。

避難するために此処に来たが、そもそもフェンスを乗り越えて学内に子供を避難させて大丈夫なのか。この状況を見れば疑問に思えてくる。


「おいおい、困ってんじゃねぇか。やめてやれよ、ね?イモウトちゃん、怖いセンパイに話しかけられてカワイソーだね〜」


完全におちょくられている。

金髪の傍に居た不良、こっちは赤い髪だ。にやにやと笑いながらふたりの不良に囲まれてしまった。

困って兄二人を見れば、ヒカルは面白そうにこちらを眺めるだけであり、ナガレは青白い顔で固まっている。


「うーん、やっぱり似てるよね!さっすが双子!」

「いや双子じゃねぇし!三ツ子だし!」

「いや三ツ子じゃねぇし!八ツ子だし!」


ぎゃはぎゃは笑う声が不愉快に響く。

フェンスが走る一帯は木々が多く、野犬が入り込まないようにするためだけに取り付けられたものだ。

遅刻した生徒が正門から締め出しをくらった時によく此処にフェンスを超えに来るらしい。

サクはいつもギリギリに登校するが遅刻は一回もしたことは無い。

なので規則で知っているだけだが、正門が閉め切られた後に学園の敷地内に入るには、本来なら門の横に備え付けられた職員室に通じるインターフォンカメラに身分証の端末を提示しなければならないのだ。

それを経て進路指導の教師がボタンひとつで開けてくれるらしい。

怪我や病院などが原因で遅れた生徒はその過程を経て登校する。だが遅刻者には厳しいのが進路指導の教師である。

真っ当な理由無くただの寝坊などで遅れた生徒は、原稿用紙3枚分の反省文と長ったらしいイヤミがついてくるのだ。それが嫌な寝坊助がフェンスを乗り越えて登校するらしい。


「つか、ホントに女の子?」


着いてきた正門の前の団体が既に間近まで迫って来ていた。

その向こうに見える50くらいのゾンビの集団。

警官は妻と子供、少女とその細い腕に抱かれた猫のケダマを背中に庇いながら動けない状態だ。


「は?なに?」

「いやさ〜、ヒカルくんに激似じゃん?そっちのオトウトクンとも!もうさ、スカート履いたちっちゃなヒカルくんにしか見えない!」

「あぁ、ナルホド!」

「ね?確かめてみようぜ!」


目の前の金と赤の不良には、迫り来る団体と集団が見えてないのだろうか?

にやにや笑ってる場合じゃないだろう。ふたりが素早く近づいて来る。焦るあまり、サクはとっさに反応できない。

金髪の無骨な掌が伸びてきた。

あってないような小振りな胸がまさぐられる。

ふり払おうとしたが、ゾンビの血肉がこびりついたナイフを握り締めたままだ。それをふりまわすのを躊躇ってしまった。


「やべー!無い!!」

「え!?まじか!」

「マジで無い!!!」


無いわけ無い!

一気に顔が赤くなる。あんまりな事に泣きそうだ。

確かに貧乳だが、笑いながらナガレが居る前で無い無い言わなくて良いだろう。

ぱちりと兄と目が合った。

ナガレはたった今気づいたようなビックリした目でこちらを見ている。

瞬時に逆上して、未だに人の胸の上に手を置いている金髪の胸板を力一杯押し返した。

金髪は不意を突かれたのか、体勢を崩して後ろに倒れ掛かった。咄嗟にフェンスに手を着く。


それがいけなかった。


手を付いたそのすぐ横には、ちょうど下着の女の顔があったのだ。


「ぎゃああああああ!!!」


女はヨダレを垂らした口で不良の腕の肉を噛みちぎる。一気に場が騒然とした。

女の金切り声。子供の泣き声。男の怒声。何やら喚き散らしている聞き取りずらい叫び声。

大勢の人がフェンスに群がり学内に避難しようとする。警官たち四人と一匹の姿が人混みに掻き消された。ナガレがこちらに駆け寄って来ようとしている。

金髪の仲間の赤髪が逆上して殴りかかってきた。脳を揺さぶられる衝撃。


「サク!」

「あらら」


ふたりの兄の声が何故だか耳元で聞こえる。

倒れそうになるのを辛うじて堪える。

ナイフを取りだしてきた不良が、憤怒の表情で近づいてきた。握っていたナイフを咄嗟に構える。

人混みに邪魔されて身動きが取れないナガレが何かを叫んでいる。下着の女の頭にナイフを突き立てる長男が見えた。

不良のナイフを辛うじて避ける。

目の端に、老女に手を引かれた子供に気付く。後ろにはゾンビ。二人を庇ったのであろう老人が首筋を負傷して倒れ込む背中。

走ってきた老女とぶつかる。不良が勢い余って老女が連れていた子供にナイフがかすった。

柔らかそうな頬に赤い線が走る。子供は火がついたように泣き出した。


「っち」


不良は舌打ちしてこちらに向き直る。

老女と子供に襲いかかろうとするゾンビを横から近づいて耳の中にナイフを差し込み脳を破壊する。


「早く逃げて!はやく!」


老女に叫びつつ力の抜けたゾンビを不良の方向に倒す。不良はゾンビに仰向けに押し倒された。無防備な首筋が目の前に晒された。

ためらいは無かった。

おそらく直前でゾンビを刺し殺していたからかもしれない。それともここに来るまでも何人か相手に、同じようにナイフを使っていたからかもしれない。

サクはナイフを振るっていた。

恐怖に染まる不良の目を見ながら、名も知らない少年の耳孔にナイフを刺しこむ。光が消えるその様を、サクは何も考えず見つめていた。


頬に激痛。


不良に殴られた頬が、今になって痛みを訴えてきた。口には血の味が広がっている。顔を上げればサクを見詰める多数の目が。大多数が畏怖の目でサクを眺めている。が、それも一瞬でそれぞれがそれぞれの方向に向かって逃げて行った。

何時の間にかフェンスが折れ曲がって倒れていた。

逃げて行く人々を追ってゾンビがフェンスを踏み付けて学園の敷地内に入って行く。

学園も安全地帯じゃなくなってしまったようだ。

倒れたフェンスの向こうには、ヒカルの姿だけじゃなく、兄のルイと弟のシュンの姿も見えた。二人は信じられないと言いたげな顔をしてこちらを見ている。


「サク!立て!逃げるぞ!」


ナガレが駆け寄って腕を引っ張ってきた。

しかし、身体が異様に重く立てる気がしない。


「ナガレ兄さん、サクの事はいいから置いて行って」

「んなこと出来るかばかやろう!」


ゾンビが近づいてくる。

ナガレが必死に処理するが直ぐに囲まれてしまうだろう。気付けば汚れた毛並みのケダマが目の前の地面にちょこんと座っていた。一緒にいた少女の姿は見えない。

小さな猫を抱き上げた瞬間、身体が中に浮いた。慌ててケダマを抱き直す。


「ケダマのこと落とすなよ〜」


けらけら笑いながら、ヒカルが耳元でしゃべる。45キロのサクを容易く横抱きしながら、重さを全く感じさせずに長男が走り出した。

避難して来た集団はもうすでに周りにはいない。

この場にはサクとナガレ、ヒカル、ルイとシュンだ。それと20くらいのゾンビ。

力を合わせれば処理出来ない数ではないが、ヒカルは使い物にならないサクを抱えて逃げる選択をしたようだ。

ナガレはサクのナイフを拾いつつ、走り出したヒカルの背を追いかけて来た。その顔は怒っている。


「てめぇ!サク返せ!」

「なんだよナガレちゃん!サクはおまえのモノじゃないだろ〜?」

「ちゃん付けすんな!!」


がくがくと走る振動に揺さぶられて気持ち悪くなってきた。


「ほらほら逃げるよ〜!ルイちゃんもシュンちゃんもついといで〜」

「だからちゃん付けすんな、クソ長男!」

「ヒカル兄さんどこ行くのー!!?」


ヒカルは正面玄関に続く方向とは逆の道を進む。

振り返るとゾンビの塊が兄と弟の後ろに見えた。校舎の外に学生たちは居ない。建物の中に籠城すれば襲われることもないだろう。

ルイが走りながら器用に端末を操作している。もしかしたら玄関を閉めろと生徒会メンバーに忠告しているのかもしれない。

ヒカルが辿り着いたのは部室が多く集まるアパートみたいなつくりの建物だった。二階建ての階段を登り奥の部屋の前に降ろされる。ふらりと揺れる体を何とか立て直しながら周囲を見渡すと、体育の時間でよく何周も走らされた見慣れたグラウンドが飛び込んできた。

サッカーゴールと白い百メートル走のライン。人っ子ひとり見当たらない。

ゾンビの集団は狭い階段をゆっくり這い上がってくる。

ヒカルが鍵の束を取り出してこれじゃないこれでもない、ともたもたしている間にも距離は近づいてくる。

ルイは階段の最上段に陣取った。上がってきたら蹴りつけるつもりなのか、足首のストレッチをしだす。

ナガレに庇われ後ろに追いやられたシュンがこちらにやってきた。ルイもそうだが、ふたりの制服はどこも汚れていない。怪我は無さそうで安心する。


「シュン、悪いんだけどケダマ見ててくんない?アレが来たらサクも戦うから、シュンはケダマと此処にいてね」

「え、いや、あの人達が来たら僕が戦うよ!!!姉さんは僕がまもるから!!!ていうか、姉さん制服ドロドロだね!!!ほっぺもいたそー!!!」

「噛まれてないから大丈夫だよ」


ほっぺは?大丈夫?とシュンが大きな声で心配してくれる。自分よりはるかに大きいけれど、弟に戦わせて自分だけ避難しているわけにもいかない。


「ナガレ兄さん、ナイフは?」


自分の持っていたナイフはナガレが回収してくれた。弟に大丈夫大丈夫、と繰り返しながらそれを受け取ろうと兄に向かって手の平を差し出したが、ナガレは首を横に振った。


「お前にはもう凶器は持たせない」

「え、何で?」

「何でだと?サクおまえはそんなこともわからないのか?」


ナガレは怒っている様だ。原因は簡単に思い当たる。


「だ、だってサクは悪くないもん。あっちが殺しにかかってきたから反撃しただけだし、突き飛ばしたのだって、その先にあの女の人が居たなんて見てなかったし、わざとじゃないし・・・」


しどろもどろになりながら言い訳する。だが、ナガレの表情は相変わらず固かった。言い聞かせる様に囁く。


「とにかく。おまえにナイフは持たせない。俺が守ってやるから、シュンと一緒に後ろに隠れてろ」


なにそれ横暴だ!

ナガレの言動は理不尽だと思う。本当に自分は悪くないと思っているのだ。あの不良を殺したことに、後悔はしていない。

しかし、思いつめた様なナガレの表情に文句は言えなかった。

黙り込んでしまった二人を間にシュンが交互に顔を見ながら焦っている。

そうこうしていると、階段の方からルイの怒声が聞こえてきた。


「おい!まだかよ!」


見ると最上段に到達したゾンビを、その長い足で蹴りつけてドミノの要領で階下に押し返しているのが背中越しに見えた。


「ルイ兄さんかっけー!!!」

「かっけー!」


シュンの後に真似して叫ぶ。

ルイは不愉快そうにこちらをチラ見し舌打ちした。

いつも不機嫌そうな三男は本日も相変わらず不機嫌そうだ。


「お、これだこれだ!お〜い!開いたぞ〜!」


やっと当たりを見つけたらしい長男が手を振っておいでおいでしている。サクとシュンはナガレに押されて先に室内へと足を踏み入れた。


「うお〜!!!」

「え?なにこれホンモノ?」


畳五条ぐらいの狭い室内にはテレビやネット、ゲームなどでしか見たことのない銃火器が所狭しと並べられていた。


「そっか、ここサバゲー部の部室だ!!!」


隣のシュンが叫ぶ。

サクはサバゲー部がこの学園にあるのだと、今はじめて知った。

ヒカルがニヤリと笑う。


「そうそう!しかも風紀の目を盗んで法律すれすれと噂される改造を施した、本物とあんま変わらない性能を持つ一級品だ!」


本物とそう変わらない性能ならアウトじゃないのだろうか。そもそも法律すれすれとは誰が言ったのか。というか本物と変わらない性能の銃を、サバゲー部はドンパチ撃ち合ってるということなのか?

話についていけなくなったサクはくらりと眩暈を覚えた。

その後ろで、ルイとナガレが室内に雪崩れ込んできた。乱暴に扉を閉める。途端、ガンガンと外から叩かれる激しい音。

狭い部屋に野郎四人と女が一人。狭い。扉が壊れて開いたら、ナイフじゃまともに戦えないだろう。下手したら隣の兄弟を傷付けてしまう。

おのれもとうとう銃を撃つ時が来たようだ。サクはそう思ってドキドキした。

つい数時間前じゃ銃を持つナガレを見て戦々恐々としていた筈が、現金な者である。


「ヒカル兄さん、これ撃ったことあるの?」


シュンが目をキラキラさせながらひとつの銃を指差した。丸い筒が円を描き連なっている様が特徴的な銃だった。

機関銃?自信なく当たりをつけたサクは銃には詳しくない。

パッと見て映像で見た記憶はあっても一般的な名前すら分からなかった。

首を傾げていると、横から端末を操作しながらルイが呆れたようにため息を吐く。心底バカにしたような表情だ。


「撃つって・・・、なにバカなこと言ってんだシュン。本物なわけないだろ。それは精巧に作られたただのプラモデルだぞ。本物のガトリングガンがこんな所にあったら大問題だ」


さも当たり前のようにルイが言う。

たしかにそうだ。サバゲー部に銃のプラモデルがあるのは違和感無いが、本物があるのは現実的にありえない。

だがヒカルが改造して本物と性能は変わらないと、銃を見渡しながら言ったのだ。嘘をつかれたのだろうか?

シュンと二人してヒカルの顔を見上げる。

ヒカルはにやにやと悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。


「それはそうだよ。本物じゃ無い。ニセモノ。でもカッコイイだろ?シュンが気に入ったなら持ってって良いよ。金属だからそれなりの重さもあるしね」

「ええええええぇぇぇ!!!」

「え?じゃあ何でここに連れてきたの?こんな狭いとこで戦えないよ?!」


シュンの驚きの声を尻目にサクは長男に掴みかかる。それをうざったそうに振り払ったヒカルはガトリングガンやマスケット、サブマシンガンやロケットランチャーという派手で大きな機関銃の間に敷き詰める様に飾られた短銃を手に取った。

ひょいひょいと複数の銃を腕に抱えて行く。

疑問符を浮かべながら見ていると、合計で十の数のハンドガンをヒカルは選び取った。


「うん。これだけあれば十分だろ」

「?」


ルイが怪訝そうな表情で長男を見る。そしてはっ、と何かに思い当たったのか、信じられない表情でヒカルを見た。


「おい、まさか・・・?」


ヒカルの腕に無造作に抱えられた銃を見下ろすルイの顔は心無しか青ざめている。

ヒカルはそんなルイを見てにっかりと笑って見せた。


「ルイちゃんさすが、お目が高い!これぞまさに改造ガンの中の改造ガン!本物と同じ殺傷力を持つ一級品でっす!!」

「ふっざけんなてめー!!!」


ブチ切れたルイがヒカルの胸ぐらを掴む。

その衝撃で二つ三つこぼれた銃をナガレとシュンが空中でキャッチした。


「いゃ〜ん、ルイちゃんおこなの?」

「だからちゃん付けするなっつてんだろーが!!」


ヒカルの揶揄う声とルイの怒声の合間にも、扉は外から激しく叩かれている。扉の蝶番がみしりと嫌な音を立てた。


「ちっ」


舌打ちしたナガレが銃の弾の確認をする。


「ヒカル兄さんこれだけしか無いの?」

「うん。無いよ〜」

「足りなかったらどーすんのさ」

「足りる足りる。タブンネ!!」

「多分ねって、そんなとこ自信満々に言われても・・・」


諦めた様にため息をついたナガレはちらりとシュンを見た。


「シュンは銃の使い方知ってんの?」

「んーっと、分かんない!!!」

「じゃあ、説明してる暇無いだろうし、俺のそばに居て。んで銃を持って、俺が合図したらソレ俺にちょーだい」

「わかった!!!」

「あと声抑えて」

「はーい!!!」

「頭いてぇ・・・」


ナガレが再び諦めた様にため息を吐く。

ふとこちらを見たナガレに手招きされた。嬉々として寄って行く。


「サクは俺の後ろにいろよ。んでシュンはサクのこと気にしてやって」

「はーい!!!」

「・・・リョーカイ」


弟に守られる立場には不服だが仕方無い。ここではケダマを手放さない役目に徹しよう。決意を固めていると、ヒカルが唐突に肩を震わせて笑い出した。


「え?な、なにこわいんだけど」

「あっはっは、ごめんごめん!いつの間にナガレはそいつらのお兄ちゃんになったのかな?って思ったらおっかしくって!」


涙を拭いながら嘲る様に笑うヒカルは確実にナガレを煽ってきている。


「だってさ、考えてもみてよ!お前きのうまでサクが俺たちのケンカに巻き込まれて怪我しても、シュンが高熱出して寝込んでも心配すらしなかったじゃねぇか!」


それを聞いて居心地悪そうな表情を浮かべたナガレは、下を向いて黙り込んでしまった。ヒカルが再び笑う。


「いやいや、別に責めてるわけじゃないからね?そんなん言ったら長男の俺なんか何してんの?って感じだし!たださ、今までそいつらの事知らぬ存ぜぬって態度だったお前がゾンビが出てきた瞬間にお兄ちゃんやってるのって、どういう心境の変化かなって思っただけだから!」

「ーーーっち、長男なら長男らしく振舞ってほしいものだけどね」


身を捩って笑うヒカルの胸ぐらを興醒めした顔で手離したルイは、観察する様に俯向くナガレを眺めた。皮肉気に顔を歪める。


「ナガレも。サクの兄貴やる気ならもっとちゃんと守ってやれば?」


ルイが冷たく言い放った、その瞬間だった。

弾かれた様に顔を上げたナガレが、持っていた改造ガンを真っ直ぐ二人の兄に向けたのだ。

呆然とその光景を見ていることしか出来なかったサクは、後ろからかばう様に抱き締められたシュンのたくましい腕の中で、泣き出しそうに顔を歪めるナガレを視界に入れた。


苦しそうに息を吐くナガレの瞳が絶望に濡れて見えたその光景がサクの脳裏に焼きつく。

その光景を、己は一生忘れることはできないだろう。

そう確信した。



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