⑥天晴るる門と札2
異空間より斬馬刀を取り出し、大垣城に出現せし魔物の巨鹿と対峙する男の名はカゲロウ。
″《剛と札》″
風の向くまま気の向くまま全国を放浪し、此度、美濃の国改め岐阜を訪れた風来坊。
″《鋼と札》″
義理人情に厚く聡明で、少しばかりお節介。
この男、尾張から岐阜へ向かう道中、女がスリに逢うのを目撃し、盗人を捕らえようと路地裏へ追いかけて行ったとき、知らぬ間に異界へと巻き込まれる。
そこで出会った初の《疫災と札》はあろうことか、精神系。
カゲロウの精神を揺さぶろうとしたのか、《疫災と札》はカゲロウの負の記憶を呼び覚まし、具現化した。
人は誰しも、後悔や自責の念を抱えているものだ。
ああすれば良かった....
もし、こうしていたら....
カゲロウの前に、かつて助けれなかった人々が現れる。そして次々にお前のせいだとカゲロウを責め立てる。子供から老人まで、人に限らず動物も。
だが、《疫災と札》の目論見とは裏腹に、カゲロウにその精神攻撃は通用しなかった。
この男にとってそんなもの、常日頃背負っている物だった。
戦国の世。平和が遥か未来に待ち受けようと。
今、自分が出来ることは、起きた事に後悔することではない。それらを背負って進むこと。
″《業と札》″
偶然か必然か、いずれにせよ見事に初の《疫災と札》を解決し、カゲロウが獲得した
家紋は、【砕士】
そこから、長い旅路の中で、カゲロウの家紋は昇格する。
運命に抗い、生きたいように活きる。
蔓延る疫災を祓い、我ここに在りと自分の名を轟かせるその
家紋は【疫砕人】
″《轟と札》″
《業と札》により、カゲロウの斬馬刀に『重み』が加わる。
《轟と札》により斬馬刀が、大気が震える。
″《轟と札》″
″《轟と札》″
″《轟と札》″
現代風に言えば、フルスロットル。
難敵を目の前に、今こそ信念を轟かせる時。
カゲロウが《轟と札》を使用する毎に振動は増し、大垣城が轟音に包まれた。
先手を打つはカゲロウ。
爆発的な推進力で巨鹿の正面まで一気に距離を詰め、斬馬刀を横凪ぎに振るう。
カゲロウの一挙一動の度、大気が大きく震え轟音が響く。
斬馬刀が巨鹿を捉えた。
巨鹿は緑色の液体を使い、間にバリアを張って防御する。
それでも、そのバリアを斬馬刀の超振動が削り、巨鹿の胴体を抉って傷を付けた。
巨鹿はバランスを崩すも、カゲロウの攻撃を踏ん張って受け距離をとって体勢を立て直す。そして緑色の液体が傷口に集められると巨鹿の傷を見る見る内に修復した。
カゲロウは一撃で撃破出来なかったことに舌打ちをする。
続いて巨鹿がカゲロウに睨みを利かせ、緑の液体を数十発の弾丸にしてマシンガンの様に放った。
カゲロウは轟音を都度轟かせながら、それらの弾丸を避けていく。
「こっちじゃ!」
一際大きく轟音が響いたと思ったら、カゲロウが巨鹿の背後に現れた。
より早く、より細かく、轟音を鳴らしながら斬馬刀を振るい、空中を闊歩しながら巨鹿の躯体を削っていく。
巨鹿もいつまでも攻撃されている訳にもいかず、緑の液体を針状に変化させカゲロウを左右から挟むように狙う。
カゲロウはその針の攻撃を空中で轟音を鳴らして避けると、更に空中で轟音を響かせ態勢を整える。
巨鹿はその隙に自身に付けられた傷を修復する。
「なんて戦いなの....」
戦いを見守っていた3人と1羽の内の1人、彩女は次元の違う戦いを目の当たりにし、手に汗を握りながら言葉を漏らす。
輝助とアリスは、このぐらい当然でしょと言わんばかりに無言で見守っていた。
いくら敵が強くとも、カゲロウなら何とかしてくれるだろうという信頼感があった。
巨鹿の攻撃や、城や木々の破片が飛んでこれば輝助が筆を使い、壁を作って防いでいる。
カゲロウが削ることで、巨鹿が纏う緑色の(オーラ)の量が減っている。もうそろそろ決着がつくだろう。
オォオオオオォォオ!!
3人と1羽がそう思った時、巨鹿が吠えた。
すると大垣城の上空に暗雲が生まれ、暗雲は各方面から緑の液体集め、それを真下に居る巨鹿に雨のように降らせる。
巨鹿はその雨を使い、何枚もの層のバリアを張った。
カゲロウの足止めの為のようだ。近付こうとバリアを削る度に、新たに生成されたバリアに押し返される。
そのバリアの内で、巨鹿の口元にエネルギーが集まっている。
大垣城ごと吹き飛ばすつもりだろう。
エネルギーは球状に膨らみ、異様な輝きを放っている。
「必殺技。というわけじゃな」
それは、いつの時代から在ったのだろうか。
必殺と呼べれば、ただの拳突きも、蹴りも、崖からの突き落としも必殺技か。
必殺技を使用するのは、窮地を脱する為か。地位を富を名声を、食料を得るためか。
単純に相手を。平等に訪れる死を。不平等に、必ず殺す手段が必殺技か。
人間に命を握られている生命体はすべからく必殺の的に入っているのか。
否、只の石を後頭部に叩き付けることを必殺技とは呼ばない。もちろん牧畜や養殖もれっきとした培われてきた技術であり、ここぞという時に使う技ではない。
「そいじゃあ、儂も使うぞ。必殺技を……」
カゲロウは巨鹿を見据えたまま、三度笠を3人の方へ向けて放り投げた。
「アリス!預かっといてくれ!!」
アリスはフリスビーのように投げられた三度笠を上手に受け取る。
こと、カゲロウの必殺技に至っては、必殺技は生き様であり矜持だ。
業を背負い、闇に飲み込まれぬよう業を磨く。
これは、そんな男の必殺技!
″《切り札[業獣一体]》″
札を使ったカゲロウの空気が変わった。
巨鹿が外部からエネルギーを集めているのなら、それと対を為す様に、カゲロウの内から滲み出る背負いし業が、黒鎧となってカゲロウ自身を覆う。
黒鎧に覆い尽くされたその姿は正に獣そのもの。兜から覗かせるカゲロウの目は鋭く、赤い光を灯す。
黒鎧に身を包み思う。なんと醜い姿なのかと……
使うからには勝つ。今までそうして来たように。そして、これからも。
その業は、カゲロウの持つ斬馬刀をも覆う。そして長大な黒剣へと変貌させた。
相対する双方、準備は整った。
今やカゲロウが発生源となっていた轟音は、一旦静まりかえり、
まるで心臓の鼓動の様に落ち着いたリズムで音を立ててる。
そのリズムは、祭事の始まりを焦らす太鼓の様に、どんとんとテンポを上げていく。
再び細かな間隔で音が刻まれた所で合図が上がる。
「阿っ!!!」
カゲロウの叫びを引き金に、巨鹿は、その口元に集められ球状に圧縮されたエネルギーを解き放つ。
辺りにエネルギーから発せられる眩い光が立ち込める。
だが、そんな光の中に、巨鹿に飛び向かう、1つの影があった。
「儂の名は、粗屋影郎ぞ!巨鹿よ、ちいとばかし、光を強めすぎたの」
カゲロウは、巨鹿の首を撥ね飛ばした。
其処ら中で損壊している大垣城の景観が元に戻る。
巨鹿も灰色の煙となって霧散してゆく。
「ウソ、本当に1人で勝つなんて……」
黒鎧に身を包むカゲロウが、ゆっくりと歩いて帰ってくるのを見て、彩女は唖然としていた。
3人と1羽の元まで後少しというところで、カゲロウは地面に膝をつき、俯けに倒れる。そして、カゲロウを包んでいた黒鎧が油のように溶け、地面に流れていく。
3人と1羽は急いでカゲロウに駆け寄った。
「大丈夫?カゲロウ……」
「ふんっ、また無茶をしたものね」
「ちょっと、あなた達これ大丈夫なの?」
急いで駆け寄った割に輝助とアリスは焦った様子が無かった。
「ああ、大丈夫じゃ。いつも反動がきつくてな。暫くすれば元通り動ける」
そう言ってカゲロウは、なんとか腕で上体を起こし、胡座をかく。
「いやぁ、今回はしんどかったのう。もうちと楽に倒せると思っとったんじゃが。しかし、どうやら層はこのままっぽいのう」
カゲロウは笑い、そして周りは少し呆れていた。
「あれ?あそこにあるのは贈答箱?」
ふと、輝助はいつの間にか現れていた贈答箱に気付く。
その箱は、何やらお札が何枚も貼られ、遠目にみても厳重に封印されているのが分かる。
「俺が見てくるよ」
輝助は箱に近付き、その夥しい数のお札を確認する。
が、輝助に読めたのは《晴門と札》のみであり、その他は見たことの無い文字が羅列されていた。輝助には何が書いてあるのかさっぱり分からない。
しかし、遅れて箱に近寄ってきたアリスには、【驚嘆の国】の効力により、そこに何が書いてあるのか、その内容を読み取る事が出来た。
″札を剥がすべからず″
″此、アテムの意思なり″
″アートマンの意思により、此を天に貼り、晴れを閉ざして夜に封ず″
″ブラフマンを騙りし者の手に渡らぬ事を祈る″
″集いし者よ、無理に解決するな″
″此剥がす時、この世の終わりの魂の、夜が明ける″
″《晴門と札》″
ごてごてで追い付かない。




