⑦モクヒョウとラベル
岐阜駅西側デッキ。
俺は、まだ欄干を背にして通路に座り込んでいた。
駄目だ。深夜のサービス残業なみに心の疲れが取れない。
インプの攻撃によって負ってしまった擦り傷なんかは、″《トラブルトラベル》″を解決したことによって消えていた。
屋根とビルの隙間から、空を仰ぎ見る。
空は、日が沈む寸前の明るさだった。天上は暗く紺色で、地平線は若干赤さが残っている。
月は既に昇り。雲は無く、その銀色の輝きが空によく映えてた。
思い返せば、19時に岐阜駅に着き、改札を出たら異世界だった。
こんな神隠しが合っていいのか?
まあ、俺は良いんだけどね。今後の展開が楽しみだ。
改めて台紙のメニューを出し、ログを確認する。
″《インプトラベル》を解決しました″
″DPを30pt獲得しました″
″GPを20pt獲得しました″
俺は、手に入れたDPの内、20ptを使い″《役トラベル》″を二枚作成した。残りのDP10ptは貯めておく。
″《役トラベル》″は確実にこの世界での俺の生命線だろう。
【侍】レーベルのおかげで戦い方の知識は得られたが、体がついていかない。
″《役トラベル》″を使い、俺自身のレベル上げというか、戦闘経験を積んでいかなければ生き残れはしないのだろう。
″《役トラベル》″を一枚、台紙に貼付しておく。
・ラベルセット
【役トラベル】
「そろそろ行くか」
大分、気持ちが落ち着いてきたところで、立ち上がる。
そのまま北側へと歩を進め、シティータワー前の噴水広場に出た。
このシティータワーも岐阜駅と直結しており、低層に飲食店が入っていて、高層がマンションとなっている。
最上階には展望台とレストランがあり、
岐阜の超高層ビルから眺める景色は、スカイツリー等とは別物の、他に高い建物が無い岐阜ならではの平野と地平線、そして大空を一望させてくれる。
広場にも″《トラブルトラベル》″があると思っていたが、何も起こらなかった。
ふと岐阜駅を振り返る。
岐阜駅のホームに何やら動いているモノがある。
「大鬼か」
そのシルエットから、デカイ鬼が金棒を持って彷徨いているのが分かる。
ああいった奴に挑むのは、まだまだ先になりそうだ。
再びシティータワーへ向き直り、その最上階を見上げる。
俺は、ギフトボックスの在りそうな所をある程度予想している。
その中でも特別なギフトカタログが用意されているであろう2ヶ所。
一つは、シティータワー最上階。
もう一つは、金華山の山頂、岐阜城だ。
恐らく、こういった異世界では、シンボリックな場所に特別な物があるのが定番のはずだ。
しかし、だからこそ現段階で、シティータワーに挑むのは時期尚早。
今の俺の実力ではそういったシンボリックなダンジョンを攻略するのは不可能なはずだ。
こういう所への挑戦は、ゲーム攻略間近や、隠しステージと相場が決まっている。
だから、当面の目標は、自身のレベル上げと、岐阜城の攻略だ。
俺はこのまま、問屋街を抜けて柳ケ瀬商店街を通り、
清流長良川を眼下にそびえ立つ魔城、岐阜城を目指す事にした。
先ずは経験と、強力なラベルが必要だ。
定番と言えば、岐阜城にボスがいて、そのボスは織田信長。
大抵のゲームや小説、漫画なんかのラスボスは織田信長だ。
折角の異世界。
万象トラベルの中でも、電撃を操ったりとか、もっと魔法チックなラベルが欲しい。
いつになったらチートが出来るのやら。
というか、他にも神隠しにあった人間はいるのだろうか。
ぐぅぅぅ
月に照らされるシティータワーを見上げながら、色々と思案していたところで、俺の腹が鳴った。
かなり目前の目標として、寝る場所と食料の確保を忘れていた。
そういえば駅構内のコンビニや、″《火災トラベル》″が出現したカフェに食料は無かった。
駅の電気系統が活きていたので、トイレ等水回りも大丈夫だろうと思っていたが、水、流れないかもしれない。
《火災トラベル》の時にスプリンクラーは作動していなかった。
しかし、そういう設定であったのだと思いたい。
広場の噴水も、水が出ていない。
寝床に関しては、岐阜駅周辺にはいくつかホテルがあるので、適当なホテルで晩を取ってみるのも手だが、″《トラブルトラベル》″がいつ出現するのか分からない。
まぁ、出たときは出たときか。
俺は、何処で寝たって一緒という結論に達し、
問屋街を攻略したら、どこか適当なホテルへ泊まる事にした。
デッキを渡りきって岐阜駅側から問屋街側へ移り、エレベーターもあるが、階段を使って地上へ下りていく。
「さぁ、次はどう出てくる?」
面倒ごとの多そうな世界だが、スリルと楽しみがある分、元の世界に比べればまだ可愛いもんだ。
次のトラブルトラベルを求め、俺は問屋街へ足を踏み入れた。




