act.3
ひょい、と女だったモノを跨いで外に飛び出す。
我が家を護るように囲む低い石垣の陰に転がり込んだ。玄関から車道まで歩いて三歩。歩道は無く、車一台分のスペースしか無い狭い道路を気にしつつ、左隣の車庫の父の車と右隣のいつも放置してある二台の自転車が無いことを確認する。
学校には徒歩で向かわなければならない様だ。
普通に歩いて学校まで三十分かかる。真っ直ぐ最短距離を行けるわけが無いであろうから、ナガレは自身の腕時計を見下ろし、一時間後の十二時に着ければ良いかと当たりを付けた。
口の中が嫌な味がする。
頭も鈍器か何かで殴りつけられているかの様に痛い。
正直に言えば、自分が妹を無事に学校に送り届けられるとは思えなかった。
自分には何も出来ない。
ヒカルの改造ガンでサクを殺し、自分も自殺してしまおうかと一瞬思った。
だが、それは出来ない。
母がお兄さんなのだから、と言った。護れ、と言ったのだ。
子供の頃から兄と言う立ち位置が煩わしかった。
ナガレにはひとりの妹とふたりの弟がいる。
妹は昔から人見知りが激しく、弟は無駄に声がデカいのと一番下のズル賢い性格のやつだ。彼らをかわいいと思ったことは無いが、慕ってくれると純粋にうれしい。だが兄として頼られた時、失敗してしまったら、期待に応えられなかったらと思うとその腕を振りほどきたい衝動に襲われる。
彼らに失望されて離れられる位なら、こちらから離れて行こうとここ一年彼らを意図的に避けていた。
そのせいかは分からないが、昔に比べてずいぶんと八ツ子の関係性は変わった。
まるで同じ家に住む他人のような有様になったのだ。
なのに、それなのに、いもうとは、サクは、ナガレを護るためにヒトゴロシをした。
あぁ、頭が痛い。
胃の中のものをブチまけながら、自分は無傷だと無意識のうちに確認した。この状況下で正当防衛は通るのだろうか。その時、へたり込むサクの向こう、開け放たれた扉から玄関に侵入しようとする女が見えた。抉れた首元からおびただしい量の血のあと。濁った眼差しが妹を凝視している。瞬間、何かが乗り移ったかのように流れるような動作でナガレは改造ガンの引き金を引いた。
まるでヒカルが後ろに居て、ナガレの腕を掴んで引き金を押し込んだのかと思った。
学校に行けばヒカルが居る。長男にサクを引き渡せば自分の役割は完了だ。死ぬのはそれからにしよう。
何もかも学校に着いてからだ。ナガレは己を奮い立たせた。
家から出て右手が自転車のスペースなら、その奥は父の趣味であるアウトドア関連の物置だ。昔は毎年事あるごとにキャンプした。と言っても八人の子供をまとめて遊園地や動物園に連れて行く金が無く、キャンプしてバーベキューや海水浴をしたほうが安上がりだとした父の苦肉の策である。その頃のテントやサバイバルキットがまとめてそこに押し込んである。電池切れの心配が要らないラジオや懐中電灯数本を念の為持って行こう。
ナガレは玄関の中で外の様子を伺っていた妹を指で出てくるように促す。意図を察したサクは猫のケダマを腕に抱きながらこちらに素早く走り寄ってきた。
荷物は最低限に。テントや工具箱も何かがあった時役立つだろうが、走って逃げ回るには重すぎる。
ラジオと懐中電灯だけでちょうど良いだろう。
「お前、ちょっとここで道路見張ってろ。何かが来たらおれの所に逃げてこいよ」
「わかった」
こくんとうなづいた妹から離れて物置を探りに行く。
目当ての物を見つけてリュックのポケットに入れていると、サクが慌てて走り寄って来た。
「にいさん!まだ生きてる人が居るよ、いま向こうの通りを走って逃げてくの見た!」
「あぁ、そうか・・・」
「そうか、って助けに行かないの?」
「いかねーよ。んな余裕無いだろ?」
「でも子供連れだったよ!」
サクは焦れたように走り出た。刃こぼれした包丁を投げ捨ててナガレの腰の包丁を引き抜いて行くのも忘れない。あいつは意外と冷静なのかも知れない。
銃では無く包丁を取ったのがその証拠だろう。銃はおのれでは扱えないと判断したのだ。
サクは迷うこと無く道路に飛び出した。ナガレもすぐ後ろに着く。狭い道路には見渡す限り人気はなかった。だがサクが走り去ったという生存者の後を追って曲がった先には、遠くうようよ蠢めくモノが見て取れた。
この先は大通りだ。
商店街が連なり、最近出来たショッピングモールに客を取られシャッターが閉まった店の方が多い。それでも活気は少なからず残っていて、小さな頃万引きしまくった駄菓子屋はまだ店があったはずだ。
ナガレは大通りに走り出そうとした妹の腕を掴んで、近場の家の門に放り込んだ。すぐ背後から迫っていた腕をかわし、自身も門の中に滑り込んで身体を中に入れ門を閉める。白く塗られた綺麗な鉄枠の隙間から腕を伸ばしてつかみ掛かって来ようとするゾンビはふたり。
無防備な喉元に狙いを定め、ナガレは姿勢を低く顎の下から頭頂部目掛けてゾンビの頭に包丁を差し込んだ。嫌な感触が腕に伝わるが、無視してもう一人も処理する。
隣でサクが息を飲む。
目を上げると向かいの家からこちらを見つめる一家が居た。警察官の制服。青い生地は血を吸い込んで変色しており、それを身に付ける男はこちらを観察するように見ている。傍の女は妻なのか、連れているランドセルの男の子の顔はどちらにも似ているように見えた。
「お前が見たのってアレか?」
「違う。女の子。ドレスみたいな服着てた」
思わず舌打ちしたくなる。
学校に向かいたいのに全然うまく行かない。
大通りのやつらがこちらに来てもめんどうだ。通りを避けて行こう。門を開いて道路に出る。警察一家は無視して行こうとしたら向こうから話しかけてきた。
「待ってくれ!その制服は火の宮だろう?君たちは火の宮高校に避難するのか?」
「・・・だったらなんなんですか?」
続く言葉は分かっている。どうせ一緒に行きたいとか言うつもりだろう。案の定、一緒に行こうと言い出しやがった。めんどくさいことになった。
「ここ、あんたの家か?」
「ああ、そうだが・・・?」
「あっそ」
世界がこんなことになって警察所でもてんやわんやだっただろう。何かが起これば警察に連絡が行く。かれらは最前線に立たされたはずだ。
目の前の男はその中で生き残り、実家で立てこもる妻と子供を迎えに来たのか。もしかしたら、保護した住民を置いてきたのかも知れない。
相手がどんな奴なのか分からない。警官だからと言って無条件に信用できはしないのだ。
「あの、でしたらお願いがあります」
おずおずと呟いたのは後ろに庇ったサクだった。
「わたし女の子を見たんです。大通りの方に走って行きました。助けに行きたいので協力して頂けませんか?」
男はサクの言葉にしばらく考え込んだ後、こくりとうなずいた。
「分かりました。協力します。ですが大通りは危険ですよ。わらわらいる。貴女が見た女の子はもう既に」
「やめてよあなた」
女が夫の言葉を遮る。青い顔をして子供の肩を抱いた。
サクは女の顔を伺いながら慎重に言葉を続ける。
「はい。大通りに行けなんて言いません。私が見たのはこの道から大通りに向かう女の子です。なのでここの通りの家を調べたいんです。居なかったらちゃんとあきらめますから」
その時、大通りのゾンビがこちらに数匹ずるずると歩いて来るのが見えた。
だが、こちらに来る前に方向転換してとある家の敷地内に入っていく。
「あそこ、かな」
「生存者がいるみたいですね。行きましょう」
「サク、お前はここに残れ。さっき俺がやった様に門の中で身を守るんだ」
「え?やだよ、サクが言い出しっぺだもん。私も行かなきゃ」
「言い合いしてる暇無いんだよ。だめだ、ここにいろ」
少しの押し問答のあと女子供が残り、警官とナガレのふたりが様子を見に行く事になった。白い門の中に妹を押し込んで、ナガレは素早く耳打ちする。待機組の二人のどちらかが噛まれている可能性。門の家の住人が居る場合もあるので、どちらにも十分注意する様に促した。
ナガレはサクに背負っていたリュックを預ける。
血肉で汚れた包丁を一振りし、汚れを払う。
道路にでると後ろで門が静かに閉じられた。これで数匹のゾンビから暫くの間、妹は護られるだろう。
ナガレは振り返らず前に集中した。
囲まれなければ十分に対処できる。
「行こう」
警官を先頭にその家に近づく。
耳をすますと微かに人の息遣いが聞こえた。
大通りからぱらぱらとこちらに近づいてくるゾンビを手分けして処理する。一撃で済ませないと命に関わる。警官はナイフを使っていた。包丁ではなく両刃のナイフが欲しいと切実に思った。
家の敷地内に入る。玄関の扉は開け放たれ、奥からもの音が聞こえる。
土足で踏み込むと女が喉を食い破られる光景が目に飛び込んできた。
「ひゅー、ひゅー」
発声器官が破壊されたのか空気が漏れる音がする。絶望に染まった黒い瞳がこちらを見た。警官服の男に視線が吸い寄せられる。
しかし男は女を見ていなかった。女の喉を食い破り血に染まったゾンビが口の端に血肉をこびり付かせてこちらを振り返ったからだ。その数三人。壁伝いに二手に分かれたんたんと処理する。
やつらは映画やゲームの様に怪力では無い。口にさえ気を付ければこの数は楽勝だ。
この分だともしかしたら生存者は多いのかも知れない。
警官が瀕死の女に歩み寄る。
サクが見たという少女は居なかった。
女は震える指で部屋の奥を指した。縋り付くように警官の服を摘む。だが徐々に力は失われ、女は静かに絶命した。
警官は無言で女の指した方へ歩いて行く。ナガレは女に注意を払いつつ男の動向を見守る。そこは台所であった。見渡す限りは何も無い。
警官はおもむろに床に身を屈めた。何かが聞こえたのかも知れない。床には小さな物置があるようだった。
おばあちゃんの家にもあり、祖母はそこで梅干しやら漬物やらを保存している。
この家では缶詰やレトルト食品を保存していたらしい。
それらに囲まれて、怯えきった少女がうずくまっていた。
「こんにちは、お嬢さん。お巡りさんが助けに来たよ。さぁ、そこから出ておいで、お巡りさんが護ってあげるからね」
これ以上怯えさせないように、警官が優しく語り掛ける。
「おまわりさん・・・?犬のおまわりさんなの?」
「そうだよ。痛いところは無いかい?」
「無いわ。ママが護ってくれたもの。ねぇ、ママは?ママはどこ?」
少女はフリルがふんだんにあしらわれたワンピースを着ていた。キョロキョロと台所を見渡す。優しく警官が語り掛ける様子を尻目に、ナガレは少女の母親であろう絶命した女を見下ろした。
女のまぶたがふるり、と震える。静かに包丁を構えながら、女の腕を取る。ナガレは間近で女が再び瞳を開くのを見た。先程までの縋るようなようすも絶望に染まった色も何も無い。覗き込んでも何処までも濁った何もうつさない瞳がこちらを捉える前に、ナガレは眼孔に包丁を深く突き刺した。
女の腕は青白く冷たかった。
警官の説得で少女も学校にともに行く事になった。
ナガレの制服を見てお兄ちゃん?と呟いたからだ。聞くと兄が同じ制服を着ていると言う。
少女の許可を取って缶詰やレトルト食品。ペットボトルの水を拝借して家を出た。
ドレスのようなワンピースは走りづらそうだったが、着替えを待っている時間は無い。母親の死体から引き離すように早々に出発した。
サクたちは言われた通り、白い門の中で待っていた。
何体かに襲われたのか足元に死体が転がっている。
サクが見た少女はこの少女だったらしい。
妹は深々と頭を下げて警官の男と自分の兄にお礼を言った。
ナガレはサクと警官一家、少女を連れて合計六人を学校に案内しなければならなくなった。
頭痛が先ほどよりもひどくなったような気がした。
「兄さん見て見て、これ!」
ひと息ついているとサクが無邪気な顔でナイフを差し出してきた。それは両刃の黒光りするサバイバルナイフで、三本抱えている。
「は?どうしたこれ?」
「そこの物置にあったの。包丁よりいいかなって」
ありがたい。拝借しよう。
二本受け取って一本をベルトにさし、もう一本は抜き身のまま持つことにする。包丁より使いやすそうである。警官の前で改造ガンは躊躇していたので丁度良かった。
「サンキュ」
「うん」
サクは嬉しそうにナイフを腰のベルトにさす。
さて、いい加減学校を目指したい。
周囲を見渡すとケダマが少年少女に撫で回されていた。短期間で子供ふたりはすっかり仲良くなったようだ。
警官の方を見る。
妻とふたり、いつでも出発できるようだった。
道中は遅々として進まなかった。
群れを見つけては遠回りを繰り返し、人気の少ない狭い路地裏を選んで進んだ。
学園は小高い山の上にある。近くには付属の小中校や大学もあり、これらの建物は災害時には避難所として解放されるはずだ。
道中の民家にはゾンビが群がっているところもあった。人々は自室に閉じ篭るか避難所に逃げ込むか、その二択であろう。どちらがより生き延びられるか、ナガレには見当もつかないが。
山の入り口。山と言っても切り拓かれ整備された道路には車がすれ違える十分な幅がある。
そこが事故にでもあったのか、リムジンと乗用車数台がひしゃげて折り重なるように道を塞いでいた。車の一部が炎上している。車や人の出入りを管理する警備員の詰所のガラスが赤々と照らされていた。
近くでは燃え上がるゾンビが数体と燃えてないゾンビが数十体。逃げ惑う人々で場は混乱している。
中にはナガレたちと同じ制服を着た少年少女も居る。その中に見知った顔は無く、ほっと一安心した。
火ノ宮学園にはこの坂道を行くしかない。
幸いゾンビは足が遅いので強行突破でも捕まらなければ問題無いだろう。
「全速力で走れ!」
ナガレは先頭を突き進みながら手近に迫るゾンビを薙ぎ倒す。次に続くサクが眼孔にナイフを突き刺した。
ケダマは少女に預かって貰っている。少年と少女は手を取り合ってサクの後ろに続き、警官夫婦が最後尾に続いた。
炎から離れた僅かな隙間の道を目指す。
大人なら車に乗り上げて進めたが、子供には無理だろうと判断したのだ。逃げ惑う人々、それを追うゾンビを避けたり、へたり込む学生を追い越しながら何とか辿り着く。
「おまわりさん助けて下さい!」
警官の服装を見て縋るように追いかけて来た女の腕が、幼稚園の黄色帽子を被った子供を抱えているのが見えた。子供の首筋は抉れている。
幾らもせずに起き上がるだろう。死亡しているのは一目瞭然だった。
「その子を放してあなたも早く避難して下さい!」
「いや!絶対いやぁ!」
「大きな声出さないで!」
金切声に吸い寄せられてヤツらがやってくる。
逃げ惑う人々も警官の制服を見て集まり出した。
「助けて助けて!」
「死にたくないよう!」
「あんた警官だろう?!何とかしろよ!」
「うわーん!ままぁ!ぱぱぁ!」
「ぎゃあ!いてぇ、かみつきやがった!」
この世は地獄と化したのだ。
ゾンビが幼児を抱えた女の腕に噛み付く。女の絶叫。幼児が小さな手で長い髪を引っ張った。女が嬉しそうに腕の中を見下ろす。その瞬間、幼児が小さな口で女の胸を貪り食う。
凄惨な光景があちこちで繰り広げられている。
目を反らしたくなる有り様だ。
「うわぁ!」
サクの悲鳴が聞こえた。
どきりと心臓が軋む思いで顔を向ける。林の中から男がふたり飛び出してきた。それに驚いて声を上げたらしい。
男たちは見慣れた警備員の制服を着ていた。毎朝ここで顔をあわせる詰所の守衛さんと同じものだ。だが二人の顔に見覚えはない。
「その制服は火ノ宮の生徒さんですね?急いで校舎に避難して下さい!正門は既に閉められていますが、生徒さんたちが逃げてきたとわかったら開けてくれると思います!」
男のひとりがあろう事かサクの手を取る。走り出そうとするのを慌てて間に入って阻止した。
「さわんじゃねぇ!!」
学園に雇われた警備員は決して学生たちに声を掛けない決まりだ。彼らは山の周りを警備し生徒たちの安全を外部から護る役目だけを徹底的に指導されている。
緊急事態で声を掛けるだけならまだしも、女学生の手を触るのなんて論外じゃないのか。
ナガレの直感が男のひとりを警戒しろと騒ぐ。
一瞬、男と睨み合った。相手の目は冷め切っている。こちらの視線も射殺さんばかりに激しいものだろう。
「おい!兄貴、来たぞ!」
警備員は兄弟なのか。後方を警戒していたもうひとりの守衛が野太い声で叫ぶ。サクの手を引っ張ったのが兄の方だ。
「ナガレ兄さん!早く!」
警官を見て人の集団が追いかけてくる。
その後ろにはゾンビだ。明らかに対処出来る数を超えている。捕まったら終わりだ。
「行け!走れ!!登るんだ!」
パニックになった集団は危うい。
連れているケダマを抱いてくれる少女と少年を勢いで轢き殺しかねない。
警官が少年を抱き上げた。それを見てナガレも少女を抱き上げる。ぴょん、と少女の胸の中から飛び出したケダマをサクが掬い取った。
全員で懸命に走り出す。
すぐそばを守衛のふたりがついてくるのが分かったが、立ち止まってはいられない。
道は緩やかな坂道で車道の両側に歩道も整備されている。左右には桜の蕾をつけた林があり、木々の合間から数体のゾンビが姿を表す。車道と歩道を隔て等間隔に置かれる欄干に殆どが引っ掛かった。
運が良い。その隙に一気に駆け上がる。
しばらく走ると見慣れた門構えが見えてきた。
しかし足止めをくらったのだろう避難してきた人々が、閉められた門の手前で立ち往生している。怒鳴り声を上げ開けろと罵声を飛ばしている集団にゾンビが吸い寄せられている。
「ーーーちっ!こっちだ!」
正門を早々に見限ったナガレは門のはるか手前で森の中に突入する。
「門に向かうんじゃないのかい?」
守衛の兄のほうが小馬鹿にした感じで聞いてきた。
答える義理はないので無視する。ナガレはますます不審に思った。ここで働いているのなら進行方向がどうなっているのか知っているはずである。
振り返ればついてきている集団が増えていた。
正門の手前の集団も追加されたようだ。その数ざっと三十人。
こんな大量に人を学内に入れてはたして備蓄は足りるのだろうか?緊急時の避難所になっているくらいだから、それなりの備えがあるのは知っている。食料は出来るだけかき集めてきたが、中には着の身着のまま逃げてきたやつも居るだろう。
全校生徒にその家族、教職員や地元住民を賄える物資などどれくらい必要になるのか見当もつかない。
けれどもついてくるなとも言えないので、子供を抱えたまま走る事しか出来ない。
このまま行って良いのだろうか?
ナガレには答えは見つけられなかった。
やがて目当ての物が見えて来た。
正門は立派でその延長線上にあるレンガの囲いも高さがあり丈夫だ。だが広い敷地内。校舎の裏側まで壁がある訳ではないのだ。
野犬が入り込まないよう、申し訳程度に取り付けられた高さ1,5メートルのフェンスが、ナガレの目指す場所だった。
「は?」
だが、フェンスに何故かゾンビ化した人が括り付けられている。艶かしいとはとても言えない下着姿の青白い肌。濁った眼孔。ヨダレが零れ落ちるまま、女だったモノは地を這う呻き声を上げてフェンスの向こうを懸命に求めていた。
思わず視線をフェンスの中に転じる。
「マジかよ・・・」
「ヒカルにいさん・・・?」
隣で不思議そうにつぶやくサクが言う通り、我らが長男ヒカルがそこに立っていた。
求めていた姿がそこにある。
それなのに、ナガレは安心出来なかった。
にこにこと屈託無く笑いながら、ヒカルは弟と妹を見やる。
「あれ?ふたりとも今ごろ来たの?重役出勤じゃん!ご苦労様ですシャチョー!なんつって!それよりさー、見てよコレ、ゾンビ!ホンモノ!いまからコレでやるんだけどサ、ふたりとも見てく?チョーおもろいとおもうよ!」
一体全体なにがチョーおもしろいのか、ナガレには全然わからない。
頭痛がさらに酷くなった気がした。
八ツ子が出揃ったら人物紹介ページを設けたいと思います。
彼らを覚えてもらえるよう頑張ります。